第19話 ぜったいにダメ!



 単純な作業ほど、長時間するのは耐えられないもので。

 私は書類に目を向けながらも、ちらちらと、生徒会室の出入り口を見てしまう。

「そんなに見つめても友梨佳ちゃんは帰ってこないと思うけどな」

「うるさい。そんなことは分かりきってますよ」

 あの九頭鞍先輩が一緒に行ったのだ、易々とは帰してもらえないだろうし、隙をついて逃走なんてこと、友梨佳さんには不可能だろう。

 それでも私は、仕事に集中できずに開かない扉を見つめるのだった。

「まぁ大丈夫でしょ。いくらあなたが目をつけてる女の子に興味があるからと言って、こんな初期段階で手を出したりしないって」

「そうだと、いいのだけど」

 正直に言うとその点は心配していない。むしろ私が心配しているのはその前段階の処置である。

 普通のきれいな先輩だと勘違いさせて、気を許させてから一気に本性をむき出すのが、あの先輩の常とう手段なのだから。

 だから、私が心配している点を挙げるとすれば、それは”品定め”をされているのではないかという点だけだった。

 そんなことをされているとはミトコンドリアほども思っていないだろう友梨佳さんが、自分を”標的にしてくれ”と言わんばかりの行動をとっていないか、もう心配で心配で。

 あと強いて言うならあの桔梗とかいう女。あれは怪しい。相当怪しい。ぽけぽけしてる雰囲気を出してはいるが、あれも相当のやり手だろう。私のゴーストがそう囁いてる。私何言ってるんだろう。

「あ、結書さん。ここなんだけれど……」

 深く思考の海に潜っていたので、その声にはっとして意識を現実へと引き戻すと、目の前には生徒会補佐の仲間が資料の一つを私に向けて問題点を話していた。

「……ってわけなんだけど。って聞いてた? 結書さん」

「あっ、うん。ごめん。ちょっと集中してて」

「もう、しょうがないな。じゃ、もう一度説明するね」

 そう言って目の前の子は今一度私にどこに問題があるのかを説明しだした。

 今は仕事に、作業に集中しないと。

 そう思いながらも、ふと気づけば友梨佳さん、そして九頭鞍先輩のことを考えてしまっていた。



 と、いうわけで来てしまったわけで。

 作業を抜け出して来たわけでは、もちろんない。

 休憩時間である。

 各作業の進捗状況もあるが、ある程度は決まった時間に一斉に休憩をすることは聞かされていたので、この時間はどこも休憩しているはず。

 私は焦る気持ちを抑えつつも、今出せる最高の速度で友梨佳さんの作業場へと向かっている。

 急がなければ、何か取り返しのつかない事態になってしまう。そんな予感がする。

「あっ! いた!」

 その姿はたとえ米粒程度であろうと間違えるはずがない。あの後姿は友梨佳さんだ。

 たまらず、駆け寄る。

 が、段々と距離が近づくにつれ、どんな状態になっているのかを鮮明に把握することができた。

「ねぇなーちゃん、一回私と付き合ってみない?」

 その言葉だけが、耳に入ってくる。

 あの甘ったるい声色は、桔梗とかいう女のだ。

 そして、少しの間をおいて、今度は聞きなれた、いつでも聞いていたい声が聞こえてくる。

「よろこん」

「何してるんですか?」

 自分でも恐ろしく凍った声が出た。

 しかし、今はそんなことを考えている余裕は、私にはなかった。

 今、私の友梨佳さんが、このくそ虫の毒牙にかかって、憐れにも交際を受け入れようとしていたのだ。

 この女は危険だ。

 あの甘ったるい声を聞いて思い出したことが一つある。

 この学校でも例にもれず、憧れの先輩やら素敵な後輩などを囲う、いわばファンクラブというものが存在する。

 その中でもひと際異彩を放っているのが、この桔梗という女のファンクラブだ。

 とにかくいつでも隣には複数の女の子。耳目が集まる場所でも構わずいちゃいちゃ。なんだか分からんが目を奪われる集団なのだ。

 その中核にいる桔梗ちゃんは、絶対に危険が危ない。

「桔梗さん、それは私のものですから、手を出さないでください」

 攻撃的な雰囲気を出して相手を威嚇するも、それすら意に介さず桔梗は言う。

「えー、だって、こんなにかわいい女の子をさくちゃんが独り占めってずるくない? みんなでシェアしようよ」

 みんなって誰を入れてるのですか、この子は。

「もう! 桔梗さんはいつもそうなんだから! でもこれは私が最初に目を付けた子なんだから、後から割って入ってこないでよね! ただでさえ最近友梨佳さんのまわりには変な人が沸いてるんだから! 桔梗さんも入ってきたら私もう勝ち目ないじゃない!」

 現状でさえリリィという難敵を相手どらなくてはいけないのに、そこへ桔梗が入ってきたら増々私の勝ちの目がなくなってしまう。

「大丈夫だよー。私はちょっとだけなーちゃんの抱き心地を確かめたいだけだから」

「その一回でどれだけの女の子があなたのファンクラブに入ったと思ってるの! とにかくダメ! ぜったいダメ!」

 大した交流もないが、この子の悪行は嫌でも耳に入ってくる。そんな子に一度でも友梨佳さんを手渡してみて。帰ってきたらぜったいに廃人みたくなっているわ。

「ね? 一回だけ、一回だけでいいからぁ」

「だめ! とにかくだめ! ほんとにだめ!」

 いくらだめだと言っても、桔梗さんはなお食いついてくる。これを退けるのには相当に根気が必要になる。

 これは本気を出さざるを得ないかな。


 それから九頭鞍先輩に止められるまで、ひたすらに無駄とも思える言い争いを繰り広げるのだった。


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