12日目

12日目


 農村の朝は早かった。

 夜明け前にユエンの父ジェルガに起こされた私は、畑へ案内された。寝床と食事を与える代価は、労働というわけだ。分かりやすいギブアンドテイクで、私としても正直ホッとした。理由もわからず歓待されるよりも、共同体への貢献を求められる方が気が楽だ。

 収穫の方法はジェルガが見本を示してくれた。まずは黄色く枯れた植物の並ぶ畝の両側を鍬で掘り起こす。脆くなった周囲の土ごと持ち上げるようにして、茎を握って植物をグッと引っこ抜く。すると地面の下からゴロゴロと子供の拳ぐらいの芋が3~4個連なって姿を表す。芋はジャガイモに非常によく似ていた。表面が少し緑色のものもあるので同じく地下茎だろう。ジェルガが引っこ抜いた地中をさらに探ると、同じ芋がもう2~3個見つかった。

 さっそく私も鍬を渡され、収穫の手伝いを始めた。実際の作業では、一箇所ずつ収穫するのでは効率が悪い。畝一本分を片側ずつ掘り返していった。

 初めて触る鍬はなかなか思うように扱えず、地面ではなく植物自体に刃を振り下ろしたりしてしまった。見かねたジェルガが、鍬を持ち上げすぎるなともう一度見本を見せてくれた。彼の真似をして鍬の振りを小さくすると、狙った場所に鍬を振り下ろせた。動き自体も格段に楽だった。

 私が15メートルほどの畝一本をどうにか掘り起こし終わる頃には、ジェルガはすでに畝の半分以上の芋を収穫していた。足を引っ張っているわけではないけれど、私はさらに奮起して芋掘りを続けた。


 ジェルガは簡単に芋を引き抜いているように見えたけれど、私が茎を引っ張ると地中から芋がついてこないことも多々あった。コツ以前の問題として、単純に引き抜く力不足だし、土の掘り返し自体も上手くいっていないのだろう。

 そして掘り起こした芋も、ジェルガの芋は土が払われているのに対して、私の芋は土だらけで傷ついているものも少なからずあった。大切な作物を損なってしまい怒られるかとビクビクしていたけれど、ジェルガは少し驚いて、それから呆れ気味に笑っただけだった。私が猟師小屋で生活していたから、作業に慣れているとジェルガに思われていたのかもしれない。大いなる勘違いだ。

 途中でユエンも加わり、4つの畝を掘り起こし終わると、地面には大量の芋が転がっていた。次は軽く土を払い、茎がついているものは外し、芋を荷車に積んでいった。立ったり屈んだりの繰り返しで腰と太ももが痛くなってくる。

 荷車には芋以外にも、ヘチマに似た緑の瓜や赤いカブのような作物、それに織物が載せられていた。芋を2000個ぐらい積んだところで、荷車がいっぱいになった。

 収穫が終わると、芋の枯れかけた茎や葉っぱ、食べられそうにない芋を一箇所に集め火をつけた。燃やすことで、芋の余計な部分を早く土の栄養分へ還元できる。さらに害虫や病原菌を退治する効果も期待できるはずだ。

 焼畑農法といった場合は、耕作地を新しく確保するために林や森などに火をつけることを指すので、少し意味合いが違ってくる。


 ジェルガは火力が程度弱まったところで、水で濡らした中~小サイズの芋を30個ほど燻る焚き火の中に投げ込んだ。ちなみに水は村の中央にある井戸から、私とユエンが汲んできた。

 何度か芋を転がすこと、30分ぐらいだろうか。ジェルガが芋が焼けたと判断し、ユエンが他の家族を呼びに行った。

 全員が揃ったので昼食が始まる。私も芋パーティーの相伴に預かった。ジェルガが鍬で焚き火からかき出した芋を拾うのだけれど、これがとてつもなく熱かった。ユエンの家族は慣れた様子で皮を剥いていたけれど、私はしばらく冷めるのを待たなければならなかった。

 どうにか持てるようになったところで、灰を払って芋の皮を剥き始めた。想像していたほど芋は焦げていなかった。皮はつるんと剥がれ、その下からはホクホクと湯気を立てる白い炭水化物が現れた。熱さを我慢して齧る。採れたてらしい瑞々しい食感と土の力を感じる甘みが口の中で崩れる。

 ジャガイモにとても良く似ているけれど、私の知っているジャガイモより少し甘みが強い気がした。バターか塩が欲しいと思っていると、ユエンの母親が緑のソースが入った器を差し出した。ユエンやジェルガもそのソースをかけて芋を食べていた。私も匙一杯分を芋にかけて食べてみた。塩味と少し尖ったハーブの香りと味、スパイシーなバジルソースだった。芋との相性は抜群だ。大きくないとはいえ、私は芋を丸ごと4個もぺろりと食べてしまった。


