『女装』

 女装をすることには決まったけれど、俺が着ることのできるような女性ものの服はないと思っていた。男性の中では細身の方ではあるけれど、背はそれなりに高い方なのできっとないだろう。

 しかし、俺は誤算していたのだ。

 ここはフラーウム家のお屋敷である。服の種類の多さはもちろんのこと、服のサイズまでもが豊富に揃っている。しかも、俺の体が細身ということが災いして、結構な種類の服が着用可能であることが判明してしまった。

 女装趣味もないし、今回が初体験なので着る物も、ウィッグも、化粧も全てエレナさんに任せることに。俺がしたことといえば、エレナさんが選んでくれた服を着ることだけだ。ちなみに、その服はエイミーさんの着ている制服に似ている。

 鏡を見るのは嫌だったけれど、エレナさんの化粧が上手なおかげか、鏡に映る自分が自分じゃないように見えてきたので、ちらっ、と見るくらいなら何の抵抗も生まれなかった。

「裕真さん、とても綺麗ですよ! 喋らなければ美しい女性です」

「……何だか複雑な気分です」

「女性が女性に恋をすることを初めて実感できた気がします。自分で裕真さんにお化粧を施して何ですが、本当に見惚れてしまいます……」

 と、鏡越しに俺のことを見つめてくるエレナさんはうっとりとした表情を浮かべていた。エレナさんにとって今の俺は女性なのか。

「これなら、告白の練習に私は不要じゃないでしょうか」

「……あくまでも、俺は『見た目』だけですよ。最終的には本物の女性相手に練習してもらわないと」

 最初は『見た目』だけが女性になった俺で練習する、という名目でやるんだから。

「エレナさん、これで終わりですか?」

「……はい。後はこのブーツを履いて頂ければ」

「分かりました」

 エレナさんが用意してくださったブーツを履いて、相談室へと向かう。女装したからハイヒールを履くのかと思ったけれど、歩きやすいブーツということで一安心。

「この姿を見たら、お二人はどういう反応をされるんでしょうね」

 エイミーさんは分からないが、エリスさんは俺のことを指さして爆笑している様子が目に浮かぶ。

「きっと、目を奪われると思いますよ。それだけ、裕真さんは……綺麗ですもの」

「……仮にそうだとしたら、それはエレナさんのおかげですよ」

 エレナさんは時折、元が良いのでとてもいいと言ってくれたけれど、俺はエレナさんのセンスの良さが光っているんだと思っている。

 そして、相談室の扉の前まで辿り着いた。一気に緊張感が高まる。アリアさんやエイミーさんも、ここに立つと同じような気持ちを抱いていたのかな。

 ――コンコン。

 エレナさんがノックをして、

「エリス様、エイミー様。裕真さんの準備が終わりました」

『分かったわ。ありがとう、エレナ。入ってきて』

「かしこまりました」

 あぁ、ついにこの時が来たか。正直、恥ずかしくて嫌なんだけれど。

 それでも、エイミーさんのため。勇気を出して相談室に入っていく。

「裕真、どうかし……ら……」

「風戸、さん……?」

 エリスさんとエイミーさんは目を見開いて、俺のことをじっと見ている。

 うううっ、物凄く恥ずかしいんだけれど。笑うなり、からかうなりしてくれる方がよっぽどいいんだけれど。

 二人の反応を見るのが怖くなって、俺は視線をちらつかせる。


「……とても綺麗です!」

「ええ。想像以上だわ。このまま女性になればいいんじゃないかしら」


 と、想定していたよりも良い反応が返ってきたので、俺は二人の顔を見る。すると、そこには微笑んで俺のことを見ているエリスさんと、先ほどのエレナさんのようにうっとりと俺を見つめているエイミーさんがいた。

「俺、ちゃんと女性に見えていますかね……?」

「見えてるわよ。あたしの勘に狂いはなかったわ。裕真は顔立ちもいいし、男としては細身だから女性ものの服が似合うと思ってたのよ」

「……そうですか」

「声は女の子っぽくしないの?」

「『見た目』だけは女性らしく、っていう理由で女装させたじゃないですか」

「そうね。まあ、声はそのままの方が、女装しているって分かるから良いわね。まあ、クオリティがかなり高いから声の方も期待しちゃったのよ」

 女装に関する期待が、エリスさんの中で勝手に膨らんでしまっている気が。それが嫌だとは思わないけれど、もっと別のことに期待して頂けると有り難い。

「エイミーさん、この姿の裕真と練習しましょう」

「は、はい……」

「……さっきから、裕真のことを見つめているような気がするけれど」

「……あまりにも美しくて。見惚れてしまって……」

「エイミーさんには好きな人がいるんですから、俺に見惚れないでください……」

 おかしいとか言われるよりかはよっぽど良いけれど、この姿に惚れられてもなぁ。何だか複雑な気分だ。男としての自信を少しずつ削がれていくというか。

 きっと、意中の人を見ているときのエイミーさんの表情はこんな感じなんだろうなぁ、と思いながら、告白の練習を始めるのであった。

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