第18話 変わった人たち
ゆったりと夜の時間を楽しむ傍ら、私はずっと友梨佳さんのことについて考えていた。まぁいつも考えているけれど。
思えば、ここ数日はいろんなことがあった気がする。
早朝、友梨佳さんと一緒に登校しようと寮の玄関で待っていたら、リリィと有栖乃れいと三人で仲良く遅刻ぎりぎりの時間に出てきたり、私の愛がいっぱい詰まったお弁当を食べさせようとして、ちょっとだけ失敗してしまったり。
なんだかすごい濃厚な毎日を過ごしている。
中学の頃には到底味わえなかった充足感。やっぱりこの学校、友梨佳さんと一緒の学校に来て良かったと思う。
その反面。
四六時中一緒にいられないことへの不満と、友梨佳さんがあまりにも魅力的な女の子であるがゆえに、ほかの女の子が放っておいてくれないことからくる焦燥感。
正直、リリィが恋敵になるなんて、勘弁願いたいところだった。
しかし事実は事実。変えることはできない。
ならば、これからどう対処するかが問題である。
リリィを排除が一番手っ取り早い。いや、あれがどんな本性をしていたとしても、学年全体からの支持率は高く、難癖をつけて学校から追い出すなんてことは無理だろう。そんなことをしたら抗議が殺到することになる。
では逆にリリィよりももっと友梨佳さんと親密になる。これなら私の努力次第でいくらでも成果が望める。
しかし、これにもある種の欠陥がある。
私がいくら熱烈にアピールを重ねても、友梨佳さんがそれを受け流してしまったら意味がない。最近の友梨佳さんは周りに変態が付きまとっているせいか、しっかりとした衝撃を与えないと、ちゃんと対応してくれないのだ。
この前私が「友梨佳さん、新婚旅行はどこにしますか?」と訊いたら、友梨佳さんは私のことを一瞥もせずに「熱海でいいんじゃない?」という、なんともおざなりな返事をいただいたのだ。
それもこれも、全部リリィのせいだ。
あれは、なにがなんでも排除しなくてはいけない人物だ。
そうと決れば早速銀リリィ排除計画を練らなければ、と机に向かってパソコンを立ち上げると、部屋の扉がノックされる。
時計を確認すると、午後の九時前。まだぎりぎり自由に部屋を行き来できる自由時間だが、しかしなんでこんな時間に。
私は部屋の扉を開けるために近づくと、がちゃりと鍵が開けられる音が聞こえた。
「ああ、居留守を使おうとしていたわけではないんですね」
そこには意外も意外、なんと生徒会の会計係である九頭鞍先輩が立っていた。
「……どうやって鍵を」
私は驚きを必死に隠すように、普段よりもずっと冷たく重い声色で言葉を放った。
そんな私のことなどどうでもいいように明るく笑顔で返答する。
「私の前では鍵なんてないのと同じですよ」
この人、普段は常識人ぶっているが、相当にいかれた人である。私なんてむしろかわいい部類だ。
「そうですか。それで、ご用件は?」
私はもうこの程度では驚くことも、突っ込むこともしなくなった。この人のすることに一々抗議をしていては身が持たない。
「はいはい、そうでした。これ、明後日までに読んでおいてください」
九頭鞍先輩は手に持っていた紙の束を私に渡してくる。
「明後日から体育祭の準備が始まるの。その内容とか役割分担とか載っているから、ちゃんと目を通しておいてね」
用はこれだけだったらしく、そのまま九頭鞍先輩は私の前から去っていった。
「……というか、別に今日渡さなくとも良かったのでは」
たったこれだけの用事に、おそらくは結構無茶な方法でこの階にきて、部屋の鍵までこじ開けたるなんて。
やっぱり、あの人は変だ。
「はぁ、とりあえずは言う通りに目を通しておきますか」
私は部屋の鍵をしっかりとかけ、立ち上がったパソコンを落としてから、ベッドで資料を眺めるのだった。
計画を練るのは、また今度で。
それにしても、体育祭かぁ。気が滅入るわ。
