02.強いて言うなら

都心部から東に離れた街中。

やがて陽が沈む。

最近になってようやく【ヤツら】の動きを掴めてきた。

陽が沈み、空に黒が広がって行くこの時間帯。

【ヤツら】の行動は劇的に活発になる。


そう言えば、【ヤツら】と呼ぶのは良いのだが、割と面倒臭い気がするな。

彼はボソボソと1人呟きながら、足早に車と車の間を抜けていく。

この道を使って逃げようとした、無機物の残骸達。

勿論、この辺の物は殆ど無くなっている。

名も無い《彼ら》が拾って行ったからだ。


「そうだ、こうしよう。あの怪物は今日からだ。」


思い付いたように足を止めて手を叩くと被っていたフードの位置を直し、再び歩み出す。

深くかぶったフードの奥に映えるガスマスクは、数年前の日常では見かけることの無い、異常なものだった。


-今では、それが日常なのだが。


のんびりと、それでも足早に歩く彼の目の前に、ふ、と見慣れた人影が現れた。


「なんだ、なるくんか。いきなり現れるのはよしとくれよ。」


思わず歩みを緩めナイフを構えるも、一気に脱力する。

なる、と呼ばれた男はお手製のサプレッサーを付けたAKを抱えて自信満々に胸を張ると彼の隣を歩き始めた。


「すまんすまん、ヴェンさんの姿が見えたもんで急いで追いかけてきたんだ。結構お宝を拾えたもんでさ。」


彼…ヴェンは表情こそ見えないが、息を深く吐いて肩を降ろした。

ナイフを腰に納めれば、ちらりとなるのバックパックを見る。

何時もより収穫が多いのか、それは重そうに膨らんでいた。


「それは良かった。私の方もまあ…ぼちぼち、ってところだけれど、使えそうな物は持ってきたよ。」

「流石。早いとこ基地に戻って戦利品を見せ合おうか。」


そうして彼らは《秘密基地》への帰路を急ぐ。


はずだった。




-…カシュッ、カシュンッ


遠くから、音を最小限に抑えた発砲音がした。

それも、進行方向の先から。


「まさか、か?」

「なんじゃそりゃ。」

「さっき名付けてみたんだ。人肉を追い求めてくるからね。」


成る程、となるは納得するも、ひたと先を見据えている。

なるべくなら戦闘は避けていきたいのだろう、ヴェンはなるの肩を叩いた。


「私達はPSSFじゃない。弾を無駄にすればこの先を生き残ってはいけないよ。」


小さく首を振っては、迂回しようと静かに車の上に乗る。

ヴェンのその姿を見ても、なるは真っ直ぐ、先を見ていた。



「……わかった、行こう。ただし弾は節約する事。」

「勿論だ。俺様の節約っぷりを見るがいい!」

「はいはい、君はいつもそうだからね。さっさと行こうか。」

「相変わらず酷いな。」


そうして2人は音の方向へと走り出した。


---





「嫌、来ないで…っ!」


-カシュッ、カシュッ


決して多くは無い、しかし1人で片付けるには多い感染者達。

ひたすら、ただひたすら小さく叫びながら引き金を引く。

細い腕に似つかわしくない、アサルトライフルを構えて。


「なん、っで、死なないの…!?」


サプレッサーを通して出る銃弾は、ことごとく感染者の急所を外していく。


-大声は感染者を引き寄せてしまう。


近くに仲間が居るかもしれない、大声を出し助けを求めたい、だが…居なかったら?


感染者達の呻き声を聞きながら、恐怖に大きく震え始める足。


『ア"ァ"ァ"…』

「やっ、こっち来るな…っ、あ、」


じりじりと後退をするも、彼女の足が限界に達したのか、もつれてしまった。

半ば倒れこむように後ろへと転ぶ。


『ヴア"ァ"ァ"、ァ"ア"ァ"…!』

「嘘、無理…誰か、たすけっ」


そこに、1人の感染者が覆いかぶさろうと腕を伸ばしてきた瞬間。



-グシュ、ッ…


「て…?」


どさり、と隣に死体が転がった。

一体何が起きたの?

