『エイミー・コレット』

 俺にとって二人目の相談者。

 今の俺に分かっていることは、この後すぐにその相談者がここにやってくるということだけである。

 スーツに着替え終わった俺は自宅を出て相談室に向かう。といっても、玄関を開ければすぐそこは相談室なんだけど。通勤時間は約数秒。

 相談室には既にエリスさんとエレナさんがソファーに座っていた。相談者の姿はまだない。

「お待たせしました」

「素早い行動、感心するわ。裕真」

 エリスさんは満足げな表情を見せている。まあ、仕事ですからね。

「……今回の相談者はどのような悩みを抱えているんでしょう。エレナさんは何か聞いていませんか?」

「私も訊いてみたのですが、言い辛いのか内容は聞いていません。分かっているのはエイミー・コレットという女性の方、ということだけです」

「エイミー・コレットさん、ですか」

 名前だけではさすがに内容を推測できるはずもなく。ただ、エレナさんとの電話で言えなかったということは、エイミーさんが抱えている悩みは結構根深いものかもしれない。まずは慎重に悩みの内容を訊きだしていくことからかな。



 そして、十分ほど経ち、相談室にエイミーさんがお屋敷の前まで到着したという連絡が入ってきた。

 エレナさんはエイミーさんを案内するために、相談室を後にする。

「エイミーさんの悩みもここで解決に向かえばいいんですけどね。それも、俺達の頑張り次第なんでしょうけど」

「そうね。人一人の未来がかかっているんだから、しっかりやりなさいよ」

「……プレッシャーが半端ないですね」

 以前に、マスカレット国の救世主って言われたくらいだ。そのくらいに若い女性の悩みの解決は重要な課題なんだろうけれど、それを異世界の日本男子に託してしまっていいのだろうか。プライドとかはないのか。

「どうせ、裕真は……マスカレット国の抱える問題に対して、どうして日本の自分がやるんだろうとか思っているんでしょ」

「まあ、似たようなことを考えてはいましたが」

「前にも話したとおり、裕真が適任だと思ったのよ。まあ、その根拠はあたしの勘だけなんだけれどね。裕真ならマスカレット国の女の子の悩みを解決してくれるってね」

「……そう言われたら、もう俺は何も言えなくなってしまいますよ」

 その上に、可愛らしい笑顔をされたら、さ。

 医者でも何でもない大学生の俺だと、若い女性は親しみを抱きやすいのかな。

 ――コンコン。

 廊下に出られる扉の方からノック音が聞こえた。

『エイミー・コレット様をお連れしました』

「分かったわ、どうぞ」

 エリスさんは凜々しい表情になってそう言った。

 扉が開かると、エレナさんと金髪の女の子が部屋の中に入ってきた。金髪のツインテールも目に飛び込むけれど、それよりも気になったのは服装だった。

「以前に来たアリアさんと同じ制服ですね」

「同じ学校の生徒なのね」

 そう、アリアさんと同じ制服を着ているのだ。たまたまなのか、それともアリアさんに関わってこの相談室を知ったのか。

「どうぞ、おかけください」

「あっ、はい」

 テーブルを挟んで向かい側のソファーにエイミーさんは座る。アリアさんと同様に結構可愛らしい女の子だ。

「エイミー様。紅茶かコーヒーのどちらがよろしいですか?」

「……コーヒーでお願いします」

 エイミーさんはコーヒー派なのか。ちょっと意外だ。

 先ほどのエレナさんとの電話では、自分の悩みの内容を言ってこなかった。最初から本題に突入してしまうと、エイミーさんを緊張させて、彼女の悩みを引き出せないかもしれない。さて、どうするか。このまま無言なのもいけないし。

 エレナさんがエイミーさんの前にコーヒーを置いたところで、

「初めまして、風戸裕真といいます。宜しくお願いします」

「あたしは室長のエリス・フラーウムです。宜しくお願いします」

「……エイミー・コレットです」

 軽く自己紹介。初めの一歩は大丈夫だな。

「エイミーさんってコーヒーが好きなんですね」

「はい。でも、友達からは女の子らしくないって言われて……」

 エイミーさんは苦笑いをしながらそう言った。まさか、彼女のお悩みってこれだったりするのか?

「確かにコーヒー好きなのは男性のイメージが強いですけど、俺はコーヒー好きの女性も素敵だと思いますけどね」

「……そ、そうですか?」

「ええ。俺もコーヒーは大好きですし」

「へえ……」

 そう言って、エイミーさんはコーヒーを一口飲む。制服姿だけれど、コーヒーを飲む姿はちょっと大人っぽく見える。

「……やっぱり、あの子の言う通り。この相談室にいる異世界の人は優しいって……」

「あの子、ってもしかして……」

「アリア・スカーレットさんのことです」

「そうだったんですか。俺が初めて担当した方でした。同じ学校だったんですね」

「ええ」

 アリアさん、着実に周りの子達と話せるようになっているみたいだ。今のように別の人と話している中で、以前に相談した人のことを知れるのは嬉しい。

「……悩みがあって。アリアさんも最近様子が変わったから、どうかしたのかって訊いたらこの相談室のことを教えてくれて。それでここに来たんです」

「そうですか」

 やっぱり、アリアさん発信でこの相談室のことを知ったのか。口コミで広がる、というのはまさにこういうことを言うんだな。


「……あたし、ある人に恋をしているんです。そのことで相談したくて……」


 エイミーさんは頬を赤くしながらそう言った。

「恋のお悩みですか」

 所謂、恋愛相談というやつである。どこの世界でも恋で悩む人はいるよなぁ。

「裕真のお得意の分野じゃないの?」

「恋愛に得意不得意ってあるんですか? エリスさん」

「裕真にも恋をした経験があるんじゃないの?」

「あ、あるんですか!? 裕真さん」

 何故か、エレナさんが興味津々そうである。マスカレット国の女の子も恋バナに興味があるということか。

「それで? どうなの? 実際に恋をした経験はあるの?」

「……あ、ありますよ。一度だけ」

「裕真さん、その女性とは付き合っているんですか?」

「……付き合っていませんよ。それすら、好きだっていう想いも伝えられなかったんですから。幼稚園のときで、相手は先生だったんですけど……結婚を機に退職されました」

 そういえば、あれ以来……恋をしたことはないなぁ。当時、五歳の俺はとってもショックを受けたけれども、そのときのトラウマが今でも残っているというのか。

「それは……儚い恋だったわね」

「すみません、昔の辛い記憶を思い出させてしまいまして……」

「……そんな、気にしてませんよ。あ、あははっ……」

 口ではそう言ったけれども、どうしてちょっと切ない気持ちになるんだろう。いや、それでいいんだ。例え、どんなに昔で、幼い頃の恋でも思い出すと切なくなるのは、それだけ真剣に恋をしていたという証拠なんだから。そう思わないとやっていけない。

「風戸さんは辛い恋をした経験があるんですね。叶わぬ恋を……」

「そ、そうっすね……」

 俺が恋心を抱いたとき時点で、婚約者がいたと思うからそれは叶わぬ恋だとは思うけれど、そうはっきりと言われると逆に辛い。あれ、今回の相談者は誰だっけ?

「あたし、風戸さんなら信頼できます」

「あ、ありがとうございます」

 相談したい人から信頼されることは一番大切だから、これはこれで良かったのかな。その代償はかなりのものだったけれど。

「あ、あの……あたし……」

 エイミーさんはもじもじしながら、俺の目を見て言った。


「実は……あたし、女の子に恋をしているんです」

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