『スイーツ』

「お待たせしました」

 部屋から持ってきたバームクーヘンをアリアさん、エリスさん、エレナさんの前に出す。そこには既に温かい紅茶が置かれていた。

「これは何なの? 裕真」

「バームクーヘンという日本での定番スイーツの一つです。主張しすぎないほどよい甘さと、しっとりとした仕上がりが絶妙なんです。是非、食べてみてください。紅茶にも合いますよ」

 俺がそう説明をすると、三人はバームクーヘンを一口食べる。

「……美味しいです」

 アリアさんは喜んだ顔をしながらそんな感想を口にした。

「うん、美味しいわね。日本には美味しいものがたくさんとは聞いていたけれど」

「そうですね、エリス様。紅茶によく合います」

 エリスさんやエレナさんにも好評のようだ。

 好きなものに触れると、人は自然と優しい顔になる。それは世界が変わっても同じなんだな。

 俺もバームクーヘンを一口食べる。お気に入りの店のバームクーヘンなので、この味をまた味わえたことに安心感もあれば、日本に帰るまで暫く食べられないことの寂しさもあった。でも、三人が美味しそうに食べているのを見ていると、そんな悲しい気持ちは段々と薄れていった。

 そして、気付けば、みんなバームクーヘンを完食していた。俺もあっという間に食べ終わってしまった。

 エリスさんは優しい笑みを浮かべている。とても素敵だ。

「……いかがでしたか?」

「とても美味しかったです! ありがとうございます」

「そう言ってくださるのはとても嬉しいのですが、それはバームクーヘンのことですよね。俺のことをどう思いましたか?」

「えっ……」

 さてと、スイーツも食べ終わったし、そろそろアリアさんのお悩みに対して一つの答えを示そうかな。

「アリアさん、相談室に入ってきた直後と今とでは、俺やエリスさん、エレナさんと距離が近くなったと思いませんか?」

「……は、はい。私と同じで甘い物が好きなんだって思ったら、急に……」

「そうですか。それは良かった。実はアリアさんと話すきっかけを作りたくて、自分から甘い物が好きなんだって言ったんです。アリアさんと距離を縮めることができれば、お互いに話しやすくなるかなと思って」

「……はい。その……さっきよりも風戸さんが近く感じます。男の人ですけど、話しかけやすいなって思いました」

「そうですか。嬉しいです」

 さっきまでは顔を赤くして緊張していたのに、バームクーヘンを食べてからはそんなことが信じられないくらいに、落ち着いた笑みを見せてくれている。そんなアリアさんにだから言えることがある。


「これが友達のできる方法の一つだと思います」


 突然だったからか、アリアさんはきょとんとした顔になった。

「友達になるにはまず、自分から話すことが大切だと思います。そのきっかけの一つとして、自分の好きなものを言ってみるのが良いかと。好きなことが同じで話し合えるのはとても楽しいことです。楽しいことを話したり、触れたりすると自然と笑顔になります。実際にバームクーヘンを食べているときのアリアさんは笑顔になっていました」

 アリアさんは俺の言葉に納得しているのか、しっかりと頷いている。

「好きなことだと、確かに楽しい気分になります。何だかここに来たときよりも気持ちが軽くなりましたし」

「そう思ってくださって嬉しいです。ここに来た直後と比べれば、今の方が俺と友達になれるような気がしませんか?」

「……はい。さっきも言いましたけど、風戸さんとの距離が縮まった気がします。友達……にもなれるような気がします」

 今のアリアさんの言葉を聞いてほっとした。実際に気持ちの変わり方を体験させると話も進めやすいし、納得もしてもらいやすい。

「嬉しいですね。俺も同じです。甘い物が好きなことは一緒ですし、それに……バームクーヘンを食べたときのアリアさんの笑顔、とても可愛らしくて素敵でしたから」

「……ふえっ?」

「きっと、その笑顔が好きだっていう人、多いと思いますよ」

「あううっ……」

 あ、あれ? バームクーヘンを食べる以前と同じような赤い顔になってしまった。アリアさんは両手で赤くなった顔を隠す。こ、言葉のチョイスを間違えてしまったか?

「……ここは女性を口説く場じゃないのよ、裕真」

 エリスさんはむすっ、とした表情をして俺のことを見ている。

「別にアリアさんを口説くつもりなんてありませんよ。俺は思ったことを素直に言っているだけです。可愛いものを可愛いと言ってはいけないのですか?」

「べ、別に駄目だとは言っていないけれど。ただ、裕真が可愛いとか言うとそ、その……れ、恋愛感情を持たせちゃうかもしれないって注意しているだけよ」

「そうですか。分かりました、ありがとうございます」

 確かに俺とアリアさんは相談をする人とされる人の関係だ。アリアさんに親身になるべきだけれど、それは相談員としてアリアさんの悩みを解決するためなんだ。それよりも深い関係になってしまうようなことはしてはいけない、な。

「すみません、アリアさん。ただ、本当にその笑顔を見せれば、きっとアリアさんはいい女の子なんだって分かってもらえることを言いたかったんです」

「は、はいっ! 分かりましたっ! ……でも、嬉しいです。風戸さんにそう言ってもらえて……」

 アリアさんは俺のことをちらちらと見て、そして、はにかんだ。やがて、彼女は俺のことをしっかりと見てくれるようになるが、うっとりとした表情になっていた。まるで、俺に恋をしているかのように。その表情もまた、魅力的だった。

「……私、風戸さん達と話してみて、気持ちが軽くなりました。自分から話してみることを頑張ってみたいと思います。私、今まで勇気が出せなくて、自分から話しかけることが全然できなかったので……」

「……そうだったんですか。分かりました。ご友人ができるといいですね。応援しています」

「はい。今日はありがとうございました。ここに来て良かったです」

 ここに来て良かった、か。その言葉を聞いて、やっと自分がアリアさんのために何かができたんだと思えた。それが本当に嬉しかった。

 この様子なら、エリスさんの今回の悩みに対して言うことはないだろう。早ければ明日にでもアリアさん本人が解決すると思う。そうなると信じよう。

「何か話したいことがあったり、困ったことがあったりしたら、何時でもここに来てください。その時はお待ちしています」

「ありがとうございます。お友達ができたら、すぐに報告しますね」

「報告は大歓迎です」

 相談が終わっても、悩みが解決できたかどうか気になるから、結果を報告してくれることはとても有り難い。良い結果なら喜び合えるし、悪い結果なら再び相談に乗ったり、解決策を考えたりすることができる。

 とりあえずアリアさんの今回の件については、結果報告待ちかな。ただ、良い結果になる可能性が非常に高いということで。

「今日はありがとうございました。これで失礼します」

「いえいえ」

「では、私が玄関までお見送りいたします」

 そして、アリアさんはソファーから立ち上がると、エレナさんと一緒に相談室を後にするのであった。

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