彼女は目を丸くしながら、目の前を過ぎる二つの影を見つめる。


『ア"ァ"…ァ"ッ…』

『ッア"…ぁ…』


1人、また1人と感染者は倒れる。

的確に頭を刃物で刺しながら、ただ静かに仕留めていく。

隣に在るソレの頭を見れば、綺麗に顎まで貫通した形跡があった。


「なるくん、そっちを。」

「はいよ!」


5、6体はいたはずの感染者達は、この2人によって2体に減らされ、そして1体をガスマスクの彼は仕留めて見せた。

だがもう1人の男は感染者を目の前にして、ナイフを落としてしまった。


「っべ、指つりそう!」

「あ、ぶない…!」


彼女が慌てて立ち上がろうとするも、足に力が入らず、手を伸ばすだけ…

刹那。



-ヒュォッ


『ア"ァ"ァ"!』


-グシュ


『ア"、?』


感染者も、何が起こったのか分からず、振り返る。

だがそれと同時に、崩れ落ちた。

ガスマスクの彼が、頭にナイフを投げたのだ。

それもまた、的確に。


「指つりそうって、君ねぇ…」


呆れたように肩を竦めては、脳天を刺された死体からナイフを回収する彼。

なんせ、彼はガスマスクをしていて表情が分からない。

-安堵、しているようにも見えた。


なると呼ばれた男はただ一言「すまんすまん。」と頬をかきながら、呆然と座り込む彼女へと歩み寄り、その顔を覗き込む。


「お嬢さん、怪我はないか?」

「あっ、はい、ない…無い、です。」

「そうか、それなら良かった。」


にっかりと笑顔を向ければ、なるは彼女の手を掴んでその場に立たせてみせる。

まだ震えは止まらないが、なんとか立てているようだ。


そんな彼女の様子を見つつ、そっと声をかける。


「お前さん、1人なのかい?」

「い、いえ、さっき仲間と、大量の感染者達に追われて…そう、近くにまだ居るはず、なんだけれど、私…」

「あー、とりあえず深呼吸しよう。落ち着いて、もうは居ない。」


優しく彼女の背を撫でてはくぐもった声で大丈夫だ、と呟く。

言われた通りに彼女は深く、深く息を吸って、吐いた。


「…逸れて、しまったんです。ロベルトさんも、サッチャーさんも、まだ遠くには行ってない筈だけど…」


きょろきょろと周りを見渡しながら、か細く語る目に、不安と焦りの色が見えた。


「そうだったのか…なら、俺たちと一緒に、一旦基地へ、」

「いや、なるくん、その必要はないようだ。」


1人にさせるのは忍びないと思ったのか、なるが今から帰る場所へと連れていこうとするも、その言葉は最後まで紡がれることはなく。


不思議そうに首をかしげるなるは、彼を見た。

ガスマスクの下に薄く見える目が、自分たちが来た道の先を見つめている。


「るぅ!何処に行った、るぅ!」

「るぅさん、何処ー!?」


彼女にとっては聞き覚えのある声だろう。

控えめではあるが、此方にはしっかりと聞こえる呼び声。


「ロベルトさん!サッチャーさん!」


暗かった表情が突然明るくなった。

声のする方向に大きく手を振る彼女を見て、彼らは小さく笑う。

先程まで震えていたのが嘘のように、小走りで仲間の元へと行く彼女。


「ん。さて、私達も早く帰ろうか。」

「そうだな。ヒノより早く帰らないと、また文句言われそうだし。」


汚れたナイフを布切れで拭きあげれば腰にしまい、こちらも元の帰路へと着く。

少し歩き出した頃だった。


「あの!」


2人の背中に声がかかる。


「名前…名前、教えて下さい!」


「名乗るほどでも無いさ、でもまあ…そうだね。私達は…」




---




あの人達、一体なんだったんだろうね。

わからないです、でも、命の恩人にはかわりないです。

そうだね、彼らには生き残って欲しいな。

…うん。ちゃんと、お礼言いたかった。




      -強いて言うなら、“ゴミ拾い”。

       (ありがとう、ゴミ拾いさん)










「ちょっと、あれはくさすぎると思うんだわ。」

「だって、言ってみたかったんだもん。」

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