FACTOR-2 異形(B)
5
夜が明けた頃にはも雨もあがりそうなった時にさえ町中をさまよい、腹に渦巻く罪悪感を吐き出せる場所を探す雄司。
自分の手も見たくない。
この手で殺した。この手が喉を貫き、この手が首を握り潰した。
殺人を犯すということが本来、自分の手を汚すだけの物であると、その身を以て実感した。
「何やってんだよ、俺……」
気づけばどこかのビルの屋上に上っていた。
「どうなっちゃったんだよ」
腹に渦巻く罪悪感は胸を締め喉をつぶし、小さく嗚咽を漏らさせた。
綾との思い出は決して悪いものではない。そもそも、自分の中にある思い出の中にあるのは楽しいことばかりであった。それを、自分の手で握りつぶした。
「やっぱり、やっちゃったわね」
「……?」
突然背後からファーストレディの声がした。いつどこにいても、すぐそばに来る。この女が恐ろしい。
「何でここが分かったんだ。携帯は持ってないのに」
「何故って? 私の能力がそうだからよ」
「能力?」
「そう。人間たちなら、こう言うわ」
ファーストレディは雄司の横に立ち、
「魔法……って」
短くそういった。
「魔法……?」
「そう。私は魔法使いなの」
「なんだ、それ」
「雄司君? あなたが目覚めたとき私、言ったわね? あなたは選ばれた。運命的にも、細胞的にも」
「……ああ」
「そんな人があなた一人な訳、ある訳ないじゃない」
「じゃあ……!」
と、雄司はファーストレディの方に振り向き、
「俺みたいな奴が、まだいるって言うのか!」
「ええ。その通りよ。ただ、私みたいな魔法使いと言われる者は、そうたくさんいない。あなたみたいな、異形な存在、グレイドルならすでに人間社会の中に溶け込んで生活している」
「そんなバカな話が――」
「現にあなたは、今は人間の姿をしているじゃない」
「……ッ!」
その通りだ。雄司は人間の姿をしている。人間の姿であるのならば人間たちが気付く由もない。
「溶け込んで、彼らはいったいどうするんだ」
「何を言っているの」
「ん?」
「あなたがすでに行ったじゃない」
「人を殺す、事か?」
「厳密には違うわ」
ファーストレディは雄司の周りを行ったり来たりとしながら、それはまるで言葉を選び取っているかのように見えた。大事なところはひた隠しにでもしようとしているかのように。
「グレイドルの役割は種を増やすこと」
「種を増やす?」
「そう。選別し、種を増やす。それが、あなたたちグレイドルの役割」
「そんなバカな……」
「ほら、見て」
とファーストレディは屋上から身を乗り出し下を眺めている。
こんな明け方頃だというのに、もう人がいる。ファーストレディはその中に何を見ているのか。
雄司もファーストレディと同様、身を乗り出して下を眺めた。
「あそこにいるわよ」
「グレイドルが?」
「そう。本能に駆られて、たぶん200m先の人間を選んだんじゃないのかな」
「選んだって? まさか……」
「ほら見て見ようよ」
ファーストレディはまるで水族館に来て嬉々としている子供のような表情で、またそんな声色でその一点を見つめていた。
グレイドルとなっているためか、雄司の目にもそのファーストレディの目に映っている者が見えた。
街の中を一人で歩く少女。
その後ろをついて回るようにいる一人の女。その女がきっとグレイドルだ。
少女がもし道からはずれて人気がないところに出たら――
「クソッ」
雄司は拳を握る。
きっと、あのグレイドルは殺す。雄司のように殺す。
雄司のように、本能的でもなく感情的でもなく、理性を以て意図的に、確実に殺す。
そう考えると、雄司の体が動き出して――
