FACTOR-4 貪食(avan)
暗い道だなぁと、雄司は車のライトをハイにしながら見渡しの悪い道を走らせていく。
雨も激しくなってきており、道も滑りやすいようだ。
「大丈夫か? 雨の夜道は危ないんだから」
「分かってるって。もう一年以上経ってるんだから」
相も変わらず、神原和真が注意を促してくる。さすがにこれだけ言われ続けると雄司自身でも鬱陶しく感じてくる。久しぶりの親孝行してみようと三門峠へキャンプでもしに行こうと家族を誘ってみたのだが、どうやらバスや電車でもない限り、和馬は人の握るハンドルと言う物を信用できないようだ。
こんな煩いなら運転させればよかったと後悔するのだが、もう握ってしまったのは仕方ない。うるさく言われながらでも運転を続けるしかない。こんな心配性で臆病な父親が企業や財閥を相手にして悪事を暴く記者だとはとてもだが考えられない。
「真名は寝てるの?」
「ん?」
和馬の横に座っている亜紀にそう聞かれ、ふと助手席に目を向けた。
寝てるか寝てないかという前に、真名は反応した。
「寝てないよ?」
「だってさ」
その真名の言葉に続けて言葉を付け足す雄司。
さすがに子供でもないのだから寝るはずもないだろう。しかし助手席に座りたいと進んで言ってきたのは、子供っぽい物だった。
「そういえば、真名は俺が運転する車乗るの初めてなんだっけ」
「そうだよ? だから横に乗りたいって言ったんじゃん。いつも彼女さんと遊びに行ってるから乗る暇も無かったし」
「いや、そのために免許取って車も買ったんだよ」
「だよねぇ、このリア充が」
「お前も早く良い彼氏持てよ」
「いい気になって」
雄司自信、いい気になった気はないが真名がそういうのでそんな感じで返した。結果がこのふてくされようだ。じゃあどうしろと言うのだと、雄司は小さく鼻でため息をはく。
「真名は料理もできるし手先起用だろ。たぶん、良い嫁さんになるさ」
「それ私の事かしら?」
などと、後ろでは親同士のいちゃいちゃが始まりそうになる。
(居づらい……)
逃げ場のないところでそういうことをするのはやめて欲しい物だった。一線は越えることはないだろうが、その一歩手前まで行くのがこの二人だ。
いつまで恋人同士の恋をしているのか、心底あきれてしまう。
「お兄ちゃんと彼女さん、こんな感じ?」
「んん……」
と、少し考える。
そう言われて見れば、確かにこんな感じだ。が、後ろに座っている両親とは少し意味合いが違っている。雄司だけが感じているのかどうか分からないが、どうもお互い駆け引きでもしてるのではないのかと思ってしまう節があった。
綾が雄司を誘惑して、雄司はそれにつられるも彼女が行きすぎてしまった場合は雄司がストップをかける。
どうもお互いがお互いの適当な距離感がつかめていないようであった。
(今度は釣られるがままでついて行こうかな)
この二人を見てるとそれでも良いような気がしてきた。
そろそろ峠道で最も危険な地点にはいる。
このあたりは見通しの悪いカーブが続く上ガードレール先が崖になっている。
その悪状況に雨でスリップしやすい、夜で道が見えずらいといったお墨付きだ。
この辺りはカーブ前にクラクションを鳴らさなければならさなければい。
その一つ目のカーブに差し掛かろうとしたところで雄司は一度少し長めに鳴らす。
そうして速度を落としてカーブに差し掛かっていく。
「俺達だけかもな。こんな時間にこんな道走ってるの」
「けど、しっかり安全運転でな」
「分かってるって。標識には従ってるだろ?」
最低限、注意を払っているつもりだ。車が来ないとは限らない。
「ほら、現に今俺は向こうの方から車がくるって分かった」
と、雄司は顎で道の向こうの方を指し示す。その雄司の言うとおり、向こうの方で車のライトがついていた。
もうすぐ二つ目のカーブに差し掛かろうというと良い頃だろう。
雄司はまた先ほどと同じくカーブに入る直前でクラクションを少し長めに鳴らす。
すると向こうのライトを照らしている車の方からも自信の存在を知らせるようにクラクションが返された。
そうして雄司はカーブに差し掛かる。
――――ダメだ――――
スピードを落として車線に極力はみ出さないようにハンドルを切る。
――――見たくない――――
「――ッ!?」
雄司が気づく。タイヤのスキール音と、水がはじかれる音。この音からして、明らかに大型トラックのものだ。
ほぼ同時にカーブに差し掛かった瞬間であった。
「ウグッ!?」
