第6話 ザリガニ捕りの名人

 いまは住宅地として名高い東京郊外の駅も、40年ほど前はまだあちこちに雑木林が点在していた。その中には湿地や沼地があって、そのほとんどが泥のように濁っていた。しかし、その泥水の中にはたくさんのアメリカザリガニが棲んでいたのだ。


 小学生に入ってすぐだった私にとって、この沼は格好の遊び場だった。学校から帰ってランドセルを玄関に置くとすぐに、タモを持って飛び出した。同じ団地に住む何人かと連れ立って駅の向こうにあるザリガニの沼に直行するのだった。


 僕とエイジはその仲間の中でも特に気が合う友達で、学校でも同じクラスだったからいつも一緒にいた。彼はザリガニを捕るのが極めて上手で、僕が10回に1回くらいしかつかまらないのに対して、4回に1回くらいは捕まえていく。ミルクの入っていた大き目の空き缶に僕らの獲物は詰め込まれていった。エイジのザリガニの捕り方はタモを勢いよく水面に叩きつけるやり方だった。大きな水しぶきがあがるので、そのはねた泥水はかなりの確率で服を汚す。僕もその流儀を真似てタモを叩きつけるから、お互いに服を汚してしまうのだ。いつもハネを作って帰るので母によくしかられた。それでもザリガニをたくさん捕った喜びの方が大きく、叱られることにはすっかり耐性ができてしまっていた。



 ある日、いつものようにエイジたちとザリガニの沼に行くと、先客がすでに狩りを始めていた。5年生くらいのお兄さんたちで、僕らが来ると少し場所を空けてくれた。それでも僕らは上級生に対する遠慮もあって、その場でしばらく見学することにした。


 するとあるお兄さんがタモを水面にゆっくりとつけた。あわてることなくまるで水の上に置くみたいだった。ここまではとてもゆっくりだったが、水面下に入ったタモは細かく動かされながら、静かに手前に引き寄せられていった。そしてサッと持ち上げると、中に大きなザリガニが入っている。


 すげえ、とエイジが言った。僕たちのように水面にタモを叩きつけることもなく、ゆったりとしてしかも無駄のない動きだ。泥水が飛び散ることもない。そのお兄さんはもう一度同じことをして見せてくれた。そして今度も大きな獲物が入っていた。お兄さんたちは帰ろうぜ、と誰かが言ったのを合図にそれまでの獲物が入った缶からザリガニたちを元の沼に解放した。そして僕らに一言、じゃあなといって引き上げていった。


 僕らはしばらくあっけに取られて、お兄さんたちの乗った自転車が向こうの坂道を登りきるまで見てしまった。



 エイジも僕もお兄さんの水しぶきの立たないやり方を試してみたが、どうしても一匹も捕れなかった。僕らがいつも持ち帰り結局は殺してしまう獲物を、お兄さんたちがリリースして帰っていたのも衝撃的だった。


 上級生ってすごいんだなあ、と感じたのはこの時が最初だった気がする。

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