『未来への審議-前編-』

 セーラさんが相談室を後にして、そこから直接エイミーさんの家に向かったのは意外だったけれど、二人が仲直りできたことはとても嬉しかった。

 ずっと一緒にいる、という二人の決意が固まった今、ここで俺の出番となる。

「裕真、二人のサポートをしっかりしてきなさい」

「分かっています」

「相手はメイナード家の当主。場合によっては相談室絡みで脅迫されるかもしれないけれど、そんなことは気にせずにやりなさい。一番大事なのはエイミーさんとセーラさんの人生なんだから」

「そうですね。ただ、俺は異世界出身の人間です。そこら辺は……大丈夫そうな気がします」

 メイナード家のことなんてあまり知らないし。知っていることといえば、古くからある財閥の一つ、ってことだけだ。

「ふふっ、頼もしいわね。まあ、それも含めてあなたに任せているんだけれど」

「でも、無理はしないでくださいね、裕真さん」

「気をつけます」

「それじゃ、任せるわよ。何かあったら連絡してきなさい」

「分かりました」

 セーラさんが一緒にいて欲しいと頼むほどだ。俺が発言する場面は……きっとあるだろうな。俺次第で二人の未来が変わってしまうかもしれない。しっかりと二人のことをサポートしていかないと。

 俺はフラーウム家が所有する馬車のようなもので、メイナード家のお屋敷へと向かう。馬車のような、と言っているのは車を引いている生き物が馬に似ているから。体が白いのでペガサスの方が似ているだろうか。いずれにせよ、俺の住んでいた世界では見かけたことのない生き物だった。

 数分ほどでメイナード家のお屋敷前に到着する。フラーウム家ほどではないものの、とても立派な佇まいをしている。

「風戸さん。私はここでお待ちしています」

「ありがとうございます」

 フラーウム家のスタッフに見送られ、お屋敷の門のところに行く。そこでセーラさんやエイミーさんと落ち合うことになっている。

「風戸さん!」

 そう言って、元気に手を振るのはエイミーさん。その隣には軽くお辞儀をするセーラさんがいる。個別には会っていたけれど、こうして二人が並んでいる姿を見るのは新鮮だな。

「セーラさんとエイミーさん、仲直りできたんですね」

「……ええ、風戸さんのおかげです」

「昨日、セーラが家に来たときは本当にびっくりしたよ!」

「あの時はエイミーちゃんに早く会いたかったし、気持ちを伝えたかったの……」

「……もう」

 セーラさんとエイミーさんは手を繋いでイチャイチャしている。家の事情とかがなければ平和に終わるんだけど……彼女達の前には限りなく高い壁が立ちはだかっている。それを乗り越えなければならない。

「さあ、行きましょう。ご案内します」

 俺はセーラさんの後に付いていく形で、エイミーさんと一緒にメイナード家のお屋敷へと入る。

 セーラさん曰く、昨夜に御両親へ今日のこの時間に大事な話があると伝えてあるとのこと。ただ、その内容はまだ伏せているらしい。

 そして、セーラさんの御両親が待っている大広間へと通される。

「ただいま帰りました。お父様、お母様」

 広間には既に、西洋の将軍が着ていそう亜な服装をした厳格な雰囲気を醸す男性と、パーティ用のようなドレスを着た優しそうな女性がいた。なに、これが普段の恰好なのか?

