第13話 桔梗ちゃんは天使



「では、若木さんは現在どこの部活、委員会にも所属してないんですか?」

 時間はかかったが無事買い出しという任務を終えた私は、色とりどりの花が咲く学校のお庭で美少女に囲まれながらティータイムを楽しんでいた。

 この学校、わかってはいたが結構お金持ちなのよね。

 生徒が通常の授業を受けるための校舎が三つあって、学年別で分かれているし、そのほかにも技術棟、芸術棟といった校舎が立ち並ぶ。それらとは少し離れた場所には国際教養科専用の学び舎が存在するらしい。

 私たちが今こうして休憩している庭園も、同じような場所がいくつもあり、体育館も大小合わせて三つもあるくらいだ。

 生徒たちが暮らす寮も合わせれば、この丘(山かな?)全部が学校の所有物だという話もまんざら嘘ではなさそうだ。

 そういった環境とあってか、生徒の学業に対する姿勢も、部活に対する熱意も、他校と比べるとずっと高い。だから皆何かしらの委員会やら部活やらに入っている。部ではなくとも同好会という形で『学業同好会』なる、それどんな活動してるの? 普通に授業受けた後に、また勉強してるの? そんで寮に戻ってまた勉強するの? 逆に頭悪くならない? ってすごい心配しちゃうような同好会もあるくらいだ。ほんとどんな活動してるのかしら、あの同好会。

 その中でも、私というこの学校のどこにも属さない、いわばイレギュラーな存在は非常に珍しいとされている。

 だから私は、すーこちゃんに半ば驚くような口調で、先ほどの言葉を投げかけられた。

 その表情もいいなぁ。やっぱり美少女はどんな顔でもかわいい。

「毎年一人か二人は必ずそういった生徒は存在しますが、話に聞く限りだと若木さんは、むしろ積極的に参加しそうですけれど」

 九頭鞍さんもそんな私の立ち位置に驚いているようだ。

「まぁ、なんて言うか、部活は中学のころにやっていたので、高校では別にいいかなと。あと委員会は放課後とかの時間を拘束されてしまうので」

 なるべくオブラートに包んだ私の回答だったが、これを本音に変換すると『真剣な表情で汗を流しながら部活をする女の子は眺めていたいけれど、やる気のない私がその中に混ざるのはどうかと。あと委員会なんて入ってたら、放課後の美少女観察ができない』となるわけで、なにも私は別に消極的というわけではなかった。

 むしろ積極的に趣味に生きてしまっているので、それ以外のことは眼中にないのだ。これは先生方も問題児扱いするわなと、自分でも納得するレベル。

「委員会はともかくとしても、部活なら中学と高校でずいぶんと雰囲気は違うと思うんだけどな。それともあれかな、ゆっかちゃんは本気で全国! とか言っちゃう感じの子なのかな?」

 甘ったるい声で私に話しかけてくる桔梗ちゃん。なんだろうか、この醸し出されるほんわかオーラは。この声を聞くだけで軽くトリップしそう。

「いやいや、そんなに熱血的なタイプではないよ。どちらかというと場の空気に流されやすいタイプかな」

 それに、部活といっても千差万別。全国を目指している部活もあれば、楽しくゆったりとした空気を大事にする部活もある。中学時代は後者であったから、ちょっとだけ真剣に上を目標に頑張る部活にはあこがれている。だが無理をしてまで入ろうとは思っていない。

 私は平々凡々、どれだけ努力をしたところで、上限は見えてしまっているのだ。

「それなら、いっそ生徒会補佐にでもなってみる?」

 どうしてそうなる。

 生徒会補佐はある意味で選ばれた人間の集まりだ。所属している誰もが特出した何かを持っていて、なにをしても平均点をたたき出すことに定評のある私では、とてもじゃないが務まらない。

 あぁ、でも、美少女に囲まれた職場とか、すごく憧れます。いいにおいとかするんだろうなぁ。

 暑い日の放課後、透けたワイシャツと、首筋から垂れる一筋の汗。きれいな横顔に、夏独特のむれたようなにおいが部屋中に充満した空間が、私の脳内には広がっていた。

 まさに極楽浄土。理想郷とは、ここのことだったのか。

「でももう補佐の席はいっぱいいっぱいですよ」

「あらそうなの? 私ちょっと興味あったんだけどなぁ」

 すーこちゃんと桔梗ちゃんが思い思いのことを口にすると、九頭鞍さんは微笑を浮かべた後、とんでもないことを言った。

「別に、五人いるからと言って満席というわけではないのよ。そこからまた選挙を行ったり、それ以前に生徒会顧問から相応しくないと判断されてしまう可能性だって、十分にあるのですから。それに、補佐の数は多いほうが何かと都合がいいでしょ?」

 今までは、五人の補佐がそのまま選挙に出ていたので信任投票だっただけで、立候補者が六人、七人といてもなんら問題ではないのだ。

 ただ、補佐をしていた人物は一定の評価を得ていて、なおかつ学校行事の準備にも参加をしているので、安心して役職を任せられるというのがある。

 実際に、数年前に何名か補佐以外の子が立候補をしたらしいが、得票数は圧倒的大差がつき、惨敗。それ以降補佐以外の子が立候補するということがなかったらしい。

「それにしてもきーちゃん、生徒会に興味あったんだ。普段そんな素振り全然見せないから、てっきり興味ないのかと」

「うーん、私って、女の子大好きじゃない? だからさ、私がもしも生徒会長になって、校則を変えられたり、追加できたらさ、女の子同士でイチャイチャしないとだめ! って感じのやつ作りたいなって思ったの」

 今この時から私は桔梗ちゃんのことを次期生徒会長へとするべく支えましょう。そして私に、その艶のあるぷっくりした唇を自由にする権利を! あとすべすべなお肌をぺろぺろする義務も課してくださいおねがいします!

