03.昔々の平穏

『ガァ"ア"ァ"!』

「早く!こっちに走れ!」


ゾンビって呼んでいいのか、こいつらは。

もうただ必死で、陸自の人が呼ぶ方へ走って行った。


ゾンビなんて、架空のものかと思っていたのに。

息が持たない。足がもつれそうだ。


「広樹さん!僕の方、もう弾が…!」

「あと少しだ、持ち堪えろ!」


地下駐車場。シャッターが完全に閉まる前。

俺はギリギリでシャッターをくぐり抜けた。

そのまま倒れこむ。


バラバラバラ、カランカラン。

銃砲の音と薬莢の落ちた音がやたら耳に着いた。


「った、早く閉まれ!早く…っ!」



-ガシャンッ


『ァ"ア"ァ"…ァ"ア"ァ"ア"…』


ガシャガシャとシャッターをひっかいたり、叩いたりする音だけが響いて、そのあとに"恐怖の音"が聞こえてくる。

どくん、どくん。と。


「一体、っな、んなんだ、あれ…!?わ、わけが…ッ…わからな、い…!」


息が整わない。どんなに深く吸っても吐き気と咳しか出てこなかった。

そんな中、陸自の人は背中をさすってくれる。


「君、噛まれた所はないか?」

「は、…っない、ずっと逃げ…回って、きたから、無いです…」


陸自の人の傍で弾幕を張っていた男が、じろじろと俺の体を眺めてくる。

あれか、ゲームでいう、《噛まれたら感染する》。

いやまさか、そんな事。


座り直して、ゆっくり息を吐いた。



「そうか、良かった。我々が知る中では、あの怪物に噛まれると同じようになる、と情報があってね…まるで、ゲームのように。」


そんな事、あった。あり得てしまった。

陸自の人を見遣っては、思わず自嘲する。


「そりゃ、笑いたくもなりますよね。僕も最初はそうだった。…僕はちひろ。」


手を差し伸べられ、それを掴む。

立ち上がって、命の恩人達を見つめた。


「自分は広樹、と言います。PSSF…Private Safety Security Forceの一隊員です。」


そう言って広樹さんはやつれた顔で笑った。


「俺は、雄星。雄星です。助けてくれて、有難う。」




---




PSSF.

Private Safety Security Force.

