『未来への審議-後編-』

 ――一緒にいるつもりなら、コレット家を追放する。

 相談員として、そんな脅迫を黙って見過ごせるわけがなかった。そう言うのが、セーラさんの父親であっても。

「追放という判断を考え直せ、だと?」

「ええ。セーラさんが女性のエイミーさんと付き合ってしまったら、メイナード本家の血が途絶えてしまう。その重大さを訴えることは納得できます。しかし、娘さん達の決断を裂くためにコレット家を追放するというのはいかがなものかと思いますが」

「異世界から来た相談員のくせに、我々の家のことで口を出すんじゃない!」

 どの世界でも、一族の問題に対して外部の人間が意見を言うと、今みたいな言葉で激昂するんだな。

 ここで引いてはいけない。デビッドさんにはこちらも強気でいかないと!

「……そういうわけにはいきませんね」

「何だと?」

「私はお二人から自身の将来について相談された身です。私にとって、相談員というのは困っている人に寄り添い、悩みを解決することに力を尽くす。今回の場合はセーラさんとエイミーさんが一緒に生きていくことです。そのためなら、私は口を出させて頂きますよ。ただし、あなたのように脅迫じみたことはしませんけどね」

 相談員として、セーラさんとエイミーさんのことをエリスさんから任せられる、という意味を俺はそう捉えているんだ。

「風戸裕真と言ったか」

「何でしょう」

「貴様、自分が誰にどんなことを言っているか分かっているのか?」

「分かりませんね。何せ、異世界から来た身ですから。まさか、ご自分がメイナード家の当主だからといって羽振りを利かせようと考えていませんよね?」

「この、小僧が……!」

 もしかして、エリスさんが異世界から転移させたのは、今のような状況を想定していたからなのかな。権威など知る由もない人間なら、真っ向から立ち向かえると。

「フ、フラーウム家がどうなってもいいのか!」

「フラーウム家のことで脅迫しても無駄です。今回のことで生じた責任は室長のエリスが取ると言っておりました」

 エリスさんの言うとおり、フラーウム家のことで脅迫してきたな。事前にエリスさんと話し合っておいて正解だった。エリスさんとの意識合わせをしていなかったら、ここで詰まっていたかもしれなかったから。

「フラーウム家は何を考えているんだ……こんな小僧を転移させるとは!」

「何とでも言ってください。俺はセーラさんとエイミーさんのために、あなたと論戦する覚悟はできております。子供の幸せを考えられない親の思い通りにはさせません!」

「……貴様は本家の血が絶えるとどうなるか分からんから、好き勝手なことが言えるんだ。それだけ本家の血は大切なものなのだ!」

 デビッドさん、本家の血の大切さをやたらと主張してくるな。何を理由にそこまで拘っているんだ。

「確か、分家の人には辿り着かない領域の能力を有しているんですね」

「……その通りだ。大昔からメイナード家の能力は人々を救ってきた。そして、信頼を得て今のメイナード家が存在するのだ。そこにはメイナード本家の血があったから。この先の未来、何が起きるか分からん。その時にメイナード本家の血を受け継いでいる者がいなかったら、助かった命も助けられないかもしれない!」

「……なるほど」

 昨日、相談室でセーラさんから聞いた内容とほとんど同じだな。本家の能力があったからこそ、人々から信頼され、今の地位が築かれているということか。

「だから、セーラには本家の血を絶やしてはならんのだっ! まあ、貴様のような人間には分からんことだとは思うが」

「……私の生まれた世界では、魔法なんて実際にはないものですから」

 今でも信じられないんだよな。この世界に魔法が実際に存在するなんて。ないものとして見ているから、デビッドさんの言うメイナード本家の能力の凄さが実感できない。

「……デビッドさん、一つお願いがあります」

「何だ?」

「メイナード本家の能力を私に見せてくださいませんか。能力を目の当たりにしていないので、私は血が絶えることの意味を本質的に捉えることがまだできていません。そのためにも、デビッドさんにその能力を見せて頂きたいですね」

