第8話 野外露出のススメ



 放課後、二人のお弁当のお口直しとは名ばかりの、れいといちゃいちゃデート(勿論冗談ですよ?)を楽しんだ後、寮の自室へ帰ろうとエレベーターに乗っていると、突然後ろから声がかけられた。

「友梨佳さん、ちょっといいですか?」

「っとぉぉ! えっ!? なに!? いつ乗ってきたの!?」

 私が乗ったときにはいなかったはずだし、そもそも人の気配すらしなかったよ!?

「そんなことより、ちょっと私の部屋に来ていただけませんか?」

「えっ、まぁいいけど」

 こういう風に話の内容も聞かずについて行ってしまうから私は人、いや変態から好かれてしまうのかもしれないな。

 ちなみに声を掛けてきたのは……掛けてきた、あなた、だれ?

 私は後ろを振り向いてその顔を見たが、学校ではもちろん、寮でも見たことのない女の子だった。

 というかこんな美少女存在してていいのかよ。反則だよこれは。おめめぱっちりしてるしまつ毛長いし唇つやつやのお肌ぷるぷる、髪の毛だって輝いてるしスタイルも無駄がなくて完成されている。こういう美術品だと言われても納得できるレベルの美しさを、その女の子は持ち合わせていた。

 なに、こんな美少女がもっさい私なんかに一体どんな用があるというのだろうか。それはそれで気になるが、私は別の意味で女の子が放つ独特の雰囲気が気になっていた。

 まさかとは思うが、この子も変態なのではないだろうか。

 最近私の周りはたくさんの変態さんで賑わっているので、ここいらでまた一人変態が増えたとしても別段驚かないけれど、しかしこんなにかわいくて美しくて綺麗な女の子がまさか変態だなんて、夢にも思いたくはない。

 ぜひともこの子だけは正常であってほしい。

 でも、多くを欲してはならない。完璧を望めば、どこかに不具合が生じるのが世の常なのだ。ここは多少変態でもいいから、もう私の生活を脅かすレベルの変態性は持ち合わせていないことだけを願おう。一人なら何とかなるし、二人ではちょっとしんどい、三人寄れば地獄の沙汰である。私の成績のためや、学校生活全般の評価のためにも、ここはひとつ、この子を私と同じように常識人サイドに置いてはくれませんか、神様。

「……なに祈ってるの? はやく行くよ」

 どうやら私はこの美少女が変態ではありませんようにと心の中で強く願いすぎて、実際に祈るようなポーズをとってしまっていたらしい。まぁこれくらいの奇行はもう全然恥ずかしくなんてなくなっちゃったからいいんだけどね。

「それで、あなたのお名前は?」

 私はいつの間にか止まっていたエレベーターから降りて、謎の美少女ちゃんに質問をしてみた。すると美少女はものすごく驚いた顔をして私を見つめる。私、何か変なこと言ったかね?

「……それは何かの冗談ですか? だとしたら笑えないですよ」

「い、いや、冗談とかじゃなく……」

「……そう」

 あ、あれ? この感じだと私、この子とどこかで会ってるのか? でも本当にこんな超絶かわいいおにゃのこと会ってたりしたら忘れないと思うんだけどなぁ。

「まぁその話は後でしましょう」

 気を取り直した美少女は再び前に向き直り、私を置いていかない程度の速さで歩き始める。そのあと目的地の美少女の部屋につくまでずっと無言だったことは言うまでもないだろう。


 そんなこんなで現在私はとてもキュートでファンシーなお部屋に来ていた。なにこれ、不思議の国に迷い込んだみたい。

 美少女は私をアンティーク調の椅子に座らせ、キッチンから紅茶を持ってきてくれた。なんと気の利く女の子なのだろうか。こんな子が私の周りにも一人くらい入れば、まだ心労も少なくて済むのに。

「早速本題に入りたいとは思うのですが、まぁ時間もまだありますし、少しだけ雑談にお付き合いください」

「は、はぁ」

 いや確かに私の今日の予定はこの後部屋に戻ってお勉強くらいしかないが、時間に余裕があるのかと言うとそうでもない。れいと放課後デートに行っていたので寮長の点呼時間まであと一時間もないし。

