End.

SitCatS

01.発生

突如として「ソレ」は流行りだした。

彼等が知らない場所で「ソレ」は異常な速さで世界中へと広まっていった。


先日の疲れが抜けず、眠たげな瞼をこじ開け、通勤電車に揺られている頃。

朝ご飯にトーストを焼き、コーヒーを沸かしながら新聞を眺めている頃。

目覚ましの煩さに耳を塞ぎ、毛布を深々とかぶって唸っている頃。



いつも通りの朝を迎えて各々の生活が始まる朝になるはずだった。


『今、空港から新しく着任された大統領が到着しました!』


ソファに深々と座って何気なくテレビを付けたら、丁度やっていたニュース。

どうやらこの国の新しい大統領になった人が、豪勢な飛行機から降りてくるようだ。

場所を取り損ねたのか、随分と遠くからのニュースだった。

生憎、政治には余り興味がない…それを見つつ紅茶を下品にすすり上げる。


『あのハッチの向こうに見えるのが、ハリソン大統…領……っ!?きゃぁあっ!』


その途中にニュースキャスターが突然叫び出し、思わず肩を揺らした。

テレビにしっかりと焦点を合わせてみると、カメラが開いたハッチへズームアップしていく。


そこには、片腕を“無くした”人が真っ赤になって突っ立っていた。

周りにいた他の記者も叫びながらそこから離れていく。


-何か、何か呟いている。

だが声が小さ過ぎて何を伝えたいのかさっぱり分からない。


『一体何が…っ』


ニュースキャスターが青い顔をして口元を押さえている中、カメラの声が入ってくる。


すると、ハッチから奇声が聞こえて、


『ア"あ"ぁ"あ"ァ"ァ"あ"…ッ!』



おい、何だあれは?

片腕の無い人の後ろから、いきなり数人の客が押し出てきた。

と思えば、そいつに飛び掛かり噛み付いているでは無いか。

まるでハイエナのように群がり、その塊のまま下へと落ちていく。


『何だ、あれは!?人が、人が人を食って…』

『カメラ!カメラ回せ!』


がしゃがしゃと音を鳴らしながらカメラはその光景を移し続ける。

よく見る、ゲームの様な映像。


『こりゃ、何かのサプライズか…?』

『やばい、他の奴らも襲い始めてるぞ!?』


徐々に人が掃けて行くに連れて、【ソレ】はゾロゾロとハッチから降りてくる。

降りてきては近くにいたキャスターや、カメラマン達に噛みつき、そしてまた群がっていく。


どうせ映画だろう、などと思っていたが、これは本当に《おかしい》。


『逃げろ!こっちにも来たぞ!』

『何!?噛まれた人までこっちに…ぁあっ、やめて!離し…ッぁああっ!!』

『くそ、噛まれた!こいつ、このっ…!』


ついにカメラマンまでも噛まれたのか、激しく画面が揺れる。


その時。


-ドンドンドン

夢中になってテレビに食いついていると、玄関を強くたたく音で再び肩が跳ね上がる。


なんだ、こんな朝早くに。


「っ…助けてくれ!ここを開けてくれ!!」


誰かと思えば、友人の声だった。

しかし、朝は弱いはずなんだが…それに、息が上がっているようにも聞こえる。


仕方ないな、と重い腰をあげ、玄関へと向かう。



-ドンドン


うるさいな、何の用なんだ?

覗き窓から向こうを見ればただ怯える顔が見える。


「い、いいから!早く開け…ッぎゃああ!!」


次の瞬間、そいつは視界から消えていった。

…音が聞こえる。



-グシャ、


-クチャ、クチャ



「お、おい、まさか…」


まさか、そんな事。

さっきのニュースを思い出し、足が震えだす。


どしん、と音を立てて尻餅をついてしまった。



『ア"ァ"ァ"…』


ドア越しにくぐもった、あの声が聞こえる。



-ドンッ


「ひっ…」


-ドンドン…


「う、うそだろ、やめてくれ…」



-ドンドンドンドンドンドンッ


『ア"ァ"ァ"ア"ァ"ァ"ア"ッッ!!』






------







静寂がもう随分と長い間続いている。

煌々とつく明かりを、もう何時くらいから見ていないだろうか。

車一つ通らない道を歩きながら、茜色の空を見上げた。


そろそろホームに帰らないと、【ヤツら】と出くわしたら厄介だ。

帰ったら荷物を広げて、皆に食料を分けてあげよう。

彼は大きなリュックをちらりと見やり、帰路を急いで戻って行った。



         この先に生き残る道。


日常を突然失った、あの日から暫く経つ。

これは彼らの生き様を覗く話。

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