第二章(3)

 金曜日。部活動の後、八坂さんは僕を外のベンチに連れ出した。僕達は少し距離をとって座る。グラウンドで野球部の部員が見えるがこの近くには他に誰もいない。

「先に報告しておく。約束は果たした」

 ラップ音が発生した現場で幽霊を見たと八坂さんが言っていた、と津島さんに伝えるという約束だ。依然それが意図することは不明だが、約束は約束だ。

「まあ、ついでに僕の知り合い二人に知られる形になったけど、信頼できる人だから、あのことが無闇に言い触らされることはないと思う」

「別にそういうことは言わなくてもいいのに。でもありがとう」

「簡単に信用するんだね」

 僕は約束を果たしたことに関する証拠を何も示していないし、八坂さんにとって不利になりかねないことをした事実まで言ったのだ。証拠を出せとか言われても困るが、少しは疑いの姿勢を表に出してもいいと思う。

「だって、つっつんは馬鹿正直だから」

 確かにそんな話をしたが、いつまでもそうだとは限らないだろう。津島さんに課題を言い渡された件もある。その内僕だって嘘の一つくらいつけるようになってやる。

「それで、祥ちゃん何か言ってた?」

「そのことについては特に」

 むしろその後に大変なことが起こったが、そこまで八坂さんに報告する義務はないだろう。

「そう言えば、伝えてくれたのは今日?」

「いや、昨日の放課後」

「そっか……」と寂しそうに呟くということは、今日津島さんは八坂さんに会いに行かなかったのだろう。まあ、彼女はそうするとは言っていなかった。

「気まずいのは分かるけど、やっぱり自分で言いに行けば」

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だろう。最近の不機嫌な津島さんは虎の穴のようなものだが、彼女を避けて僕とばかり話しても意味はないと思う。

「それができれば楽なんだけどね……」

 八坂さんは情けなさそうに笑ってみせた。彼女に勇気を与えようとは思わず、僕は話題を変えることにした。

「昨日、中島さんが会いに来た。それで三月のことは聞いたから。中島さんとは今でも仲が良いんだよね?」

 すぐに首肯すると思ったが、その振りは緩慢であった。

「まあ、学校ではよく話すけど……あんなことがあったからなっちゃんの家には行けなくなったのは当然だとして、話すことは減ったかな。なっちゃん、元々大人しかったのが、さらに大人しくなったし。オカルトの話もしてくれなくなった……のも仕方ないか……」

 演劇部でのラップ音のことを伝えるのに際して、津島さんに伝えるために僕を介していたにもかかわらず、中島さんには直接伝えていたことが少し引っかかったのだ。とはいえ、八坂さんと中島さんの仲が一応保たれているというのであれば、それほどおかしいことではない。

「話を戻すけど、津島さんからも三月のことは聞いた。二人とも同じことを言っていたよ。お泊り会の深夜に、長い間、奇妙な音がありとあらゆるところから鳴り響いたって」

 簡潔に纏めたが、要点はしっかりととらえているはずだ。人の手によるものではないと考えるに足りる不可解な現象だと言うことが伝わればいい。

「それから、幽霊を呼んでしまって、その幽霊が音を鳴らしていたと八坂さんが言っていたことも二人は話してくれたよ。以上の内容も間違いはない?」

「うん。ないよ。ちょうどいいかな。約束を守ってくれたから、そのことについて話すね」

 八坂さんは哀しそうに微笑みながら話し続ける。

「真美は霊能者なの。近くに困った幽霊がいたらね、その幽霊に力を貸してしまって幽霊を騒がせてしまうの。といっても真美にそんな力を使ってるって自覚はないんだけどね」

 砕けた表現ではあるが、そのまんま物理霊媒の説明だ。本当に八坂さんが物理霊媒かもしれないという話を昨日したばかりなので、まだ仕掛けない。

「だから、三月になっちゃん家で音が鳴ったのは、真美の所為なの。真美がいたから、幽霊が騒いじゃったの」

 その可能性は十分にある。まだ異論は挟まない。

「それから演劇部で音が鳴ったのも、真美がいたから。あの女の子の幽霊が……」

「それは嘘でしょ」

 残念ながらそれだけは信じるわけにはいかない。高瀬さんは言っていた。二つのラップ現象の原因としてまず考えられるのは二つ、物理霊媒か、誰かの故意によるトリックだ。そして、演劇部におけるラップ音に関しては前者が否定された。

「八坂さんは霊能者なのかもしれない。三月の事件は八坂さんの言う通りなのかもしれない。それは認める。けど、演劇部のことだけは嘘だ」

「どうしてそんなことを言うの?」

 八坂さんから笑みが消えた。さて、結構深くまで踏み込んでしまったものだ。ここまで来て、全くリスクを負わずに進むことはできないだろう。こちらの言い分を裏付ける必要がある。せめて高瀬さんの迷惑にならないようにはしよう。

「実は僕の友達に幽霊が見える人がいて、その人が言うには、八坂さんが言っているような幽霊はこの学校にいないようだ」

「その人って、さっきつっつんが言ってた知り合い二人の内の一人?」

「そうだよ」

 八坂さんはその知り合いの名前には興味がないようで、別のことを訊いてきた。

「それで、演劇部でのことは心霊現象じゃないって言うの?」

 ここで拍子抜けに思ったことがある。僕の知り合いが霊視能力者であることを八坂さんがすんなり受け入れたことだ。さすがにこれは嘘だと言われると思った。たとえ僕は嘘をつかないと八坂さんが信じ切っているとしても、その知り合いの方が嘘をついていることを疑うだろうと思っていた。