「最近クラスはどうですか?」

「うん? まぁ普通じゃないかな。まだ体育祭とか文化祭とか先の話だし、私みたいな例外を除いたら結構話してないクラスメイトとか多い子はいると思う。雰囲気としてはほのぼのしてるって感じかな」

 これはどのクラスも大差ないだろう。とはいってもこの学校の体育祭は秋とかではなく、クラスの団結力や結束力を高める意味(うろ覚え)なんかで夏休み前に行われるらしい。なのでもうすぐといえばもうすぐではある。

 まぁこの子が訊きたいのはそういうことではないとは思うけれど。

 というか、質問がそもそも引っかかる。

 この美少女がどうして私のクラスのことを気にかけるのか、どうして学校や学年ではなくもっと限定されたクラスという単位なのかである。

 薄々感付いてはいたけれど、この子きっと不登校というやつだろう。

 一見きれいに見えるこの部屋も、よくよく見てみると洋服が散らかっていたり、カップ麺の空き容器が積まれていたり、パソコンやテレビが付けっぱなしだったりと、とてもではないが規則正しい生活を送っているようには見えないのだ。

 私自身不登校の子やいわゆる引きこもりの子の部屋なんかを実際に見たことはないけれど、なんとなく雰囲気で、どことなく私とは違うという勘の部分で言っているだけだが。

 何はともあれ、そういった子が学校に興味を持つというのは良いことなのではないだおろうか。そういうことなら私はいくらでも話に付き合ってあげなくもない。いやそんなに時間はないけれどね。

「友梨佳さん……本当に私のこと覚えてないですか?」

 と、言われてもなぁ。こんなかわいい女の子の知り合いなんてほとんどいないし、こんなに普通っぽい女の子の知り合いなんているはずないんだよなぁ。そういう規準で言うならばこの子もどこかおかしい変態さんってことになっちゃうし、それはいやだな。

「……それじゃ、これを見たら思い出してくれますかね」

 そう言って美少女は机の引き出しから一枚の写真を取り出して、私に手渡してくる。

 その写真にはとても見覚えのある変態が満面の笑みで写っていた。

「…………まさかとは思いますが」

 私は恐る恐る写真から美少女へと視線を移し、その姿を見比べる。

 そうか、人って服装とか髪型が違うとこうまで雰囲気が変わるものなのか。

「そうです、入学式の翌日に学校近くで野外自慰のためのスポット探しをしてたクラスメイトの緒原おばら七未ななみです」

「あの全裸コートの!?」

「そうです、あの全裸コートの」

「う、うそだ! あの時もちらっとだけど顔は見たし、こんなに美少女だったら嫌でも覚えてるはずだし!」

「あら美少女なんて、うれしいです。でも残念ながらこの美少女は野外露出趣味があるただの変態です」

 この子は、この子だけは普通の子だと思っていたのに。どうして私の周りにはドン引くくらいの変態しかいないんだよ!

 こうなってくるともう本当に唯一の救いがれいしかいなくなるじゃないか。

「まぁそんなこんなで事情はお察ししてもらえたとは思います」

「いやいやいや、分からんし。いやちょっと待って、あなたの趣味が野外露出ということは」

「さすが友梨佳さん、私が認めただけのことはありますね」

 認められたくないわ。こんな変態に認められても素直に喜べないわ。

 しかも今日私をこの部屋に招待した理由がもうなんだかお察しの通りっていうことは、つまりそういうことなのだろう。

「私はずっと一人で野外露出写真や自慰をしてきたのですが、いかんせん一、二か月もやっているとマンネリ気味になってしまいまして。そこでですよ、私は友梨佳さんに会ったあの夜のことを思い出しまして、一人でやるより二人でやったほうがより刺激的で多くの快感が得られるのではないかと考えたのです。でもこんな趣味を曝け出せる友人は残念ながらいません。だから、この学校で唯一と言っても過言ではない、私の趣味を知ってなおかつ面白おかしく吹聴しない友梨佳さんに頼んだ次第なのです」

「まだその依頼を受けるとは言っていないけどね」

「受けて貰えなかったら私、次の全体集会で全裸になって壇上で「友梨佳さんにやれって脅されました」って叫びますから」

 私が受けても受けなくても七未にはお得な話だってことは理解できた。けれど受けなかった場合、私の社会的な立場が抹殺待ったなしなので、現状受けるの一択しか用意されていない。

 こういった立ち回りって変態は結構うまいよね。交渉上手っていうか、断られても自分には損はないし、むしろ相手に逃げの一手を打たせないようにしている感じ。深桜ちゃんやリリィなんかにも言えるが、ほんと見せかけの選択肢の作り方がうまい。

「それでです。今回は二人いるということで、結構攻めた服装にしようと思っているのですが、どれがいいか迷ってしまって」

「私にそれを選べと」

「そうです! ほんと、友梨佳さんは話が早くて助かります。それじゃ洋服持ってきますので、ゆっくりしていてください」

 ゆっくりと言われても、もう点呼時間まで五分切っているのですが。と思いつつも七未が淹れてくれた紅茶を優雅に飲むことはやめなかった。意外とおいしくて残すはもったいないからね。仕方ないね。


「……えっと、どう言えばいいのか分からないのだけれど、うんどれでもいいんじゃないかな」

 数分後、私は七未が持ってきた洋服、と言っていいのかも怪しいほど肌が極端に露出した布を見せつけられていた。

 普段の私ならば女の子の肌が見えたらそれはそれはもう自分で自分を制御できないくらい興奮してしまうのだけれど、これはいただけない。後でおかずにするかはまた別問題ですけどね。

「どれでもいいとか言わないでくださいよ。ほら、これとかはすぐにお股開けるんですけど、ちょっと露出少なめなんですよね。で、これは結構露出度高めなんですけど、脱ぎにくいのが難点ですかね。それに比べてこれなんかは露出度も高めですぐ脱げるんですけど、デザインがいまいちなんですよ。どれも一長一短って感じなので、もう友梨佳さんの好みでかまいませんから、選んでもらえませんか?」

 選んでもらえませんかって言われても。

 さっきまで呑気に紅茶飲んでた私を呪ってやりたい。いやもうすでに呪われていると言っても過言ではないか。まぁなんだ、軽い拷問だよねって感じです、はい。

「私的には、うーん、これなんかがいいと思うんですけど、どうですか友梨佳さん」

「そうだね、それが良いと思うよ」

 相手が変態だって分かると、こうまで思考が停止してしまうのか。なるほど身が持たないわけだ。

「これですね! それじゃ今夜はこれを身に着けて一緒に深夜の自慰タイムへと参りましょう!」

 そうか、私が同行することはもう決まっていたんだっけか。あれ、私いつOKって言ったんだ? ま、どうでもいいかそんなこと。

「洋服も決まったことですし、今すぐに行こうと思ったのですが、まだまだ深夜と言うには早い時間ですし、もうちょっとおしゃべりしましょうか。ね、友梨佳さん」

「うん、そうだね」

 はっきりいってほぼ全裸状態の女の子とキャッキャウフフは大変に喜ばしいのですが、変態はお腹いっぱいなんだよな。おかずとしてはこれ以上ない逸品ではあるんだけど。

「私、思ったんですけど、全然友梨佳さんの性癖とかって知らなかったりするじゃないですか。そこでどうです、交互に興味のあるプレイとか今ハマってるオナ法とか、暴露しあいません?」

 したくないわ、そんな会話。

 どこの罰ゲームだよ。

「私はもちろん露出が一番ハマってるんですけど、それと同じくらいにハマってるのがあってですね」

 それからというもの、私は七未がいつも野外露出をする時間になるまでひたすらに性癖やプレイの話を聞かされるのであった。

 そして私がすごく疑問に思ったことが一つ。

 定時になっても寮長の点呼が部屋に来なかったことだった。

 まぁ理由はなんとなく、わりとぼんやりとだが、心当たりがあったりなかったりするんだよなぁ。


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