『ガール&ガール』
エイミーさんの悩みは恋心。
ただし、その恋心を抱く相手が女性。俺の出身である日本では、ようやく同性愛が理解され始めているという状況である。マスカレット国ではどうなのだろうか。同性に恋を抱くのはもちろん自由であるべきだし、素敵なことだけれど。
「女の子に恋をしているんですね、エイミーさんは」
「え、ええ……」
「意中の女の子には、エイミーさんの想いは伝わっているんですか?」
「いえ。友達として付き合っているだけで、告白はしていません。たぶん、向こうが気付いている、っていうこともないんじゃないかと……」
「じゃあ、本当に片想いってことなんですね」
状況だけ言えば、幼稚園の頃の俺と同じってことか。それでエイミーさんも俺のことを信頼してくれたのかもしれない。
「片想いですかぁ。何だか、想像しただけで甘酸っぱい感じがしますね」
何を考えているのか、エレナさんはうっとりとした表情を浮かべている。
恋心を抱くと確かに甘酸っぱい気持ちになるけれども、失恋したら苦い思い出になるだけだ。それを五歳のときに思い知らされたんだよ。エイミーさんには俺と同じ目に遭わせたくないな。
「……そういえば、裕真。日本という国には、その……男同士の恋愛作品が女性の間で流行っているみたいじゃない」
「エリスさんの言うように、女性の間ではそういう雰囲気の作品が流行っていますね」
ジャンルとして薔薇って言われているな、たしか。ちなみに、女性同士の恋愛作品は百合と呼ばれている。
「……裕真は男性に恋したことないの?」
「……俺の恋は五歳の時だけだってさっき言ったじゃないですか」
天然なのか、わざとなのかは分からないけれど、俺の儚い記憶を何度も呼び起こさないでくれるかなぁ。エリスさん。
「に、日本というところでは、男性同士の恋が流行っているんですか!?」
「……流行ってはいませんねぇ。ただ、男性同士、女性同士の恋愛が少しずつ受け入れられている感じですね」
「そうなんですか……」
エイミーさんはいいなぁ、と言わんばかりの表情を見せている。この反応を見る限りだと、マスカレット国で同性愛をすると何か都合が悪いように思えてしまう。
「エリスさん。マスカレット国では同性同士で恋愛をすると、法律に触れるようなことでもあるのでしょうか」
「いえ、そういうものは特にないわ。けれど、恋愛と聞くと異性の間で、っていうのが自然に思われているのは確かね。もちろん、性別は関係なく恋愛をすることは素敵なことだと思っているけれどね」
「そうですか」
法律的な問題はないなら、エイミーさんと意中の相手の間での問題になるか。つまり、気持ちの話になる。
「エイミーさんはいつか、好きな人と付き合って、ずっと一緒にいたいと思っているんですよね」
「もちろんです! それで、この相談室に来たんですから……」
「そうですよね、分かりました」
今回の相談のゴールとしては、エイミーさんが好きな人と付き合うことができることかな。そのゴールに辿り着けるように、相談員としてサポートしていこう。
「エイミーさんには好きな人がいる。その人と付き合いたい。一緒にいたいと思っている。ですが、エイミーさんがここにいるということは、好きな人と付き合うというゴールに向かう途中に、何か壁に当たっている部分があるんだと思います。俺の初恋を例にすれば、好きな人に告白する勇気が出ない、ってことですが」
ちょっと辛いけれど、俺の初恋を例に出せば、エイミーさんも話しやすくなると思う。エイミーさんにも壁となっているポイントがなるはずだ。
「……あたしも同じです。好きな人に告白する勇気が出なくて」
「そうですか。なかなか……勇気は出ませんよね」
エイミーさんはゆっくりと頷いた。
「……恥ずかしい気持ちもあります。ですけど、女の子同士なのに、好きだって伝えたら気持ち悪がられて、嫌われて……二度と話せなくなるんじゃないかって怖くなって」
「告白することで、今までの関係が崩れてしまうかもしれないのが怖いってことですね」
「ええ」
好き、という気持ちは物事を良い方向にも、悪い方向にも動かしてしまうくらいに強いものだ。好きな気持ちを伝えることで今までの関係がなくなってしまうかもしれない、と怖くなってしまうエイミーさんの気持ちはよく分かる。
「好きな人も、あなたのことが好きで……告白してくれれば悩み解決なんでしょうけど、そういう可能性はありますかね」
「たぶん……ないと思います。大人しい性格なので、仮に好きだとしても自分からはなかなか言えないと思います。それに、この気持ちはできれば……あたしの方から伝えたいんです」
「……その気持ちさえあれば、まずは解決への一歩を踏み出せていると思います。今の質問は、初めて恋をしたときに自分が同じことを思ったんで……」
「相手が自分に告白してくれればいいのに、ですか?」
「ええ。幼さ故なのか、臆病者なのか分かりませんが……」
でも、自分から告白したいと言ったエイミーさんを見てしっかりしているな、と思ってしまったあたり、俺は臆病者なのだろう。
「当時のあなたよりも、今のエイミーさんの方が相手のことを強く思っているみたいね」
傷口に塩を塗るようなことを言わないでくれませんかね、エリスさん。相談者の前で相談員をヘコませる上司がいていいものなのか。いや、よくないに決まっている。
「恋に強弱は関係ありませんよ……たぶん」
「裕真さんの恋も素敵だと思いますよ!」
エレナさんの言葉が胸にしみるなぁ。
「……話が逸れてしまったので、本題に戻りましょう。エイミーさんは告白する勇気を持って、好きな人に告白する。それがエイミーさんの悩みを解決することに向けて必要なステップだと思います」
「そ、そうしたいですけど……それができれば苦労しません」
「……そう、ですよね。俺もそうでした」
それで悩んでいるから、ここに来ているんだもんな。
怖さがあるから勇気が出ない。だから、まずは告白したらどうなるかという不安を少しでも無くしていくのがいいのかな。
「あ、あのっ!」
「何でしょうか、エイミーさん」
「あたし、その……実際に告白するときに、緊張して上手く言えないんじゃないかな、っていう不安もあって。それで、その……告白の練習がしたいんです!」
「なるほど」
緊張して上手く気持ちを伝えられないかもしれない、っていう不安もあるか。
「確か、相手は大人しい性格ですよね。それなら、エリスさんよりはエレナさんですね」
「……何だか、今の裕真の言い方に悪意があったような気がしたけれど」
「俺はただ、事実を言ったまでですよ」
エリスさんに大人しい、というイメージを抱いたことは一度もない。エレナさんは優しそうな雰囲気があるし、実際に優しい女性だし、告白の練習をするにはエレナさんが適任じゃないだろうか。
「私に務まりますでしょうか。練習とはいえ、告白されるのはドキドキしてしまいます」
「……あ、あの。女性相手に練習するのはまだ、ちょっと勇気が……」
「では、ワンクッション置いてまずは男の俺に告白する練習をしますか?」
「でも、それだと練習の意味があるのかしら。大切なのは女性に告白することなのよ」
「大事なのは気持ちを伝える、ということです。まずは男の俺でもいいと思いますが……」
エイミーさんだって、女性相手に練習することに緊張してしまっているようだし。
「……そうだ!」
何か良い案を思いついたのか、エリスさんは口角を上げる。そんな彼女を見て物凄く嫌な予感をするのは何故だろうか。
「裕真が女装すればいいのよ!」
やっぱり。嫌な予感が当たってしまった。
「何をどう考えればそういう発想に行き着くんですか。というか、俺は嫌ですよ」
「これはエイミーさんのため。悩みがある人のためなら、時には体を張るのも相談員として大切なことなのよ?」
「エイミーさんのためならそうかもしれませんが、俺が女装をすることがエイミーさんのためになるんでしょうか」
「まずは『女性』の姿を見て気持ちを伝える練習をすべきだと思うの。心まで女性だとハードルが高いから、まずは裕真が女装して、見た目だけ女性らしい人と練習するの。大丈夫、裕真は顔立ちがいいから綺麗な女性に見えるって」
俺の女装の完成度は別として、エリスさんの考えは筋が通っているように思える。それでも、女装は……人生で一度もないからなぁ。
「……エイミーさん。室長のエリスがそう言っていますが、どうしますか」
判断はエイミーさんに任せるしかない。エイミーさんが必要だと思えば、女装をして練習に付き合わなければ。
「……お願いします。それに、風戸さんの女装姿も興味ありますし……」
こうして、俺の初めての女装が決定したのであった。
俺、異世界に転移させられて初めていいと思ったかもしれない。女装した姿を日本の知り合いに見られたら、恥ずかしくて暫くの間は引き籠もるだろうから……。
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