FACTOR-3 枯渇(B)

       5




 恭平の運転するバイクの後ろに乗って自分たちのいた場所から数キロ程はなれ波止場に移動していた。

 その場についてから、半日以上を経過しようとしていた頃。


「くそ、何回かけても全員でないな」

 そんな事、一体何回聞いたのだろう。本気で心配しているのだろうが、見ようによってはただ良い奴ぶっているという感じになってしまう。


 だが、状況が状況だ。心配しているのは間違いない。

 中々話しかけられない状況だ。思えば、恭平とはこうして一緒に居る時間は長いが殆ど口を聞いていない。妙なところで熱くなったり冷たくなったりする。男と言うのはちょっと分かりづらいものだ。そんな事を思いつつ遥は「妙でもないか」と心中で切り返す。


(なんだろ、この感じ……)

 同窓会のメンバーも心配だ。それと同じぐらいの大きさの違和感。

 どちらかと言うと嫌な感じなのだ。短時間でグレイドルに襲われて、運が無いというせいなのだろうか。神経質になりすぎだとも考えられる。

 だが、そう片づけられない。だからいつまでも残り続ける。


(もう、何考えてんの私!)

 そんな薄情な自分が許せなくて、コンッコンッと自分の額を小突く。幾度も小突く。


 これではまるでほかの人物はすでに死んでいる。心配など無駄だと、あまりにも冷たい思考ではないか。


「ねえ、恭平君」

「何だ」

「そろそろ暗くて寒くなってきたし、どっか屋内に入らない?ご飯ぐらい食べないと」

「まぁ……」

 恭平は携帯に表示されている時計を見て、


「そうだな。腹ぐらいは満たさないとな。どうも頭が動かない」

「でしょ? 途中に食堂があったからそこでさ」

「……? そうだったか」

「う、うん。昨日食べてたし」

「じゃあ、ナビしてくれよ」


 遥がうんと言う前にバイクを停めている方へと歩み出す。

 言い出したのは自分なのでどうとも言う気もない。

 遥は恭平の後ろをついて――


「……ッ!? お前……」

「え……?」

 恭平の体が影になってしっかりと見えない。が、


「晃、お前無事だったのか」

「アっ君……?」

 先日一緒にいた同窓会のメンバーの一人だ。


「心配したんだぞ晃。電話にも出ないし、どこ行って――」

「え……っ」


 恭平の言葉が、止まった。

 一瞬だった。

 時間が止められたのかと思わせられる。


「あ?」

 刹那――――

「ハアアッ!」

 グシャリッと肉を潰す音バキリッと骨を砕く音。


「ガッ! ――ァアアアアアアアアアアッ!!」

 それと共に、恭平の体が突き上げられた。


「あっ……ぁ、あぁあッ!! ――」

 何故こうなった。

 自分が不幸を振りまいているのか。

 自分のツキのなさが悪いのか。


「いやァアアアアアアアッッ!!!」

 人が発するものとも思えない、

 遥のそんな叫びが響く。


「あっ、ガッはっ――!?」

「うらやましいよなぁ、お前。何でもできて人に好かれるし」

 それは、晃の妬み。

 それと同時。


「がっ、――ァァァアアアアアッ!!!」

 獣を思わせる恭平の絶叫。

 瞬間、バシャリッという破砕音と共に恭平の背から巨大な爪のような刃が体を突き破り飛び出してきた。


 ビチャビチャと突き破られた背中から血がとどまることなく流れ落ちる。


「死ねよ」

 晃は恭平を突き上げる腕を一振り。

 ゴムボールを投げ飛ばすような感覚で、恭平の体を道に投げ捨てた。

 血の池が道に広がる。きっと周辺には鼻を突く鉄の匂いが広がっているだろう。


 恭平はすでにこと切れている。死と言うのがこれほどにまで淡々としているものとは知らなかった。


 だらんとした手足。開かれた目と口。

 あれは体ではなく、物だ。ただの人形となんの変りも無い。

 遥が見ているのは死ではなく、殺人。

 殺されたものの末路をその目と心に刻み込まれる。


「あっ、イヤ――」

 グレイドルに襲われているという恐怖よりも、目の前に殺されたという現実がある事に恐怖した。

