『16歳女子』

 マスカレット国に転移させられてから三日ほどが経った。

 といっても、俺の住まいごとこの世界に転移したので、自宅にいる限りは日本にいるような気分になれる。窓からの景色はヨーロッパ風の建造物がたくさんあるけれども。

「そうだ、テレビでも観るか」

 気分転換になると思ってテレビの電源を点けて暫く待っても、画面は真っ黒。


『このチャンネルは映りません』


 悲しきかな、このメッセージ。

 ……そうだった。

 異世界なんだから、地上波とか衛星放送も観ることができないのか。試しにチャンネルを変えてみるものの、どの画面も真っ黒。映りません。悲しいな、好きなアニメが観ることも録画することもできないじゃないか。今まで、録画した番組を観ていたから全然気付かなかった。

「……本当に異世界に来てしまったのか」

 今更であるけど、夢じゃないかと思って頬を抓ってみるけれど、ちゃんと痛みを感じてしまった。アニメが観られないことから異世界に来てしまったと実感するのが俺らしいというか。

 けれど、本体やブルーレイディスクに録画した番組を観ることができているので、これがせめてもの救いかな。

「さて、これからどうするか……」

 エリスさんからはお悩み相談が来ない限りは自由にしていいと言われた。でも、俺一人で慣れていない街を散策するのもなぁ。室長のエリスさんも色々と予定がありそうな感じだし、エレナさんも日中はメイドの仕事で忙しい感じだからなぁ。

「……ゆっくりするか」

 確か、冷蔵庫の中にはスイーツが残っていたはずだ。それを食べながら録画したアニメでも観るか。観られていない作品もあるし。

 ――コンコン。

 冷蔵庫を開けようとしたときに、玄関からノック音がした。エリスさんかエレナさんだろうけど、お悩み相談でも来たのかな?

「はーい」

 玄関を開けると、そこには黒を基調としたゴスロリ姿のエリスさんが立っていた。お嬢様っていうと勝手に他人の部屋に入ってきそうなイメージだけれど、彼女の場合はきちんとノックするので頭を撫でたい気持ちになる。

「エリスさん、どうかしましたか? お悩み相談が来ましたか?」

 俺がそう言うと、エリスさんはちょっと不機嫌そうな様子。

「……い、依頼がなかったら来ちゃいけないの?」

「そういうわけではありませんが」

「あたしは、その……あ、遊びに来たのよ!」

 ビシッ、と指を差され、威勢良くそう言われた。

「別に暇だからとか、甘い物が食べたいからとかそういうわけじゃないんだからね。それだけは覚えておきなさい」

「分かりました」

 暇だから、俺のところに来て甘い物を食べに来たってことを。素直に言ってくれてもいいんだけれど、なかなか言えないお年頃なのかな。

「俺も今からスイーツを食べようと思っていたんですよ。一緒に食べましょうか」

「……うんっ」

 甘い物ですぐに笑顔になるあたり、エリスさんも十六歳の女の子なんだな。

 エリスさんを自宅に招き入れるが、彼女は履物を脱ごうとしなかったので、

「エリスさん。履物を脱いで上がって頂けますか」

「ごめんなさい、忘れていたわ。これが日本式なのよね」

 俺の指摘に気分を害していないようで、日本での習慣としてすんなりと受け入れてもらえた。

 エリスさんは部屋に上がると、ベッドの側にあるクッションの上で正座をする。俺の部屋に来るのはこれが初めてではないんだけれど、どこか緊張している様子。

「……エリスさんのような方でも、緊張されることがあるんですね」

「あ、当たり前じゃない。自分と歳の近い男性の部屋にいるんだから。それに、こんなに狭いところだし……」

「お屋敷の部屋はどこも広いですから、慣れているとここが狭く感じてしまいますよね」

 逆に、俺の場合は相談室が広すぎると思ってしまう。狭いところだと窮屈に感じてしまって、相談しに来た方が色々と話しづらい……っていうのを考慮しているかもしれないけれど。

「キョロキョロしていますけど、どうしたんですか」

「……に、日本の……裕真ぐらいの年齢の男性って、ふ、不埒な書物を部屋に隠してあると聞いたから……」

「残念ながら、そんなものはありませんよ」

「そ、そうなの? ま、まさかあたしを襲うつもりだから必要ないってこと!?」

「そんなつもりは全くありません」

 まったく、そんな想像をしてしまうなんて。俺ってそんな風に観られているのか? それとも、十六歳の女の子ってそういうことを考えてしまうものなのかな?

 冷蔵庫を開けると、自分で作ったプリンが結構残っている。これでいいかな。

「今日はプリンにしましょうか」

「……プリン? 手に持っているもの?」

「そうです。甘くて美味しいですよ。下にあるカラメルっていうものの苦味がいいんですよね」

「へえ、そうなの。あたし、苦いのはちょっと苦手だけれど、一度食べてみたいわね」

「きっと虜になりますよ」

 単に甘いだけではなく、カラメルの苦味があってプリンの持つ甘みがより引き立つように作っている。エリスさんにも気に入ってもらえるといいんだけれど。

 ――コンコン。

 プリンをエリスさんの所まで持っていったところで、再び玄関からノックの音が。エリスさんがここにいるってことは――。

「はい」

 玄関を開けると、すぐ目の前にエレナさんが立っていた。

「エリス様、ご自分の部屋にいなかったので、どこなのか探していましたら、やはりここにいらしたのですね」

「どうかしたの? エレナ」

「たった今、この相談室で悩みを聞いて欲しいという方から電話がありました。この後すぐにこちらに来るとのことです」

「分かったわ。ありがとう、エレナ。裕真、プリンは後のお楽しみにしておくわ」

「分かりました」

 ついに、二人目の相談者、か。アリアさんのときのように悩みを解決できるように、俺達が力にならないと。

 今回の悩みは何なのだろうか。マスカレット国特有の悩みでなければ……いいんだけどな。そんなことを考えながら、俺は部屋にあるスーツに着替えるのであった。

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