13日目

13日目


 今朝、貸家まで私を呼びに来たのはユエンだった。ジェルガは出かけた先から、まだ戻っていなかった。

 私とユエンの2人で収穫を始めた。さすがにジェルガほどではないけれど、ユエンの作業スピードも速かった。森での採集だけでなく、普段から畑仕事を手伝っているのだろう。鍬を振り下ろす姿に、父であるジェルガの姿が時折重なった。成長が私の想像通りなら、あと5、6年もすれば、手足も伸びきり凛々しい青年となることだろう。そうなれば耕作面積を増やし、芋やその他の作物の収穫量がアップする。そうして、少しずつ集落は成長していく。もちろん、そんな未来まで私はここにいるつもりはない。


 私が掘り出した芋の表面についた土を払っていると、ユエンに注意された。この芋は保存するので、土はついていた方が良いのだという。そういえば、土つきのジャガイモは冷暗所で適切に保存すれば半年ほど保つと、どこかで読んだことがある。

 ユエンの注意に私は『ルラ』と言って頷いた。『ルラ』は「分かった」や「YES」に使われる言葉だ。少しずつであるけれど、現地の言葉を使うように心掛けていたので自然と声が出た。「いいえ」や「NO」にあたる『デェー』も分かってはいるのだけれど、使いどころがまだなかった。

 相手の言葉を否定する時は、その言葉の意味をきっちりと把握しなければ大惨事になる。慎重になるべきだ。


 収穫作業がノッてくるとユエンは歌を口ずさみ始めた。ゆっくりとしたテンポの伸びやかな歌だ。言葉の意味はもちろん、歌詞自体を上手く聞き取ることもできない。それでも私の中にイメージが湧いてくる。変声期前の澄んだソプラノボイスに翼が生えて、青い空に飛んでいくようなイメージだ。

 小さな頃からこの歌を聞いてユエンは育ったのだろうと思った。代々受け継がれているのかもしれない。身体に染み付いた歌というやつだ。

 ユエンの歌を聞いていると、不思議と身体が軽く感じあまり疲れを感じなかった。きっと作業のリズムと、歌のリズムが合っているのだろう。慣れた以上に作業のスピードも上がった。


 途中で休憩を挟みながら、昼まで芋掘りを続けた。大小合わせて1500個ほどの芋を収穫した。さすがにジェルガがいた時ほどではないけれど、私とユエンの2人でこれなら上出来だろう。残る芋畑は一面だけだ。明日には終わりそうだ。

 収穫した芋は木箱や麻袋に入れて、私の使っている貸家とユエンの家の食料庫に運んだ。午前中の作業は終了で、そのままユエンの家で昼食を頂いた。メニューは二種類のパンだった。1つは木の実がたっぷり入ったパンだ。コリコリとしたクルミのような実で、少し歯に挟まって苦労したけれど美味しかった。もう1つは果実の入ったパンだ。窯で焼かれトロけた果実は酸味と甘さが絶妙で、もちろん美味しかった。果実ではなくてジャムだったかもしれないけれど、空腹でそこまで観察しながら食べる余裕はなかった。


 ひと休みした午後、他の家の子供たちがやってきた。すでに顔を知っている4人だけでなく、さらに4人増えて8人もいた。ユエンと遊びにきたのかと思ったのだけれど、少し様子が違った。どうやら謎の居候である私を見物に来たようだ。

 子供たちは私に色々と質問?をぶつけて来た。まるで理解できない私は、ただ神妙な顔を浮かべ、彼らの言葉を聞き取ろうと努力だけはした。

 騒ぎが落ち着いたところで、ユエンが他の子供たちになにやら話しかけた。子供たちは頷くと私の手を取り、家の外へ引っ張っていった。

 広場にある井戸までやって来て、子供たちは何やら私に向かって一方的に話しかけてくる。私が聞き取ろうと難しい顔をしていると、水を一杯汲んで飲ませてくれた。

 次に女の子が先頭に立つと、広場に面した家の前へと連れて行かれた。ちょうど玄関から出てきた、母親なのだろう女性を捕まえると女の子は何か喋りだした。どうやら私に母親の事を説明しているようだった。母親も少し困った表情を浮かべていた。女の子が語り終わると、その母親は私に笑いかけてから家の中に戻っていった。

