『セーラ・メイナード』

 セーラ・メイナード。

 第一印象として、大人しそうな女の子だ。顔立ちも日本人らしく、日本の服装を着て日本人だと言ったら十人中九人は信じ込むだろう。

 それにしても、気になるのは……アリアさんやエイミーさんと同じ制服を着ているということだ。ただ、二人とは違って、直接この相談室に来たし、彼女……相当な悩みか、緊急性が伴う悩みを抱えている可能性が高い。

「こちらにおかけください、セーラ様」

「ありがとうございます」

「紅茶とコーヒー、どちらがよろしいですか?」

「紅茶でお願いします」

「かしこまりました」

 そして、セーラさんと俺は向かい合うようにしてソファーに座る。

「私、相談員の風戸裕真と申します。こちらは室長のエリス・フラーウムです」

「エリスです。宜しくお願いします」

「よ、宜しくお願いしますっ」

 セーラさんはゆっくりと頭を下げる。

 そして、エレナさんが全員分の紅茶を運び終わったところで、本題に入る。

「さっそくですが、セーラさん。あなたが今、困っていたり、悩んでいたりしていることについて、俺達に教えていただけますでしょうか」

「……はい」

 すると、セーラさんはもじもじし始め、顔が段々と赤くなっていく。自分の悩みがなかなか言いにくいのか、無言の時間が続く。

「ゆっくりで構いませんよ。あと、時々、紅茶を飲むと気分も落ち着いていいと思います」「す、すみません……」

「気になさらないでください」

 ただでさえも年頃の女の子だ。なかなか言えないことがあっても当然だ。ましてや、悩みなんて……すっと言える方がおかしいもんだ。

「こ、恋を……」

 紅茶を一口飲んだセーラさんが、そんなことを口にする。


「……恋をしているんです。クラスメイトの女の子に。でも、告白されて……振ってしまったんです」


 好きな女の子から告白されて、振ってしまった……か。まさか、とは思うけれど……個人情報のこともあるし、迂闊にエイミーさんの名前を出すことはできない。ただ、タイミングやセーラさんが告白された身であることを考えれば、その相手がエイミーさんである可能性は非常に高いと思う。

「告白してきた女の子は自分の好きな女の子だったんですよね」

「ええ……」

「それなのに、振ってしまった、と」

「はい。私の生まれた家と……私に流れる血が理由です」

「生まれた家と流れる血……ですか」

 彼女の生まれたメイナード家という血統だよな。それが、セーラさんの恋を断念せざるを得なかった理由というわけか。

「差し支えなければ、今のことについて詳しく俺達に教えていただけますか?」

「……はい。メイナード家は昔から続く魔法族の一族でした。ただ、その中でも本家と分家があって、私の生まれた本家の人間が使える能力は、分家の人間では絶対に追いつけない強力な能力なんです」

 魔法という言葉が出た時点で、俺の出身である日本では馴染みのない話だ。魔法って努力だけではなくて、血統も関係しているのか。

「つまり、本家の血を絶やさないことが重要になってくるんですか」

「……ええ。私の持っている能力は、過去……国家間での戦争で有効利用されたとも聞いています。もちろん、今は人々の生活に役立つように活用していますが。メイナードの血は私の代以降も続いていくことを期待されているんです」

「セーラさんの代以降、ということはつまり……いつかは生まれるであろう、あなたのお子さんやお孫さんに受け継がれていくわけですね」

「……そうです」

 自分の血を次世代に引き継がなければならない。俺にとっては、まるで漫画やアニメの世界のようだ。

 ただ、彼女の悩みの本質が段々と分かってきたぞ。女の子に告白されて振ったこと。自分に流れる血を絶やさないこと。それらのことから導ける事実は――。


「セーラさん、もしかして、あなたには兄弟や姉妹がいないのでは?」


 セーラさんに流れる本家の血を受け継ぐ役目が彼女にしかできないとしたら。女の子と付き合うということは、それができなくなると等しい。

「……そうです。私は一人っ子です。兄弟や姉妹はいません。私は生まれたときから、女の子に恋をしてはいけない運命なのです」

「女の子と人生を共にするということは、本家の血がセーラさんで絶えてしまうから、ということね」

「その通りです、エリスさん。私はとても罪深いことをしてしまいました。私の家の事情をあの子に言っていれば、ああいう形で突き放すことをしなくて済んだのに。私は告白してくれたあの子の心を深く傷つけてしまった……」

 そう言うとセーラさんの眼から涙がこぼれ落ちる。女の子と付き合えないのに好きになってしまったこと。意中の女の子を傷つけてしまったこと。今、彼女は二つの罪悪感に襲われているのだろう。

「……心中、お察しします」

「すみません、突然相談しに来たのに……自分のことばかり話して泣いてしまって」

「セーラさんのことが分からなければ、アドバイスできないこともあります。辛いことを俺達に教えてくださってありがとうございます」

 セーラさんが話してくれたことで、セーラさんを取り巻いていることが大体分かった気がする。

 さて、今度こそ本題だ。セーラさんの抱えている悩みは分かった。問題はそこから、セーラさんが意中の人とどうなりたいのか。

「エイミーちゃん、今日は学校に来なかったし。次、学校に来たときにはどうやって顔を合わせればいいんだろう……」

「……ちょっと待ってください」

 今のセーラさんの独り言、一つ……物凄く気になるワードがあった。

「今、セーラさんが口にしたエイミーという名前。もしかして、あなたの意中の女の子というのは、エイミー・コレットさんではありませんか?」

 エイミーさんも女の子が好きである。そして、意中の女の子に告白した。しかし、振られてしまった。

 そして、今日は学校に来なかった、というセーラさんの独り言から、セーラさんは昨日告白されたんだ。一昨日、エイミーさんも昨日、告白すると俺達に言っていた。おまけに二人の制服は同じだ。こんなに多くの偶然は重ならない。

「確かに、二人の話から考えれば、セーラさんの好きな子がエイミーさんである可能性は高いけれど、そんな偶然があるわけが……」

「偶然が一つだけなら偶然で終わりますが、幾つも重なったらそれはもう……偶然ではなくなるんですよ。その要素は幾つもある」

 セーラさんとエイミーさんには確かな繋がりがあるはずだ。

「俺の言った女の子の名前、合っていますか?」

 この点についてははっきりさせておきたい。セーラ・メイナードさんの好きな女の子がエイミー・コレットさんであるかどうか。

「……そうです」

 セーラさんは俺の目を見ながらはっきりとそう言ったのだ。


「私の好きな女の子は、エイミー・コレットちゃんです」

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