そうして雄司は反対車線にはみ出しかねないほどのハンドルの切り方をした。
「きゃぁあっ!?」
横の真名の悲鳴が直接雄司の耳の中に響く。
後部座席に座っている両親もそれと同じぐらいの悲鳴を上げていた。
自分たちが乗る車の真っ正面から、反対車線に入り込んでくるトラックが現れる。
雄司の判断は正しかった。だが、
「グアッ――!!」
車がトラックをかわしきる前にトラックの方が車に激突してきた。
ちょうど、後部座席の場所だ。
ブレーキを踏む暇もない。
そのままの力で車は横のガードレールを後ろ向けに突き破り――――
「うぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああっっッッッ!!!」
室内に雄司のけたたましい悲鳴が響きわたる。
「くっ、はぁあっ――! はあ……っ!」
そうして神原雄司は死を迎えた。そんな、夢であった。思い出したくもない。自分の死の瞬間も、自分の周りの悲鳴の記憶も、すべて吐き気を催す。
どれぐらい眠っていたのだろう。そういった夢の後遺症を除けば、あの魔法使いの少年から受けた攻撃、ファーストレディに打たれた毒やワクチンによる疲労ダメージも抜けていた。
多少の差異はあるがおそらく夢の通りで間違いない。
頭の回転も徐々にではあるが戻りつつある。
「くそ……」
雄司の胸の内から喉元を通ってあふれ出る――
「最悪だ」
涙が目元を伝う。
手足を拘束されているため涙を拭うことも出来ない。
どれぐらい眠っていたのか分からない。ほんの一眠りほどなのか、もしくは何週間もなのか。
「ん……?」
そんな事をすこし気にしている間に、どうやら部屋のドアが開けられたうようだ。
「…………?」
その出入り口から入ったのは三人ほどの研究員。小さい台車には薬品がいくつかが乗せられているところが見える。おそらく、あれはワクチンだ。雄司の力を押さえ込む薬。
(ワクチン……)
その言葉にひっかかりを感じる。
なぜ打ちにきた。ワクチンを打たなければならなくなった。と言うことは――。
「そうか……」
ぼそりと、研究員にすら聞こえないぐらいにつぶやく。
研究員はまだ雄司が眠っている物だと思っているのだろう。雄司もさほど研究員の人間がこちらに振り向いたと気づかれるぐらいに首を傾けてはいないからだ。
――動くならば今だ――
一か八かの意を決する。たとえ自分を殺すことだとしても、自分が化け物だとしても。
すぐそこにまで來た研究員が、注射器に薬品を入れている。その針が刺さる――
「ウァアアッ!!」
「――ッ!?」
雄司以外、一同が騒然となった。
瞬間、雄司の体から火花が飛び散る。その身を異形へと変え、
「フンッ!」
自らの動きを拘束する両手足のベルトを力ずくで引きちぎった。
「フゥウ……」
ベッドから立ち上がり、研究員三人をその目にとらえる。
室外でけたたましい警告音が鳴り響く。おそらくこうなっているのがばれたという事だろう。
すると、研究員達三人もその身を異形へと作り替える。その姿は一貫として魚介類や甲殻類などが不完全に混じり合ったような姿であった。
雄司は、その姿からおそらくグレイドルの中でも最も弱い位置にある個体なのではと直感した。
彼らは雄司を倒す必要はない。救援がくるまで持ちこたえればそれで良い。
雄司は獣のような呻き声を漏らしだし自らを制そうとする敵三人を見据える。
(相手がグレイドルなら――!)
それは、瞬きの間であった。
「グアッ――!?」
雄司はグレイドル一体に接近し拳を突き刺し一撃で葬った。
グレイドルが相手なら、手加減はする必要がない。
全てを一瞬一撃で倒す。
「フンッ――――!」
たった数メートルの距離。
雄司にとってはゼロ距離同等であった。
拳撃が二撃、一人それぞれ一撃ずつ穿たれた。
「あっ……ああぁぁ……」
両者ともに抵抗の動きを与える暇も与えない。
雄司が打ち放つ圧倒的な攻撃力に、グレイドルニ体はその身を散らせた。
(逃げよう……)
ここにいれば何かが分かる。だが、その結果また自分は人間を手に掛ける可能性がある。それだけは、許されない。
雄司はその部屋から飛び出す。
廊下の中は赤い警告灯に照らされ、警告音のみがその場の音となっていた。
(どっちに逃げればいいんだ……)
廊下は左右に伸びている。はたしてどちらに足を向ければ出口なのか――。
そんな事を悩んでいる暇はない。
この廊下から通ずるところ、曲がり角の方から今度は数十人ほどの足音が聞こえる。
(そっちか……!)