 人形のように動かなくなった恭平を見やり息を一つつき、くるりと顔を遥かの方へと向ける。


「いやっ……イヤ!」

「なんだよ、釣れないなぁ」


 晃のその声も、その言葉もその仕草も。もう知っているものでは無い。その身から火花を散らせ、腕以外の部位も異形へと変化する。

 今度は昆虫を模した物だろう。だが、感じがそうであるというだけで、何の種類なのか見当もつかない。


 逃げなければ。――どこに? ――。逃げられるのか。――追い付かれる――。

 相手は人間ではない。死にたくないのは間違いない。死ぬ訳には行かない。その思いだけが、独り歩きしている。


 今の現実を認めてしまう。

 確実な死を、自分の本能が認めてせめて潔く死んでしまおうという諦めが、遥の逃走を阻んでしまっている。


「ぅぁっ!」

 後ずさりしようとしたとき、かかとが地面にうまく踏み込まず、バランスを崩して後ろ向けに倒れてしまった。


「うっ、ぐ……っ」

 そのとき腰を少し強く打ったのか、立ち上がれない。

 痛みのせいで立ち上がれない。そんな時でも、晃はこちらに歩み寄ってくる。


 人間を襲うのは本能だろう。

 だが、その歩み寄り様は明らかに楽しんでいる。

 人間の恐怖を抱く顔を、声を。


「ひっ……!」

「終わりだ、遥」


 自分の死の瞬間など、見たくない。

 その姿も、見たくない。

 強く目をつむった刹那、


「ハアッ!」

 その気合いの声は、晃の物ではない。別の誰かの物だった。

 まだ、それは瞬きのほど。

 目を開けるとそこには、その場で立ち止まる晃の姿が、その横には、あの魔法使いの少年が着地したという様な形で、片膝をついていた。


「天城君……」

「ああ……?」

 晃は状況が読みとれないようで、その場から動けずにいた。


「感謝しろよ。一瞬で終わらせた」

「あ……ァアアアッ!?」

「まぁ、死にきる瞬間まで地獄だろうが」


 晃の体に赤い光が迸っていく。

 それはまるで、亀裂を走らせ砕くようであった。


「アアッ!! アツイッ!! イタイッ!!!!」

「アっ君……」

「イヤだッ!! 何だよ、これ!! 人間越えたんじゃないのかよ!!」


 これは悪夢だ。

 こんな事が、あっていいのか。

 ついこの前まで人間だった。本当の友人だった。そんな人物が、こんな形で。化け物になったあげくこんな形で――。


「死にたくない!!!逝きたくない!!!! イア。ダッ!!」

 晃の体はグレイドルと同様。

 その身を燃える紙のように散らせた。


「バカが……」

 吐き捨てる――

「人を殺した奴が言っていいことじゃねえんだよ」


 その翔の言葉は、静かで、強かった。

 また、助かった。今度はこの少年に助けられた。

 翔は、こちらに振り向く。


(なんだろ……)

 翔の両目の虹彩は血のように赤く染まっていた。

「綺麗……」

「…………っ」


 夜闇の中でさえ光るその瞳に魅入られ思わず、口から漏れる。

 そんな遥の一言に、翔は少々驚いたような表情を見せた。本当に、目をこらさないと見えない程度に。


「あっ……」

「やっぱりか……」

「え?」


 なにが「やっぱりか」なのか。まるで、ここに遥がいるという事をすでに分かっていたという、予想していたという言いぐさだ。


「な、なに?」

「いや」


 と言いながらも遥の方へと近づいてくる翔。

 用があるのは間違いないようだ。

 また、前日の恐怖心が帰ってくる。そうなるはずだったが、今度は違った。


「何でもない」

「そう……」


 翔の赤い瞳に魅入られ、引き寄せられる。

 頭が真っ白になって惚けている。自覚はある。夢の中を浮遊しているような不思議で居心地の言い感覚だ。脱さなければいけない。この感覚は麻薬のようなものだ。それを分かっていて、脱することができない。


「ぁっ……」

 思わず手を伸ばす。

 翔を欲する。恋愛感情ではない。もっと強い欲望。天城翔という存在を自分だけの物にしたい。そんな独占欲。


(あ、ダメだ……この感じ)