「おかえり、セーラ。……そこにいるのはコレット家のお嬢さんと、誰だ? 貴様は」

 貴様呼ばわりか。この親父さん。

「私、フラーウム家のお悩み相談室で相談員として働いている風戸裕真と申します」

「……ほう、この国では見かけないような顔立ちだからか、変な名前してるな」

「異世界から転移されたもので」

 どういう価値観の持ち主なんだ。この親父さん。

「……ああ、君だったのか。異世界の日本という国から来た若造というのは」

「ええ」

 エリスさん曰く、俺はマスカレット国の女性の救世主として転移させられた。そのためなのか、財閥の一つであるメイナード家の当主の耳にも入っていたんだな。

「自己紹介が遅れたな。私がデビッド・メイナード。セーラの父親であり、メイナード家の当主である。隣にいるのが妻のルーシャ・メイナード」

「初めまして、ルーシャ・メイナードと申します。昨日はセーラのご相談を聞いていただきありがとうございました」

「いえいえ」

 相談室に行ったこと、母親のルーシャさんだけには話していたのか。

「昨日、相談室に行っていた……だと? 私は初耳だが」

「父親には言えないことがあるんですよ」

「……き、気に入らんな。何故、私には言ってくれんのだ……」

 デビッドさんは不機嫌そうな顔をしている。

 娘に相談されない父親……か。俺も結婚して、娘ができたらこういう風になってしまうのだろうか。デビッドさんの気持ちも分からなくもない。

「それで、セーラ。私とルーシャに話があると言っていたが、それは何なんだ? 早く言ってくれないか。忙しい中で時間を作ったのだ、早く言いなさい」

 さあ、セーラさんとエイミーさんが一緒に頑張らなければならない場面だ。

 二人は一歩前に出て、

「あの、お父様……大事な話があります」

 セーラさんがそう言うと、エイミーさんの手をぎゅっと掴んで、


「私、隣にいるエイミー・コレットさんと真剣にお付き合いしたいと考えています。自分が何を言っているのか。それは重々承知の上です。私の我が儘を許していただけませんか。お願いします!」

「お願いします!」


 セーラさんとエイミーさんは深く頭を下げた。

 二人は自分達の考えと覚悟を伝えるべき人に伝えた。あとは、デビットさんとルーシャさんがそれに対してどんな考えを示してくるか。

「……セーラ。自分が何を言っているか、本当に分かっているのか?」

「分かっております。女性であるエイミーちゃんと付き合うことは、本家の血を絶やすことになってしまいます。私はとても悩みました。それでも、エイミーちゃんと一緒にいたいという決断をしました」

「なるほど……」

 デビッドさんは腕を組んで、何やら考えている様子だ。ただ、好意的な表情は一切見せていない。セーラさんとエイミーさんの決断はいわば、古くから守られてきたものを途絶えさせること。そんな簡単に、二人の決断を受け入れることはできるはずがない。

「……セーラ」

「はい」

 すると、デビッドさんからセーラさんに向けて鋭い視線が送られる。


「私は女性と付き合うように育てたつもりはないぞ。……何を考えているんだ!」


 狂気のデビッドさんから放たれた怒号は俺の体を震わせる。やはり、セーラさんとエイミーさんの考えを真っ向から否定してきたか。

「認められるわけがないだろう。自分の言っている意味が分かっておきながら、横にいる小娘と付き合うだと? お前は代々守られてきたメイナード家を殺す気か!」

「そ、それは……」

 過激な言葉を使うことによって、デビッドさんはセーラさんに反論させないように仕向けているんだ。

 言葉は過ぎるけど、デビッドさんの言っていることは正しい。女性と付き合うということはメイナード家の血が途絶えることになる。それはこの世から本家が死んでしまうことを意味している。

「コレット家のお嬢さんとは友人関係で留めなさい。今、そう決断するなら……今回のことは不問にしてやろう。それでも食い下がるなら、一生会わせないようにしてもいいんだぞ。コレット家など私が一つ言えばこの街から追放できる」

「そ、そんな……」

「あたしは嫌です! セーラちゃんとずっと一緒にいるって決めたんです!」

 萎縮してしまうセーラさんを支えるかのように、エイミーさんがデビッドさんに向けて決意を力強く口にする。

「……ほう、私がチャンスを与えたというのに考えを改めないとは」

「何を言われても、あたしは――」

「それなら、一刻でも早くコレット家を追放する」

 このままでは、エイミーさんの家族がこの街から追放されてしまう。そうなってしまったら、セーラさんもエイミーさんもこの先ずっと悲しい想いを抱き続けたまま生きていかなければならない。

 セーラさんとエイミーさんの相談員として、俺が……二人の未来を守らないと! それに、このまま黙って見てられるかよ!


「デビッドさん。コレット家追放という判断、考え直していただけませんか」

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