シュガーワード
桜庭かなめ
序章
『扉の向こうは』
『シュガーワード』
序章
ただ、普通に生きることを頑張っていた。
留年しない程度に大学の講義に出て、お金に困らない程度にバイトをして、下手に孤立しない程度に友人を作り、興味のあるサークルに入る。彼女は……いない歴=年齢。
「そうか、何だかんだで今年度から就活で動かなきゃいけないんだな……」
働くこと。
それは、この先の長い人生を平穏に、そして普通に生きるためには大切なことだ。大学三年生になったばかりだけれど、そろそろそういうことも考え始めた方がいいんだよな。
「将来、か……」
普通に生きたいとか波のない平和な人生を送りたいとか、そんなことは考えているけれど具体的にこういう仕事をしたい、とかは浮かばないんだよなぁ。誰かの役に立てるような仕事ができればいいな、とは思っている。そうじゃないと仕事じゃないんだろうけど。
「まあ、今からそこまで深く考えなくてもいいか」
もう、今日も夜の十一時過ぎか。酒を飲みながら好きなアニメでも観よう。俺にとって至福の時間を過ごそう。明日は二時限目からだからゆっくりと寝られる。
ビールとかカクテルとか飲んでアニメを観ていると、物凄い眠気が襲ってきて、ベッドに身を投げたところまでしか覚えていなかったのであった。
目が覚めたときには、窓から差し込んでくる光で部屋が明るくなっていた。
スマートフォンで時刻を確認したら午後四時。
「……って、完全な寝坊じゃないか!」
今からならせめても、あと三十分後に始まる五時限目の講義に出なければ。急いで着替え、バッグを持って家を出る。
すると、そこには信じられない光景が待っていたのであった。
「ど、どこなんだよ、これ……」
外に出たはずなのに、外じゃない。とても広い部屋だったのだ。お屋敷にありそうな豪華な作りの。
「あっ、おはようございます!」
ちょっと離れたところにいたメイド服を着た女性が俺に気付いて、こちらに向かってきた。
もう、何が何だか本当に分からなくて。でも、恐いことだけは確かで。
俺は逃げるようにして自分の部屋に戻った。
「何が起こっているんだ……」
昨日の夜に飲んだ酒の量が多かったのか? それで、今も変な夢を見てしまっているのか? でも、眠気のある夢ってないような気もするし。
眠気を覚ますために、俺は洗面所で顔を洗う。
そして、気分を変えるために窓を開けて外の空気を吸おうとした。
「えっ……」
息が詰まった。
窓の外に広がっているのは、俺の知っている閑静な住宅街ではなかった。どこか高台からの景色だ。そこから見える建物は西洋風のオシャレなデザインのものばかり。
とにかく、一つだけ言えるのは――。
「どこなんだよ、ここは!」
今、俺がいるのは日本じゃないってことだ。
そうなると、ここはどこなのか。だって、俺の部屋は変わっていない。まさかアパートごとヨーロッパとかに来たとかことは考えられないし。本当に何が起こっているのか。
夢だ。これはよくできた俺の夢に違いない。でも、それならどうして冷たい水で眠気が醒めて、窓を開けたときに涼しい風を気持ち良く思えてしまったのか。
――ピーンポーン。
誰かお客さんか? まさか、さっきのメイド服の人か……?
「はい、どちら様ですか……」
玄関の扉を開けると、さっきのメイド服の女性の横に、金髪のゴスロリ風少女が立っていた。そして、ゴスロリ少女に指を差されて、
「
そんなマスカットっぽい甘そうな国の名前を聞いたのは初めてだ。だから、驚きというよりも、何を言っているんだこの子って感じ。
それでも、ようやく、これが夢ではなく現実なのだと分かった。そして、俺は、今までいたところからでは決して来ることのできない場所に連れて来られてしまったのだと。
所謂、異世界に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます