結書深桜
第15話 私の好きな女の子
中学のころ、私はよくこんなことを考えていた。
いったい私は何を求めて、何を得るためにここまで生きてきたのだろうかと。
簡単に手に入るものは、どれもこれもが私には不要で、求め続けてやまないものは、そもそも私の手の届く範囲には存在していない。
困ったものである。
ひたすらに隠してきたその本性を、まっすぐで世間一般的に言えば”重い”と言われる愛情表現を、私はどこに発散すればいいのであろうか。
育ちがいいとこういうところで困ってしまうのだ。
しかし、家の使用人がもし私のそんな一面を知ったらと思うと、という好奇心がちょっとだけ沸き上がってきてしまう。
そんな妄想で一時しのぎをするのも、今年で最後。私は実家を離れ、高校の寮へと移り住むことが決まっているのだ。
それもこれも、すべてはあの時みた少女が原因である。
高校受験を控えた私は、実家近くのお嬢様学校や県外の難関校の説明会に忙しなく出席していた時のこと。私は中学の学友と他愛のない会話をしながら、いつものように説明会の会場へと歩いていると、何やらその場に不釣り合いな、正直言ってしまえば平凡がゆえに浮いて、悪目立ちしてしまっている少女がいた。
くすくすと、本人には聞こえないように笑い声をこぼす者もいたが、しかし、私にはその子が輝いて見えた。顔だちも悪くない。背もそれなりにある。ロングの黒髪は毛先までしっかりと手入れがされている。普通の学校で言えば充分にもてる子の要素を兼ね備えていた。
しかし、ここは残念ながらお嬢様もお嬢様。大海を知らずに生きてきた生粋の箱入り娘たちが集う場所だ。その中では少女の端正な面立ちも霞んでしまっている。
そんな誰しもが少女を嘲る中で、私は運命といっても過言ではないほどに、その少女に見惚れてしまったのだ。
一目惚れ。
言葉は聞いたことがあっても、実際にはそんなもの信じてはいなかった。けれど、あの少女を見て、心の奥底から湧き上がる感情に戸惑い、同時に歓喜した。
求めていた答えが、そこにある。
得難いものが、そこにいた。
それからというもの、私はありとあらゆる手を尽くして少女の素性を調べた。
受験する学校から両親の職業から、とにかく少女の肢体を舐め尽すかのようにすべてを知りたかった。
その少女の名が、若木友梨佳。
私が、唯一この世で愛していると言える女の子だ。
本当であれば、私たち一年生で個室になることは滅多にないと言われていたので、私は自分が個室だと聞いた時には色々と察してしまった。
この学校も確かに裕福であり、それなりに伝統がある。それでも私の実家の”お願い”を断ることはできなかったようだ。
一人娘だから甘やかしたいのだとは思うが、こういうところで苦労をさせてくれないと、あとはずるずると引き伸ばされて数年後には”
そして思うのだ。
もし、そういったことがなく、私も一般生徒と混ざって二人部屋、もしくは三人部屋に割り当てられていたらどうなっていたのだろうかと。運命的な考え方をするのであれば、きっとその時は若木友梨佳と一緒の部屋になり、徐々にお互いを知って、時間はかかるかもしれないけれど、相思相愛の仲になるのだろうと。
そう、これはただの妄想。
しかしそれも毎日続けばいづれ叶う日がくると信じて、私は今日も一人で窓の外の三日月へと祈りを捧げる。
どうかこの想いが、さめることがありませんように。
どうかこの愛が、本物でありますように、と。
一か月も過ごせば、寮の生活にも学校の生活にも慣れてきた。
可もなく不可もなくといった毎日の中で、私はたった一つ許せないことがあった。
もちろん、若木友梨佳に関してである。
あの時の少女と、そして私がこの学校で見た彼女は、同一人物かも疑ってしまうほどに印象に隔たりがあるのだ。
別にかわいくないから興味がなくなったとか、きれいな子が良かったとか言うんではなく、彼女はどこかで自分を過小評価しているんではないだろうかと、そう感じてならない。
もっと普通にすれば、周囲の彼女に対する評価も格段に上がるのではないだろうか。ぼさぼさの髪の毛。だらしのない制服の着方。不可思議な言動の数々。どれもこれも、したいようにしているようで、実のところ義務感でやっているといった雰囲気が漂ってくる。
いったい彼女に何があったのか。私は益々彼女への興味が増していく。
彼女に接触する機会は何度もあったが、それは私が何かアクションを起こしたからではなく、どうやら彼女のほうも私に興味があるようで、隙を見つけては話しかけ、必要があるかどうかは別として、ちょっとしたことで肩や腕などに触れてくる。
