7日目

7日目


 朝、目覚めた私はさっそく材料集めを始めた。どうせなら魚取りの道具も一緒に作ろうと、手当たり次第使えそうなものを拾ってくることにした。


 まず森で手に入れたのは大量の枝だ。薪にも使えるのであって困るものではない。枯れているものだけではなく、柔軟性のある生枝も集めてきた。


 次に小屋の裏に捨てられていた動物の骨にも使えるものはないだろうかと調べてみた。真っ先に思いついたのは、釣り針だ。石器時代から人類は動物の骨を削って釣り針として利用している。それだけポピュラーなものだと分かる。しかし、私に釣りの経験は無い。素人が手製の粗末な釣り道具で魚が釣れるとは思えなかった。

 魚取りと言えば、木槍の先に尖った骨をつけて刺突性能を上げることができるだろう。しかし、そもそも魚にまるで命中させられない。他の方法を試した方が良いだろう。

 そんなことを考えながら動物の骨を退けていると、下の方から10センチほどの金属片が出てきた。かなり錆びているけれど、金属の片側に砥いである形跡が見て取れた。鉈か鎌あるいは包丁の切っ先のようだ。残りの半身を探してみたけれど、見つからなかった。獲物の解体作業中に折れて、骨と一緒にここへ捨てたのだろう。

 錆びているとはいえ刃物が手に入ったのは幸運だ。石で作ったナイフは芋や果物の調理には便利だけれど、木など少し硬いものを削ろうとするとすぐに欠けてしまう。この切っ先は小さくても金属製だ。作業効率は格段に上がるだろう。


 小屋に戻った私は作業台に材料を広げた。まず作ることにしたのは、魚取りの仕掛けだ。早い時間のうちに作って、川に仕掛けておけば夕飯に魚を食べられるかもしれない。

 仕掛けと言ってもそれほど複雑なものは、材料的にも技術的にも無理だ。そこで、うなぎ籠を参考にすることにした。

 材料は

  平たくまっすぐな20センチほどの枝 15本

  小屋に侵入していた蔦 紐の代用品

 これだけだ。

 枝を横向きに揃えて並ばせ、蔦を縦糸にして上下に編みこんでいく。蔦が端の枝まで来たらぐるっと反対側に戻して、最初の枝からまた編みこむ。これを5回繰り返したところで15本の枝を垂直に立てて蔦を引っ張る。蔦と枝を直角に編み込んだ筒状の物ができる。さらに蔦を編みこむのだけれど、締め付ける力を強め筒の先端が細まるようにしていく。枝の半分ぐらいまで蔦を編み込めば完成だ。

 ホイップクリームの絞り器の先端みたいな形状と言えば分かりやすいかもしれない。あるいは茶筅か。とにかく、うなぎ籠の反しの部分ができた。


 私はこの仕掛を持って川に向かった。

 川辺には流されてきた大小の石が沢山ある。その石を組んで直径1メートルほどの囲いを作った。これがうなぎ籠の『籠』の代わりだ。

 上流側の囲いの一部を崩し、そこに仕掛けをセットする。魚がこの場所を通って囲いに入ると、寄り集まった枝が反しになって出れないという仕組みだ。

 撒き餌になるようなものがあれば良いけれど、そんなものはない。自分が食べるものすら困っている状況だ。石をひっくり返せば川虫ぐらい取れそうだけれど、この囲いの粗さではあまり意味が無いだろう。

 とりあえず仕掛けは放置だ。川辺に落ちていた手のひらサイズの石を一つ手にして、小屋へと戻った。


 次に火起こし道具の制作に取り掛かった。原始的な道具で火を起こす基本は摩擦だ。木と木をすり合わせ、その摩擦熱が発火点を超えることで火がつく。接地面に対して一箇所でもこの発火点を超えれば良いのだから、力をかける面積はできるだけ小さくした方が効率的だ。

 集めてきた枝の中でもっとも真っ直ぐな枝を選ぶ。握れるほど太いので耐久力は申し分ないけれど、力をかける接地面が太すぎた。拾った刃物片で、巨大な鉛筆のような形に削る。

 次に棒を受ける方を作る。といっても、拾ってきた柔らかめの木片に、刃物片でくぼみを作るだけだ。擦りつける棒の先端が外れないようにするための細工だ。

 基本はこれで完成した。棒の先端を板の切れ込みに当てて、両手のひらを合わせて拝むように擦ってみる。枝製の棒は表面がデコボコザラザラしていて、とてもではないけれど長時間擦っていられない。棒が擦った先端を触ってみたけれど、多少熱くなっているだけだった。


