第16話

 梨穂ちゃんが行方不明になって矢面に立たされたのは御堂君だった。彼女の最後に出会ったのは私で、梨穂ちゃんはそのあと家に帰ることなく行方がわからなくなってしまったとのこと。


 その日の朝に喧嘩していたという事実が彼の犯行を匂わせたものの、彼女が消えてしまった時間、彼にはアリバイが存在していた。彼のアリバイを証明したのは光ちゃんだった。その時間、彼女は御堂君とともにいたらしい。というのも光ちゃんは御堂君に直接、先日の朝の誤解を解いて欲しいと頼みに行っていたという事実があるのだ。


 光ちゃんの証言から御堂君の犯行の線は消えて、外部の者による犯行の可能性が大きくなった。


 けれど、私は危惧していた。もしかしたら梨穂ちゃんがいなくなってしまったのは御堂君が関係しているんじゃないかと。そんなことはないと願いたいけれど、光ちゃんの顔を見ると、何だか関係があるんじゃないかと思わずにはいられなかった。


 学校にいる間、光ちゃんの顔がずっと強張っている。それは梨穂ちゃんがいないことに対する恐怖ではなく、自分に対する後ろめたさのような表情だった。別に光ちゃんを疑っているわけじゃない。けれど、光ちゃんは何かを隠している、そんな直感が働いた。


 自分の感覚が鋭敏になっているのは太白と出会ったからかもしれない。太白と出会ってから人のことをよく観察するようになった。知らないということが怖いことだと知ったからかもしれないし、単純に知ることに対して関心を持ったからかもしれない。


 そのせいか、今回の事件に関してよからぬものを感じている。だからこそ、私の直感は御堂君へと帰着する。彼が結局のところ一番怪しいと感じるのだ。


 梨穂ちゃんは走るのが速いから大人でも追いつくのは困難だ。そして、力も強い。男の子に臆することなく食ってかかる性格を見れば、彼女が相当に力に自信を持っているということも想像に容易い。


 そして、彼女は警戒心も強いし、私の家から彼女の家までほとんど家をまたぐことはない。それを考えれば、彼女を襲うことのできる人間は極少数に限られることがわかる。


 ある程度の油断がなければ梨穂ちゃんは家にたどり着くことができたはずだ。それができなかったのは彼女が出会った人物に対して少なからず油断していたということ。


 つまり、顔見知りであるという結論付けができる。


 尚且つ、彼女が油断していたとは言え、限られた区間で確実に彼女を確保できる手段を持つ者。私からすれば、考えられるのは陰陽師だ。


 私の知っている陰陽師で尚且つ学校関係者というと、御堂君しか考えられない。理由はわからないし、わかりたくもないけれど、親友が行方不明とあって漫然と日常を過ごすわけにもいかない。


 学校は休校になった。誘拐の可能性を懸念した警察関係の人間が生徒を学校に残しておくことを反対したからだった。親御さんと身近にいられる方が安全だろうという配慮のため、私たち生徒はしばらく学校に来ることはなくなった。


