『ご褒美』

「何とか、彼女を前に向かせることができました」

 アリアさんの悩みの場合、俺達が直接どうにかできることではない。人と接する勇気をアリアさんに持たせることが一番だと考えた。ここに来てすぐの俺に対するアリアさんの様子を見て。

「あなた、なかなかやるわね。実際に彼女に心の変化を体験させて、同じことをすればいいという方向に持っていくなんて」

「……俺はただ、アリアさんと心の距離を近づけたかっただけです。彼女が甘い物好きで本当に良かったと思っています」

「もし、彼女が甘いのもの好きでなかったら?」

「別の好きなものを探すだけです」

 それでもどうしても見つからなかったら、エリスさんが警告していたような方法で懐柔していたかもしれないけれど。

「アリア・スカーレット様をお見送りしてきました」

「ご苦労様、エレナ」

「お疲れ様です、エレナさん」

 アリアさんを見送りに行っていたエレナさんが戻ってきた。

「裕真さん、お疲れ様でした。お屋敷を出て行くときもアリアさんは明るい表情をしていました。裕真さんの言葉で悩みがなくなったのでしょうね」

「俺はただ、アリアさんの心に寄り添っただけですから。ただ、アリアさんの悩みが解決に向かって良かったと思っています」

「ふふっ、裕真さんは優しいですね」

 エレナさんは優しい笑みを浮かべながらそう言った。

 俺は二人が言うほどに大した人間でもないし、優しいとも思わないけれどなぁ。ただ、困っている人を見て放っておくことだけはしたくないとは思った。それが俗に言う優しさなのだろうか。

「裕真」

「なんでしょうか?」

「あなたは相談員としての役目を果たしたわ。それに値するご褒美をあげないといけないわ。どんなご褒美がいいかしら」

「えっと……」

 急に言われても困るなぁ。報酬かぁ。普通に考えればお金なんだろうけど、それは日本に住んでいるときの話だ。

 ここはマスカレット国。異世界の地にいる俺が欲しい報酬って何なんだろう。

「日本に帰りたいっていう思いもありますし、帰らせて欲しいという希望はあるんですけれど、俺がマスカレット国の女性に何かできるのであれば、もう少しだけここで暮らしてもいいかな、って……」

 結局。具体的に得たい報酬が思いつかなかった。

「……そう。じゃあ、裕真の部屋を提供しましょうか。エレナだってちゃんと個人の部屋を持っているんだし」

「いえいえ、俺はあの部屋でいいですよ」

「えっ? 物置にもならないくらいの狭さなのに?」

「……あの狭さが俺にはちょうどいいんです」

 どうやら、人にはそれぞれ適応する部屋の広さがあるみたいだ。俺にとってこの相談室が広すぎるから。

 ただ、雇われている身である以上、雇い主であるエリスさんから報酬を貰わないとなぁ。

「……そうですね。やはり、月並みにお金でしょうか。俺の持っているお金は全て日本で仕えるお金ですから」

「別に私に言えばマスカレット国のお金に変えられるわよ?」

 いったい、どんなレートになっているんだか。

「それは有り難いですけど、日本で稼いだお金は日本で使います。マスカレット国では相談員として稼いだお金を使いたいと思います」

「分かったわ。真面目ねぇ」

 と言いながらも、エリスさんは俺の答えが面白くないと言わんばかりの顔をしていた。

 結局はお金で落ち着いた。どこの国でも、どこの世界でも仕事の報酬はお金が一番いいだろう。

「他には何か要望はないの? あなた、ここに来てすぐに女の子の悩みを一つ、解決に導いたのよ。例えば、エレナに身の回りの世話をしてもらうとか」

「ふええっ」

 エレナさんは可愛い喘ぎ声を上げると、俺のことをちらちらと見る。

「俺は一人暮らしで家事とかは一通りできますからね。それに、身の回りの世話とかは報酬とかでしてもらうものではないと思うんですよ。したいという気持ちがあって初めてできるのではないのでしょうか」

「わ、私はしたいです! 裕真さんのお世話!」

 俺を気遣って言っているのかと思ったけれど、エレナさんの目を見ていると、今の言葉が本心であることが分かった。

 エレナさんに身の回りの世話をしてもらうのも申し訳ない。けれど、ここで断ってしまうのは、それはそれで彼女の気持ちを否定するようで嫌だった。

「……では、お食事を作っていただいてもいいですか。それで、エリスさんと三人で一緒に食事をしましょう。それが俺から、お二人へ希望する報酬ということでよろしいですか?」

「はい、分かりました!」

 エレナさんの笑顔がとても煌びやかに見えた。メイドさん魂で、誰かの世話ができることが嬉しかったりするのかな。

 同じお屋敷に住んでいるんだ。同じものを一緒に食べたい気持ちがあった。一人暮らしをして二年以上経つと、誰かと一緒にいる時間が恋しくなってしまうんだ。何とも言えない寂しさに襲われるから。だからこそ、アリアさんが独りでいることが本望でないと知ったとき、俺はどうしても彼女を今の状況から脱させたいと思った。

「まだまだ、悩みを抱える女の子はたくさんいるわ。これからも宜しくね、裕真」

「……はい、宜しくお願いします」

 何だか上手くエリスさん達に乗せられている気もするけれど、今はここで俺のできることをやっていこう。



 翌日、アリアさんから友達ができたという報告を電話で受けた。気になっている女の子がいて、好きなことについて話したら、あっという間に意気投合したらしい。それを話す彼女の声から、彼女の嬉しげな表情がすぐに思い浮かんだ。

 これにて、俺にとって初めてのお悩み相談が無事に解決したのであった。




お悩み1:友達ができません。 終わり



お悩み2:女の子に恋をしてしまいました。 に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る