 次に別の男の子が前を歩き、別の家に近づいていく。ここでようやく、子供たちが私に集落の紹介をしてくれているのだと気づいた。

 右も左も分からない不審者の私には、集落の人々への顔見せもできて、とてもありがたいことだった。私は子供たちのされるがままに、集落中を連れまわされた。


 この集落がジルクという名前だと分かった。私が使っている貸家を抜きにして、ジルクには全部で14軒の家があった。その戸数が多いのか少ないのか分からないけれど、私は自分の中で『ジルク村』と呼ぶことにした。

 子供たちはその辺にいる人達を片っ端から紹介してくれたけれど、村人全員ではないだろう。ユエンの家族構成を参考にすると、住民は60~80人程か。

 ユエンの家の前にある井戸と広場が村の中心になっているようだ。この井戸の水は非常に冷たく、そのままでも美味しく飲める。

 井戸を中心に東西方向に道となっていて、家々が立ち並んでいる。道といっても、家が建っていない場所ぐらいの意味合いだ。基本的に村の外側に向かって畑が存在しているけれど、家と家の間が畑だったりと無秩序だ。計画的に作られた村ではない。まず井戸を囲むように数軒の家が建ち、その後に新しい家が建てられ、村が拡張されていったのだろう。

 井戸に最も近いユエンの家が最初の入植者なのかもしれない。そう考えると、ユエンの祖父であるがユーズカが長老的なポジションにいることも自然だ。もちろん単純に年長者に従う文化という可能性もある。


 ジルク村には主な産業が2つあった。

 1つは私が従事している農業だ。村の畑で見ることができたのは、あの芋とヘチマに似た緑の瓜、それにカボチャっぽい作物だ。数種類を作付けしている家もあれば、どれか1種類という家もあった。牛を飼っている家もあるけれど、多くても2頭ほどだ。荷物を運んだり、自分の家で消費するだけなのだろう。ニワトリ(らしき鳥)も家の囲いの中で見かけたけれど、大量に飼育している気配はない。

 2つ目の産業は織物だ。軒先や窓から覗く室内で、棒に張った縦糸に横糸を潜らせている光景がよく見られた。菱型を繰り返したものやフラクタル樹型などの幾何学模様、動植物を図案化したものなど、精緻な技が光っていた。かなり高価なものだろうことは想像に難くない。ジェルガも荷車に積んでいたから、ジルク村の特産品として売っているようだ。綿花の栽培や養蚕を行っていないので、糸はどこからか仕入れているのだろうか? それとも森に綿花的な植物が生えているのかもしれない。

 森が近いけれど林業は行われていなかった。ただ、これについては時期でないという可能性がある。あの巨大ヘビや巨鳥がいない季節は森に入り、木材を切り出していたりするかもしれない。


 やはり農業は男性が多く、織物は女性が多い。しかし役割分担はそれほど厳密では無いようだ。畑で鍬を振るう女性の姿も、真剣な表情で織物をする男性の姿も見た。とりあえず、ジェルガが私を織物の仕事に回さなかったのははナイス判断だ。ボタン付けでデカすぎる糸玉を作るほど不器用な私では、あの美しい織物に悲惨な爪痕を残したことだろう。まあ、元手が高価そうな作業を、素性のしれない私のような不審者にやらせるはずもない。

 大人はそのように働いている一方で、ある程度の年齢に達した子供たちは、ひとまとめに行動させているようだ。村長?の孫という自覚があるのか、年長者であるユエンは、よく年下の面倒を見ていた。


 ジルクは時間がゆったり流れる牧歌的な村だった。

 長期休みに逗留するなら良いだろう。しかし、いつまでも住みたいかと聞かれたら、答えはノーだ。


 多少窮屈でも、忙しなく月日が流れる日本に帰りたい。

 村にとっても私はイレギュラーな存在だ。今は作物の収穫期で人手が必要だから良いけれど、それが終われば私はただのお荷物だ。この小さな村では、私のように役に立たない余剰人員をいつまでも養うことなんて出来ないだろう。


 とはいえ、今は精いっぱい働きます!