 私たちは一応通常通り授業を進めてから、部活動をすることなく家に帰された。


 私が家に帰ると、警察関係の方々が何やら家の玄関前で母親と話し込んでいた。私は軽く会釈をしながらその間を突き抜けて、二階に駆け上がる。


 自室に入って制服を脱ぐと、私はおもむろに太白を呼び出した。


「ぞんざいな扱いだな」


「そんなこと言ってる場合じゃないの。太白。梨穂ちゃんが行方不明になったの。探せないかな」


 私は出てきてすぐに太白に頼みごとをした。太白は首のあたりを頭で擦りながら、眠そうな目で私を見つめた。


「無理を言うな。我に任せすぎだ。それに犯人もわかっているならその小僧に問い詰めるのが良いだろう」


 最近気がついたけれど、太白はどうやらどこかで私たちの状況を耳にしているか目にしているらしい。察しが良すぎるのだ。


 明らかに御堂君が怪しいと踏んで話の結論を導こうとしている。


「太白、今回の件ってやっぱり御堂君が犯人なの?」


「お前がそう思っているから我もそれに賛同しただけだ。あの男は好かん。名声に溺れておる」

 名声に溺れるという感覚が私にはわからないけれど、そんなに重要なことなのだろうか。いや、太白が彼のことを貶している時点であまり重要なことではないのかもしれない。


「じゃあ、御堂君の周辺を調べれば梨穂ちゃんの居場所がわかるってことかな」


「奴の行動を洗うというのは賛成だが、奴も警戒を強めているだろう」


「う~ん」


 つまり、何かしら陰陽道に関係のある罠が張り巡らされている可能性が大きいということ。それに、太白のことを調べた結果、太白は陰陽道の人間にとって芳しくない霊獣だということがわかっている。御堂君にバレるならまだ問題ないかもしれないけれど、周辺を動いている陰陽師にバレるのは結構大変なことだ。どの程度大変なのかは私自信よく分かっていないけれど。


「それと、生徒各位は外に出ることを禁じられていたな」


「ああ、そっか。そしたら私も外には出ちゃまずいのか」


「そして、警察関係の者が晴の母君に何やら相談をしていたということは陰陽師関係者も何やら外をうろついている可能性を否めないな」


「うっ」


 痛いところを突かれた。私たちにとって芳しくない状況が積み重なる。


「太白はやっぱり陰陽師に見つかったらまずいの?」


「然り。我を嫌う者あれど、好む者なし」


 太白はどこか寂しそうに言葉を口にした。

 窓を開けて玄関の外を確認する。ちょうど私の部屋から見下ろせば、玄関口が見えるという今日に限っては大変便利な立地だ。


 警察関係者は既に帰っていた。けれど、近くを歩いていた。私の家から見える梨穂ちゃんの家の前にパトカーをとめていたらしい。私は肘をついて外を見つめる。


「太白、やっぱり外出てもバレないんじゃないかな」

 私は外に出たくて仕方が無かった。一刻も早く梨穂ちゃんを探したかった。


「うえっ」

 私は背中から感じられた唐突な重みに声を漏らした。暖かくてふわふわとしたものが背中にのしかかっている。


「ふむ、確かに人の動きは少ないようだ。しかし、それは晴がみつかりやすいということにもなる。今外に出れば確実に怪しまれるだろうて」


 傍から見れば、大きな猫の布団をかぶっているように見えるかも知れない。それくらいに太白はあったかくて気持ちいい。けれど、少し重たい。


「でも、いてもたってもいられないよ。私は平気。太白がいるもん」


「寧ろ我とともにいるところを陰陽師に見られれば、そちらのほうが確実に危ういのだがな」


 背中が軽くなったので私は身体を起こして窓を閉めた。そして私服に着替えて外に出る準備をする。


 動きやすい格好、道着では明らかに目立ってしまうので、体育で使っているジャージを取り出した。私の学校は体育用の服装に指定はなかったので皆好きなものを着ていた。水色とグレーの織り成すジャージで、白いラインがシュッと入っている。私としてはお気に入りではあった。少し目立ってしまうのが玉に瑕だけれど。


 それに着替えてから私はこっそりと一階に降りて母がどこにいるか確認した。


 母は台所にいた。今日は仕込みに随分と時間がかかるらしく、肉に下味をつけるためにダシの中に漬け込んで蒸している。長い時間をかけてゆっくりと熱するため、肉にまんべんなく熱が通るのだそうだ。見た目の割に調理法が結構簡単らしく、この前母の手伝いをした時に印象的だったのでよく覚えていた。


 母のあの様子を見る限りではまだ夕御飯には時間がかかりそうだった。私はしめしめと思って、黒い帽子をかぶってこっそりと外に出た。玄関前の砂利道で足音が鳴らないよう細心の注意を払いながら本当にゆっくりと歩みを進めた。


 なんとか母にバレずに外に出られたので、私は勢いよく駆け込んで方向も定まらないまま、街の夕方を進んだ。


 人気のないところを探して太白を呼び出す。ちょうど、いいところに路地裏があったので、そこで太白を呼びことにしたのだ。


「全く、猫使いの荒い陰陽師よ。我は梨穂という女の特徴はわかっておるが、人を探すとき一番頼りになるのは匂いなのでな。従って梨穂という女の匂いがわかるものを何か持ってはおらぬか」


