第二話 天の声はえんえんと愚痴ります。

 ところで――止事無き事情より作家になったというのならばもう少し同情の余地もありましょうが、あのお方はどうにも自堕落で困ります。あの人達はそもそもふらっとこの文芸界に現れて、ささっと名だたる賞を総なめにしてしまったんですよ。処女作が幾つもの偉大と言われる賞にノミネートされてからというもの、発行する度に何かしらの賞にはノミネートされる訳です。モチロン下積みなんてものが彼にあったわけでもないんですよ。書き始めた頃を私は彼の生を追憶した時に見ましたけれど、あの人は夜になんとビールを飲みながら、身体のあちらこちらを掻き回して、呑気に何の緊張感もなく、ただ思いつくがままに文章を羅列していたのです。そして普通ならば受かるはずもない処女作というものを投函して、その数カ月後には最終選考に残ったという報告を受け、その半年後には新人賞という輝かしい名を冠した物をご受賞なされて、文壇などに登ってらっしゃったんですよ。


ええ、感じましたよ。凄いジェラシーを。何故に神は、あんなぐうたらと堕落しきった、腹がでっぷりと脂肪に満ちた、女性の色にでれでれと鼻の下を伸ばすような、どこからどう見てもダメ人間な彼にそぐわぬような創作の鬼才を与えたのかと。


 いえ、ね。わたくしはですね、何も馬車馬のように働けなんて言って居るわけではないんですよ。ただですね、ほんわかほんわか自由気ままに悠々自適に言葉通り第二の人生を謳歌されてしまいますとね、やり場に困るというか、なんというか、まあ云うてしまいましたら“そんな惚気を私に魅せつけさせるために、御前さんを生き返らせたんじゃあないんですよ”ということを言いたくて仕方がない訳です。だから可及的速やかにもう少しあのお方には真面目になってもらわなきゃ困るわけなんですが、そう言っている間にも惚気は展開されているわけでありまして。


 今なんて《ちゅっちゅ》しておられます。ああ、そんなに、舌まで入れて……まだ朝だって言うのに。ああ、朝だからなんでしょうか。朝は色々と込み上がってくるものがあるとも人間界の研究では一応示されているようです、しね。朝からお盛んですね。まったく破廉恥です。


 ええ? 今わざと(です)と(しね)を分けたでしょうって? ご冗談を、そんな訳がある訳ないですよ。ねえ、何も爆ぜろだなんて思っていませんよ、ええ。


 ああ、失礼いたしました。久々過ぎて調子が狂ってしまったのでございます。何せ中の人が思いつきで何年かぶりに続きを書こうだなんて突飛な考えをしてしまいまして。本当にあの人は人使い――否、天の声使いが荒いのですから、困ったものです。


 それでは本日は、終始読者の皆様に御迷惑をお掛けしたことに心よりお詫び申し上げ――場を締めたいと思います。



「ああ、羨ましいこと」

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