第20話 彼女なしには



 どうしても欲しいものがあるとき、他人はどうするのだろうか。

 奪うのかもしれない。実力で勝ち取るのかもしれない。ひたすら愚直に努力を積み重ねるのかもしれない。

 私は違う。

 欲しいものから、私に寄って来るようにする。

 奪うよりも、実力よりも、努力よりも、ずっとずっと捻じ曲がった方法で、正攻法の正反対を行く形で、欲しいものを得てきた。

 しかし、今回ばかりは事情が違った。

 いつもであれば私がそうすれば、おのずと向こうから歩み寄ってくるのに。

 欲しいと思った時には、すでに手中に収めていた。

 だから、こんなにも苦戦したのは、おそらく生まれて初めてかもしれない。

 でも、それが面白かった。いや、心地よかったのだ。

 与えられるだけの環境ではないことに。同じものを好きだと言ってくれる人がいることに。

 誰かに、求められることに。

 だから、私は……。

「深桜、まだいたのか」

 私以外がすでに帰宅した生徒会室に、副会長である近重先輩が入ってきた。

「副会長、もう委員会のほうは」

「終わったわよ。滞りなく」

 さすがはエスパーの副会長。さぞ話がスムーズに進んだだろう。

「それで、深桜はどうしてまだ残ってるんだい?」

「お仕事ですよ。私、副会長や会長のようにお仕事できる人じゃないので」

 資料をまとめるだけでも意外と時間を食うものなのだ。それをぱっぱとお弁当食べるくらいに気楽にこなすのは、この学校でもその二人くらいのものだ。

「そうか。まぁ遅くならないように気を付けなよ。学生の本分は学業なのだから、こんなことでそれをおろそかにする必要はない」

「そうですね。ちょうどきりの良いところなので、これで帰ろうと思います」

 そう言って紙を指定の場所に置いて、荷物をまとめる。

「副会長もお帰りで?」

「いいや、これから会長のほうを手伝おうと思ってね。まぁ行先は深桜と一緒だけれど」

 そうだった。まだ寮のほうの問題が残っているのだった。今日だけは委員会との折衝があったために出張ってきてくれたのだが、本来であれば向こうを一日でも早く一段落させてくれないと、こっちも充分に回らない。

「ということで、深桜。一緒に帰らないかい?」

「そういうとこなら、ぜひとも」

 訊きたいことも、あるので。



 もう見慣れた帰り道を、私は近重先輩と一緒に歩く。

 桜は、もうほとんど残っていない。

 その分、絨毯のように広がった桜の花びらがとても美しかった。

 踏んでしまうのはとてももったいないと思いながらも、そこを歩く非日常感が私を何とも言えない気分にさせる。

「それは、聞く人が聞けば自慢になるのだが」

 そんな中、私は自分がさっきまで考えていたことを近重先輩に話していた。

「でも、面白い話だった」

 やはりこの人の感性は常人とは違うらしい。誰がどう聞いても自慢話にしか聞こえないだろう私の話を、近重先輩は面白いと言った。

「そうだな……私だったら、欲しいものがあったら遠慮なく奪うかな。何もかも全部、すべてを奪う」

 そうだろうね。先輩はそういう性格をしている。

 けれど、残念ながら私にはそれができない。できないっていうか、やり方を知らない。

 できたなら、こんなにも悩まなかった。

 たとえその環境が心地よくて、求められているという現状が嬉しくとも、欲しいものを欲しいという感情には勝てないのだ。

 だからこそ、悩ましい。

 悩みすぎて夜も寝れずに自慰行為を繰り返すくらい、悩ましい。

 先輩は一旦歩みを止め、後ろを歩いていた私に向き直ると、いつものように平然とした、そしてそれが当たり前かのように言う。

「だいたい、欲しいもの一つだけのために、あらゆるものを犠牲にしなければいけないなんて、間違っていると思わないかい?」

「……まぁ、そう言えなくはないですが」

 しかし、こういうのは、たった一つの大事なもののために、自分のすべてを失う覚悟というものが素晴らしいわけで。確かに先輩の言うように、大事なものも、そのほかのものも一緒くたに手に入れられるのであれば、それに越したことはないのかもしれない。

 でもそれでは無理なのだ。

 現実とは、かくも残酷に取捨選択を迫ってくる。

 失わずに得ようなんて、傲慢もいいところだろう。そんなことをすれば、何もかもを失ってしまう可能性だってある。むしろそちらのほうが高い。

 だから人は得ることを恐れ、失うことに躊躇する。

 先輩のように、誰もが強くはないのだ。

「私は得るためならばどんなこともする。だが何かを失った上で、どれかを犠牲にした上で、得ようとは思わないだけだ」

 まぁ、そこまでして欲しいと思ったものなんてないのだけれど。と結ぶと、先輩は興味を失ったように寮へと向かって歩みを再開する。

 では私は。

 私はいったい何を失う覚悟で、どれを犠牲にして、たった一つを得ようと思うのだろうか。

 それは、未だ見ぬ私の一面を表しているようで、少しだけ恐怖を覚えた。



 彼女に出会えたことで、私の人生が、私の運命が動き出した。

 彼女なしには、もう生きてはいけない。

 彼女なしには、もう歩んでいけない。

 だから、私は今日も彼女に恋をする。

 永遠に。延々に。



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