生徒会の下部組織は、学年統括のほかに生徒会補佐というのがある。
いったい何をしているのか不明な学年統括と違って、生徒会補佐はきちんとした役割がある。
まぁ名前の通り生徒会を補佐する人たちの集まりなのだが、この補佐の中から毎年次の年度の生徒会役員が決まる。
そういうわけで、能力のある人は自薦他薦問わずこの組織に入れられることになるのだが、しかし毎年残るのはほんの一握りしかいない。
それもそのはず。まずをもって仕事の内容が地味、地味、ひたすらに地味。自薦で来た子ならともかくとして、他薦で入れられた子は早々にやめていくし、自薦の子でも生徒会役員やら生徒会顧問から”能力不足”として辞めさせられる子もいる。
こういった環境の中で残った子たちは能力もさることながら、みな一様に向上心が高く、自分の仕事に対して誠実かつ責任を持って取り組むようになる。
ここまで説明して、こんなことを言ったら自慢にも感じてしまうかもしれないが、私はこの生徒会補佐に選ばれていたりする。
入学して一週間くらい経ったある日のこと。
私はいつもの日課で放課後軽くその日の授業の復習のために、教室に一人残っていた時だった。
「あなたが結書さん?」
背後から突然、透き通ったきれいな声が聞こえてきた。
「は、はい。そうですけど」
私は声の主を見るために慌てて席から立ちあがるが、その妖艶で、可憐で、おおよそこの世に存在する美しさを集めたような女性だった。
見てしまったら最後、それが姿を消すまでは決して目を離せなくなってしまうほどの美貌。この感覚は久しぶりだった。
友梨佳さんを見つけたあの時と似た感覚に、私は襲われる。
けれど、何かが違う。何かが異様。
例えば、音も、気配すら感じさせず私の背後まで近づいてきていたり。きれいな声をしているけれど、その中にほんの少しだけ悪意を孕んでいたり。
「そんなにおびえないで頂戴。私は二年生の
「はぁ」
それがなんだというのか。
自己紹介も確かに必要なことだが、まずはなぜここに来たのか。どうして私に声をかけたのかの説明をしてもらいたいものです。
「どうしてこんな人が私に声をかけたのかって思ってるね。あと説明を要求しているように感じる」
「……エスパーかなんかなんですか。近重先輩は」
ほとんど正解にちかいことを言われ、私は少々動揺してしまう。
「そんなに動揺しなくとも、少し鍛えれば誰でもできる芸当だよ。まぁ私はそういうのが元々得意だったというのもあるがね」
相手の目や動き、呼吸や醸し出す雰囲気、においなどで何を思っているか、どう思っているか分かるという話は聞いたことがあったけれど、まさかこんなに近くにそれが出来る人がいるなんて。
「私としては、結書さんも才能あると思うよ。今度試しにやってみたら」
どこまで筒抜けになっているのかわからない以上、余計なことは考えないようにしないと、私の本性まで見透かされてしまいかねない。
というわけで、私は深呼吸を繰り返し、心をフラットの状態に持っていってから、再び問いかける。
「それで、私に何か用ですか」
「そうそう、君、生徒会とかに興味ないかい?」
「はい?」
始まりは、こんなものだった。
その場で私は断ることもできたけれど、どうしてか「辞退します」の一言が出てこなかった。たぶん、そういう雰囲気、空間をすでに近重先輩によって作られてしまっていたのだろう。
本当に、底が見えない人だ。
九頭鞍先輩も、近重先輩も。
「やっぱり、生徒会補佐になんて、なるんじゃなかった」
今更後悔しても遅いけれど。
それでも、思わずにはいられないのだ。
「こんなに仕事多かったら、友梨佳さんとの時間が減るじゃない!」
どうでもいいことかもしれないが、私にとっては由々しき事態だということは、理解してもらいたいところだった。
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