なんだか近いようで遠い距離感を維持したままの関係性。
そんな関係も、とあることがきっかけで一気に進展する。
その日の朝、私は偶然を装いながら彼女を寮の玄関で捕まえると、一緒に登校しようと誘った。もちろん答えはOKだった。
桜舞い散る並木道を、二人ゆっくりと歩いていく。遅刻ギリギリの時間にも関わらず、みっともなく走るような生徒がいないのはそういう校風と、マイペースな生徒が多いのが理由の大半だが、この季節は特に桜がきれいなので、歩く速度が自然と遅くなるというのもあるかもしれない。
しかし、彼女はまた別の意味で歩くスピードが遅くなっているようだった。
「? どうしたの友梨佳ちゃん。そんなに息を切らして。もしかして体調がすぐれないとか?」
だいたい理由はわかっていたが、ちょっとだけ意地悪な問いかけをしてみる。
「! いえいえ! 私はいつでも上も下も無駄に元気ですよ! ええ!」
上も下もって、なんかすごい答えが返ってきてしまった。
そういうところもまた、彼女の魅力なのかもしれない。
あとこれは本番の時に期待してもいいってことなのかな? 私ももっと頑張って技術を磨いておかないとね。
「そ、そう。それならいいのだけれど」
戸惑いがちな苦笑を浮かべて言ったものの、その実私はもう我慢ができないくらいに高まっていた。
今この場で彼女を抱きしめられたのならば、それはどれだけ幸福なことなのだろうか。そして彼女がいったいどんな反応を見せるのか。
……やってみようかしら。
こんな私の思いとは裏腹に、ひらりと桜の花びらが舞い散るのが目に移った。
「桜、綺麗ですね」
思わず、そんなことを言っていた。
その言葉に彼女も落ち着いた様子で頭上に咲いた桜を見る。
「そうだね。綺麗だね」
同じものを見て、同じことを思う。これ以上のない幸せな時間である。
ああ、やっぱりこの子であれば、私のことをちゃんと受け止めて、ずっとずっと愛してくれるかもしれない。
そんなことを感じた、朝であった。
そのあと先生に促されて急いで校舎まで行くと、彼女は先ほどと同様か、それ以上に息を切らしていた。表情もどこか高揚していて、艶めかしくなっている。
「どうしたの? やっぱり体調悪いんじゃ……」
それか、私と手をつないだだけでイってしまったか。それはないか。いくら敏感でも手の感触だけではさすがに達することはできないだろう。
「え? あ、うん。違うの。ちょっとね、いきなりだったから耐えられなかっただけで……」
……やっぱり達したのかもしれない。というか達したな、この顔は。
「なら、いいのだけれど……」
というか、あれだけで耐えられずに達するということは、相当に敏感なのかもしれない。これは益々本番が楽しみである。
でも、私の性癖はなぁ。結構特殊な感じがするし。受け入れられなかったらどうしよう。
いや、けれどそれはそれでありかもしれない。
私の性癖に、彼女を染め上げる。少しずつ少しずつ馴染ませていって、私なしでは生きられない身体にする。ありかなしかでいえば、それは相当にありだ。
ほんと、楽しみだ。
その後私は日直ということもあって次の授業である数学の担当教師の手伝いをしていた。
手伝いといっても、配布用のプリントやこの前提出したノートなどを運ぶだけなので、そこまで人数は必要がない。これが社会や理科の授業になると厄介で、やれプロジェクターだの、実験器具だのを専用の教室まで運ばなければいけないので、日直の他に何人かお手伝いを必要とする場合があるのだ。しかも物によっては相当重い。女の子にあんな重いものを持たせるなんて、どうかしてるんじゃないだろうか。
手伝いを終えて私が教室前まで戻ると、友梨佳ちゃんはお友達である有栖乃れいと何やら話していた。
その友梨佳ちゃんはどこか楽しそうで、私はちょっと、いやだいぶ有栖乃れいに嫉妬する。
友梨佳ちゃんが好きなのは私だけ。友梨佳ちゃんの笑顔を見ていいのは私だけ。
薄暗い感情が、私を支配する。
できれば今すぐにでもあの中に混ざって有栖乃れいから友梨佳ちゃんを奪い取りたい。
しかし、無情にも私が教室に入ると同時にチャイムが鳴り、それは叶わなかった。
次の休み時間、次の休み時間には必ず、友梨佳ちゃんの心を射止めてみせる。
そんな決意を胸に、私は数学の授業へと挑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます