第5話 リリィと深桜ちゃんの友梨佳育成計画(仮)



 目覚めるとそこには、最近見慣れはじめた天井と今時珍しい白熱電球があった。

 どれだけ記憶が混乱しようが、今自分がいる部屋のことは瞬時に理解できた。

 自室である。

 簡単に言えばあのあと再び気絶した私を、深桜ちゃん以外の常識人、保健の先生やら担任教師やらがここまで運んできてくれたということだろう。

 とはいえ、未だに縄や下半身のガチャガチャは外されていない。これでは助かったとは言い難いが、あれだけしても私から離れることは一切なかった深桜ちゃんがこの場にはいないというのがせめてもの救いだった。

 まぁ、たとえ部屋の外まで付いて来ていたとしても、この部屋には絶対に入ることはできないだろうと思うけれど。

 私たちの学年で唯一個室というなんとも贅沢な深桜ちゃんは、二人部屋を割り当てられ、一緒になった人物が学年最強と謳われている女史だった私の苦悩が、分かるはずもないのだ。

 しろがねリリィ。

 雲中白鶴、才学非凡、才色兼備、閨秀作家、能工巧匠、というわけではないけれど、それなりに優秀で、期待をいい意味で裏切り続けながら、何をするのか全然わからないけれどめちゃくちゃ忙しそうな学年総括という役職をたった一人でこなす努力人。

 それがどうして学年最強なのかは私も本人もよくわかってはいないが、本人曰く「使えそうなものなら貰っておいて損はないと」ということらしい。

 そして今も、それをフル活用して私を守ってくれている。

 しかし、しかしだ。

 それはそうとしても、わがルームメイトはみんなが思っているほどに常識があるというわけでは、決してない。

 というかぶっちゃけ言ってしまえばほとんど常識なんて通じない。

 トイレにはお構いなしに入ってこようとするし、お風呂に乱入は日常茶飯事。自分の下着か私の下着かを確認しないのもいつものことだし、私のベッドに侵入はもう慣れ過ぎてしまって来ない日の翌日は体調を心配するほどだ。

 まとめてみると常識が通じないっていうより共同生活に慣れてないが正しいのかもしれないな。

 それともう一つ。

 なぜだか知らないけれど、私のことをものすごく好いてくれているのだ。

 そのことに関して言えば嬉しいとは思う。けれど、私には深桜ちゃんという女の子がいてそれどころではなかったし、なによりあの求愛にも似た言動の数々はちょっといただけない。

 私は女の子が好きで、百合が大好きだが、誰か特定の子と仲良くなってあれやこれやらがしたいわけではないのだ。

 ただ眺め、時にふれあい、純粋な心で女の子たちが過ごす何気ない日常を間近で感じていたいだけ。

 かわいい女の子がかわいい女の子にいたずらしたり、じゃれあいの延長でちょっとエロティックな展開があったりするだけでいいし、そこに私が入っていようがいなかろうが関係はない。

 今晩のオカズになれば、それで構わない。

 しかし、現状はと言えば、真っ白で汚れ一つない清らかな心の持ち主だと思っていた深桜ちゃんはいい具合にお病みになられているわ、ルームメイトはもしかしたら変人奇人ではなく変態痴女かもしれないわと、期待していた高校生活とは何もかもが違うではないか。

 だから、私はずっと外側の人間でいたいと思っていた。

 内側に入ってしまえば、きっと今のように理想とは違う現実を突きつけられるだけで、夢見ることも許されないから。だったら私はずっと外側で、綺麗に彩られた事実を見ていたかった。

 なのにどうしてだろうか、気付けば内側にいるどころか、事態の中心にいたりしてしまう。

 ああ、高校では、新天地ではもっとうまくやろうと思っていたのに。

 もう、中学のころのような経験はうんざりだ。

「あ、やっと起きたわね」

 私がひとりベッドに寝たまま天井を眺めて様々なことを思い出していると、視界の端から顔を覗かせるルームメイトが見えた。

「もう、保健室からここまで運ぶの大変だったんですからね。わたしにちゃんと感謝してください」

 私ももちろん感謝はしたいけれど、この子に感謝するってことを簡単にまとめると、ひとつ言う事を聞いてねってことだからなぁ。しかもそのひとつが恐ろしい。言葉に表すのも嫌なくらい恐ろしい。

「さて、そろそろ消灯の時間ですし、そろそろいつもの確認をしたいのですが」

 え、私そんなに意識失ってたの? それって色々とまずくない? どうして誰も病院に連れて行こうとか思わなかったの? 普通ならそうしない? あ、よくよく考えてみれば周りの子みんな普通じゃなかった。

 というか、いつもの確認って?

「はい、大人しく脚開いてね。大丈夫、痛いことしないから」

「え、え、ちょっと、何してるんですかね」

「なにって、処女検査」

「はぁぁ!!」

 なにそれ!? いつもそんなことしてないんだけど。

「友梨佳ちゃんが起きてるときに検査するのははじめてだったかな。まぁいいか、すぐ終わるからなにも心配しなくていいんだよ」

 いつもなら寝てる時間? 私は壁にかけてあった時計を見る。現在午後十時。夜も夜である。ということは私は約九時間ほど眠っていたことになる。本当に誰か病院に連れていくっていう発想はなかったのかよ。

 いや違うよ! それも大事だけど今の問題はそこじゃないよ! なに、そうしたらこの子毎晩そんなことしてたってわけ!? いつから!? そしてそれに気づかない私の熟睡度すごいな!

