第2話 資本主義のフルコース

 今日もバイトに行った。当たり前のことだが生きていく為には金が要る。というより、金を使わない生き方を選ぶコストが高過ぎると感じる為に金が当たり前に必要な生活、金を使うことが当たり前な生活を選んでいる。けれどいくら生きる為に金を使うことが当たり前な生活を選んだところで、別に当たり前に金が手に入る訳じゃない。金を手に入れる為には働かなくてはならない。それが、金を使うことが当たり前な世界での「当たり前」なのだ。今のところは。

 昼過ぎから桜の花見クルーズのガイドをし、一回一時間程度「はい、ではですね」と調子良く発声していれば最低保障で六千円も貰える。なんだこのボロい儲けは。うははは。しかし給料は月末締めの翌月十五日払いである為、いくらワリが良かろうが喫緊の銭に困窮している俺には焼石に水、というとちょっと違うか。なんて言えばいいんだ。とにかく無意味だった。無意味ってこともないんだけど薄味の意味だった。大体来月の十五日まで生きていられるかも分からない。今月始まったばっかだぞ。そういう訳で朝家を出る前にメールの入った別の会社の派遣で夜は宅配便の仕分けをすることにした。給料は二営業日後に振り込まれる。実質日払いだ。こちらは時給千円で五時間、つまり五千円の労働だった。一時間で六千円稼いだ日の夜に五時間働いて五千円を得る。なんだか資本主義のフルコースを味わい尽くしてもうお腹一杯、一刻も早くここから出してくれという気分だ。



「オオキナニモツのトキは当たらないヨウニ後ろ、キオツケテネ」

 とベルトコンベアにラックからひたすら荷を放り込んでいると、流暢でない日本語で青年が注意を促してくれた。俺はありがとうと言ってまた荷を放り込む。さっきトイレに行こうとしたら「どこに行くんだ!」と必要以上の声量で怒鳴ってきた社員の顔を思い出し、俺は思わず段ボールをコンベアに打ち付けて潰してやりたくなる。来る日も来る日も物を運び、時間通りに物を運ぶ方法に最適化された人格は最早人間とモノの区別が付かないらしい。擦れ違うどの制服を見ても目には恐ろしいほどに光がない。お前ら瞳にツヤ消しスプレーでも吹き付けてんのかよ。とにかく荷物を出して金を払えば何とかなると思って人は荷物を送るのだが、何とかしているのも人なのだ。そういうことは余り意識されない。というか視界に入らないので気付かない。勿論俺も、ここまで金に困らなければこんな場所には来ない。即ち、ここで働いている日本語が流暢ではないベトナム人やフィリピン人や中国人の存在に気付かない。気付かないことに何の後ろめたさを感じることもなく、一時間で六千円儲けた、やったぜ、とのほほんとしていたのだろう。いや、流石にいい加減そんなことで自己嫌悪に陥るナィーブさはもうない。この世の中には厳然と格差があり、俺は自分ができるだけ損をせず得をできるように花見クルーズのバイトに応募したのだった。そこで、俺が一時間で六千円を稼いでいる間にも五時間休みなく身体を動かし続けて腰が痛くなっても時間まで働いて五千円しか稼げない人々が居ることは織り込み済みの筈だった。

 いや、それは流石に自分を美化し過ぎているか。別に俺にそんな強靭な「見捨てる覚悟」なんかなかったし、だからその覚悟と引き換えの「いつ刺されても文句を言わない」潔癖さなんてものも持ち合わせていなかった。だから俺はこの二つの労働現場でのあからさまな格差に眩暈がしそうになった。なんなんだこれは。労働がキツくなればなるほど賃金が下がっていく。そして緩くて高給な仕事は別にそれだけの質の高さが従事者に要求されている訳でも消費者に保障されている訳でもない。単に運だ。面接官に気に入られてその役割を与えられることができるかどうか、ということでしかない。仕事の内容なんて、別に誰がやったって大差ないのだ。少なくとも俺は、俺の「ご覧ください、右手にね、桜が見えております。皆様ごゆっくり堪能して頂ければと思います」が時給六千円に見合うとは思っていない。詐欺だ、こんなのは。この社会では労働が生存の為の必要によって基礎付けられている訳ではなくて、むしろそれ自体が生存の資格として目的化されているから、殆どの労働は単に「仕事をしている」という形式を整える為だけに要求される。要するに、現在この社会でワリを食うことなく働こうと思った時にされるべき仕事の殆どはプチブル相手の詐欺商売みたいなものだ。

 ベトナムから来たという青年の名はラムニと言った。俺は勤務終了時間になったので少し話をしようと誘い、仕事を手解きしてくれた礼にジュースを一杯奢った。食うか食われるか。この世が本当にゼロサムゲームなのかは知らないが、そう思い込んでいる人々の作ったルールで戦わなければならないのなら、俺は無数のラムニたちがちゃんと食えるように日本語を教える仕事をするのもいいかも知れないと思った。日本でちゃんと金を稼いで、時給六千円の仕事をラムニが出来るようになればいい。そうは言っても十年、二十年後には、皮肉ではなく「円なんか稼いでも何の意味もない」世界になっているかも知れない。そうなる前にラムニには日本語を教える必要があるし、日本語を覚えたラムニがきっとそういう世界を作るのだろう。お前らが作った社会じゃないか、ザマを見やがれ。という思いはやはり俺には根強く、もしもそういう世界を作れたら少しは溜飲も下がるかも知れない。

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