 食事が終わり火の始末が済むと、ジェルガは家から連れてきた牛を荷車に繋げた。それからジェルガは家族たちに何か話しかけ、家と違う方向へ荷車を牛に引かせた。どこか別の場所に運んでいくようだ。

 残された私も仕事が終わりというわけではなかった。今度はユエンが監督官となり、他の子供たちと一緒に森へ採集に向かった。


 採集を行うのは、私が一昨日まで暮らしていたあの森だ。死に物狂いで巨大ヘビと巨鳥から逃げ出した場所だけにまだ怖かった。しかしユエンは森の奥までは行こうとしなかった。彼や子供たちなら大丈夫なのだろうけれど、おっかなびっくり歩く私を気遣ってくれたようだ。

 採取の対象としていたのは、キノコや木の実、それに野草だ。もちろん、私には何を採ったら良いのかさっぱり分からない。採集用の籠を担ぎながら、小さな子供の相手をするのが仕事だった。

 子供たちの身体能力には目を見張るものがあった。10メートル以上ある木をスルスルと上るぐらいあたりまえで、その高い枝から枝へと飛び移ったりしていた。まるで時代劇やアニメに出てくる忍者のような身のこなしだ。どことも知れない土地で『忍者』というのも変だけれど、それぐらい私の常識を超えていた。

 私としてもただ子守をしながら感心しているだけではない。積極的に子供たちに話しかけ言葉を学ぼうとしたり、有用な植物の種類を覚えようと努力した。


 その結果、語順について少し分かってきた。どうやら日本語と同じSOV型のようだ。

 話者の人口が多い英語や中国語がSVO型なので、SOV型は少数派に思われるけれど、実際は違う。

 世界に存在する言語では、SOV型の方が多い。日本語はもちろん、ヨーロッパ圏でも自由度の高いドイツ語やオランダ語はSOV型に分類される。もちろんユーラシア大陸だけでなく、世界中にSOV型の言語は存在している。


 また彼らの話す言葉が、意外と聞き取りやすいのだ。おそらく母音が近いためだ。「あ」「い」「う」「え」「お」はおそらく母音だ。言語学的に見ると、基本母音の数は5つが圧倒的に多く、次いで6つだ。彼らの使う言語も、母音は5つか6つ、多くて7つだろう。英語のように基本母音が10以上になる言語のほうが少数派だ。


 と、分類が分かったところで、私にできることは「エティスソレル」を連発して単語を聞いたり、ジェスチャーから「ぼく」や「あなた」という人称代名詞、「走る」や「食べる」など簡単な動詞を判別することぐらいだ。

 満足のゆく意思疎通には程遠い。しかし、千里の道も一歩からだろう。とりあえず、燃えるように赤いキノコが「ベルタタ」という猛毒キノコだという事は脳内に刻みつけた。


 日が傾き森から引き上げた私は、今日もユエンの家で食事をご馳走になった。メニューは根菜とハーブのスープとキノコパイだった。採れたての芋がたっぷり煮こまれたスープはポタージュのようにトロトロで、何杯もたべられそうだった。パイには数種類のキノコが使われていて、プリッとした歯ざわりやジュワッと広がるキノコの滋味と食べ飽きない美味さだった。

 夕食の場にジェルガだけ居なかった。作物を運んでまだ戻ってきていないようだ。他の家族が誰も心配していないので、今日中には戻れない遠くへ向かったのだろう。

 食事が終わるとすでに暗くなっていたので、ユエンの母親が松明を持たせてくれた。今はその火を暖炉にくべて灯りとしている。


 貸家の中は、ほのかに土の匂いが漂っている。ジェルガが持って行かなかった芋が隅に積まれているからだ。もともとが倉庫なのだから、その芋が真の主人だろう。私はそこに間借りしているので、芋たちに土臭いとか文句は言えない。


 1日12時間ほど働いて、一泊二食付きの宿代と考えると、日給15000円といったところだろうか。食物の生産に余裕がある証拠だ。まあ、現代日本と賃金を較べてもあまり意味は無いだろうけれど、一応の基準だ。

 ジェルガが作物を売りに行ったのだとすると、それなりの経済圏が存在していることになる。あの量を物々交換するとなると牛や馬など家畜だろうか? あるいは金や宝石などの貴金属との取引、もしかすると貨幣が存在しているかもしれない。

 斧や農具に使われている鉄はこの集落ではない、どこか別の場所で採掘されたものだろう。農産物と鉱山など生産拠点の分散が行われていると考えられる。そうすると、中心か中継となる街や都市が存在しているはずだ。人と物が集まれる場所には同時に情報も集まる。そういった街に行けば、私の身に起こった異常事態に関する手がかりが得られるかもしれない。


 希望的な推測はできるけれど、まだ行動を起こすには足りないものが多すぎる。

 もっとこの集落で情報を手に入れ、少しでも言葉を話せるようになるべきだ。


 そのためにもだ、

 明日も農業がんばろう!

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