『次なる人』

『振られちゃいました。……ごめんなさい。一昨日はありがとうございました』


 エイミーさんからそんな報告を受けたのは、相談を受けてから二日経ってからだった。その時の彼女の声は震えていて、今にも泣きそうになっていたのは、電話口から聞こえる声だけでも容易に分かった。

 ――告白の失敗。

 それは俺にとってもショックだった。エリスさんやエレナさんも同じ。

 相談室としては引き続きエイミーさんのことをサポートしていきたいところだけれど、今の彼女の心境を考えると今はそっとしておいた方がいいという結論に至った。相談したくなったら、最初の時のようにエイミーさんから連絡してくれるだろうと信じて。

「女の子同士、っていうのが影響したのかしらね。エイミーさんはとても真っ直ぐそうな女の子だったし、振られたならそこが理由かもしれない」

「……どうなんでしょうね」

 その想いの真実はエイミーさんを振った女の子にしか分からない。

 ただ、エイミーさんはとても真剣だった。意中の女の子はとても優しい。そこから考えられる振った理由は……性別が絡んでいる可能性が高いだろう。

「友達としてしか見られない。エイミーさんを気遣って、あえて振った。……色々な可能性が考えられますね」

「本心ではなく、わざと振った可能性があるというのですか? 裕真さん」

「……気持ちの話ですからね。エイミーさんが好きだという女の子は優しいというお話しですから、エイミーさんが辛い目に遭わないように、と彼女を振った可能性も考えられると思います」

 同性で付き合うことで生まれるかもしれない壁であったり、悩みであったり。その時にかかる辛さを考えたら、今振ってしまった方がいいと判断したということもあり得る。

「……こういうこともあるんですね、エリスさん」

「まあ、アリアさんのように上手くいくときもあれば、今回のような場合もあるわ。人と人との話だから、絶対に成功するとは言い切れないから。……そういう風に言うと、言い訳に聞こえちゃうかもしれないけれど……」

「……今回のことについては、エイミーさんからまた連絡が来ることを祈りましょうか」

「そうね。それで、あまりにも長い間連絡がなかったり、何かでエイミーさんの情報が聞けたら、こちらから話を聞いてみることにしようか」

「ええ、そうですね……」

「……こういう流れになって、裕真もショックかもしれないけれど、何時までもしんみりしている訳にはいかないわ。また相談しに来る人だっているんだし」

「……そうですね。俺達が元気じゃないと、相談に来る人が安心できませんもんね」

 もちろん、エイミーさんも。

 俺は相談員としてこの相談室にいるんだ。何時までもがっかりしていたら、これから相談しに来る人に対して申し訳ないし、助けることができる人も助けられなくなる。

「ありがとうございます、エリスさん」

「……あ、あたしはただ当然のことを言ったまでよ。室長としてね」

 そう言いながら、照れた様子を見せるエリスさんはとても可愛らしい。

「そうだ、気分転換に……三人でプリンでも食べますか?」

「そういえば、あの時にプリンを食べようとしたら、エイミーさんが相談しに来たから結局食べられなかったのよね」

 まあ、俺はあの日の夜にアニメを観ながら一人で食べたんだけど。でも、まだたくさんあるしいいか。

 ――ピンポーン。

 相談室にそんな音が響いた。

「今の音は?」

「門の前にあるボタンを押したのね。呼び出すために」

 ああ、インターホンのようなものか。

「お客様、でしょうか?」

「今日は……来客の予定はないわね。多分、配達員が手紙や荷物を届けにきたんだと思うわ」

「ちょっと私が対応してきますね」

 そう言って、エレナさんが相談室を出て行った。

 エリスさんは無言で腕を組んでいる。

「どうしたんですか、何か考え事でも?」

「……何となくだけど、このタイミングでのベルが鳴ったってことは、相談者が来るような気がするのよね」

「エイミーさんの時がそうでしたもんね」

 ジンクスになっている、ってわけか。不安げなエリスさんの表情を見る限り、来客ではなく配達員であってほしいんだろうな。そして、プリンを初体験したいと。

「な、何笑ってるのよ!」

「……いえ、年相応の女の子なんだなって」

「な、何よ。あたしが子どもだって言いたいの?」

 エリスさんは不機嫌そうな表情をして、頬を膨らませる。うん、まあ……こういう反応をしてくるところは子どもっぽいかな。あと、プリンのために不安になっちゃうところとか。

「今、絶対にあたしのこと子どもっぽいって思ってるでしょ!」

「……俺はそういうところが可愛いと思いますけどね」

「そ、そ、そういう風に言えばあたしが怒らないと思ってるんでしょ!」

「俺はただ思ったことを口にしているだけなんですけどね……」

「ほ、本当なのかしらね……」

 林檎のように頬を真っ赤染めて、俺のことをちらちらと見てくるところも……思春期の女の子みたいな感じで可愛い。こういう人がお悩み相談室の室長を務めているんだから、異世界ってもんは面白いところである。

 ――コンコン。

 扉の方から聞こえるノック音。ノックされたということは、扉の向こうにはエレナさんの他に誰かがいるわけか。

『エリス様、相談したいことがあるということでお連れしてきました』

 エレナさんがそう言うと、エリスさんは軽くため息をついて、

「……分かったわ。通しなさい」

『かしこまりました』

 そして、扉がゆっくりと開かれる。

 すると、エイミーさんと同じ学校の制服を着た女の子が入ってきた。ロングヘアの艶やかな黒髪が印象的で、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

「セーラ・メイナード様です」

 エレナさんが相談者であるセーラさんの名前を紹介すると、セーラさんは申し訳なさそうな表情をし、深く頭を下げた。


「突然来てしまって申し訳ありません。私、セーラ・メイナードと申します」

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