『救世主』
ゴスロリ風の少女とメイドさんの案内で豪華なソファーに座る。メイドさんの淹れてくれた紅茶らしき飲み物が、幾らか気分を落ち着かせてくれる。
二人はテーブルを介して、俺と向かい合うように座った。
「あたし達に色々と聞きたいことがありそうな顔ね」
「……当たり前じゃないですか」
俺、風戸裕真がマスカレット国に住む女子の救世主。
何故、俺がゴスロリ風金髪少女からそんな風に思われているのか。それ以前に、どうして俺の名前を知っているのか。どうやってここに連れてきたのか。考えれば考えるほど、まずで噴水のように疑問が湧いてくる。
「そういえば、名前を言っていなかったわね。あたしはアリス・フラーウム。それで、彼女があたしの専属メイドのエレナ」
「エレナです。宜しくお願いします」
「ええと、アリスさんにエレナさん、ですか」
日本語をこんなにも流暢にしゃべっているのに、日本人っぽい名前じゃないことに物凄く違和感を覚える。特にエレナさんは日本人らしい見た目だから尚更だ。彼女のような茶髪の日本人もいるし。
「風戸裕真です。……大学生、って言って分かりますか?」
「ああ、マスカレット国の教育は日本と似ているから分かるわよ。それにあなたのことはよく調べているから大丈夫」
「そうですか」
それだったら余計に、俺がマスカレット国の女の子を救う存在だなんて考えられない。普通に生きようとしている大学生にどんな可能性を抱いたのだろう。アリスさんの表情を見る限り、俺を選んだことに自信があるようだし。
俺は目の前にある紅茶らしき飲み物を飲んでみる。すると、味は紅茶そのものだった。ちょっと安心。
「あなたをここに連れてきたのは、マスカレット国の女の子を救ってほしいからよ」
「救世主とか言っていましたよね。俺のような人間に頼むなんて、この国の女性に何があったんですか」
「……悩みを抱えている女子がこの一、二年で多くなったの。不登校になったり、ひきこもりになったり。中には行方不明になって、後に帰らぬ人となって発見されることもあるわ」
「そう、なんですか……」
どうやら、なかなかシビアな背景があるようだ。
「国の方も一つの大きな問題として取り上げているわ。そして、医療系財閥であるあたし達フラーウム家に直々に命令が出たのよ。悩みを抱える女子専門の相談室を作って、悩める女子を一人でも救っていきなさいって」
「そうなんですか」
ということは、この部屋はそのお悩み相談室ってことか。俺のイメージだと小さくてひっそりとしたイメージがあるんだけどな。
「それで、どうして男の俺が出てくるんです? 精神科のお医者さんとか、専門のカウンセラーの方がいるでしょう」
「それも一つ考えたんだけれど、専門の大人を相手にすると緊張しちゃうってことも考えられるでしょ?」
「それもあるかもしれませんが……」
それでも、男の俺でいいのかなぁ。女性同士の方が話しやすいと思うんだけれど。
「悩みを抱える女子の年齢のボリュームゾーンは、日本でいう中学生から高校生。それよりもちょっと年上くらいの人の方が話しやすいと思うのよ」
「そこは納得ですけど、相談するなら男性よりも女性の方がいいと思うんですよ」
「裕真の意見も一理あるわ。でも、ここは敢えて男性にする方が、相談を聞いてくれる人っていう認識がしやすいと思うの」
「……そう、ですか」
何とも強引な気もするけれど。
「それに、あなたはなかなか良い顔立ちをしているし、女子の受けはいいんじゃないかしら。調べたら彼女はできたことはないけれど、女性からの評判は悪くないようだし。エレナも裕真なら悩み事を話しやすいと思うでしょ?」
「ええ。裕真さんでしたらお話しができそうな気がします」
エレナさんははにかみながらそう言った。その笑みは俺への気遣いからなのか、本心からなのか。
そして、アリスさんはソファーから立ち上がって俺に手を差し出してきた。
「今日から宜しくね、裕真。相談員としての活躍を期待するわ」
「……はい、宜しくお願いします」
アリスさんと握手をする。彼女の手は意外と小さかったけれど、確かな温もりが伝わってくる。優しく感じられるのは、女の子独特のものなのかな。
というか、自然な形で相談員になっちゃったけれど、この流れに身を任せていいわけがない。一番大事なことを訊かなければ。
「あ、あの! 俺はいつ、日本に帰れるんですか? 例えば、どのくらいの女性の悩みが解決できれば、とか……」
異世界に連れて来られて、不安にならないわけがない。日本に帰れる明確な予定さえあればいいんだけれど。
「……そうねぇ」
エリスさんはくすっ、と笑う。
「それはあなた次第じゃないかしら?」
その言葉を放ったときの彼女の笑みは、どこか冷たく見えて。俺が日本に帰れるのは当分先であることを諭されたような気がした。同時に、エリスさんがこの世界に連れてきた理由……本当に俺をお悩み相談員として迎えたかっただけなのか。ちょっと疑問に思う。
「さあ、もうすぐ記念すべき一人目の女の子がやってくるわよ」
「えっ! もう来るんですか?」
「そうよ。だから、裕真がちゃんと起きてくるかどうか、さっきまで心配してたんだから」
まさか、いきなり悩める女の子がここに来るなんて。心の準備ができていないから、今から来る女の子の力になれるかどうか不安しかない。こっちがお悩み相談したいくらいだよ。
「何か情報はないんですか。今からここに来ることが分かっているんですから、その方の名前や悩みの軽い内容くらいは知っているはずでしょう」
「それは私から説明させていただきます。名前はアリア・スカーレット様。聞いて欲しい悩みはお友達ができない、とのことです」
「……なるほど」
奇抜な悩みだったらどうしようかと思ったけれど、友達ができないという悩みだったら俺でも何かの役には立てそうだ。
まずはアリア・スカーレットさんに会って話してみないと、な。俺に相談員なんて務まるかどうか分からないけれど、頑張ってみよう。
序章 終わり
お悩み1:友達ができません に続く。
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