 だからいきなり放り出すのは勘弁してください!


 ひと通り村の紹介が終わると、今度は子供たちの遊び場を連れ回された。村外れの大岩や泳ぎやすい川原、登りやすい木、綺麗な団子が作れる粘土の場所などなど、全てを教えてくれた。子供たちが仲間と認めてくれたのは嬉しいけれど、さすがに歩き疲れてしまった。


 村の広場に戻ってくると、ちょうどジェルガが戻っきたところだった。ユエンや他の子供たちが荷車を取り囲む。満杯だった荷車の作物は無くなり、代わりに生活雑貨や肉などの食べ物が載っていた。

 ジェルガはひとりではなかった。厚手の外套を身につけた男と一緒だった。男は金髪で、村の人々とは格好も雰囲気も違う。ひと目で異邦人だと分かった。

 金髪の男は馬(のような生き物)に箱型の荷車を引かせていた。彼の荷物が入っているのか、箱には頑丈そうな鍵がついていた。

 日が落ち、あちこちの家から子供を呼ぶ声が聞こえてきた。新しい異邦人に興味津々の子供たちは、後ろ髪を引かれながら家に戻っていった。

 ジェルガは息子のユエン、私、そして金髪の男を従え家に向かった。男はジェルガの客人だった。


 家に戻ったジェルガは、家族にお土産を渡した。祖父のユーズカには小さな袋、中身は草を乾燥させたものだ。薬かタバコかもしれない。祖母のラナには鉄製らしき鍋だ。大きなもので20人前ぐらいは一度に煮込めそうだ。妻のリテンにはべっ甲のような透き通った飴色の髪飾りだった。柔らかい雰囲気のリテンによく合っていた。

 そしてユエンが受け取ったのは鉈だった。新しい物なのか、暖炉の光でも分かるほど輝いている。今までユエンが身につけていたナイフに較べて大きく、何倍も力強い。ユエンは満面の笑みで喜び、父に何度もお礼の言葉「ナークル」を繰り返した。


 ユエンの家族に、私と金髪の男を加え7人での夕食となった。新しい鍋がその力を存分に発揮し、ベーコンと大豆&トロトロ瓜の極上スープが大量に振る舞われた。肉厚に切ったベーコンからタップリと滲みでた出汁が、煮大豆に染み込みんでいた。そこに長時間煮込んだ大根のような食感の瓜が合わさり最高だ。スープだけでなく焼きたてのパンと、分厚い燻製肉のハーブソースがけも加わり、豪勢な夕食だった。

 食事中は珍しくジェルガが積極的に金髪の男と話していた。何かを相談しているような様子だった。金髪の男は少し困っているふうだったけれど、ジェルガの説得?に首を縦に振った。

 この時、2人の会話から金髪の男がガイスという名前だと分かった。

 他にもジェルガは私を指さして、なにやらガイスに尋ねていた。話の内容は分からないけれどなんとなくニュアンスは分かった。こんな人間を見たことが無いかと聞いているようだ。ガイスは知らないようだった。ただ、ガイスは私に興味を持っているように見えた。ジェルガやユエン、それにガイスとも明らかに人種が違い、言葉も通じないのだから当然だろう。


 食事が終わった後も、ジェルガとガイスはお酒を飲みながら何やら話していた。2人の会話を頑張って聞こうとしたけれど、その難解さから私は眠くなってしまい諦めて貸家に戻った。


 ガイスは持ち込んだ荷車からして、旅をしているようだ。村の外の世界を知っているなら、何か新しい情報が得られる可能性がある。日本語や英語を話したり、文字や携帯電話などの文明の利器を見せて反応を見たいところだ。

 もう夜遅いのでガイスは村に泊まるだろう。

 明日、チャンスがあるかもしれない。

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