第4話
それからは普段通り授業を進め、お昼休みになった。私たちは三人で机を囲んでそれぞれのお弁当を広げた。
「ああ、晴。あんたまたそんな豪勢なお弁当ひけらかして。眩しい、眩しいわあ」
光ちゃんが半ば呆れたように私のお弁当を見つめた。自分では意識していないのだけれど、随分と豪勢なお弁当であるらしい。
「そんなことないって。お弁当箱が高級そうに見えるだけだよ」
「いや、そんなことはない。晴んちの飯、めっちゃうまいもん」
梨穂ちゃんも光ちゃんの意見に賛同した。私としては気にしていることだから、あまり言わないで欲しいと思ってはいるけれど、彼女らのなりの気遣いだとも知っているので軽く受け流すだけにとどめた。
「それより見なよ、あれ」
梨穂ちゃんは人だかりの方を指さした。クラスの大勢がそこに集まっていて、その中心にいるのは例の転校生だった。どうやら一般受けする顔立ちみたいで、女の子も男の子も彼のもとに集まって様々な質問をしているようだった。
「梨穂ちゃん、あの子、タイプなの?」
私は少し嫌そうに小声で聞いた。
「えー、それは絶対ない」
梨穂ちゃんは淡白に断言した。それを聞いて私はホッとした。
「んー、まあ、顔は悪くないと思うけどね。晴は?」
光ちゃんが私に尋ねた。私は少し困ってしまった。正直に彼のことが好きになれないと言い切るには、彼のことを知ら無さ過ぎた。かと言って、彼のことを知ったところで彼のことを好きになれそうにはなかった。
「わかんないけど…、ちょっと苦手かも」
私は言葉を濁した。直接的な表現は控えることにした。
「あら意外。なんかさ、あの子、雰囲気がちょっと晴に似てるんだよね」
「えっ?どのあたりが?」
私は思わず聞き返してしまった。
「いやあ、なんか浮世離れしてるっていうか、なんというか。ほら、晴って何だかぽわぽわっとしてるじゃん?」
光ちゃんの言葉に、梨穂ちゃんも握りこぶしを手のひらにポンと叩いて納得した。私としてはあまり嬉しくないことだった。
「私、そんなふわふわしてるかな?」
「いや、ぽわぽわっとしてるんだって。羽毛が舞い落ちる感じじゃなくて、シャボン玉が風に揺られて動いてる感じ」
梨穂ちゃんはわかりづらい喩えを持ち出した。意味はわからないでもないけど、表現が独特ですごく抽象的。梨穂ちゃんは言葉を身体で感じ取るタイプみたいで、こんなふうにたまに自分特有の喩えを用いることがある。
「梨穂。あんたの言い方って、体育会系のおっさんが言ってるみたいで、正直、キモいわ」
「いやいや、そういう光だって、おかしな口調を頻繁に使うじゃん」
二人はお互いに睨み合った。私は思わず吹いてしまった。それを見た二人が悪い笑みを浮かべて私の方を見た。
「そういや晴。あの男がタイプじゃないってんなら一体どこのどいつがタイプだって言うんだい?」
光ちゃんが私の肩を掴んで詰問する。私は言い淀み、言葉に詰まった。
「え、ええっと…」
正直、自分の好きな男の子なんか考えたこともない。最近頭の中を占めているのは陰陽術のことばかりだったからだ。恋愛の話は好きだったけれど、自分となると結構何もないものだ。光ちゃんに「好きな男の子いないよ」と言っても多分信じてはくれない。う~ん、一体どうしたら。言葉に詰まった私は咄嗟に出てきた言葉を呟いた。
「えっと、梨穂ちゃん、かな。なんちゃって」
光ちゃんは私の肩を掴んだまま石のように固まって動かなくなってしまった。梨穂ちゃんは頭を抱えて何か思いつめたような顔をしている。
「晴、今まで黙っていたけどな、あたし実は女だったんだ」
「え、いや、それは知ってるけど」
梨穂ちゃんはやれやれと言った様子で首を横に振る。
「いいや、晴。晴はわかってない。いいかい、あたしは実は女だったんだよ」
「それ、聞いたって」
「晴があ、晴があ」
光ちゃんは私身体をぐわんぐわんと揺らして、何か嘆いている様子だった。冗談で言ったつもりだったのに、間に受けてしまったようだ。
「いや、流石に冗談だよ?いくら私でも、そんな、女の子を恋愛対象としては見な――」
「えっ、じゃあ何。あたしとの関係は冗談だったって言うの?」
梨穂ちゃんが愕然として聞き返す。
「晴が裏切ったあ」
光ちゃんは相変わらず私を揺らしながらわけのわからないことを叫んでいる。どうやら二人のおかしなスイッチを押してしまったようだった。勿論それが冗談だということも知っている私は、二人のおふざけが済むまでとりあえず必死に否定した。
「まあでも、晴に好きな人ができないっていうのは多分家のことがあるからじゃないかな。ほら、晴んちってやっぱ家が厳しいじゃん」
ひと段落ついて二人共落ち着いたところで、梨穂ちゃんが再び口を開いた。
「そーだねー。でも、晴に彼氏ができそうになったら呪いをかけてでも阻止するけどね」
「えー、光ちゃん、物騒だよ」
「いや、あたしも光の意見に賛成だね。晴、もし気になる人がいたら、いの一番にあたしに言いな。その男の息の根を止めてきてあげるから」
梨穂ちゃんは握りこぶしを掲げて、瞳をメラメラと輝かせていた。
「もう、二人共、そんなこと聞いちゃったら彼氏なんて一生作れないよ」
私はそんなことを言って苦笑いを浮かべつつ、二人の言葉を聞いて、そうかもしれないと心の中で納得する。確かに家のことがあるから私の頭の中は恋愛に全く向いていない。見向きもしていない。今、私にとって大事なのは、言霊を完全に扱えるようになって、頑固者の父の鼻をあかしてやりたいことだった。
私は言霊ではないその他の、例えば、昨日のように文字を力に変えて具現化させることの方が得意だった。私にとって、声のような抽象的なものよりも、字という具体的なものの方が想像し創造しやすい。
陰陽術にとって大切なのは何かを体現しようとするその想像力だった。そのために私たちは言葉を借り、文字を借り、そして音を借りて具現化させる。言い換えれば言葉とかの類は陰陽術を行使するための媒介なのだ。
三人で他愛もない話をしていたら昼休みは終わった。私が二人と話している間、御堂という男の子が私たちのことを見ていたような気もしていたが、気のせいだと思って気にしないことにした。
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