『シミュレーション-後編-』

 練習相手のバトンをエレナさんに渡す。

「お疲れ様です、裕真さん」

「お疲れ様、裕真」

「……何とか、すんなりと自分の気持ちを言えるようにはなりましたね」

 もちろん、それは俺に対しての話だ。本物の女性であるエレナさんが相手になったらどうなるだろうか。叫ぶようにして告白するようなことはないと思うけど。

「エリスさん、俺の役目は終わったので元の恰好に戻っていいですか?」

「ダメ。まだ何か役に立つかもしれないじゃない」

「……了解です」

 やっぱり、ダメなのか。早くスーツに着替えたいんだけれど。

「それでは、エイミー様。そろそろ始めましょうか」

「はい、お願いします。緊張するなぁ」

「ふふっ、私も緊張していますよ。だって、告白されるんですもの」

「シ、シミュレーションですよ!」

「そうですね」

 と言いながらも、エレナさんはにっこりと笑っている。俺の化粧をしているときから笑顔を絶やしていない。実はこの状況を一番楽しんでいるのはエレナさんじゃないのか?

「エレナも裕真と同じように、彼女の同級生だと思ってやりなさい」

「かしこまりました」

 さあ、今度は本当の女性だ。エイミーさんはしっかりとエレナさんに告白できるのか。俺との練習では気持ちを声に出すことを重点に置いたので、練習の成果が出るといいんだけれど。

 エレナさんとエイミーさんは向かい合う形で立つ。

「それじゃあ、シミュレーションスタート!」

 はいっ、とエリスさんが手を叩くのを合図にして、シミュレーションがスタート。

「エイミーちゃん、どうしたの? 二人きりになりたいだなんて」

 エレナさんはさっそく、エイミーさんの同級生になりきっている。話し方も自然で演技とは思わせない。

「え、えっと……エ、エレナにつ、伝えたいことがあって……」

「伝えたいこと?」

「……うん。とっても大事なこと、なんだけれど……」

 言葉も詰まっているし、脚が震えてしまっているけれど、俺と練習しているときに比べれば大分良くなってきている。

「大事なこと?」

「……うん。あのね……」

 エイミーさんは頬を赤くしながら、エレナさんのことをジロジロと見ている。緊張のあまりそうなっているんだろうけど、今の彼女を見ていると、本物の告白を俺とエリスさんが見守っているような感じだ。その証拠に、いつの間にか頑張れ、と心の中で応援している自分がいる。


「あたし、エレナのこと……エレナのことが好き! あたしと付き合ってください!」


 かなり大きな声ではあるけれど、エイミーさんは告白の言葉を口にする。

 すると、エレナさんはエイミーさんのことをぎゅっ、と抱きしめる。

「……私もエイミーちゃんのことが好き。宜しくお願いします」

「……うん、ありがとう」

 シミュレーションのはずなのに、心の中で拍手している俺がいる。本当の告白でもこのくらいにスムーズにいけばいいな。

「エイミーちゃん……」

 そう呟くと、エレナさんはエイミーさんに口づけをしようとする。

「ス、ストップです! これはシミュレーションなんですから!」

 顔を真っ赤にして、エイミーさんはエレナさんから離れようとする。

「……ふふっ、気持ちが入ってしまったので、思わず口づけをしてしまうところでした」

「び、びっくりしましたよ……」

 ほっと胸を撫で下ろすエイミーさん。そのためか、彼女から笑みがこぼれる。

「はい、終わり! いい感じだったわよ」

「エイミー様、裕真さんとの練習の成果が出ていましたね」

「……皆さんのおかげです」

「エレナが口づけしようとしたときはさすがにこっちまでドキドキしたわ。あなた、意外と大胆なのね」

「ふふっ」

 俺もエレナさんがエイミーさんを抱きしめたところからドキドキした。俺と練習したときはさすがにそこまではできなかったし。

「本当の告白もこのくらい上手くいけばいいけれどね」

「……そうですね。でも、皆さんと練習して、気持ちを言葉にすることは自然とできるようになってきました」

「それは嬉しい言葉ね」

 珍しく、エリスさんが嬉しそうな笑みを浮かべている。

「もうちょっと、エレナさんと練習をしてもいいですか?」

「ええ、かまいませんよ」

 エイミーさんの申し出により、練習が続く。

 さっきは素直に告白が成功したパターンだったけれど、今度は理由を訊かれたり、女の子同士で付き合うことを躊躇われたり……色々な状況を想定して、エレナさんとの練習が進んでいった。真剣なエイミーさんを見ていると、絶対に成功して欲しいと思う。



 そして、練習を始めてから約二時間。

 俺とエレナさんによる告白の練習が一通り終わった。始めた頃に比べると、エイミーさんは自然と気持ちを言えるようになっていた。

「今日はありがとうございました。明日、好きな人に……告白してみます」

「成功するといいですね」

「……皆さんとの練習を思い出しながら、頑張ってみます」

 エイミーさんは笑顔を見せながら、相談室を後にした。

 明日、告白するのか。今日の練習の成果がしっかりと発揮されるといいな。告白が成功すれば一番いい形なんだけれど、果たしてどうなるか。

「さすがにもうスーツ姿に戻っていいですよね」

「いいわよ。今日はお疲れ様」

「お疲れ様です。あと、化粧の落とし方を教えてもらってもいいですか」

 まあ、二度と女装するつもりはないから、化粧を落とせればいいんだけれど。

 エイミーさんの告白の成功を祈りながら、俺はスーツに着替えるのであった。

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