 私は手持ちに何か梨穂ちゃんの匂いが残っていそうなものがないか探した。大体、そんな話をするなら先にしてくれればいいのに。


「我とて忘れることはある」


 私の思っていたことを読んでいたかのように太白は弁解した。先読みがすぎるなあ。


 身体に何か入っていないかと探してみるけれど、私が唯一用意したのが財布くらいのものだから、そこに何もなければ何もないのだ。


「ごめん、持ってない」


 私はがっくりとうなだれる。勢いよく飛び出して準備不足とは。


「なら良い。特別アテにしていたわけでもない」


 なら、何で言ったのかな。と、思ったけれど、口にしない。口にしても多分読まれているだろう。多分、私の表情は人一倍に読みやすいのだ。


「では、小僧の臭いを追う。陰陽師の臭いは格別に臭う。我の性質上の問題故かも知れぬがな。中でも奴の陰気臭さは異常だ」


 私が呼び出したからなのか、太白は本当に御堂君のことが気に入らないようだった。無論私も苦手であることは言うまでもないけれど。


 私たちは路地裏から出て御堂君の臭いとやらを頼りに先へ進んだ。勿論、太白を表立って歩かせるわけにはいかないので、彼には周囲に見つからないよう屋根の上を歩いてもらうことにした。


 私は周りに怪しまれないように歩きながらふと天を見上げる。そうすると、太白がその気配に気がついて私に見えるように顔を出してくれる。少々危なかっしい方法だったけれど、既に危ない橋を渡り始めている私たちからすれば、あくまでもこれしきのことに過ぎなかった。


 段々と、人通りの少ないところに移っていき、大人の姿すら見えなくなった人影もない丘陵地にたどり着いた。


 体力にそこまで自信のない私は途中で飲み物を買って歩いてきた。手にはペットボトルが握られていて、そこの中に含まれている量も最早、雀の涙ほどだった。


 木々は生い茂り、沈みかけていた太陽の光を遮っている。夕暮れの赤い光すら届かなくなるほど、周りは木々に囲まれていた。太白も姿を隠すことなく、私の近くを一緒に歩いていた。


「暗くなってきたね」


 私は少し不安になって太白に話しかけた。


「怖いか。無理もない。見えないというのは生命に恐怖を運ぶものだ」


 また人の心を読んだ。


 太白は怖くなさそうだった。生命は皆、闇を恐れると言うけれど、言っている本人が怖がっていないのでは説得力に欠ける。


「太白は怖くないんだね」


「恐怖に打ちひしがれ足をすくませる意味はない。恐れるなら逃げれば良い。立ち向かえば良い。選択肢を捨ててそこにうずくまることほど情けない話はない」


 そういうものなのか。よくわからない。


 彼の言葉を聞いているうちに何だか不安が募っていた胸の中身が空っぽになってしまった気がした。


 闇は深く濃くなっていった。夜を迎えていた。四月だからなのか、四月でもなのか、日が落ちるのは早かった。もう家に帰っていなければ母はきっと心配しているはずの時間だった。携帯すら置いてきた私はもしかしたら捜索願を出されているかも知れない。けれど、何だか、そんなことを考える気にもなれなかった。目前に梨穂ちゃんがいるかもしれないのに、保身など考えるのは二の次だ。


 私がそうして歩いていると、突然、太白の姿が消えた。あまりにも急なことだったので、私ははぐれてしまったのではないかと思うほどだった。けれど、そうではなかった。


 少し遠くに薄ら明かりが見える。人がいるかも知れない。太白はそれを懸念して姿を消したのだろう。


 私は音を立てないようにその明かりの方に歩いて行った。そこには誰かがいた。逆光になっていて、顔はわからなかったけれど、影から男性の姿だということは理解できた。


 私はさらに近づいて、茂みの中に隠れてその人物の様子を伺った。


 御堂修吾その人だった。

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