第11話

 学校で御堂君は人気者だった。一応顔は整っている部類に含まれるものだから、男子も女子も彼のもとに集まるようになっていた。私たちは三人で小さな島を作って遠くからその様子を眺めていた。


「随分と集まってんな~。転校生君人気者だね~」


 まるで他人事のように梨穂ちゃんが口にしていた。自分とは関係ないところで好き勝手やってくれという感じが漂っていた。あと、転校生君と呼ぶのは名前を覚えていないからかもしれない。さすがの私でも名前は覚えた。


「転校してから二日目だというのに、既にファンクラブが発足しているらしいっすよ」


 光ちゃんもわけのわからない口調を楽しみながら御堂君の話に乗った。噂好きの光ちゃんは情報収集に走るのが趣味だった。彼女が風の噂で聞いてくる情報は中々信憑性の高いもので、彼女の情報源はどこからなのかいつも気になるところではあった。


「すごいね」


 私はそれしか言えなかった。それ以外に何を言えばいいかわからなかったからだ。彼に対する関心はほとんど失せていた。本能から感じられる恐怖以外に彼の目立った特徴など気にならなかった。


 ただ、関わりたくない。それだけ。彼の目は私に対する憎悪に溢れている。どうしてなのか、何でなのか。それは私にはわからないけど、私の手で解決できる範疇を超えていることだけは理解できていた。


「晴あんた本当に御堂君に興味ないんだな」

 図星だった。光ちゃんは鋭いなあ。いや、私がわかりやすいのか。


「い、いや、そんなことはないよ。多分…、少しも…、全然…」

 何か言おうとすればするほど、墓穴を掘っている感じがした。


「あはは、晴おもしろ。まあ、転校生君が晴のタイプじゃないとわかって私は安心したよ」


 梨穂ちゃんはおなかを抱えて笑っていた。そんなに面白いことを言ったつもりはないけれど。


「なんだ、梨穂。あんた御堂君狙ってるのかい?」


 名前を覚えていない時点でその可能性は微塵もないのだけれど、光ちゃんは一応聞いてみた。というより、梨穂ちゃんの反応を見て本音を探ろうという魂胆があったのかもしれない。


「まさか、あたしは寧ろ、晴を狙ってんのさ」


 梨穂ちゃんはそう言って私に抱きついてきた。そして、梨穂ちゃんは抱きつくついで私の身体をくすぐってきた。


「梨穂ちゃん、くすぐったいって」


 私は身をよじりながら梨穂ちゃんから逃げようとするけれど、運動部で力の強い梨穂ちゃんとポンコツの私では肉体に顕著な差があった。要は逃げきれなかった。


「はあ、ほんとあんたらの関係が心配になるわ」

 光ちゃんは頬杖をつきながら私たち二人の様子を温かい目で見守る。そんなことより光ちゃん早く助けて。あはは。


「はあ、はあ、もう梨穂ちゃん力強すぎ。全然逃げらんない」


 私はへとへとになってしまった。梨穂ちゃんはくすぐりをやめたものの、背中の方から私をがっしりとホールドしていた。


「はあ。ま、帰宅部ゆえの貧弱な身体だよね。それより晴。その手どうかしたの?」


 梨穂ちゃんは包帯に巻かれた私の左手を指さした。


「ああ、そうそう。私も気になってたんだけど、晴が言ってくれるかなあ、と思って聞かなかった」


 光ちゃんもどうやら気づいていたようだった。当たり前か。割と普通に見えるところだもんなあ。まさか光る文字が手の甲に刻まれてしまったなどとおくびにも出せない。


「あ、えっと昨日擦りむいちゃって。そんな大したことないんだけど、母様がぐるぐる巻きにしちゃって」


 やっぱり嘘を付き慣れていないので言葉がタジタジに。光ちゃんも梨穂ちゃんも下手くそな私の嘘をどこか怪しんでいる様子だった。けれど、言及したりはしなかった。


「ま、気をつけなね。晴はいつも余計なことに首を突っ込むから」


 梨穂ちゃんは優しかった。多分私の嘘見抜いているのだけれど、それを敢えて見過ごしてくれる。いつか、梨穂ちゃんに話せる時が来たらきちんと話そうとは思っている。彼女の誠実さに甘えてはいけない。


「えー、そんなことないと思うけれど」


「いいや、晴。お前には危機感というものが足りない。儂が思うにそれは一大事じゃぞ」


 おじいさんみたいに、光ちゃんは私を諭す。私に危機感がないというのはあんまり自分で自覚してはいない。危ない状況に立たされているという意識が私には今まで感じたことがないことからも、無自覚であることは間違いないみたいだ。でも、無自覚だからこそ、光ちゃんの言うことはピンと来ない。光ちゃんが私のことを心配してくれるのはありがたいけれど、気をつけようかなというくらいにしか意識が向かない。ごめんね、どんくさい私で。


 梨穂ちゃんは自分がおかしな役回りに回ることで周りを賑やかにしてくれる子だ。これほどありがたい存在はなく、心強い存在もなかった。


 二人共、大事な私の友達。私が陰陽師であることをいつか二人に話したい。私は心からそう思ったのだ。

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