第17話 似た者同士



「なんだか、すごくやってしまった感が強いのですが、どうでしょうか?」

 午後最初の授業である体育を適当に流しながら、私は友人である瀬野ちゃんと先ほどの友梨佳さんとの一連のやり取りを話していた。もちろん非常にマイルドに意訳してはいるが。

 ちなみに今日の体育はバドミントンである。多少やったことはあるけれど、運動は得意ではないので、コートには極力立たずに、体育館の端のほうでおとなしくしている。

「そうだね、同じ女の子に好意を持たれるってだけでだめって子もいるだろうし、その若木さんがもし同性愛に理解があったとしても、それを受け入れてくれるかどうかの問題もあるしねぇ」

 瀬野ちゃんはどんな話をしてもほとんどと言っていいほど表情を変えずに、怖いくらいに冷静で正直な感想を言ってくれるので、なんだかんだでこういう相談をいつもしている。

「でも、これくらい攻めておかないとなんの進展もないかもしれなかったですし」

 友梨佳さんが同性愛者であることはわかっていたので、私の愛を受け入れてくれないという展開は予想していなかったけれど、意外にも特殊な性癖への耐性がなかったというのが驚きだった。

 まぁでも、あれくらいは別に普通よね。

「そうなんだけどさ、今日いきなり告白していきなりハグはちょっと早すぎだと思うんだけれど」

 興奮冷めやらぬ状態で話をしてしまったので、いくつか間違いがあるが、あえて訂正しなくともいいと思ったので、そのまま話を続ける。私が告白したんじゃなくて、友梨佳さんが結婚申し込んできてくれたんだけどなぁ。

「そうかな? 好き同士ならすぐにしたいじゃない。私なんて特にいっつもくっついていたいって思う方だから、むしろ今すごく寂しいもの」

 あれ以上に抱き心地がいい女の子も中々いないだろう。肉付きがいいというわけではないが、触れたら折れてしまいそうなくらい細いというわけではない、むしろ中肉中背、あれほど平均を保ちながらも魅力が一切失われていないことが不思議なくらい。胸も大してなかったのに、それでも形はしっかりしていてとても揉みがいがある。というかさっきついでに揉んでみた。とても可愛らしくてぷにぷにしたお胸でした。

「それは結書、あんたの考えでしょ。少しはあんたに付き合う女の子の気持ちも考えたらどう?」

 そうなのよね。私ってどうしてか興味のある子はとことんいじめ倒したくなる性格なのよね。最終的には縛り上げて排泄から食事、お風呂までとことん相手のお世話をしたくなって、結局その前段階で距離を置かれてしまうことがしばしばあったりして。ああそんなこと考えてたら嫌な事思い出しちゃった。

 今はそんなことよりも。

「大丈夫よ、きっと。だって友梨佳さん、私に迫られたりした時とかすごい嬉しそうな表情だったもの」

 あれは間違いない。まだ私の性癖に対して耐性がついていないだけで、じっくりゆっくりと丹念に調教すれば、友梨佳さんは絶対に私好みの可愛らしい女の子になってくれるわ。

 今からそんな未来を思うと、ちょっと嬉しすぎて頬が緩んでしまう。

「……そう」

 そんな私をいつもの無表情で見つめてくる瀬野ちゃんは、なぜか悲しそうだった。



 体育が終わって制服へと着替えると、さっそく私は保健室へと向かった。

 私のお嫁さんである友梨佳さんがそこでお休みになっているからだ。

 心配をしつつも、寝顔が見られるかもしれないという気持ちで心が昂る。これはもう間違いなく恋であり、愛だろう。

 ああ、私、今幸せ。

 いつも歩いている教室の廊下でも、なんだか輝いて見えてくる。

 しかし、この学校無駄に広いから一か月通っていても全然通らない廊下や場所なんかもあったりして、歩いているだけで結構面白い。

 この保健室につながる廊下も、私は今日初めて歩いた。ここからは学校の第三庭園が見えるので、なんだか学校という雰囲気ではなく、どこかの宮廷にいるかのような錯覚に陥る。

 こういうところを、友梨佳さんと一緒に歩いてみたいな。

 うふふと、私は独り薄気味悪い笑顔を浮かべていると、自分がもう保健室の前についていたことに気付いた。

 私は緩んだ頬を引き締めると、気合を入れてドアを引く。

「失礼します」

 私はいつものように礼儀正しく挨拶をする。通常であれば保健医が私に声をかけてくるはずなのだが、今回はすこしばかり事情が違っていた。

「あら、結書さんじゃないですか。ちょうどいいところに。ちょっと手を貸してくださいな」

 それは間違いなく私が知っている保健医の声ではなかった。

 一年生ならば聞いたことのある声。特別美しいというわけではないのに、どこか人を惹きつけるその容姿。

 銀リリィだ。

 たぶん本人以外は誰一人として理解していない学年統括会とかいう、生徒会の下部組織に属している子である。

 いつもであればこの時間もその学年統括のお仕事(何してるか分からないけれど)に勤しんでいるのに、何か用なのだろうか。まさかこの子に限ってけがをしたなんてこと、ないだろうに。