「いや、きーちゃんのそれはいつものことだとしてもさ、それを強要するような校則は認められないと思うよ」

「えー、だって女の子ってすごい柔らかいし、かわいいし、いい匂いだし、一日中見てても飽きないんだよ?」

 完全に同意。むしろこれに反対意見出す輩の脳みそが理解できない。いやしたくない。

「こう、後ろからお腹とか、おっぱいとか、ぷにぷにーって触ると気持ちいいんだよ? ふくれっ面もまじめな顔も、お弁当食べてるお口も、ぜーんぶかわいいんだよ? 普段からいい匂いするし、いつくんくんしてもフローラルなんだよ?」

「それを毎日される私のことも考えてほしいな……」

 なん……だと?

 そんなうらやましいことを、毎日美少女にされている? それなのにすーこちゃんは桔梗ちゃんの公約に賛同できない? とにかく今すぐにその役を私に譲ってほしい。何万出せばいいですか?

「まぁ、でも、私が生徒会長になるなんて、ちょーっとありえないけどねぇ」

 大丈夫、私がちゃんと裏工作して全校生徒とはいかないけれど、半分くらいならどうにかできると思う。

 桔梗ちゃんには是が非でも会長になっていただきたい。それと私にも、その、いろいろしてくれてもいいんだよ?

「生徒会長は、なろうと思ってなれるような役職ではありませんからね。今の生徒会長も補佐の中で誰が適任かという話し合いを重ねたうえで選ばれていますから」

 ほうほう、ということは桔梗ちゃんを補佐にしてから、他の候補者に持ち上げてもらえれば、なれないことはないということか。

 今期の補佐はまだ深桜ちゃんしか知らないけれど、桔梗ちゃんがなったほうが私にとってとても過ごしやすい学園生活が待っているということに変わりはない。ならば、私は全力全身で桔梗ちゃんを応援するしかない!

 私は今日何回桔梗ちゃんを生徒会長に押すための決意を固めたのだろうか。まぁいいか、桔梗ちゃんかわいいし、天使だし。一家に一人ほしいくらいかわいい。

 とか考えていると、桔梗ちゃんはちらりと私を見て、微笑みながら私の座る位置まで寄ってきた。

 なになに、ちょっといい匂いするし笑顔がかわいすぎて発狂しそうなんですけど。むしろこのまま襲っちゃいそう。

「なーちゃんは、私のことどう思います?」

 ど、どう思うって、そりゃかわいいしずっとそばに置いておきたい女の子一位に輝きそうな勢いですけど。っていうかなーちゃんって私のことだよね? ずいぶんとへんてこりんなあだ名をつけられたものだ。

「こらこら、きーちゃんはいつもそうやって人にすり寄っていくんだから」

「だってー、若木さんってなんだか周りにいないタイプっていうか、私って結構こういう地味目な感じの女の子タイプなんだよねぇ」

 ドキドキするからそういうのやめてくださいよ。

「ねぇなーちゃん、一回私と付き合ってみない?」

「え? え?」

 私が戸惑っていると、すーこちゃんが苦笑しながら私に話しかけてくる。

「ごめんなさい、きーちゃんって恋愛対象が同性なのを隠さないんです。だから自分が好きだと感じた子にはどこだろうと誰だろうと告白しちゃうんです」

 最高かよ。

 ほんと天使。背景のきれいな花も相まって本当に楽園に迷い込んでしまったみたいな感覚に陥る。

「よろこん」

「何してるんですか?」

 私がさっそく桔梗ちゃんの告白を受けようとしていると、背後から怖気が走るほどの冷たい声が降ってくる。

 このオーラ、間違いない。深桜ちゃんだ。

「桔梗さん、それは私のものですから、手を出さないでください」

 私は全身がこわばってしまい、後ろを振り向けなかった。

 対する桔梗ちゃんは変わらず笑顔で受け答えする。

「えー、だって、こんなにかわいい女の子をさくちゃんが独り占めってずるくない? みんなでシェアしようよ」

 恐ろしい思考回路を持っておられる。みんなで私を愛でるとか私の得でしかない。しかしなんにだってリスクはつきものなのだ。特にその中に変態とか束縛ちゃんとかいたら大惨事。

「もう! 桔梗さんはいつもそうなんだから! でもこれは私が最初に目を付けた子なんだから、後から割って入ってこないでよね! ただでさえ最近友梨佳さんのまわりには変な人が沸いてるんだから! 桔梗さんも入ってきたら私もう勝ち目ないじゃない!」

「大丈夫だよー。私はちょっとだけなーちゃんの抱き心地を確かめたいだけだから」

「その一回でどれだけの女の子があなたのファンクラブに入ったと思ってるの! とにかくダメ! ぜったいダメ!」

 桔梗ちゃんと深桜ちゃんが言い合いをしている中でも、九頭鞍さんとすーこちゃんは何食わぬ顔をして別の話をしている。現実逃避がはかどりすぎだろ二人とも。

「ね? 一回だけ、一回だけでいいからぁ」

「だめ! とにかくだめ! ほんとにだめ!」

 そして二人のちぐはぐな雰囲気で続けられる会話の間にいる私は、とにかく早く仕事再開しないかなぁと思うことで、この場を乗り切ることにした。

 はぁ、こんなに仕事が待ち遠しいものだなんて、夢にも思わなかった。


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