 踏み込んではいけない一線である。

 こんな気持ちになんかなりたくもない。もう少し関わってこうなるなら納得だっていく。


 だから、これは納得できない。

 もう四、五歩。翔が踏み出せばこの手が届く。

 それも待ちきれなくて、遥はもう一方の手を伸ばし――


「グアッ!? ――」

 突然の翔の呻きに、遥の意識が現実へと引き戻される。

「え……っ!?」


 翔の背中から閃光が飛び散ったと思いきや、その場で膝を突いた。明らかに後ろから不意打ちを受けたという物であった。


「て、天城君!?」

「グッ……!」


 倒れ込んだ翔は、遥の体にもたれ掛かるような形になり、自然のその体を遥自身が支えざるを得なくなった。

 翔の目の色もいつの間にか元の色へと戻っている。


「ッ!?」

 不意に翔の背中に触れたとき息が詰まった。

 妙になま暖かい。人肌ぐらいの温度の滑り。それに触れた手を見ると、血がべっとりと付いていた。


「イッテェ……」

「い、痛いって――ッ」

 翔のそんな絞り出すような声からして、「痛い」ですむようなものではない。


「何でッ!?」

「さあな。後ろに、何かいんじゃねえのか」

 翔は背後を見やる。


「くっそ、ついてないなホント。遥のトラブルメーカー体質はここまでか」

「……ッ!?」

「まぁ、D-ファクターも虫の息のようだし、問題ないか」


 翔の背中越しに、前方をみる。見るべきだったのか、と遥は自信の背筋を凍らせる現実を見てからそう思った。

 当然だ。死んだ人間がよみがえるわけがないからだ。


「恭平君」

「いい演技だったろ。一回死んでたことがあるから、やりやすかったさ」

「じゃあ、颯汰君を殺したのも――」

「俺さ」

「じゃあ、アッ君に刺されるっていうのも」

「いや。刺されるのは演技じゃない。晃は、グレイドルの本能のままに俺を殺そうとした。だが、そこまで仕組んだのは間違いない」

「皆は……皆はどうしたの!!」

「死んださ」

「……ッ!?」

「俺たちが殺した」

「そんな……」


 手の震えが止まらない。これは恐怖か。体全体が凍り付き、力が入らない。


「全部は、お前を救うためだよ遥」

「何言ってるの……」

「永遠の命さ。老いることも死ぬこともない。命なんてしがらみなんかない世界に、お前を連れて行こうって言うんだ」

「永遠の命……」

「さあ、こっちへ来い」

 手を差し伸べながら一歩、恭平が踏み込む。


「すぐに終わるから」

 二歩目、恭平が踏み込む。

「一瞬の苦しみで――」


 三歩、恭平が踏み込んだ瞬間、恭平の体が変異を始めた。火花を散らせながらその身を異形へと変容させる。

 は虫類というより、竜を思わせる竜麟を纏い、蛇竜を思わせるような頭から尾まで繋がったような体躯。その体を包む四枚の翼。鳥類を燃した顔。


「オリジンか……。この感じ」

 ケツッァルコアトルと呼ばれる神話上の生物。遥は、グレイドルへと変異した恭平を見てそれとイメージが重なった。


「すごいだろ、俺は選ばれたんだ。遺伝子的に、運命的に、俺は死を越えたんだ。さあ遥、お前もなろう。俺達と共にいこう」

「……ッ、くッ……!」


 遥は、息も絶え絶えとなっている翔の体を強く抱きしめ、恭平に抵抗の視線を向ける。


「痛いって……ッ」

 と、翔が口ずさむ。

「天城君?」

「けど、それでいい……」

 遥の肩を掴んで翔はその身を離させる。


「生きたいって思うのは――」

「あっ……」

「誰だって同じだな」


 翔は立ち上がり、

 遥の手は翔の体から離される。


「ちょっと、背中の怪我……」

「大丈夫」

 翔は恭平と対峙する。

 当然、遥は翔に背を向けられる訳だが――。


(嘘……)

