第2話 深桜ちゃんはきっと病んでいる。
無事地獄の午前授業を切り抜け、私はつかの間の癒し時間であるお昼休みを満喫していた。
やっぱり女の子の太ももはご飯のお供にぴったりだね!
「で、友梨佳。あれから深桜さんとは何か話とかしたの?」
教室の後ろ側でお弁当の包みを広げながら、れいはそんなことを訊いてきた。
「いやまだなにも」
「珍しいね。いつも積極的な友梨佳がアクション起こさないなんて」
確かに。中学生のころ『猪突猛進の百合馬鹿』と呼ばれていた私のことを知っているれいが、手をつながれた私がこうまで行動を起こさないことを珍しがるのは理解できなくもない。
しかし、今はまだそのときではないのだ。
入学から今日まで朝の挨拶から始まり、ごみの回収、食堂での偶然を装った接触、登校時間を合わせるといった小さな積み重ねで私は深桜ちゃんの好感度や親密度、信頼度を得てはきているだろう。けれど、それでもまだ足りないし、十分でない。
そんじょそこらの女の子であれば半月あれば私は砕けに行ったかもしれないが、こと深桜ちゃんクラスの難易度だと、そうもいかないわけで。まぁ、なんというか、今の関係を壊したくないっていうのが、私の本音なのだ。
深桜ちゃんといちゃらぶしたいし、手つなぎデートやお部屋で少しアダルティックな雰囲気にもなりたい。でもきっと、それは今の状態では絶対に叶わないことだから。今はこの、春の木漏れ日のような温かい停滞に酔いしれていたい。それほどまでに、愛おしいのだ。
……自慰で使用するかはまた別問題だが。
「でもさ、れい。あっちから手をつないできたということはさ、これはもう私を頂いてってことなんじゃないかなって、私思うんだ」
「何言ってるの馬鹿なの頭の中お花畑なの。妄想と現実の区別はつけないとただでさえ変態臭ただよう笑顔がますます変態的になっちゃうよ。正直それ以上気持ち悪くなったら私耐えられない」
「ぐはっ! そ、そこまで正直に言われると、さすがの私でも傷つきますよ」
実際私は声をかけられただけで『もしかしてこの子、私のこと好きなのでは!?』とか勘違いするし、身体に軽く触れられただけでも内側から溢れる温かな蜜で下着を濡らしちゃうし、体育着に着替える時に話しかけられた上にボディタッチでもされた日には『もうこの子と私はベロチューしたくらい深い仲ってことだよね』とか飛躍的解釈をする私だけれど、そこまで言われることはないと思うの。
…………冷静に振り返ると、私って、気持ち悪いな。ちょっと反省。
「もう私、友梨佳に対して何をどう突っ込んであげればいいか分からないよ……」
私が心の中で日ごろの行いを省みていることなどつゆ知らず、れいはそんなことを言ってきた。
「あっ、突っ込むといえばさ、れいは自慰のとき突っ込む? それとも突っ込まない?」
「昼間から何訊いてるんだよあんたは」
「だって気になるじゃない。他人はどうやってやってるのかなとか」
「気にならないだろ、普通」
そうかな? 私とかすごい気になるし、気になり過ぎてせめて声だけでも聞こうと毎日壁に耳を当てたりとかしてるけれど。ちなみに深桜ちゃんの部屋からそういった声が聞こえてきたことは未だにない。もう一方のお隣は、結構な頻度で聞こえてきます。結構大人しそうな子なのになぁ。
「あっ、私はどっちかと言えば」
「言わなくていい。言わなくていいし聞きたくもない知りたくもない」
「ク」
私がれいを無視して自分の自慰法を言おうとした瞬間、目の前に天使が現れた。
「なんだか楽しそうですけれど、なんのお話をしているのですか?」
「リんぐむうんん」
私は動き出して止まらなかった口を塞ぐ。こんな言葉を大天使に聞かせるわけにはいかない。
「深桜さん。私たちに何か用ですか?」
挙動がおかしい私の代わりに、れいが深桜ちゃんに要件を聞く。
「日直の仕事が今終わって教室に戻ってきたら、なにやらお二人が盛り上がっていましたので、つい気になってしまいまして」
深桜ちゃんが、私のことを、気になっただと?
こ、これはもう告白として受け取っても問題はないのでは!? いや絶対に告白だ! きっと深桜ちゃんは勇気を振り絞り、精一杯の言葉で私に愛の告白をしに来たのだ。
ならば、私はこれに応えるしかない!