単純に、民間警備隊だ。

このバイオテロの為に傭兵や、軍隊をかき集めたその場限りの大隊。

取り残された生存者を護り、安全に保護するのを目標とする。


-最も、安全な場所なんて既に無いが。


意外にも、雄星以外の生存者が、そこには沢山いた。

尚更、安全な場所なんて無かった。



鳴らない、動かない携帯を片手に雄星はぼんやりする。

仕事に来た筈のこの国で、いきなりのゾンビ集団。

自分の家には勿論、帰れなかった。

その時にはもうどこも、機能していなかったから。


真っ黒の画面を見つめて、雄星は深々と溜息を吐いた。



「あいつら、生きてんのかな。」

「毎日聞くね、それ。聞き逃したこと無いんだけど。」

「ちひろさん。」


もうそんな時間か、と携帯を胸ポケットにしまうと、雄星は声のする方へと体の向きを変える。

見回りに来たちひろが困ったように眉を下げた。


「…諦めないのは良いことだけど、もうカレンダーは無いよ。ついでに言えば備品も調達しに行かないとほぼ無いけど。」


駐車場の出入り口を見張るという日課が終わったようだ。

M4を持ち直す雄星の肩をトン、と軽くちひろは叩く。


「明日の朝、繁華街に行くらしい。若いのは早めに寝て体力温存しとき。」

「若いって言っても、ちひろさんもあんま変わんないでしょ。」

「まあね。」


悪戯に笑っては出入り口をしっかり見つめた。

これで雄星の仕事は今日のところ終わりだ。


毎日だって忘れたことは無い。

本来なら、こちらに遊びに来るはずだった友人達。彼らと会えないまま、カレンダーは捲れなくなってしまったのだから。


「わかってるけど。あいつらなら、何とかなってそうな気がするんだよな…」


どうしようもなく、頭を掻いた。

さっさと寝て、明日に備えなければ。

明けない夜は無い。



---



都心部から西にある繁華街。

PSSFが拠点とする地下駐車場も、西部にあった。

朝、陽がようやく地面を照らし始めた頃。

彼らは地上に出るドアを静かに開けた。


「繁華街は、人が多くいた場所なのはわかっているな?つまり、そこにはゾンビ達がぞろぞろと彷徨いている。」


広樹は両手に持つ89式小銃をカシャリと小さく揺らした。

弾は軍から支給された為、まだ闘うだけの数はある。

但し、節約をすれば、だ。


「その分手付かずだから、スカベンジャーもギャング達も来ないんだよね。…まあ、を除くけど。」


広樹の後ろをついていくちひろは、64式小銃を肩に担いでわざとらしくため息をつく。

そんな中、雄星は首を傾げた。


「ああ、雄星は知らないか。スカベンジャーもギャングも僕らと大体同じような感じ。避難民みたいな?でも一部、凄いのがいてさ。」

「自分達はそいつらのことをDtPと呼んでる。…感染していようがいまいが、火炎放射器でヒトを燃やす集団さ。」


こんな世界になってからというもの、仕方ない反面残酷過ぎる事が多い。

そう言って広樹は眉間にしわを寄せた。

徐々に陽が昇り、照らされる道を警戒しながら2人は先に行く。


「むごいな…」


雄星はぼそりと呟くも同じように後をついていく。



「そういえば、広樹さん。僕ら3人があそこ出てって良かったんですか?」

「他の軍人も残しているし、俺が居なくても指揮は他の奴が執る。俺達はただ物資を確保して来るだけだ。」

「なら大丈夫ですかね。あっ、ここの道右です。」


ちひろの案内により繁華街への入り口についた三人。

彼はここらの市民だったらしく、詳しいらしい。

それを頼りに三人は立派な門を潜り抜ける。


今の所、ゾンビの存在は確認出来ない。


「変だな、妙に静かだ。」


広樹は辺りを見渡して、眉間にしわを寄せる。

こちらとしては好都合だが、どうにも気がかりらしい。

そんな中、雄星が足を一つ踏み出した時だった。



「ん…?」


くしゃり、と小さく音が鳴り、何か踏んだ感覚がする。

足をどけて確認すると、そこには煤こけた紙があった。

半分以上は燃えてしまったのか、踏んだことにより粉々になってしまっている。

それを拾い上げ、良く見つめる雄星。


「ゆーせー、目悪いんだっけ。」


ちひろがその様子を見て軽く笑った。

だがその笑みは雄星には届かず。

見つめる相手の表情は希望にも絶望にも映って見えた。


「これ、俺の家の、住所が載ってる…」

「えっ、何で?」


広樹とちひろがそのメモを覗き込む。

ばくばくと大きくなる心臓がやけに耳についた。


「半分、無いけど。このきったない文字…」



「雅人…?」


その名前を出した瞬間だった。


「くそ、あの野郎何処に行きやがった!?」


突然の怒声に三人は一瞬にしてばらけ、物陰に隠れる。


「散々煽って来た割にはさっさと逃げやがって…おい、ファーシ。あと悠。二人はそっちを調べろ。冬彦とジェイは俺と来い。奥を調べに行く。」


何かあったら無線で呼べ、とそう残すと三人の影は繁華街の奥へと消えていく。

ガシャガシャと物音が聞こえる。



DtPだ。しかも主力揃いだぞ…静かに、…」


小声で二人に指示する広樹は身体を極力小さくし、隠れた。

二つの影が三人へ近づいてくるのが、機器のこすれる音でわかる。

ただ静かに、静かに通り過ぎるのを待った。





-だが、それは叶わず。

丁度彼らの脇を通り過ぎたころに無線はノイズ雑じりに鳴った。


{こちら冬彦!ファーシ、悠、はよこっち来て!あいつを見つけた!}

{あっぶ…っ…そ、あん…ら…!}

「こちら悠、了解。直ちに向かう。オーバー。」

{おうあくしろ!冬彦アウト!}


ゴォォォオ、という音を出しながら通信は終わる。

恐らく、火炎放射器を使用しているのだろう。

一人がいびつな形をしたマスクを被り直して踵を返した。


「悠さん、やっぱりこんなの…」