「ちょっと、どこ行くのよ」
「放っておけないだろ!」
「何で? あなたもやったことじゃない」
「でも、見過ごせるか!」
「でも、やったじゃない。あなたも、人を殺したじゃない。止める権利がある?」
「権利なんか関係ない!命を助けるのに何にもいらないだろ!」
ファーストレディの言葉をもう聞きたくない。彼女の言葉も耳に入れないように屋上から走り去っていく。雄司の耳に入った最後のファーストレディの言葉は「熱いのね」であった。
6
(やっと抜け出せた)
と、遥の胸に溜まっていた重荷が落ちる。
翔とまともに口を聞かないまま何時間ほど過ごしていただろう。しかし遥の体感時間では何日というぐらいであった。いつもより早く年を取ってしまう数時間だっただろう。
ファミレスを出て気づいたことだが、バイクをまだグレイドルに襲われた場所に置いたっきりであった。その現場近くに一人で近づくのは怖いが、いつまでもバイクを置いていても悪い。もう当分は来ないのだからさっさと行ってさっさと取ってこの町から立ち去ればいい。その後でほかのメンバーにも連絡を入れようと思っていた。
(それにしても……)
もう朝で本当は営業が始まる頃なのに――
(なんで誰もいないのかな)
遥がグレイドルと遭遇した場所はどこかの工場のようであった。
だとするのならば、従業員がいても良いはずだ。なのにいないということは、すでに廃棄されたということだろうか。
しかし、立ち入り禁止の看板もなければ、中へ入らないように立てるはずの柵もない。
(人が来ないうちに早く回収しないと)
もし実はまだ廃棄されていなくてまだ稼働しているということであれば遥が行っているのは不法侵入だ。人が来たら警察を呼ばれてしまう。
そう思うと、足が自然と早くなる。
「ふぅ、良かったぁ……」
バイクはまだ回収されてなかった。
ポケットからバイクの鍵を取り出そうとして、またさらに早足になった。
「あっ」
ポケットの鍵を取り出したとき、口にキーホルダーが引っかかったためかそのまま鍵が地面に落ちた。当然、拾おうと身を屈め――
「えっ」
――た時、遥の頭上を何かが通り過ぎ、
刹那、バイクからカンッと言う乾いた音が聞こえ爆発した。
「ッ、きゃアッ!!」
爆風に吹っ飛ばされて尻餅をついて、爆音でしばらく周りの音が聞こえなくなり、爆炎の熱が肌を温める。
「な、なに……。――ッ!?」
その時気づいた。遥の背後に何かがいる。
後ろへ振り向いてみると、そこには一人の長身の女性が片手を伸ばしていた。
「チッ……」
その女性は舌打ちをすると伸ばしていた片手を下ろした。
すると、その女性の体から火花が飛び――
「イッ――」
その時、目の前で颯汰が溶けた光景が頭の中でよみがえった。
火花を体から飛び散らせた女性は変異をはじめ、その変異は服をも飲み込みその姿は一瞬にして異形へと変わった。
「いやぁアアアッ!!」
何故こうも二日続きで出会ってしまうのか。
昨日の夜の光景が再び頭の中でよみがえってしまう。
グレイドルと呼ばれるその異形は、確かな殺意を以て歩み寄ってくる。
逃げるべきであると、分かっていてもなかなか立ち上がれない。また腰を抜かしてしまっていた。
また、逃げきれるとも思えなかった。
(イヤだ、まだ死にたくない!!)
遥には夢がある。かなえるまで、死ぬわけにいかない。こんな時に自分を恨んだ。ちょっと大人であれば良かっただけなのに。
(天城君――)
目的は知らない。
だが、天城翔ならば理由はどうあれグレイドルを倒す。
その翔を突き放したのは、遥自身だというのに――
(助けてよ、なんで来ないの!)