「……深桜ちゃん」
席を立ち、私は深桜ちゃんの手を取る。れいは私の異様な雰囲気に気付いたのか、若干引きつった表情を浮かべていた。
「は、はい」
「大好きです。結婚してください」
「はい」
「ぅえ!? いいの深桜さん!?」
……あれ? 私今何を言ったんだ? れいがなにやら騒いでいるけれど、そんなにやばいこと言ったのかな? 私。
「え、はい。だって、友梨佳さんって、すごい調教のしがいがあると思いません?」
ん? 今すごく不穏な単語が聞こえてきた気がするぞ。
私は直感でこの子はちょっと危ないということを判断し、握っていた手を放そうとするが、しかし、深桜ちゃんの方が私の手を放してはくれなかった。
「ねぇ、友梨佳さん。私たち、もう付き合ってるんですよね?」
「……はい、そうです」
未だ事態を把握できたとは言えない私の脳は、深桜ちゃんの問いに対して適当に答えてしまう。
「なら、友梨佳さん。今後私以外の女の子との接触、会話、直視を禁止します」
「……はい、わかり」
「いやちょっと待った!!」
そのとき、私の親友であるれいが私たちの間に割って入ってきた。
「なんですか?」
さっきまで満面の笑みを浮かべるくらいの明るい声だった深桜ちゃんが、れいと対峙している状態の今はひどく凍えそうな声色に変わっている。
「接触、会話はまだ理解できるよ。いや理解できないですし理解したくないですけれど。でも直視って無理じゃない? ここ女子高だし、教師も女性しかいないわけだし」
「だったら、学校では目隠しをすればいいのではないでしょうか?」
「それじゃまともに授業受けれないのだけれど」
「友梨佳さん、だれが発言を許可したの? あなたの声はもう私のものなのだから、他人のいる前で無闇に声を出さないでください。それとも、その口を無理やり塞いでほしいのかしら」
え? どうやってですか? まさかキッスとか!? 情熱的に私の初めてが奪われてしまうの!?
と、こんな異様な空気の中でも(私の中では)正常な思考をしてしまうあたり、まだこの深桜ちゃんという女の子の異常性を理解しきってはいなかった。
「はい、これ」
深桜ちゃんがスカートのポケットから取り出したのは、なんと猿ぐつわであった。なんでそんなもの持ってんのさ。
それを私の口に素早くはめる。が、それをれいが強引に奪い取る。
「な、なんでこんなもの持ってるの!? しかも当たり前かのように友梨佳にはめないで!」
「何を言っているのれいさん。もうこの子は私のものよ。どう扱おうが私の勝手でしょ」
「か、勝手じゃないわよ! 大人しそうな顔してとんでもないわねあなた」
ここまで感情を露わにして叫ぶれいははじめて見たかもしれない。
「ふふ、でも嬉しいわ。ずっと前から狙ってた友梨佳さんが、まさか私のことを好きだったなんて」
ずっと? 少なくと私たちがはじめて会ったのは一か月前だし、そこまで前というわけではないような。
「入試の日からずっと狙ってた友梨佳さんが、まさかこんなに早く私のものになるなんて、思っていなかったわ」
入試の日から! これ私が受かってなかったらどうしていたのだろうか? まさかとは思うが、私が受けた学校全部で入試受けたとかないよね?
「いやはや、大変でしたよ。何か月もかけて友梨佳さんが受ける学校全部を把握するのは」
やってた! この人本物だ!
「ゆ、友梨佳。この人、頭おかしいんじゃ」
「うん、おかしいと思う。私よりもずっと、私なんて比較にならないほど、おかしいと思う」
まぁ、私もこんなに頭のおかしい子を選んでしまったのだから、責める立場にはないのだけれど。
というか、こんなに頭のおかしい所を見せられても、私は深桜ちゃんのことを一切嫌いになっていないわけで。これはもう、運命なのかもしれない!(錯乱状態)
「ねぇれいさん、私の友梨佳さんと仲良くお話ししないでもらえるかしら。今私、とても嫉妬しているわ。嫉妬心で心が焼き切れそうだわ」
背筋に悪寒が走るほどの視線。何この子、真性のヤンデレさんなの?
と、そこでお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「あっ、そろそろ次の授業の準備をしなくてはいけませんね」
それを聞くと深桜ちゃんは人が変わったようにいつもの表情へと戻り、自分の席へと歩いていく。
「……助かったの?」
「助かったというよりも、問題の先延ばしな気がしないでもないけれど、まぁ今は安心していいんじゃない?」
れいはそう言ったが、午後最初の授業が授業なので、私はとても安心できなかった。
おっぱいとお尻、そして太ももが太陽の下で揺れ動く大変艶めかしい授業、そう体育が待っているのだ。
朝はあんなにも期待に胸を躍らせていたのに、今はもう不安しか抱くことしかできなかった。
「さぁ、友梨佳さん。さっそく体育着に着替えに行きましょう」
「あ、ちょっと待って」
いつの間にか戻ってきていた深桜ちゃんに私は連れ去られるように引きずられていく。
「お、おい! 二人きりにするとすごく不安しかないから私も行く!」
そんな私を見て、れいは慌てて後を追ってくる。
なんだろうか。
こんなにも女の子に囲まれて過ごして、私はすごくうれしいはずなのに、全然心躍らない。
その原因と言えば、そう、私を引きずりながらずっと笑顔の、私がこの学校で一番かわいいと思って狙っていた、深桜ちゃんだった。
ふたを開ければそこは闇、もとい病みを抱えた少女一人なんて、この自称変態とこ私でもとても笑えない。
でも、なんだろう。この、私の中から溢れてくる不思議な感情。わ、私、もしかして――
「おい! 深桜も深桜だが、強引に連れ去られて嬉しそうな顔するな! この、ドM友梨佳が!!」
そう! ドMだったのね!
なんて、私が新たな性癖に目覚めている間にも、更衣室へとたどり着いていた。
いつもは天国への入り口だと思っていたこの扉が、今日ばかりは地獄の門だということを、私はこのときまだ知り得なかった。
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