第3話 此処より永久に
どうにも人生が上手く回っていない、と自覚した時には既に遅かった。その時にはもう俺は大学を卒業してしまっていた。何の武器も持たぬまま社会に放り出されていた。いや、武器を持とうとするその思想こそが根元的に間違っているのだと、当時の俺は信じてやまなかった。
高校時代にバンドを組まなかったことが悪いのか、それとも大学時代に分不相応な恋に耽ったことが悪かったのか。何れにせよ、俺は三〇手前で未だ何者にもなれておらず、そして「何者かにならねばなるまい」との殆ど強迫観念に近い思いはむしろ日毎に強まって行った。人生に、未だに出口を見付けられずに居た。そんなものはどこにもないのだと早めに気付けた人は幸運だと思うし、実際その気付きによって彼らは外に出て行けたように見えた。けれど俺は未だにここだ。ここに居る。俺はここだ、と胸を張って叫ぶことの到底叶わない、惨めで虚しいクソみたいな日々をここで過ごす。
早くやりたいことが見付かればいいわね、とばあちゃんは俺に会う度一万円の小遣いを渡しながら、言う。その都度俺は何か思い付きを言った。大学院に行く為に勉強をしている、三〇までにワーホリに行くよ、あ、JAICAもいいかも。日本語教師の勉強を始めたよ。今小説書いてるんだ。
やりたいことなんてある訳がない。馬鹿にしてんのか、と思いながら俺は手渡される一万円の為に三秒で考えた物語を話す。秒給約三,三三三円。時給にするとぇえっと幾らだ?六〇倍の六〇倍だから、千百九九万八千八百円、か。すげえ。億万長者じゃん、やった。人生の目標、叶えたい理想。そんなものを持てたことは一度もない。でも、それがないと人生は先に進まない。先に、っていうか後も先もないんだろうけど、とにかく日々を一分一秒を過ごすことが、それだけで堪え難い苦痛になる。何もかもが徒労に感じて呼吸を停めたくなっても、呼吸を停めること自体に相当な労力を要されるから、惰性で続けてしまう。アメリカに渡った友達は、「呼吸を停めようと思えば停めれるし、食うのを我慢すれば死ねんだよな。でもそれをしないってことは、結局俺らは日々生きることを選んでる、ってことなんだろうな」と言っていた。果たしてこれが生きていると言える状態なのか。死んでいないことと生きているということとはどう違うのか。そんなことを中途半端に目覚めた深夜三時からぼーっと考えていたら夜が明けた。外は雨。久々に彼と話したくなったところで眠気が襲った。
昼過ぎに目覚めて枕元のスマホでツイッターを開く。リプはない。俺はベッドから起き上がり窓を開けて煙草に火をつける。肺の奥一杯に広がる虚しさが人生のすべてを肯定してくれているような気がした。どこへも行けないと嘆くが、そもそもどこかへ行く必要なんてあるのだろうか。ここで安穏と、寿命が来るまで人生をやり過ごせばいい。それはそんなに難しいことではないし、第一お前は無害なんだ。残念ながら、お前はお前が自身に期待するほど世界にとって有害な存在じゃないんだよ。そもそもそんな影響力なんてないんだ。別に今お前が死んだところで世界は何一つ不足なく回るし、畢竟それは全人類に言えることだ。別にお前一人じゃない。お前が孤独に使命を抱えたり、その使命を果たせぬことで自分を責めたり、そうやって自分を責めることで慰められたりする必要は、全然ないんだ。つまりお前には生きる意味がない。分かるか?
うるせえ、と呟いてサッシに煙草を押し付けて消す。それからまたスマホを手に取り、メールを開いて目ぼしいバイトがないかチェックした。今日は武道館での夜勤の搬出の急募がかけられていた。
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