と、雄司はその足音が聞こえる方向へと走り出す。
背を向けて逃げ出すとおそらく追いつめられる。
普通ならば出入り口を塞ぐように追いつめていくはずだ。
「フンッ――!」
判断は迅速に。
さもなければ今度は囲まれかねない。
雄司はそちらの方に駆けた。
ちょうど曲がり角にさしかかった辺りからだろうか多数の足音が、すぐそばにまで聞こえ始めていた。
これは、ちょうどいいタイミングだった。
雄司が曲がり角を曲がったところで、自分に迫る者達をその目で認識し――
「ハアァッ!!」
高く飛び上がり、その一団を飛び越える。
だがそれに動揺をみせるそぶりを見せない。
一団はそれすらも分かっていたかのように銃口を雄司一点に集める。
臆すことはない。
本納に従う。戦い方は知っている。
一団が引き金を引こうと思ったときには雄司の片腕からブレードが生え、
引き金に当てる指が強くなった頃には――
「ウラァアッ!!」
雄司はその場でブレードを強く一閃に振る。
ブレードの刀身は空を逆立たせ、
空は鋭い波を立たせ一団を切り裂く。
悲鳴を上げさせる事もない。
その身をズタズタに引き裂かれた一団らはその身をグレイドルと同じように散らせる。
(こいつら、全員グレイドルか……)
人間でなくて良かったと、雄司は少し安心する。
出口へ向かって走り出す。敵が現れた方向に行けばきっとたどり着くはずだ、と。
そうして敵をなぎ倒しながらも突き進む――
「ッ!?」
その先に進もうとするとき背後から青い光がふんわりと現れ、雄司を追い越していく。
この光は――
「ねえ、そんな慌ててどこ行くの、雄司君?」
雄司を通り過ぎていく青い光は道を阻むように集まり、
「ファーストレディ……」
彼女、ファーストレディの姿を成り立たす。
「どこ行っちゃうのかなぁ、雄司君」
「考えてない。けど、俺は俺のやるようにやる!俺は、もうこれ以上誰かをこの手に掛けたくない!」
「そう思っても、あなたのグレイドルとしての本能が許さない。あなたはすでに人を殺す事を覚えた。ちょっと、気持ちよかったんじゃない?」
ファーストレディのその言葉によって、小高、島崎をその手に掛けた感触を思い出す。
怒りと憎しみと悲しみで頭が回らなかった。
回らなかった分、雄司はその身に走ってきた感覚には思いだそうとすれば思い出せるぐらいに敏感だった。
小高の喉を刺し貫くブレード。
サクッと軽い音だった。スーっと雄司の腕から伸びるブレードを伝い、小高の顎がトンッと雄司の手に当たる。
腕に伝わるかすかな振動がほんの少し心地いい。
島崎の首を握りつぶした時のグシャリと言う音。
小さい水風船を握りつぶす感じと、よく似ている。
これが人を殺すという事だ、と。
命をその手に掴み、自在にすることが出来るという優越感。自分を貶めたものを、貶めたという復讐による快楽。それは確かに――
「気持ちよかった……」
こぼれ出る、雄司の言葉。
二人を殺したときの事を思い出している内に気が沈んだのか、雄司の姿もいつの間にか元の人間態に戻っている。
あの気持ちよさは忘れられない。気でも狂ってしまいそうであった。恍惚としそうだった。
「だから! ……あれはダメだと思ってる」
言いながらでもそんな自分を拒絶する。
あれがグレイドルの本能だとするのならば、これは絶対に認めてはならない。自分ではないと言い聞かせなければならないものだ。
「これ以上、俺がやったようなことが繰り返されるなら、俺は止めたい! 絶対に罪も償う!その償いの一つで俺は止めたい!」
臭い言葉だ。だが、今の雄司が成したいことを表すにはいいものだった。
「うわ、なんかかっこいい」
「そこをどけ、ファーストレディ。俺は、本気だ!!!」
気の昂ぶりと共に、雄司の体から火花が散った
その身をグレイドルへと変貌させた雄司はファーストレディにゆっくりと迫る。
「正気? Dーファクターと戦っても、あなたじゃ敵わない」
そんなファーストレディの声にも臆さず、雄司は歩みを進める。
D-ファクターと呼ばれる魔法使い。雄司を一方的に叩きのめしたあの青年がおそらくそうだ。危うく殺されかけたのだって、遠い過去の話ではない。
ファーストレディと戦うと言う事は、その時の苦しみを味わう覚悟がなけらばならない。あの苦しみを、今度は死ぬまでかもしれないと言う時まで味わう事になる。その覚悟があるのかと、雄司は胸中に問う。
「ハァアアアッ!!」
そんな物、受けてからすればいい。雄司は立ちはだかるファーストレディの方へと襲い行く。
「グルァアッ!!」
この拳が届く。
握られた拳には力を込め、一撃でファーストレディの体を砕こうと撃ち放つ。
「――ッ!?」
だが、その拳が当たるかどうかは雄司自身何となく予想できたはずである。
雄司の拳が触れた瞬間、ファーストレディの体は青い光となって霧散し辺りを漂った。
「いいわ。なら、やってみなさい。あなたのやりたいことをやりたいように」
青い光となったファーストレディが最後にそう言い残し。空間の中に溶け消えた。
やけに素直に通してくれるようだ。
(罠か?)
自分にとって都合がよすぎてふと思ってしまう。
だが、そうでないのかもしれない。両方可能性があるのなら、突き進んだ方が良い。
罠ならば、真っ正面から打ち破っていく。
雄司は出口へと向かって先へと駆けていく。
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