頭で身勝手であると分かっている反面、心中でそんなことを叫んだ。
当然、彼は来ない。グレイドルは遥の抱く恐怖が巨大になればなるほど、悪意と殺意を増幅させ、心躍らせてゆっくりと近づいてくる。
遥の足に力が入らぬまま、ついにグレイドルは遥の目前に来てしまった。
少し手を伸ばせば、遥をその手に掛けることが出来てしまう。
「はあ、勿体ないわね。こんなかわいいのに」
「え……」
人の姿を取っていたから不思議だと思っていた。
昨日遭遇したグレイドルとは、このグレイドルは違う。このグレイドルには、知性がある。
「お願い、せめて蘇ってね?その後でいっぱい可愛がってあげるから」
「――っ、っ、イヤだ、死にたくない!」
「大丈夫。私のように選ばれているというのなら蘇る。でも、あなたがもし違うのなら、ごめんね。ちょっと運がなかっただけなんだから」
グレイドルがじんわりと手を広げると掌の筋から透明な液体が染み出してきてそれが一滴、地面に落ちるとジュッと音をだし、煙を立たせて地面に穴を穿った。
その手で触れられるだけで、遥がどうなるか。遥の本能が恐怖という形で知らしめ、考えることをさせなかった。
不吉な笑い声をかすかに出しながらゆっくりと、遥の身体に触れーー
「ナッ!?」
そのとき、グレイドルの身体が止まった。
まるで、何者かに背中から取り押さえられたかのように。
「くっそっ!」
グレイドルの身体を羽交い締めにするのは、また遥と同じ年ぐらいの少年。だが、翔とは違ってその顔は本来の優しさが出てきているようであった。
「はやく! 早く逃げろ!!」
「あ、えっ……」
この少年も、翔と同じ魔法使いなのだろうか。
だとするのなら良いが、もし違うということなのならば……。
「あなたも逃げて!殺されちゃう!」
「うっ、クッ!」
遥の声など、少年には届いていないようだ。
グレイドルの体を取り押さえるのに必死のようだ。
「クッ、ゥウ……ッ」
少年に取り押さえられているグレイドルはうめき声を上げ、振り払おうともがく。それでも抜け出すことが出来ないようで、グレイドルは自分の手に染みている溶解液を体内からさらに抽出し、一滴、少年の手に落とした。
「グッ!? ァアッ!!」
その音を聞くだけでも遥の恐怖心が煽られる。
じゅわっ、じゅわっと言う水が沸騰するような音と共に溶解液がたらされた少年の手から煙が立ち、どんどんただれていっているのが遥の目に見えた。
あの手に触れられたら、自分もそうなると思うと胸から恐怖がせり上がって泣きそうになってしまう。
自分が不注意だったあまり、この少年は傷ついたという罪悪感が、胸を苦しめる。
「ハァッ!」
グレイドルは自分の体を取り押さえる少年の力が弱まったとその隙を見逃さず力強く振り払う。
「うっ、クッ……!」
焼けただれた自分の片手を抑える少年に、またすかさず拳を打ち込んだ。
「ぐぁあッ……!!」
グレイドルの拳のパワーそのものは計りし得ない。だが、少年の体がその一撃で吹っ飛ばされたということはそれ相応の威力を誇っているという事。
「ぐっ、ごほっ……」
「邪魔をするのならあなたを先に殺す」
「や、れるもんなら――ッ!」
だが、それほどのパワーの拳撃を受けても少年の命が絶たれることは無かった。やはり、魔法使い――
「やってみろ!」
遥がそう思った矢先、少年の体からもグレイドルが人間体の時に発したような火花が飛びそして――。
「そんな……」
少年の姿は瞬く間にユニコーンをモデルとした異形へと変わり遂げた。
「グレイドル……」
遥の胸にはまた違った恐怖が生まれた。
7
「グ、ゥウ……ッ」
また、この姿に変身した。本能が自分の意識を食い尽くそうとしてくる。
(恐いんだろうな、この姿が……)
雄司が助けた少女は明らかにふるえている。
グレイドルから助けた者も、グレイドルなのだから。目の前で怪物がニ体いる。それだけで普通の人間を震え上がらせるには十分すぎるのだ。
「ナニッ!?」
少女を襲っていたグレイドルも、驚愕していた。
「まさか、オリジンだとでも言うの!?」
「グ、ッゥウ……!」
オリジン。
聞いていない単語だ。だが、敵の様子で何となく意味はくみ取れた。きっと、雄司は特別だったのだ、と。
「いいわ、ならあなたを食べて私はさらに強くなる」
「ウゥッ、ァアッ……!」
本能を振り払えない。
この状態ではまともな戦いに入れない。
入りたくない。
その思いがあまりにも強すぎたせいで、雄司は大きすぎる隙を与えてしまった。
「ハァアッ!」
溶解液が染み出たその拳で敵は殴りかかってきた。
回避は出来ない。
「グゥッ!?」
回避できないのならば、体で受け止めるしかない。
だが、その拳が雄司の体に触れたらどうなるか等、とっさに考えられるはずもなかった。
雄司の体が溶かされる。
拳が触れる部位から煙が立ち、ほんの少しずつ拳が奥へと押し込まれていく。
「ハアッ!!」
雄司がその場から動くことがないということなので、敵はもう一撃、今度はパワーのこもった拳を打ち込んできた。
肉を打つ音。骨を砕く音。
両方の音が同時に響き、雄司の体が吹っ飛ばされる。
「グ、ァアッ!」
前のめりになる体制になり、地面に両手をつくような形となった雄司は地に膝をも付けてしまった。
「クッ……!」
「はぁああっ!」
さらなる追撃を加えようと、敵はまた雄司の方へと迫る。
(もう一撃を……ッ!)