「銀さん。どうしたんですか? もしかして具合が悪いとか?」

 なにはともあれ、ここはひとつ猫皮をかぶっておかなければ。優等生というレッテルは多少面倒なことがあるけれど、基本的には持っていて損はないはずだ。

「いいえ。私ではなく、私のルームメイトが保健室に運ばれたと聞いたもので、心配になって駆け付けただけです」

 ほうほう、私の友梨佳さん以外の子が保健室で休んでいるのか。ということはさっきの授業中は、友梨佳さんとその人がこの狭い保健室という空間で二人きりだったという可能性が高い。これは許せないですね。浮気と疑われても文句は言えないレベルです。

「それでつい先ほどまでいた保健室の先生に、この後出張か何かでいなくなってしまうので、ベッドを空けてほしいと言われてしまったのですよ」

 ということは、私も友梨佳さんをお姫様抱っこで部屋まで送り届けないといけないということになりますね。お姫様抱っこはされたい方だったのですが、する方にも興味があったので、良しとしましょう。

「でも女の子とはいえ私一人で寮まで運ぶというのは無理があるので、結書さんが良ければでいいので、手伝ってはいただけませんか?」

「え、でも……」

 二人で一人ずつ運ばないと往復することになるので、結構面倒になってしまうのでは? と考えていた私は、そこでとんだ思い違いをしていたことに気付いた。

 ちょっと待って。保健室にある五つのベッドのうち、カーテンで閉じられているベッドはひとつだけ。もちろん、カーテンが開いているところに誰かが寝ているという可能性もなくはないが、残念ながら誰かが寝ていれば保健室の入り口にいる私の視界に入らないわけがない。ここからならば保健室の全景が見渡せるはずだから。

 そして銀さんはこの保健室に具合が悪くて来たのではなく、ルームメイトのお見舞いだと言った。それはつまりそこに寝ているであろう女の子のこと。そして私の愛しき友梨佳さんも、体育の前に保健室へと運ばれ、途中からでも体育に現れることはなかった。教室も一応見てきたけれど、帰っては来ていなかったし。

 もう分かってる。でもこれは理解をしたくない部類の事実。

 どうしてこう、私の恋路には余計な邪魔が入るのだろうか。

「ちなみに、その、銀さんのルームメイトというのは……」

 すでに確信は得ていたが、微かな希望にすがる気持ちで、私は銀さんに訊いてみた。

 すると、銀さんは頬を染めて、まるで恋する乙女のような表情で答えた。

「はい、若木友梨佳ちゃんです」

 悪夢だ。

 まさか私の友梨佳さんのルームメイトが、学年でも一番人気の銀さんだったなんて。しかもこの子、意外と私の天敵だったりする。

 地で優等生の銀さんに、偽物の優等生である私が嫉妬してるだけなのかもしれないけれど。

 でも大丈夫。今日から友梨佳さんは私のものになったのだし、いい子ちゃんの銀リリィならば、そう易々と人のものに手を出したりしないはず。

 大丈夫、大丈夫。

 ああでも、一緒の部屋で暮らしているというのは、羨ましいです。

 というか、私が今後友梨佳さんに会いに部屋を訪れる時には、必ずと言っていいほど銀さんとも顔を合わせないといけないということなのでは。

 ……嫌だなぁ。もういっそ私の部屋に友梨佳さんが移ってこないかな。お父様に言えばそのくらいのことは出来そうだけれど、私の私情でそんなことをすれば学校側の体裁が悪くなりかねないし。それに家の力を使ってではなく、あくまで自分の力で友梨佳さんを手に入れたい。

「問題ないようでしたら、友梨佳ちゃんの荷物、持ってもらえます」

「は、はい……」

 反射的に渡されたかばんを受け取ると、流れるような動作で友梨佳さんをお姫様抱っこした銀さんに付いていく。

 その間にも、私の猫皮の内は煉獄を彷彿させる嫉妬の炎が渦巻いていた。

 この恨みはどう晴らすべきか。

 その背中にありったけの殺気を送りながらも、今はおとなしく後を追い、友梨佳さんのことだけを考える。

 明日、友梨佳さんにはどんなお仕置きを用意すればいいかしら。

 そんなことを思うと。楽しみで今日は中々寝付けないかもしれない。


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