FACTOR-3 枯渇(A)
1
「ハッ――!」
翔の拳が突き刺さる。
「ハアッ!」
突き刺さり、グレイドルの体に少しずつ毒が打ち込まれていく。
「ガッ、ウッグッ!」
「オラアッ!!」
手首を一度振り、翔はもう一撃強力な拳撃を突き刺す――
「グッ!」
その拳撃を受け止め、グレイドルは翔を引き寄せた。
「待てって言ってるだろ!」
「はあ?」
「俺は……俺に敵意はない! 本当だ!」
「グッ、ラアッ!!」
「うあッ!?」
翔は強引にグレイドルの腕を引き離し、
「ハアッ!」
体勢を崩したグレイドルに前蹴りを食らわせてさらに突き放した。
「ウッ、くっ」
「何いってんだ、お前」
「俺はついこの前生き返ったばかりなんだ!まだ何も分からない!」
「そうかよ、なら都合がいいな」
「ナッ――!?」
刹那、翔はグレイドルの懐に潜り込む。
人知を越えたその能力に、グレイドルは追いつけていない。
「オラアッ!!」
「グッ――――!!」
人間で言うと鳩尾あたりであろう、その部位に正拳突きを刺した。
今までグレイドルに与えていた拳撃や蹴撃とは比べものにならないほどのパワーを込めた。
その一撃にグレイドルの体は思いっきり吹っ飛ばされ、かつダメージの大きさに蹲ったまま立ち上がる事さえ出来ない。
「グッ――、あ、ガッ!」
「なら、そのまま何も知らないうちにもういっぺん死ね」
「なん、だと……」
翔の力がグレイドルの体内にどれほどの量が撃ち込まれたことか。動けないほどに打ち込んだつもりだが、致命傷になりえたようだった。
ならば、このまま生きながらえさせる必要も無い。
翔は体の力を一瞬ふっと抜き、集中力を高める。
オリジンが相手ならば、と――。
瞬間、翔の両瞳が血のように赤く染まった。
回路が体の中を駆け巡り、OFFにされていた力がONへと切り替わる。
赤い光がその回路の中を水が流れるようにめぐり、足へと伝わっていった。
「ハッ!」
一瞬構え、すぐに駆け出す。
刹那の速度でグレイドルへとたどり着く。
「――! うァッ!?」
そんな翔を阻む者が現れた。
蝶のようにふんわりとしているようで、
蜂のように突き刺すようで、
目をくらませんばかりの数の青い光球が飛び散った。
「くっそ、んだよ!」
その光を取り払うように手を大きく振り回す。
翔が振り払うその光は雄司の元へと集まり、人間の姿を作る。
「あんたは」
「あら、お久しぶりじゃない」
その光が集まって出来上がった女は――
「ファーストレディ……」
「ずっと探していたのよ、翔君?」
妖艶で、悪魔的で、誘惑的なその笑みと声。まるで人形かと思わせる美女、ファーストレディを見て翔の気が締まった。
「ほんとにどこに行っちゃったのかなって」
翔が殺そうとしていたグレイドルの壁になるように。立ちはだかるファーストレディに、翔は足を踏み出せない。
できればこれから一生出会いたくない存在であるからだ。
「Dーファクターであるあなたが、グレイドルを淘汰するのはもはや仕方のないことなのかもしれないけど、ちょっと今回はダメ」
「何?」
「彼、オリジンでしょ?しかも何にも知らない、まるで赤子のような子。弱いものいじめって、かっこわるいと思わない?」
「あんたがそこまで庇うなんて珍しいな。どうせ、俺を見つけたからその言い分にしかすぎないんだろ」
「ウソ、分かってくれてたの?」
警戒している翔とは対照的にファーストレディは「嬉しいわ」と言いながらまるで子供の様な嬉しみを見せる。
「まぁ、そうなんだけど。ちょっとだけ、違うのよね」
「違う?」
「ええ。でも、」
瞬間、ファーストレディは翔の真横へと来ていた。
まるで、翔自身の時間が止められたのかと思われてしまう程であった。
「今のあなたが踏み込んでいい領域ではない」
「…………」
「あなたがこちら側に来るというのなら、話は別になるんだけど」
「断る」
翔は自分の横に立つファーストレディの方へと向く。
「第一、あんた等がほしいのは俺じゃなくて、俺の光撃の魔法だろ」
「それを手に入れるためには、あなたを手に入れるしかないじゃない」
ファーストレディの細い腕が翔の頬に触れられた。
甘い、いい匂いだ。
それが寧ろ、翔の苛つきを増幅させていった。
「今となっては」
「そうしたのは――ッ!」
翔の頬に触れた瞬間、一瞬ファーストレディの顔が強張った。
「お前等だ!」
その瞬間にも満たない隙、翔は裏拳で殴りつけるように腕を振るった。
赤い残光が空にのこるそれは、ファーストレディの華奢な体など両断しかねないほどである。
だが、その翔の攻撃はファーストレディに触れることは無かった。