 翔の背中を隅々までみる。

「治ってる」

 あれだけの出血が一瞬で治ってしまうのか。

 また服もまるで何事も無かったかのように穴一つも見つからない。


「あんなの、ただ殴られた程度だな」

「本気で撃ったと思うのか?」

「じゃあ、来いよ」

「そのつもりだ。お前は遥をこちらに連れて行くオードブルだ――ッ!」

 それが火蓋だった。

 恭平は片手にエネルギーを集めてそれをそのまま打ちはなってきた。


「ハッ!」

 その飛んできたエネルギーを片手でたやすく振り払う翔。

 爆発の瞬間。

 その一瞬だけ視界が塞がれた。


「ハァアアッ!」

 その一瞬を隙とした恭平は、翔と自信の合間を飛び凶爪で翔の身を裂こうとする。


「――ッ」

 その攻撃は翔がすでに読み切っていたのか、凶爪を立てる腕を弾き飛ばして体勢を崩させ、


「ハアッ!」

 そのまま息継ぎ与える暇なく拳撃を突き刺す。

「ダッ!」


 またもう一方の手で拳撃を突き刺し攻撃の手を緩めない。

 突き刺される度に恭平の体に赤い光が打ち込まれ、その光が身を蝕ませる。


「ウァアアッ!」

 その攻撃の合間に紛れて恭平は足蹴して翔をひるませようと試みるも、


「オラッ!!」

 攻撃=隙であるかのように翔は恭平の攻撃すらもよけようとはせず寧ろ受けて攻撃を繰り返す。

 唯一、翔の攻撃が止まる瞬間と言えば――


「ハァアッ!」

 恭平が爪で切り裂こうとしてきたとき、

「――ッ!」

 その攻撃を捌く瞬間と、

「オラァアッ!!」

 力を込めたバックキックで吹っ飛ばして一呼吸を入れる時のみ。


 怯んでも殴り続け、

 跪くのならば立たせてでも攻撃する。まるで、悪役がするような戦い方をしていた。


「ふん……」

 翔は手首を一度振って力を抜き恭平に歩み寄る。

「くっそ。何だ、これは――ッ!」

「皆言うぜ、それ」

「……ッ!?」


 ダメージが抜けきれずその場でうずくまる恭平はすぐ目前にまできた翔の顔を見上げる。


「ガッ!?」

 翔はその恭平の首根を掴んで立ち上がらせ、

「ハアッ!」


 もう一方の手で打ち放つ拳撃で恭平の顎を砕いた。

 ガキリッという骨が砕けるような音と共に、今度こそ立ち上がれない。


「グッ、ガハッ――!?」

 恭平の呻き声は獣のそれとよく似ている。

 それだけに、遥の心が締め付けられる。

 これは悪夢だと。目が覚める物なのだと。


「終わらせるか」

 翔は手首をもう一度振る。その両目がまた赤く染まる。

 軽く拳を握りほんの少し前に掲げそこで力強く拳を握りなおした。

 瞬間、翔の手の指先から肘までがほんのりと赤い光を放ちはじめ――


「ッ……!」

 恭平が体勢を立て直すその前に翔は懐に入り込んで

「――ッ!!??」

「ハアッ!!」

 ビキンッ!と言う効果音を思わせるような爆発音が響き、翔の拳は恭平の腹部を穿った。


「グッ、ァガッ!?」

 ビリビリビリと火花が散るような音。

 そんな音を立て恭平の体を赤い光が、迸る。


「ダアッ!」

 すぐさま翔は恭平の体を穿つ拳で突き飛ばし、一息ついて手首を軽く一回振った。


「ガッハ、アッ!」

 翔に思いっきりふっとばされた恭平はその場で倒れ込んで悶える。その内、恭平の体は元の人間の姿へと戻る。


「なんだ、死にきれないのか」

「アッ、ぐ、うッ――!!」


 抵抗するほどの体力は残っていないようだ。

 翔はもう一撃加えようとでも思っているのか。

 これを見て、遥は改めてこれが夢ではないと実感する。悪夢ですらない。悪夢によく似た現実なのだ、と。


 恭平は翔をせめての抵抗の意志を示すようににらみつける。

 抵抗など無駄だと、その言葉も言わず翔の目は赤く染まり続け、恭平の方へと一歩一歩歩み寄り――


「……ッ!?」

 瞬間、翔はその場で立ち止まる。

「天城君……?」

「あ……」

 翔は鼻元をこする。その手につく赤い液体。それを血だと、認識したであろう瞬間であった。


「ブフッ……ゴホッ! ――」

 翔はその場でうずくまり、何度もせき込む。

 そのたびに地面にビチャビチャと血を吐き出している様だ。


「天城君!」

「うっ、グッ!」


 その間に恭平は立ち上がり翔を眺める。

 立ち上がれたとしても、翔の与えた一撃のダメージが抜け切れているというわけでもなく、そのまま身を翻して逃げ出し、夜闇の中にとけ込んでいった。


「天城君! 天城君!」

 遥はその場でうずくまる翔の方へと駆け寄り、しゃがんで彼が倒れ込まないように支える。


「ああ……」

 翔は自分の体を支えている遥の腕にもたれ、息絶え絶えになっている中自らを嘲るようにぼやく。


「ざまあ無いぜ、ホント」

 口元からも鼻もとからも血が垂れだしている。

「天城君!」

 遥の声もきっと聞こえていない。

 がっくりと翔は遥の体にもたれ掛かり、意識を絶った。死んだのか、生きているのか分からない。


「天城君! 天城君!!」

 何度も呼ぶ、遥の声だけがその場に響きわたっていた。


                                                         to be continued...

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