『シミュレーション-前編-』
「さあ、練習を始めましょうか。エイミーさん」
「は、はいっ!」
今までの中で大きな声でエイミーさんは返答する。そして、このガチガチな感じは……さっそく緊張してしまっているみたいだ。
「エイミーさん、言葉が詰まってもいいので、自分の気持ちを声に出す練習をしていきましょう」
「わ、分かりましたっ!」
そして、俺とエイミーさんは向かい合う形で立つ。
女装した俺を目の前にして緊張しているからなのか、エイミーさんは俺と眼を合わせようとしない。まあ、眼を見て話せれば一番いいんだけれど、緊張すると眼を合わせるのはかなりハードルが高い。
「裕真。エイミーさんにいきなり告白の言葉を言わせるのは大変だと思うから、あなたがまず声をかけた方がいいんじゃない? きっと、エイミーさんが意中の相手を呼び出していると思うから、その想定で」
「そうですね。できるだけ自然な感じにしましょう」
「うん。だから、裕真も女の子っぽい言葉遣いにしてね」
「……は、はい」
墓穴を掘ってしまった。自然な感じって言わなければ良かった。エリスさん、見た目だけでも女性にするから俺を女装させたんじゃないんですか。
「じゃあ……シミュレーションスタート!」
はい! と、エリスさんは手を叩く。反論させる時間を与えさせてくれないのか。こうなったら、やるしかないか。
「エイミー、私のことを呼び出して……どうかしたの?」
エリスさんの言うとおり、女の子っぽい話し方をしてみるけれど、恥ずかしいし気持ち悪いな。
エイミーさんはもじもじして、俺のことをちらちらと見ながら、
「え、ええっとね……きょ、今日はね……ゆ、裕真に……つ、つ、伝えたいことがあって呼び出しちゃったの!」
「そうなんだぁ」
至る所から、エイミーさんのドキドキしている気持ちが伝わってくる。エイミーさんにエールを送りたいけれど、今はシミュレーション中だから心の中で。
「エイミーが私に伝えたいことって、なあに?」
「え! ええとですね……!」
声が翻ってしまっている。おそらく、今のエイミーさんの緊張度は最高潮なんだと思う。
「ゆっくりでいいよ」
「……あううっ」
焦らせないように声をかけたけれど、エイミーさんは喘ぎ声を上げるだけで、告白の言葉は……出そうにない気がする。
俺はエリスさんの方に視線を向けて、目配せで一旦中止にした方がいいとメッセージを送るが、すぐさまにエリスさんはダメだと言わんばかりに首を横に振る。このまま続けさせるつもりなのか。
「ゆ、裕真……」
独断で、一旦休憩を挟もうと言おうとしたとき、
「うん?」
エイミーさんは潤ませた眼で俺のことをしっかりと見て、
「ゆ、裕真のことが……好きいいいっ!」
と、叫ぶような形で告白の言葉を口にした。
「はい、終わり!」
エリスさんの一声で、一回目のシミュレーションが終わった。
「き、緊張したぁ……」
はあはあ、とエイミーさんはちょっと苦しそうにしている。好き、という言葉を言うだけでもかなりの気力を使ったんだと思う。まあ、物凄い剣幕で好きだと言っていたし。
「よく頑張りましたね、エイミーさん。驚きましたけど」
「ご、ごめんなさい。あんな感じでしか言えなくて……」
「まあ、初めてですし、そうなってしまうのは当たり前ですよ。それに、とても緊張していたのは俺達にも伝わっていましたから」
「……風戸さんの女装姿がとても素敵なので、より緊張しちゃいました」
恥ずかしそうに、エイミーさんは笑っている。
「エイミーさん、初々しさが良かったわね。裕真の演技もさすがだったわよ」
「……エイミーさんに合わせて対応しただけですよ」
実際には、エイミーさんの意中の相手が優しい人である、ということは念頭において演じていたけれど。ただ、さっきのエイミーさんを見ていれば、自然とああいう感じになってしまうと思う。
「裕真さんが本当の女の子に見えちゃいました。とっても優しげな」
「……エレナさんがそう言ってくれるだけで、幾らか心が救われます」
「私の出番がないんじゃないか、っていう感じですよ」
「……褒め言葉として受け取っておきます。でも、エレナさんには必ずバトンを渡しますからね」
「ふふっ、分かりました」
エレナさんは優しげな表情を浮かべて笑っている。
「風戸さん、次はすんなりと言えるようにしますね!」
「……すんなりと言えるのも大事かもしれませんが、まずは叫ばないように言える練習をしましょうか。気持ちを声にできても、さっきのような叫び声で驚かれてしまったら、伝えられる気持ちも伝えられなくなってしまいますから」
「……分かりました! それでは、もう一回お願いします! あたし、頑張ります!」
さっきの様子を見ると前途多難な感じもするけれど、このやる気さえあれば……きっと本番は上手くできるはずだ。そう信じて、俺のできることをしよう。
この後、エイミーさんは俺相手に告白の練習を重ねた。その甲斐もあってか、段々と自然な感じで言えるようになってきて、俺が何か言葉をかけても、落ち着いて対応できるようになってきた。
エイミーさんが自分の気持ちを、俺に対してある程度言えるようになったところで、練習相手のバトンをエレナさんに渡すのであった。
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