 やはり、弓きり式への改良が必要だ。

 次に手にとったのは、弧状に曲がった柔軟性のある枝だ。枝の両端に蔦を巻きつけ、弦の緩い弓を作った。弓きり式の由来はこの形だ。

 先ほど作った擦り棒に、この緩めの弦を一重に巻きつける。もう一度、擦り棒を受け板に当てた。一方の手では弓を持ち、もう一方の手には川で拾ってきた平たい石を握りそれで棒の上端をグッと押さえつける。

 あとは猛然と弓を前後に動かすだけだ。弓に合わせて、蔦を巻きつけた棒が回転する。バイオリンを弾くかのように、と言いたいところだけれど、現実は違った。

 とにかく手を速く動かす必要があった。しつこい油汚れでも削りとるように、ガリガリと手を前後に動かす。動きが激しくなると、今度は上から棒を押さえるのが難しくなった。握る石が滑って棒があさっての方向に飛んでしまったり、勢い余って受け板を弾き飛ばしてしまったりと、あまり上手くいかなかった。知識としてもっていても、やはり実践は難しいものだと実感した。


 それでも火を起こさなければならない。休憩を挟みつつ辛抱強く続け、どうにか煙が上がり始めた。棒を退けて見ると、削れた木の粉が小さく燃焼していた。急いで裂いた木の繊維を近づける。火が移るかと思ったけれど、そのまま煙は消えてしまった。やり直しだ。

 その後、4回ほど失敗を繰り返して種火を作ることに成功した。受け板のくぼみに大きく切込みを入れ、燃えた木の粉が下に落ちるように加工したのが勝因だった。

 道具作りの何倍もの時間がかかってしまったけれど、なんとか無事に着火することができた。今日もう一度火を付けるのはさすがに心が折れるので、このまま囲炉裏に火を入れ続けることにした。


 外を見ると太陽がだいぶ傾いていた。暗くなる前に川の仕掛けを確認することにした。


 あのヘビ肉以来のタンパク質だと、私は期待に胸を膨らませて囲いを覗きこんだ。魚の影もなければ、サワガニの一匹すらいなかった。

 川を見回すと魚はいるのに、苦労して作った仕掛けは何の役にも立っていない。無価値だった思うと悲しかった。

 私は意を決して川に足を踏み入れた。太ももまで浸かり魚を追い回し仕掛けに追い込もうとした。そんな私の暴挙を笑うように魚たちは足元をすり抜け、岩陰やさらに深い川底へ消えていった。諦めて動きを止めると、濡れた服が冷たかった。

 何の収穫も無しに戻るのは悔しかったので、周囲に転がっている石に注目してみた。岩というほど大きなものは少なく、小石から20~30センチ程度がほとんどだ。川の中流域に見れる特徴だ。上流ではもっと大きな岩が多く存在しているだろうし、下流なら砂地や泥が多いはずだ。

 落ちている石の表面を撫でて、その感触を確かめて回った。その中で手頃なサイズと形で、表面がザラザラの石とツルツルの石を持って小屋に戻った。


 緊張感が途切れ思い出したように空腹が襲ってきた。私は夕暮れに急かされながら芋を探した。昨日ほど大きなものは見つからず、10センチほどの小さな芋二つが今晩の食事だった。


 食事を終え手持ち無沙汰になった私は、持ち帰った石で錆びた刃物片を研ぐことにした。見た目と採取した場所から堆積岩だろう。岩石中に石英質が含まれているはずだ。石英のモース硬度は7で、普通の鉄は5~6程度だから、研ぐことができると考えた。

 ザラザラの石を水で濡らし、刃物片を表面に擦りつける。ジョリジョリと心地よい音がし、錆が薄くなっていく。肉眼で錆が確認できなくなったら、ツルツルの石に替える。砥石の表面が細かくなったので、削れる音がショリショリという静かなものになった。

 森に訪れた暗闇の静けさの中、刃物を研ぐ音だけが大きく響く。その音に引き込まれるようにして、私はとても集中することができた。

 無心で刃物を研ぐというのは、不思議と気持ちの良いものだった。斧を摺って針を作ろうとする摺針峠の老婆の気持ちが、少しだけ分かった気がした。


 お腹がグーと鳴った。空腹を紛らわすために、もう寝よう。

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