第9話 転校
浩二の父の転勤は7月の中旬に決まった。浩二が小学校を変わるのもこれで3度目である。浩二の父は転勤が決まると決まって酔って遅く帰ってきた。そしてたとえすでに寝た家族がいても起こして、実は転勤することになった。今から2週間後までに新しい職場に行かねばならないから、引越しを頼むというのだった。
小学6年生の浩二にとって転校はもうないと思っていたので、とても残念なことだった。修学旅行もこれでいけなくなってしまう。そうか次の学校で行けばいいんだ。そう思いなおした。それよりもまもなく始まるソフトボール大会の出場はどうなるんだろう。せっかく選手に選ばれたのに。
などと浩二はいろいろと思いをめぐらせた。しかし転勤が決まればもうなんといってもそうするしかないのだ。これまでの転校でいろいろな目にあってきたが、決まったものはどうしようもない。
2週間後、ソフトボール大会には出場できたものの、2回戦で敗戦して帰ってくるとすぐにもうトラックに荷物は積み込まれていた。引越しになれた母は、荷物をいつでも積み出せるようにしていたのである。荷造りも手馴れたものだった。
転勤したところは今まで住んだことがない都会の真ん中だった。水着のような薄着を着た若い女性が厚化粧をして歩いている。浩二にとっては刺激の大きすぎる街だった。しかし、誰一人友人のいない浩二にとって、中学生の兄以外に話し相手もいなかった。孤独な夏休みを過ごさねばならなかったが、これも今までの経験が克服する力になった。
9月1日、母は私を小学校の職員室に連れて行き、校長らしき先生に引渡し、しきりに頭を下げるとすぐにいなくなってしまった。兄の中学校に行くのだ。私は急に独りぼっちになった。校長らしき先生は、優しい顔をして、君の担任の先生はこの人だと言って、40代くらいのおばさんを指した。おばさん先生は校長に異常なほどぺこぺこして、私を引き取ると名前や前の学校のことを聞いた。それに答えると、それは大変だったね。といった。何が大変と思ったのか分からなかったが、聞き返すこともできずに教室に連れて行かれた。
9月1日に新しい教室に行くのは浩二にとっては年中行事のようなものであった。かならず、クラスメートが注目する中、紹介され、小声で誰かに似ているといわれ笑われることから始まった。
浩二ははじめが肝心なことを知り抜いていた。必ず自分は何も知らないから、教えて下さい。誰とでも仲良くするというオーラを持たねばならない。自己主張はしてはいけないと思っていた。今回もそれで乗り切れると思っていた。
浩二が都会の子どもの複雑さを知るのはこの後すぐのことだった。
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