 今回の件で鍵となるのはメイナード本家の能力と血。その能力がどんなものなのかを知らないと論戦しても仕方がない。

「……くっ!」

「何故、そんな表情をするんですか」

 苦しそうな表情をどうして見せるのか。できるのなら、やってほしいんだけれど。

「風戸さん」

「は、はい。何でしょう」

 今まで口を挟まなかったルーシャさんが初めて俺に言葉をかける。


「夫は本家の能力を持っていないのです。ごく一般的な強さ。本家の血を引いているのはこの私なのです」


 本家の血はデビッドさんではなく、ルーシャさんが引いていたっていうのか。俺はてっきりデビッドさんが引いていたと思っていた。ここまで強気な態度に出ているから。

「ということは、デビッドさんはメイナード家へお婿さんとして来たわけですか」

「……ええ。彼の能力は私に比べれば遥かに弱いですね。セーラよりも弱いと思いますよ」

「何ですって……」

「本家としての血を引いており、生きている人間は私とセーラの他に一人います。それは私の妹なのですが、病弱が故に子供を産むことは難しい。年齢的にも厳しくなってきています」

「なので、血を引き継ぐ役目を果たせるのは実質セーラさんのみ、ということですか」

「ええ」

 おそらく、セーラさんは病弱な叔母の存在を知っていたはず。だから、セーラさんはこれまでエイミーさんに恋することが禁忌であると考えていたんだ。

「そうだ、だからこそセーラが女に恋などしては……」

「いいではありませんか」

「何、だとっ……!」

 ルーシャさんの言葉に耳を疑った。デビッドさんがあんなにも拒んでいるのに、それを一蹴することを言うなんて。

「……あなたが何故、メイナード家に婿としてきたのか。私はようやく、その本当の理由に気付き始めたのです。それは本家の能力により地位を築き上げてきたメイナード家の権威を得ようとしたからでは?」

「……くっ!」

 デビッドさんの額から汗が滲み出ている。

 確かに、コメット家の追放についても、フラーウム家の脅迫についても、全てはメイナード家の強大な権力を利用してのことだった。

「疑ってはいましたが、言えなかった。あなたのことが好きで愛していたからです。出会ったときからずっと。しかし、今回のことで……あなたとの縁を切った方がよろしいですね」

「当主の私に向かってそんなことを――」

「メイナード家が何故、信頼されているのかお忘れですか? 私やセーラが引いていて、あなたが引いていない本家の血、そして能力があるからですよ。世間はあなたと私、どちらの言うことを聞くでしょうね?」

 穏やかな雰囲気で話すけれど、話している内容は相当なものだ。

「し、しかし! さっき私が言った通り、本家の血がなければならない状況になったらどうするのだ! そんな……」

「その時は多くの人と協力して、状況を打破するだけです。それに、本家の血が途絶えることは分家や一般の方々に能力を高めていただく良い機会ではありませんか」

「このっ……!」

 デビッドさんは項垂れている。

「おそらく、セーラさんに能力を受け継いで欲しい理由は、自分の握っている権力を維持させたいからですね。血が絶えたらどうなるか分からないですから」

「風戸さんの言うとおりだと思います。それに、娘の将来を家の伝統で縛ってはならないと思いますよ。セーラに素敵な恋人ができた。私はとても嬉しく、誇らしいです」

 そう言うと、ルーシャさんは優しい笑みを見せる。

 きっと、セーラさんはルーシャさんなら受け止めてくれると思って、相談室に行ったことを話したのだろう。

「……まさか、お父様がそんなことを考えているとは思いませんでした」

「ち、違うんだ、セーラ! 私はお前のことを考えて……」

「それならどうして、エイミーちゃんを傷つけるようなことをしようとしたの! 私の大切な人を、権力を利用して傷つけようとするお父様を絶対に許しません!」

 強い口調で放たれたセーラさんの怒りは、デビッドさんとメイナード家との決別を意味しているように思えた。

「権力の乱用、そしてセーラの幸せを考えられないあなたには、即刻メイナード家から追放します。皆さん、この方を連れ出しなさい」

 すると、ルーシャさんの今の言葉をずっと待っていたかのように、スタッフと思われる男性数人が広間に入ってきて、デビッドさんを大広間から連れ出した。

 セーラさんとエイミーさんのことを話していたのに、まさか当主の追放という展開になるとは。考えもしなかったな。

 ルーシャさんはセーラさんとエイミーさんの目の前に立って、真剣な表情で二人のことを見つめる。


「それでは、改めて……私に聞かせてくれますか? セーラ、あなたはどのような未来を歩きたいのですか? その決意を私に聞かせてください」

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