触れようとした刹那、ファーストレディの体はまるで花びらの様な、蝶の様な淡い青の光となって散っていった。
「くっそ……」
「これは……」
舌打ちを打つ翔とは対照的に、その場に漂う幻想的な光を眺めるグレイドルはその場でがっくりと肩を落としてぼんやりと眺めていた。
いつの間にやら、グレイドルが人間態に戻っている。
年は、翔とほぼ変わらないぐらいだろう。だが、雰囲気からして明らかに翔とは対象的な青年だ。
「あっ、ぐ……」
漂う光のなか、翔の猛攻のダメージによってついにその場で倒れ――
その瞬間、その倒れた方向にファーストレディが現れて、青年の体を支える。
「この子は殺させない」
「…………」
「それに、翔君?」
「なんだ」
「あなた、もっと食べないと。せめてブクブクに太るぐらい食べないとダメでしょ?」
「ほっとけ」
そんな翔の無愛想な返事に対してファーストレディはクスリと笑い、
「また会いましょ」と一言言い残すと、青年ごと青い光となって霧散し、宙を舞って消えた。
「はあ……」
静かにため息をはく。
すっかりとひとりぼっちになった翔はあたりを見回してみる。
「あれ、あいつは?」
翔が助けたはずの、あの少女がいなくなっていた。
(逃げたのか)
だとするのならば、願ったとおりだ。もうここに近づくことはないだろうと、翔の胸にたまっていた重荷が落ちる――
(なんだ、この感じは)
ということは無かった。なぜか、別のいやな感じが翔の胸中で渦巻いた。
だが、そんな感情にすらなっていない感触を考えるのはあまりにも難しすぎた。
戦いが連続していて疲れたのだろう。
どこか宿を見つけて眠ればきっとマシになるはずだ、と、翔はその場から立ち去ろうと――。
「ゲホッ……」
その瞬間、何かが喉につっかかりむせかえってしまった。つい咳が出てしまう。
「知ったことかよ……」
口からつっかえていた異物を吐き出し、その場からすぐに立ち去っていった。
2
「ちょっと、恭平君!」
大分走り回った。遥は当然どこにいるのか分からない。引いている恭平でも無我夢中で、自分の居場所を掴めていないはずだ。だが、遥の手を引く恭平は、いっこうに手を離そうとしてくれない。
「ちょっと――ッ!」
「なっ!?」
いつまでも引っ張り回す恭平の手を払いとばし、その場で立ち止まる。
「聞いてよ」
「なんだ!」
「もういないでしょ、さっきのは。そんな、ずっと走らなくても……ッ。痛いよ」
息切れ切れに、遥は地に手を突きながらなんとか声を発する。
「ああ……」
背後を振り向き、恭平も腰に手を当てながら肩で息を切らせている。
「どうやら、みたいだな……」
と、ふぅと深くもう一呼吸をして気を落ち着かせることが出来たのか、恭平は遥の方に歩み寄り手を差し伸べて来た。
「このトラブルメーカーが」
「何さ」
さしのべられた恭平の手を掴み、身を引き上げてもらった遥は、すこしふてくされた。
「しかし、あいつらは何なんだ」
「分からない。悪い奴らって言うのは聞いたけど」
「悪い奴ら?」
「うん」
「あの、人間の形をしている方が言ったのか?」
「うん。人間の……方の」
翔には酷い言われようだ。だが、そうなのかもしれない。おそらく、人間とは違う。グレイドルに近い存在なのだろう。だが、遥の口からは人間だと認めるような言葉が漏れた。
「ったく。何だってこんなことに巻き込まれないといけないんだ」
「ねえ、ほかの皆は?」
「連絡を取ろうとしたが、反応がない」
「そんな」
「携帯の電源がなくなったのか、電波が届かないところまで逃げたとか」
「神奈川だよ、ここ。電波届かないなんてほとんどあり得ないよ」
「じゃあ、どう判断する!」
その、恭平の強い語気に圧されてしまった遥は、ビクリと身を振るわせる。
「殺されたと思えって言いたいのか、バカバカしい!あるわけがないだろ!そんなこと、あってたまるか。とにかく、こんな狂ったところから出るんだ。俺のバイクがおいてるところまで行くぞ、遥」
「う、うん……」
恭平はまた、遥の手を掴み強引ともいえるほどに引いていく。
そのとき、一瞬背中を通り抜ける寒気に身を震わせるが、それがなんなのかと考えることはなかった。
3
「く、うっ……」
雄司の意識が覚醒する。
またここかと、おもってしまう。聞こえる心電図の音。消毒液のにおい。真っ白い天井。
「な、くっ……!?」
だが、今度は手足が動かせない。
白い病衣を着せられ、手首足首に黒い拘束ベルトが施されて、ベッドの四肢とつながれていた。また、いっさい身動きできないように、拘束ベルトは手足それぞれ二つ付けられ、ベッドの前後両方ともに繋げられている。
