第14話 そうして彼女と私の物語は、ここから始まりを迎える



 休憩も終わり、再び作業に戻った私たちだったが、今日のノルマは十分に達成しているので、お手伝いである私と桔梗ちゃんは先に帰宅することになった。

 さっきまでさんざん言いあっていた桔梗ちゃんと深桜ちゃんだったが、九頭鞍さんの「はい、休憩おわり」の一言だけでぱたりと争うのをやめた。

 あの深桜ちゃんが駄々をこねずにあっさりと引き下がるなんて、なんだか九頭鞍さんがどれだけ怖い存在なのかを垣間見てしまった気がする。普通に見たらかわいいだけの先輩なんだけどなぁ。

「私は見たことないけど、すーちゃんが言うには、怖いとかそういう次元じゃないって言ってたよ。なんか、自分の大事なものが奪われる感じって言ってた」

 そうですか。

 私の疑問に答えてくれるのには感謝感激雨あられなんですが、どうしてこうも川の流れのように緩やかに一緒に帰っているのですかね、私たち。身を任せすぎるのも考えものですよ。特に桔梗ちゃんはかわいいのだから。

 あと、一応だが桔梗ちゃんは一年生である。二年生のすーこちゃんとは幼馴染だという。幼馴染キャラって創作物の中では不遇な扱いが多いけれど、今のすーこちゃんをみているとなんだか納得してしまえる。態度を見れば一発で分かりそうなものなんだけれどなぁ。

「私は別に、顔がかわいいとか、相性がよさそうとかで相手を選ばないし、こう見えても付き合ってる間は誰にも浮気しない自信あるよ?」

「いきなりなんの話かと思ったじゃないですか。ちょっと唐突すぎますよ」

 唐突も唐突。むしろ衝突って感じの会話の交通事故が起こった気がする。九頭鞍さんの話からどうしてお付き合い云々の話になるのだろう。ラジカセくらい飛びっ飛びなんですが。

「えー、別に唐突じゃないよぉ。だって、私さなちゃんのこと落そうと思って一緒に帰ってるんだから」

 ずっと話しててて思ったのだが、桔梗ちゃんは私を呼ぶときに変なあだ名みたいなのをつけるが、一つに絞るということをしない。ゆっかちゃんになーちゃんにおーぎちゃん、ゆりゆりになぎなぎ、りかちゃんときて今はさなちゃんである。

 呼び方はぜひとも一つにしてほしい。それじゃないと私が呼ばれているのかすら判断しづらくなってしまう。こういった放課後の、誰もいない帰宅時であればまだいいが、教室などで呼ばれても返事ができる自信は正直ない。

「まぁ、でも。私って結構移り気なとこあるから、あんまり一人の子に長期間興味を抱けないんだよねぇ」

 それは、私も同じかもしれない。

 だって、つい先日までは話すことすら珍しくて、肌が触れた日には夜中大喜びでおかずにしていた深桜ちゃんのことを、今は変態がゆえに避けてしまっている。リリィにしたって、最初はこんなかわいい子と同室なんて、高校生活の初めから運がいいなぁ、なんて思ってたのに、最近では自分のものやスペースには厳重なロックを施しておかないと学校にも行けないくらいに警戒してしまっている。

 言ってしまえば、彼女らはただ普通の人よりもいくらか愛情表現が下手で、ちょっとだけ愛が重いだけなのだ。

 好きな相手の前であれば、どんな自分もさらけ出せるというのは、それはそれですごいことで、羨ましいとさえ思ってしまう。

 図々しくも、それを欲しいと、思ってしまう。

 いや、それ”を”ではない、それ”が”、私は欲しかった。

 着飾らない私を、ありのままの私を、取り繕っていない、等身大の私を、誰かに愛してほしいのだ。

 たとえその愛が受け入れられなくとも、相手に拒絶され、その身に深く深く傷が刻まれようとも、それは私が誰かを本気で愛そうとした証だから。みっともなくて、みすぼらしくて、恥ずかしくて死んでしまいそうなくらいひどい醜態を晒したとしても、それでも、誰かを一度は愛したという思い出があれば、きっとこの先も、私は私らしく生きられるから。

 だから、私はそれがほしい。

 純粋に、愛を求める、その本能かんじょうを。

「ところで、さっき深桜ちゃんが言ってたけど、りこりんって今二股かけてるんだって? いけない子だねぇ。まぁ、私は三番目でもいいよ。抱いてくれれば」

 深桜ちゃんには最近ずっと調教されっぱなしだったから、そろそろそのお礼に「Mがどこを刺激されると気分が高揚して、なんて言われると興奮するか」というレポートを、追体験させてやろうかなと思いました。

 二股なんて、かけられたことはあってもかけたことないわ。



 桜が散る姿が、どうしてこうも美しいのかという話をどこかで聞いた気がするが、私はそれをどこで見て、どこで聞いて、どこのように感じたのかを忘れてしまっていた。

 四季折々、世界各地、多種多様にして各種様々な花が存在するが、この”桜”という花は、どこか他の花たちとは別の次元に存在する気がしてならない。

 どうして綺麗だと思うのか、どうして儚いと感じるのか、どうして特別に見えるのか。

 私はまだ、その答えに至っていない。

 きっと、彼女もその答えにはたどり着けていない。

 私と彼女。

 表と裏。

 平凡と非凡。

 平均の特別。

 特殊で凡庸。

 いつも一際離れたところにいる私と彼女は、その実背中合わせのようにとても近い場所にいる。

 それがゆえに、それがために、互いを無意識に傷つけあうことになり、ついには傷つけることでしか関係を構築できなくなってしまう。

 哀れで、愚かで、しかし純真無垢で何物にも、何色にも染まっていない、私たちの恋心。

 けれど、そんな悠久にも錯覚するほどの無為な時間は、ついに終わりを告げた。


 そうして彼女と私の物語は、ここから始まりを迎える。

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