第12話 普通でどんくさいだけの女の子
天上の花園を守護するために集められた大天使の集まり、それが生徒会。
そう、今こここそが地上の楽園、神が私に与えたもうた幸福の極致。
生徒会室に一歩踏み入れた私はそう思った。
……一部を除けば、だが。
生徒会室にはすでに私たちと会長以外の全員が集合していた。他の役員も助っ人を呼んでこれたようで、普段は広いのだろうと想像できる空間が、今はどこを見ても女の子、女の子といった、私にとってはご褒美以外の何物でもない空間が出来上がっていた。
……ほんと、あそこの一部を除けば。
「で、どうしてあんたたちがいるのですかね?」
私は普段よりもちょっとだけ強めの口調でその一部の集団に声をかけると、その変態たちは一斉にこっちを見てきた。
「あら、友梨佳ちゃん、遅かったわね」
「友梨佳さん、遅いですよ。おかげで私一人でこんな変態を相手にしなくちゃいけなかったんですから」
「……私、どうして連れてこられたんでしょうか」
リリィに深桜ちゃんに七未。この学校の痴態三銃士がそろい踏みである。花園に地獄が広がってるなんて聞いてないんですけど。
てか七未はまだ部屋に引きこもっていたはずでは。
「はいはーい。みんな集まったということで、さっそくですがお仕事始めたいと思いまーす」
ぱんぱんと、両手を叩いて視線を集める九頭鞍さん。
それまで思い思いに話をしていた女の子たちも、その一言でぴたりと話すことをやめる。
「まずは割り振りだけれど、体育準備室に行って用具の確認に四人。書類精査と作成に五人。残りで途中だった各種目の問題点の洗い出し、当日の注意事項の確認、各委員会との折衝を行ってください」
九頭鞍さんの言葉が本当なら、前々からこういった仕事をしていたらしいが、まだそんなにもお仕事残ってたのね。
まぁたぶん終わってた仕事っていうのは下準備みたいなもので、これから本格的な作業に入るってことなのだろう。
そんなタイミングで会長が抜けるって、確かに痛手かもしれない。
「問題の洗い出しと当日の注意事項は生徒会補佐の子たちの担当なので、そのまま続けてください。あとは各委員会への折衝は副会長、お願いしますね。あとは、書類精査と作成、これは会計ちゃんの役割だったわね、何人か補佐に出すから、指示をお願いね」
途中での合流ということもあってか、助っ人はもともと作業をしていた人たちについて補助をするような形になる。
しかし、この場を取り仕切るのは副会長じゃないのが、ちょっと疑問。
「あとの子たちで、誰もやりたがらなかった用具の確認に行きますので、私についてきてくださいね」
そこで説明は終了し、今度はどの作業にどの子が適任で、どう振り分けるかという話し合いになった。
楽な作業がいいな……。
で、結局私は体育準備室に来ていた。
それもそうだよね。書類作れって言われてもできないし、問題点なんて見つけることができそうにない、かといって交渉の席にいても良くて置物、最悪邪魔にしかならない。
これだとあんまり能力関係ないですしね。誰でもできるお仕事ってやつです。
「あ、友梨佳さん、それはこっちでお願い」
「はーい」
綱やらハードルやらを、土埃が舞う準備室の中で個数やら状態やらを確認する。意外と物を動かす作業なので、ちょっと汗もかいてきた。
私が汗をかいてどうするんだ、かわいい女の子が汗を流しながら作業しているのがいいんじゃないか。
「友梨佳さん、次はそれをお願いします」
「はーい」
ま、でも九頭鞍さんのあの笑顔で命令されるのも意外とありかなって、そう思うんだ。
私と九頭鞍さんの他にこの準備室で作業をしている子といえば、本日お初にお目にかかった生徒会庶務の
たぶんこの空間でかわいくないのは私だけなのではないだろうか。ほんと虫。楽園の花に誘われてしまった憐れな虫ですよ。
ちなみに言うと、リリィは書類作成に、深桜ちゃんは生徒会補佐なので言わずもがな、七未はなんと副会長の手伝いに抜擢されていた。
七未は、そうね。変態で不登校だっただけで普通に優秀な子だからね。
「よし、進捗も良好だし、ちょっと休憩しましょうか」
九頭鞍さんのその言葉で、私たちは作業から解放され、つかの間のお休みタイムに入る。
準備室の前は庭園のようになっていて、休憩に持って来いのベンチがいくつも並んでいる。自動販売機も完備、売店も近い、完璧だね!