喰らうわけには行かなかった。
「ハッ!」
敵の拳撃が、雄司の顔を穿とうとしたとき――。
雄司の顔面の目前にまで迫ったとき、わずかながらに残っている意識の中で拳を受け止めた。
だが、もう一方の手が空いている。
その開いている手に溶解液を染みこませ、雄司の体に触れた。
「グァ、アアッ!?」
力強く握られ、先ほどよりもさらに溶解が早い。
敵の自分の体を掴む腕を引き剥がそうとしても出来ない。
だが、それが結果的に雄司の意識が本能を打ち破るきっかけでもあった。
「ウァアッ!!」
雄司は腕から手の甲にかけてをブレードに変形させて、敵を思いっきり突き飛ばした。
「ナッ――――ッ!?」
突然の反撃に、敵は反応しきれず体からわずかながら火花が散る。
「グゥウ……ッ、ハッ!」
ダメージが抜け切れていない敵にさらなる追撃を加えるべく駆け寄る雄司。
その速さは敵のそれとは明らかに別格であった。
瞬間よりも早く、敵との距離を詰めてしまった。
「フンッ、ハァッ――!!」
息する暇も与えぬ連撃。
白銀の剣閃が弧を描きながら、敵を切り刻む。
悲鳴も上げさせない。
あげる暇も与えない。
逃がしもしない。
「ハァアッ!!」
連撃の最後にブレードで突き飛ばして敵の体制を完全に崩す。
「ゼァアアッ!!」
「ハッ――!?」
「ハアッ!!」
敵が気づいたときには雄司のとどめの剣撃は深く体に入り込み、
「ダアッ!!」
その身を両断していた。
「あっ、ガッ……!!」
断末魔さえも上げることも出来ず、敵は火花を散らしながら紙が燃えるかのようにその身を消滅させ、空に舞った。
「はぁ、はぁ……」
また、この手で殺した。今度は人間ではなく、グレイドルをその手で殺した。だが今回は後悔していない。雄司は雄司自身の命を守っただけに過ぎない上、本来の目的を達しているからだ。
それが、助けた人物に恐れられたとしても――。
雄司は今も尚向こうで腰を抜かして動けないままの少女の方へと近寄っていく。
せめて、自分には敵意が無いことを示さなければならない。
そう思っていた矢先、雄司の胸を殺意がかすめて行った。
「――ッ!?」
刹那赤い光が散り、背後から撃たれた。
銃弾で撃たれたのかと思ったが、そもそも溶解液の熱ですら溶けきることが無い雄司の体。銃弾如きが、穿つことが出来るはずもない。
だとするのならば、もう一人敵がいたという事になる。
そう、雄司が背後を振り向くと――。
「なんでッ」
その時、少女が雄司を襲った人物を見て震える。
雄司を襲ったものは、グレイドルではなく人間の姿をしていた。
「天城君!」
少女がその少年の名前を叫んだ。
to be continue
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