「くっそ、なんだよこれ……!」
ダメージが抜け切れていないのかは分からないが、妙な倦怠感が残っている。力が入らない。風邪でも引いたのかと思ってしまうほであった。
幸いなのは、楽な体勢で拘束されているというぐらいだろうか。寝転がっていても疲れはたまらなかった。
「ちょっとだけ、手を出させてもらったわよ、雄司君」
「ファーストレディ!」
「見てよって言ったけど、やっちゃえなんて言ってないでしょ?」
「くっ……」
「君が悪いのよ」
柔らかい手つきで雄司の頬や首、肩を触れ、
「それとも、悪いのはこの手?」
手に触れて撫で、
「それとも悪いのは――」
今度は雄司の、
「この心?」
胸に触れて撫で回す。
すこしくすぐったく感じる。誘惑でもしてきているのかと思ってしまうのだが、瞬間、ファーストレディの瞳が血の様に赤くなり、
「――――ッ!?」
またあのとき。
魔法使いの少年が自分の体を殴りつけたときのような感触が、雄司を襲う。
「ぐあっ、ガァァァアアアアアアアッ―――――ッ!!」
獣を思わせる、雄司の叫び声が響きわたる。
「あっ、グッ! ァァアアアッ、アアアッ!!――――」
雄司の叫び声の中に混じる、ファーストレディの愉快そうな笑い声が混じっている。
じんわりと広がる毒が自分の体を蝕む。痛みと苦しみ、身を焼くほどの痛みを伴う痺れ。それらが混じり合った苦痛が、滾々と流れ込んできていた。
「ふぅ……」
しばらく雄司に苦痛を与えて続けていたファーストレディは一息抜きつつ、胸から手を離す。
すると、ふっと苦痛が消え去り溜まっていた毒も浄化されていくのが分かった。
「くっ、かはっぁ……!」
しかし、しばらく続きそうな息苦しさに呼吸がなかなか整わない。
「いい? 雄司君、あなたの役目を忘れちゃダメ。こちらに入る入らないは勝手だけど、自分の立場、ちょっとはわきまえてくれないかなあっ、て」
「役、目……、だとッ……!」
「言ったでしょ。グレイドルは種を増やすのが目的だって」
「けど、あんな事、目の前でされちゃ無視なんかできないだろ……!」
「じゃあ別の意味で無視しなかったらいいじゃない」
「断る!!」
雄司の体から火花が飛び散る。
こんなベルト、グレイドルに変身さえしてしまえば千切れる。
気を昂ぶらせ内に溜められた力を爆発させ、解放する。
この感覚はもう覚えた。
そのはずーー
「くっ、ハッ……!? どうしてッ……!?」
だが、雄司の体から一瞬火花が散った。
ただそれだけで、雄司がグレイドルへと変身する事は無かった。
しかも、そのせいなのか頭痛がして視界が若干グラついている。吐き気もする。
「そんなベルト、あなたがグレイドルになったら一瞬で逃げられちゃうじゃない。ワクチン、打たせてもらったわ」
「ワクチン……」
「ええ。あなたがグレイドルになるのを防ぐ薬」
「そんな……」
「しばらくの間、ここで眠ってなさい。大丈夫、また切れかかったときに会いに来てあげるから」
雄司の頬に触れてそう言い残した後、ファーストレディは部屋から立ち去っていった。
「くっそ、何で……ッ!」
この胸糞の悪い感じにダンッとベッドを殴る雄司。
力もうまく加わらないので、それで壊れたりするようなことはなかった。
頭が痛くて視界が回って吐き気がする。
そう、自然と眠くなってきた……。
4
「ちくしょ……」
翔は毒づく。
朝の戦闘からすでに半日近く経過しようとして、もう日も沈んみ初めているこの時間。ファミレスのテーブル席で、いつまで考えている気なのだろうか。
否、考えなければならない。
考えないと気が済まない。
思い当たらないと、どうも胸に溜まった重荷がおりそうにない。
(なんだ……)
自分の感じを探る。
形のない、感情ですらない感触を読みとる。
(なんだ)
煙をつかむような感触。
答えが見えるようで、見えない。だが、
(何だ……ッ!)
目を閉じると思い返せる。
翔の嫌な感じ。
(グレイドルがこの場所に集まっている理由は分かる
(じゃあ、何故俺じゃない。あの女のところに集まるようになっている)
確信が欲しい。
答えはほとんど出かかっている。
「……ッ!」
そのとき、翔の胸を締め付ける感触が現れた。
締め付ける。
翔自身の本能が、自らの意にそぐわない行動を戒めるかのように。
「やばい……もう出て来たってのか……」
考えがまとまらない中、翔はその苦しみを抱いて、席から立つ。
こんな偶然があってたまるものか、と。
翔の予想が的を射るならば出現先には――
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