第3話 それはまだ私には耐えることのできない体験でした。



「さて、友梨佳さん。これとこれ、どっちがいいですか?」

 更衣室に入るなり、自分のロッカーから変態グッズを取り出す深桜ちゃん。むっつりスケベである私でも見たことのないものがわんさか出てきて、少しの間動きが止まってしまう。

 その隙を深桜ちゃんは逃さなかった。

「えいっ!」

「って何付けてんですか!?」

 私はいつの間にか制服を脱がされショーツを奪われると、代わりになにやら革で出来たショーツ状のものに所々鉄が施されている物体がはめられる。

 これは……!

「ふふふ、今後は私が友梨佳さんの排泄も面倒を見てあげますから、安心してください」

「安心できないです! なに!? なにこれ!? なんなのこれ!? 全然外せないんだけど!?」

「ただの貞操帯ですけど」

 ていそうたい? なんぞそれ?

「って、なに付けられてんのさ友梨佳!?」

 私の頭の中がいよいよ混乱の渦で支配されてしまいかけた瞬間、私の恋人、じゃなかった親友のれいが更衣室に入ってくる。

「誰ですかあなた私の友梨佳さんの名前を気軽に呼ばないでくださいせっかく私たち二人だけの空間だったのに勝手に入ってきたりして空気読んでください友梨佳さんの吐く息は私のものですし友梨佳さんの吸う息は私のものしか許されないのになに息してるんですか早く息止めてくださいそして早くこの場から出て行ってください友梨佳さんは私だけを見ていればいいんです私しか見ちゃいけないんですいいからこっち向く!」

 ひえぇぇぇ、深桜ちゃんの目こわいよぉ。すごく近いしその細腕のどこからそんな力が出てくるのってくらい顔が固定されて動かせないんですけどぉ。

 私は無意識のうちにれいへ手を伸ばしていた。

「友梨佳さんなにしてるんですかその手は何ですかまさか私を抱きしめようとしてくれているんですか嬉しいです!」

 しかしその手も深桜ちゃんの手でがっちりとホールドされる。それを自分の背中へと誘導すると、あら不思議、まるで抱き合っているかのような体勢になりました。

「ああ、夢にまで見た友梨佳さんの体温、私、今とても幸せです」

「……そうですか」

「友梨佳さんも、私とこうして密着出来て嬉しいですか? 嬉しいですよね? 嬉しくないわけがないですよね!? 嬉しいって言ってください!」

「……う、うれしいなぁ」

「ぁぁぁ、耳元でささやかれると、こんなにも気分が高揚するんですね。友梨佳さん、私、あなたを一生面倒見てあげます。だから、友梨佳さんは、私をずっとずっと愛してください」

「……あ、はい」

「はいじゃないよ!! っていうか私のこと忘れないで! 私ずっとここであなたたちのよく分からないお芝居見せられて苦痛なんですけど! ねぇ、今なんの時間なの!? 体育着に着替える時間だよね!?」

 なんだろうか、私もそうだが、れいのキャラも若干壊れてきてる気がする。普段はこんなに叫ぶ子じゃないのに。

 しかし、そうだった。私たちが更衣室までわざわざ移動してきた理由は体育着に着替えるためだった。ふぅ、れいがいなかったら私たち目的を見失ってしまうところだったよ。もうだいぶ自分を見失ってるけれど。

「あ、じゃあ私が友梨佳さんに体育着着せてあげますね」

「あ、はい」

 あれ? 私今なんて言った?

「友梨佳……あんたもうはいしか言えなくなってるんじゃ……」

 悲しいかな、そうなってしまっているんですわ。

 そんなれいの言葉は深桜ちゃんの耳に入っている様子はなく、今はただ私に体育着を丁寧に着せていた。それは傍から見れば着せ替え人形で遊ぶ少女のようだろう。この瞬間だけ切り取ればまぁ、百合と言えなくはないが、私の心情としては恐怖のほうが上回っていて、とてもじゃないけれど百合百合しい光景には見えない。

 深桜ちゃんは私に体育着を着せている間にも、胸や、太ももや、お尻、首、二の腕と、全身くまなく触ってくる。私は不覚にもその感触にちょっとだけ興奮してしまった。

 もう、いいかな。このまま深桜ちゃんにすべてをゆだねて生きていけば不自由しなさそうだし。

「友梨佳! あんた今ちょっと諦めたでしょ! もうこのままでいっかなって思ったでしょ!」

 さすが私の親友だ。言葉にしなくても私の心を的確に言い当てるなんて。

「はい、出来ました」

「………………」

 うん、なんだか体中に違和感がありまくりなのですが、ってこれは訊かなくても分かります。分かりますよ、はい。この感覚は全身縄で縛られているあれですよね。どうりでべたべたと身体触ってると思った。

「もう、どうでもいいわ……」

 恍惚とした表情の深桜ちゃんと、なにかを完全に諦めたれいと、現状を受け入れることでどうにか意識を保っている私という、なんとも奇妙な光景が完成したと同時に、運命のチャイムが鳴り響いた。

 果たして、私はこんな格好で体育を無事過ごせるのでしょうか。

「いや、ないわぁ」

 思わず心の声を漏らした後、私はその場にぶっ倒れた。


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