第7話

 それから、いつものように帰宅して家の門を開ける。近くに太白がいないかどうかキョロキョロとしたけれど、いる様子はない。もし、近くにいるんだとしたら隠れるのがとてもうまい。


 庭先にはいつものように母の姿があった。変わらぬ和服姿だったが、今日はいつもよりおめかししているようにも見えた。きっと頭につけている簪がその雰囲気を漂わせているのだろうと私は納得した。


 私の顔を見るなり母は私のもとにやってきた。急いでこちらにやってこようとしているのだけれど、和服姿ではあまりに遅い。一歩がとても短く、小刻みに何度も足を動かすさまは危なっかしかった。


「晴ちゃん、おかえり。あのね、お父さんが帰ってきたらあなたに道着に着替えていなさいって言っていたのよ。良くは知らないんだけどね。お客様がお見えになるらしいの」


 いきなり言葉を並べ連ね、一息に話した母は話し終えて、大きく息を吸い込んでいた。どうやら私が帰ってきたらすぐにでも伝えようと思っていたらしい。


「わかった。道場の方に行けばいいのかな?」

 道場とは家の奥にある陰陽術の鍛錬をする場のことだった。


「わからないけど、多分そうなんじゃないかしら。ご飯はお客様と一緒にするみたいだから、ちょっといつもより遅くなるけどごめんね」


「は~い」


 私は少し嫌そうに答えた。お客様と同席して食事をするということは父と一緒にご飯を食べなければならないということと同義。普段、道場でしか顔合わせしていない父と一緒にご飯を食べなければならないことが正直嫌だった。大体、父の言うお客様というのは大抵陰陽道に関するお客様ばかりだから、私に罵詈雑言が飛ぶのは明らかだった。


 ああ、憂鬱。これほど先の見やすい未来はない。


 私はとりあえず自室に戻って浅葱色の道着に着替える。部屋の中にも太白の気配はない。ひょっとすると私が気づけていないだけなのかもしれないと思ってひとり家の中で声をかけてみた。


「太白、いるの?」


 音はない。もしかしたら太白は家に入れていないのかもしれない。そう思って私は振り向いて自室を出ようとした。


「うわあ」


 私は驚いて尻餅をついた。目の前で太白はおすわりしていた。それこそ犬みたいに。白い光に照らされて太白は雪みたいにキラキラと輝いていた。一体全体どこにいたのだろうか。


「太白、いるなら声をかけてくれればいいのに」


「すまない。他の者に気取られるわけにはいかぬ故、声を出すことは憚られた。ここの者は随分と陰陽道に卓越している人間が多いようで骨が折れる」


「ああ、ごめんね。それでね、太白。私の家にどうやらお客様がいらっしゃるみたいなの。他の人に見つからない限りはどこにいてもいいけど、危険だと思ったら私の部屋に隠れていてね。まさか、私の部屋に入る人もいないだろうから」


 とは言っても、私がこの部屋に入っても太白がいた事など微塵も感じられなかった。見つかる心配はないと私は思っていた。


「承服した。それと、どうやら気にしているみたいだから説明しておくが、我は正当に晴の手で呼び出された存在。従ってそのことを気にする必要もない」


 私が気にしていることを太白は既にご存知のようだった。でもなんでだろ。


「でも、私、チョークで書いた文字を媒介にしたつもりだったんだけど」


「晴、お前との契約は別のもので繋がっておる。白き粉なぞよりもっと大事なものでな」


 太白はいつものように大きなあくびをしてカーペットの上に寝っ転がった。よく見ると、カーペットには太白の毛が随分とくっついていた。あとで掃除しないと大変なことになりそうな予感がした。

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