第12話
それから数日したある日の土曜日。私は地元の図書館に来ていた。
太白という存在がどこかの文献に存在していないかどうか探していたのである。太白が言っていた通り、知らないということは怖い。光ちゃんや梨穂ちゃんを除けば一番信用しているのではないかと思うくらいの太白のことを私は何も知らなかった。太白とともに戦おうと思っても彼のこと知らなければ寧ろ迷惑をかけるだけだ。それに、彼の過去を知ることで今の太白を知ることができるのではないかという期待もあった。
地元の図書館は入口から奥に向かって児童書のコーナーと音楽の貸出を行っていて、地下に進むと一般書が置かれたり、学習用の机が置かれていたりした。
螺旋階段を使って地下に降りると、土曜日ということもあってか、私ぐらいの年齢の子もチラホラと見えた。どこかに座ってゆっくりと本を読んだり、漫画が置かれているコーナーで立ち読みに興じている人もいた。
私はまず、図鑑のコーナーに移り、猫科の動物を調べてみることにした。太白ほどの大きな猫を探すとなるとやっぱりライオンとか虎を見るのがいいと思ったけれど、太白にたてがみはないし、縞模様があるわけでもなかった。太白は一応オスらしいからライオンだったとしてもたてがみはあるはずだった。
雪のような白さが特徴的な太白だけれど、同じ猫科で太白のような白さを持っている猫は図鑑に載っていなかった。ユキヒョウとかは太白みたいに白いけれど、黒い斑点があるから該当しない。寧ろ、クロヒョウのほうが一色という点では近いような気がした。大きさも近いし。でも、ヒョウにしても太白の方が、四肢が太く強靭そうに見えた。
仕方がないから、持ち出した図鑑を全てしまい、今度は妖怪の類について調べてみることにした。猫の妖怪について調べてみても、該当するのは猫又や化け猫のみ。猫又に関しては見た目の特徴が一致しないから却下するとしても、化け猫というのは曖昧すぎて太白に該当するかどうかわからなかった。確かに太白は猫と比べれば大きいけれど、人間と比べるとそうでもない。大きさだけで判断することはできないけれど、大きいイメージのある化け猫と太白が一致しているようには感じられなかった。それにこれは私の直感でしかないのだが、太白はもっと賢くて崇高な感じがする。
私はため息をついて本を閉じる。周りを囲む知の体系に頼ろうとも、そこに記述がなされていないのであれば本末転倒だ。私が本棚の近くにあった丸い椅子に座り込んでうなだれる。折角の休日をこんな風にひとり寂しく調査に費やしたというのに、その結果がこれでは虚しいばかりだ。
図書館についてかろうじて考えられる結果は、一般に閲覧出来るようなところに太白の記述はないということだった。
お呼び出しによって召喚されたのであるから、太白が陰陽術に関わっていることは明白。とあらば、家の文献で何か太白に関する記述がないかどうか、探してみるほうが賢い選択なのではないかという結論に至った。
正直、図書館に来る前からそのほうが得策だという考えは頭の片隅に残っていた。しかし、一つの困難がそこには立ちはだかっているのだ。私が知りうる、陰陽道に関する文献が置かれているところは、勿論私の家だった。それしかない。けれど、陰陽道に関する資料や文献は父の部屋に全て収納されていた。
父の部屋。
それは私にとって何よりも厳重な警備が張り巡らされているところいう認識があった。父の部屋には結界が張り巡らされている。式神と呼ばれる陰陽術で自分の部屋を厳重に保管しているのだ。
父の娘である私はおそらく父の部屋に入れる。血筋ゆえにガードは緩いはずである。だけど、それでも父の部屋に勝手に入るということ自体が随分と危険な賭けであることには変わりなかった。勝手に入ってバレるようなことがあれば、私はきっとその理由を問い詰められるだろう。私は父に対して嘘をつききる自信はない。言霊の権威である父に嘘はおそらく通用しない。だって、言霊を扱うということは言葉を知るということに直結していたから。
つまるところ、方法は見えているのに、その壁が高すぎて登りきる自信がないというところだった。それもこれも、太白が自分自身のことを語りたがらないというところに原因があった。かろうじて私が知り得ているのは、太白が人を喰ったことがあるかもしれないということだけ。太白が言葉を濁したので結局それすらも真実かどうかはわからない。
私は左手に巻かれている包帯を僅かに緩めて、手の甲に刻まれた文字を眺める。相変わらず強く光り続けていた。その文字を見るたびに私はため息をつきたい気持ちになった。
もう一度包帯を巻き直して私は立ち上がった。図書館に用はないので足早に立ち去った。
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