「これは仕方がない。感染している恐れもある。…行くぞ。」


もう一人も首を縦に振ってフェイスマスクを直した時だった。



「行かせねえぞ。」


M4を構えて、隠れていたその身を出し、”敵”へと銃口を向ける男。

それによって一つの火炎放射器は恐ろしい口をM4を構え微動だにしない雄星へと向けた。


「誰だ。」

「お前らは行かせない、あの声…あいつは俺の友達なんだ。行かせてたまるか。」

「…その割には、銃口が定まってないな、君。」


カチャリ、マスクの男が持つソレの引き金が鳴った。




「安全装置良し!弾込め良し!単発良し!」


雄星がハッとした時には既に広樹は銃を構えて、敵の後ろについていた。

指はトリガーに触れている。

瞬間、雄星の視界は揺れた。


「雄星!!」

「撃てッ!」


―タァンッ

大きな掛け声とともに銃声が響き渡る。

ちひろが雄星の背を強く蹴り飛ばし、射線上から逃がした為、銃弾は彼を貫通させることなく飛んでいく。

―しかし、的にも当たらず。

広樹は避けて隠れた二人をそこから出すまいとトリガーを引く。



「こっこちらファーシっ!小澤さん、他にも居た!」

「こいつらはPSSFだ、交戦する。」


無線通信が行われる中、ちひろも64式で加勢する。

雄星が立ち上がれば、「行け!」とちひろが声を張る。


「あーもう、こっちは僕がやる!早く行け!」

「行かせるか!」

「早く助けてやれ!」


物陰から銃口だけが顔を出し、乱射して来る中。

頷くと雄星は駆けだした。




―――




「おーおー、まだ逃げ回んのか?」

「ちくしょ、いてー…」


急いで家に逃げ入ったのはいいが、暗くて何も見えやしない。

火傷した背中がひりひり痛んで仕方がない。


「小澤さんー、あっちにゾンビ。」

『ア”ア”ァ”…』


ゴウッ、と言う音がした。

その後にパチパチパチ、と焦げる臭いがこちらにも来る。

燃やしやがったのか、吐きそうな臭いに思わず口をふさいだ。


「ひゅー、さすが。」

「さてさてぇ、どこかなどこかなー、熱くないでちゅよー。」

「ぶはっ、草不可避。」



あいつらが徐々に近づいてくる。

手元には拾ったM9しかない、残弾は、3。


一発ずつ、やるしかないか。

隠れていた場所から顔を出し、銃口を向けたその時。



「雅人!」


聞き覚えのある声が部屋に響いた。

放射器を持った三人が一斉に振り向くとそこには昔馴染みの顔。


「稲葉…!?」

「お前ら、それを下ろせ!」


そう言ってM4を構える。

少したじろぐ三人の隙を見て、俺はその脇を走り抜けた。


「しまった、」

「チッ、逃がすか!」


放射器を構えられ、火を吹き出すソレ。

同時に発砲音も家に響く。


すると、他の部屋からうめき声が聞こえ始めた。


『ウァ"ア"ァ"、ァ"…』

「おいおい待てよ、クソッ!ジェイ!冬彦!」


ぞろぞろと部屋から出てくるのは、ゾンビ達だった。

慌てたように仲間の名前を呼ぶアタマ、ゾンビの数は俺たちより多く…


「行くぞ雅人、早く!」


そんなことどうでもいい!出入り口に立つ稲葉目掛けて走る。

俺を確認した稲葉もそこを退き、走り出した。


『ガァ"ァ"アァッ!』


寸でのところで危うくゾンビに捕まりそうになるも、M9で肩を撃ち抜き、怯んだ隙に外へ飛び出す。

後ろでは火炎放射器がゾンビ達を丸焦げにしていくのが見える。

一息つく間も無く、彼奴らも外へ出ようと走ってきた。


「雄星っ!」

「広樹さん、ちひろさん!」

「そいつがマサト、だね?逃げるよ、ゾンビ達が音に反応して集まってきた。」


ちひろと呼ばれた男にパッと身体を見られるも、とにかく走れと言われ陸自の男の後に付いていく。

追いかけてくる彼奴らを牽制しながら。



何はともあれ、俺もその人達について走って行った。

陽も、もう落ち始めた頃だった。





---





「…何の、収穫もなかったな。」


ちひろのその一言に肩を落とす。

繁華街から離れ、拠点である駐車場への帰路を歩いていた。


「いや、そんな事はない。現にマサトさんは救えたし、繁華街以外にも物を置いてる場所はある。」


軽くなったバックパックを背負い直し、雅人を見遣る広樹。

背中に大きく火傷をしてはいるが、そこまで酷い訳では無いのか、雄星と話している。

ただ、疲労は見えた。


「また明日、動ける者を集めて違う場所に行こう。そうすれば…」


広樹は突然、言葉を紡ぐのをやめた。

瞬時に銃を構える。

それを見て他の皆も進行方向へ銃口を向けた。


「…違う、あれは吉田…?」

「斗真?なんでだ、あの子は待機組のはず…」


こちらに走ってくる姿は紛れもなく人間。

しかし走り方がぎこちなく、血塗れだ。

斗真と呼ばれたその人に向かって小走りで寄る。


「吉田、お前どうしたんだその怪我は!?」


斗真の傷だらけの身体を広樹が支えるとちひろがすかさず噛み跡が無いか確認する。

怪我は致命傷に近く、腹部に銃痕が見られた。


「噛み跡は無い…雄星、止血するからリュックから止血帯、薬、包帯。」

「は…ッ、だめ、戻るな…」

「喋んな斗真。幸い弾は貫通してる…マサト、これ持って警戒。」


64式小銃を雅人に半ば投げるよう渡せば、脇道に移動し斗真を寝かせるちひろ。

膝をついて脂汗をかく彼を覗き込んだ。


「はやく、とおく…に、逃げろ、」

「だから、話すなって…」

「やつら、がくる…っ!」



Grim Reaper死神が…!」



         セイジャクはすぐそこ。


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End. SitCatS @kilo1030

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