と、いうわけで、見事じゃんけんに負けた私は売店まで飲み物とお菓子を買いに来ていた。
もう速攻だったね。まるで私が負けることは世界の摂理だと言わんばかりに、一発であいこにすらならず決まりましたわ。
そんな哀れな私が売店でお菓子を繕っていると、そこに見知った人物が現れた。
「あら、友梨佳さんも買い出しですか?」
「それ以外にどう見えると?」
「お仕事抜け出して、ストレス発散にお菓子を食い散らかす乙女って感じかな」
「私はそんなに不真面目じゃないし、乙女でもない」
「食い散らかすは否定しないのね」
まぁね、たまに部屋でしてるし。
と、見知った変態こと七未と話す。会話の間でもお菓子の吟味は怠らないところを見ると、七未のほうは時間制限を設けられているのかもしれない。七未は今まで学校をさぼってたからね、お仕事も放りだして帰るってこともありうるから、その措置は懸命だと思った。
その点、私は信頼されてるから時間など気にせずに慌てずに買いに行ってほしいと言われている。単に私が邪魔とか転んで飲み物がダメになる可能性を考慮してかもしれないが。
「この時のお菓子選びって、意外と気を遣うよね」
「そう?」
七未は売店のお菓子コーナーを見てうんうんと唸っているのは、そういうことを考えていたからか。
「だって私のほうは副会長一人ですし、次の委員会への訪問にも時間が設けられているので、手軽で、その場で食べ終わることができて、なおかつ今日会ったばかりの副会長の趣味趣向を理解して買い物しないといけないんですよ。そりゃ気も遣いますよ」
そうだった。
七未は私と違って副会長と二人で行動していて、じゃんけんで無様にも負けた私なんかよりも、もっと責任重大である。
同じ境遇のはずなのに、平均点の私と美少女の七未では、こうも問題の質が違ってくるのか。美少女はたぶん関係ないと思うけど。
「副会長って、どんなのが好みかな」
しかしながら、私も副会長と会ったのは今日が初めてで、しかも仕事が始まる前に二、三言葉を交わしただけなのだ。
残念ながら私では七未の相談相手は役者不足だろう。
こういう時に、近しい人がいればいいんだけどね。書記の九頭鞍さんとか。
「こらこら、買い出しという大事な役目を放って、お友達と談笑なんてしていてはいけませんよ」
なんて思ってたからか、ちょうどそこに九頭鞍さんがいらっしゃった。そうか、私は思い通りに人を呼び寄せることができる能力に、ついに目覚めてしまったのか。ならば今度は正統派の美少女をここに召喚したい。いや九頭鞍さんも正統派の美少女だけれど。
「いや、それが」
「副会長の好みって、わかりますか?」
私が事情を説明しようとするも、ほぼ同時に七未が九頭鞍さんに質問を投げかけてしまった。まぁ、それでもこの状況の説明にはなるからいいんだけどね。
「あー、あなた副会長の付き添いの子だったのね」
どうやら七未は九頭鞍さんに顔を覚えてもらっていなかったようで、今の質問で思い出されたらしい。
「副会長ね、硬いものとか噛みごたえがあるものが好きだよ。甘いものとかも好きだから、チョコレートとかいいかも」
噛みごたえからチョコを連想できる人は中々いないんじゃないか。おせんべいとかならまだしも。
「そうですか。ならチョコ系のお菓子を中心に買っていこうかな」
七未は九頭鞍さんからアドバイスを受けると、売店のお菓子コーナーからいくつか物をチョイスしてレジへと向かった。
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
「いえ、私も実はまだお会計済ませていないので、ちょっと待っててください」
私が買い出しに出てから結構な時間が経っていたので、まさかまだ買い出しが終わっていないと思っていなかったのか、九頭鞍さんは驚きを隠せないといった表情をしていた。
悪かったですね。こう見えても私は意外と移り気で不器用な性格なもので、二つ同時に物事を進められないのですわ。
「まぁ、まだまだ時間はありますから、いいですけれど」
変態を引き寄せる性質以外、私は案外普通どころかどんくさい女の子なのです。
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