「ん? なんですかこれ?」

 まだ寝ぼけているからか、うまく抵抗できずに脚を開いてしまった私だが、そこには私も信じたくはないものがはめられている。

「リリィさん? ちょっといいですか?」

 そしてさらに信じられないことに、リリィの後ろには深桜ちゃんが立っていた。

「カギは掛けておいたはずですが」

「カギ? そんなもの掛かっていませんでしたよ?」

 あの様子からしたら合鍵作ってあったりとかピッキングとかしたんだろうなぁ。

「……ねぇ、ひとつ訊いていい?」

 リリィは今まで見たこともないくらい冷たい表情で深桜ちゃんを見据える。

「友梨佳ちゃんにこんなことしたのは、あなた?」

 そして深桜ちゃんも同様に絶対零度の凍える視線を向ける。

「友梨佳さんは、今日から私のものになったの。知らなかった?」

 笑顔が怖い。いや笑顔も怖いって言った方がいいのかな、この二人は。

「あらあら、友梨佳ちゃんはずっと前からわたしのものなのだけれど、誰に許可を得て自分のものって言ってるのかな?」

「本人から直接『結婚してください』って言われてよ。リリィさんは言われたことある?」

「もちろん、三日に一回はプロポーズされてるよ。つい昨日だってされたし」

「……へぇ、かわいい女の子には積極的につばをかけていく友梨佳さんにはやっぱり調教が必要ですね」

「それに関しては同意見だね」

「けれど、誰がなんと言おうと友梨佳さんは私のものです。こればかりは譲れません」

「いいやわたしのものです。もう同棲もはじめているわけですし、誰かが入る余地なんてないくらいに愛し合ってますから」

 お二人さんとも当人である私をまるっきり無視して私の所有権の話しないでもらいたいのだが。ほら、ここは冷静になって当人の意見を聞くとかしようよ。それがきっと一番平和的な解決法だからさ。ほらほら、私に意見を求めてくださいな。

 なんて思ってたからか、いきなりリリィに睨みつけられてしまう。その瞬間私は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「ねぇ友梨佳ちゃん。あなたは一体どちらのものになりたいの?」

「友梨佳さん、あなたは私のものよね? あの告白は嘘じゃないよね?」

 絶体絶命。まさにこの一言に尽きる状況だった。

 なんなの、なんで二人の視線には人を凍りつかせたり寒心させたりすることができるの? 目から光線でも出てるの? それとも赤外線? どっちでもいいわそんなもん。

「え、えーっと」

 何か言わなければこの現状を打破できない。しかし何を言ってもこの二人は私を諦めないだろう。

 ならば道はただひとつ!

「わ、私はみんなを愛したいんだよ! 深桜ちゃんを愛してるのは本当だし、リリィのことも大好き! というか女の子はみんな大好き!」

 嘘はついていないし、なにより博愛精神に富んだいい回答だと思う。そしてすごく遠回しに『私は誰か一人のものではないのです』という思いも含まれた素晴らしい答え!

 と、思っていたのはどうやら私だけで、二人は死んだ目のように光を失った瞳で私を見降ろしている。

「友梨佳さんはハーレムを作ろうとしているんですね、分かりました。だったら私は私以外の女の子を全員消してしまえば、私の願いも友梨佳さんの願いも叶うってことですね」

「ハーレムか、それもいいけれどそんなの作ったら私への対応がおざなりになりかねないよね。だったらもう友梨佳ちゃんをこの部屋から一歩も出さずに、一生をここで過ごさせれば、友梨佳ちゃんと私だけの世界が完成するね。明日から檻の作り方を勉強しなくちゃ」

 ぶつぶつと物騒なことをしばらくつぶやいていた二人だったが、カーテンの隙間から漏れていた電球の光が見回りの先生に見つかり、強制的に就寝させられるのだった。

 しかし、先生と話している最中も深桜ちゃんは後ろ手に鋭利な刃物(ペーパーナイフ)を忍ばせていたのには、本気で恐怖を感じずにはいられなかった。リリィもリリィでさりげなく花瓶とか置かれてるテーブル近くに移動してたり、いつか本当にやりそうで怖いよ私は。

 だが、あの絶望的な場面からは無事脱出できた。先生様様だ。れいの言葉を借りれば『問題の先延ばし』に他ならないのだと思うが、それでも今日無事にこうして眠りにつけることは、喜んでもいいのではないだろうか。

 が、考えてもみてください。

 ついさっきまで眠ってた私が、あんだけ衝撃的な事態が起こって疲れたとはいえ今すぐに寝なさいと言われても、無理な話だろう。

 だから私は、眠気が私を襲ってくれるまで、少しだけ明日からのことを考えてみようと思う。

 みんなとの接し方。みんなとの距離感。そして何よりも、良質な百合と的確な立ち位置と、自分の心のありかを。

 求めていたものと、与えられたものが違っていても、駄々をこねたりしないように。

 願ったことと、叶ったことがどれだけずれていても、誰かを恨まずにいられるように。

 嫌われて無視されて貶されたとしても、常に笑顔でいられるように。

「うぅん……友梨佳ちゃんの……おっぱいおいしい…………」

「…………」

 シリアスな場面でさえ変態に浸食されてしまう現状を、それでもいいかと受け流せるように。

 今日も明日もこの先ずっと、私は私を演じていけるように。

 今日も今日とて、そう祈りながら、深く深く、意識の奥に吸い込まれるように、再び眠りにつく。

 それではみなさんおやすみなさい。明日も、いや明日は良い日でありますように。


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