「いや、そうじゃない。まだ心霊現象までは否定しない。ただ、あの音が心霊現象によるものであるにせよ、何らかのトリックであるにせよ、八坂さんがわざとやったものなんじゃないのかってことだよ」

 幽霊が勝手にラップ現象を引き起こした可能性は高瀬さんが否定している。しかし、八坂さんが故意にラップ現象を起こした可能性に対して高瀬さんは消極的だったが、全くないとは断言しなかった。

「わざとって……。トリックはともかく、部室に幽霊はいないんじゃなかったっけ。心霊現象の場合はそれをどう説明するの?」

「そこら辺から幽霊を連れてくればいいんじゃないかな」

 そこで八坂さんが怪訝そうに僕を見つめる。

「さっきからずっと思ってるんだけどいいかな。もしかしてなっちゃんが入れ知恵してる? 知り合いのどちらか一人ってなっちゃんのこと?」

 当たってはいないがいい線はいっている。少なくとも八坂さんは、僕の心霊現象関連の知識が尋常ではないことを察しているようだ。とはいえ僕はほとんど受け売りでやり通しているだけだ。それに、自分は幽霊を信じていると八坂さんに伝えている。幽霊について詳しい人間が僕の近くにいるのではないかと疑うのは自然だろう。

「違う。さっき言った、幽霊が見える人の方が心霊科学のプロなんだ。ちなみにもう一人の方は霊能力なんて一切ない普通の人だから」

「っていうことは、やっぱりつっつんにも何かあるの?」

 既に《幻の呪い姫》のことを少し話しているし、もう少しくらい明かしてもいいだろう。

「四月に、僕が幽霊にとり憑かれていることがわかったんだよ。実際に憑かれていたのは去年の秋からだけど。それで心霊科学のプロ――っていってもクラスメイトなんだけど――その人に助けてもらった。その時いろいろあって津島さんも関わっていた。出会った頃の津島さんとプロの子は口喧嘩ばかりですごく仲が悪かったけど、その事件がきっかけで今ではお互いを認め合っている仲だ」

「そうだったんだ……」

 八坂さんは一度深い溜息をつき、それから話し始めた。

「なっちゃん家でのことの後、三人で会った時、なっちゃんがあれは幽霊の仕業じゃないかって言って、自分が幽霊を呼んだかもって真美が言った時の話は詳しく聞いてる?」

「いや、それ以上詳しくは聞いていない」

「そっか……」と呟いてから、八坂さんは続けた。

「どうしてそんなことを真美が言ったんだと思う?」

 そんなことは今まで考えていなかった。昨日は誰も気にしていなかった。しかしその理由について考えるべきだったのかもしれない。いくら心霊現象に詳しいとはいえ、実際に不可解なことが起きたからといって、すぐに心霊現象の所為にするわけでもないだろう。八坂さんには何か根拠があったのだ。

「過去に同じような経験をしたとか」

「その通りだよ」

 それが本当かどうかはさておき、理屈は通じる。心霊現象の有無はその時々で判断しなければならないと高瀬さんは言っていたが、同じような心霊現象を引き起こしたことのある人が今回においてもその原因だと疑うのは合理的だろう。

「小さい頃に住んでたアパートで、あんな風な音が夜中に鳴り響いたことがあったの。その時は心霊現象のことは詳しくなかったし、いろんなことで説明がつくと思うけど、もう一回同じことを体験してしまったらもう無視できないよね」

「まあ、そうだね」

 演劇部の部室での件はともかく、中島さん宅の件があるので、八坂さんの言っていることを不用意に否定することができない。

「じゃあ、話を戻すね。それで祥ちゃん、あなたが勝手なことを言うから、ってなっちゃんに怒っちゃって、そのままなの。だからこう思ったの。真美が本当に霊能者だってことを証明すれば、なっちゃんは勝手なことを言ってなかったんだって祥ちゃんに分かってもらえる。そうしたら、祥ちゃんはなっちゃんのことを許してあげて、それでまた三人で仲良くしてた日に戻れるんだって」

 八坂さんにも彼女なりの信念があったということだ。しかも、友達を助けるために行動していた。友達の名誉を守るために、そして関係を元通りにするために、自分が霊能者であることを八坂さんは主張した。その主張を津島さんに届けるために僕は利用されたのだろう。

 もしそのために嘘をついていたのだとしたら、これが他人を助ける善い嘘なのだろう。ありのままの自分を捨てて、好きな人を救う。僕も高瀬さんや津島さんのためにそんなことができるようになるだろうか。

「ねぇつっつん。演劇部でのあれは心霊現象だって祥ちゃんに認めてもらえそう?」

「いや、あれはまだ音響機器で実現できる余地を残している」

「ふうん。どういう余地があるっていうの?」

 高瀬さんはどう言っていただろうか。それを思い返しながら答える。

「長い空白とラップ音を記録した装置を用意する。それを台本読みの直前に再生してどこかに隠すだけ。二度目のラップ音はタイミングよく練習再開直後に出たけど、少しタイミングがズレたくらいだったらどうとでも解釈できただろう」

 演劇部のラップ音が心霊現象だと確定することができず、同じ現象を現代で公になっている技術の範疇で実現することができるという主張が通りさえすれば八坂さんの負けだ。

 八坂さんは悔しそうに肩を竦めた。

「やっぱり考えが甘かったのかな。手短にし過ぎたかも……」

「それに場所が八坂さんにとって有利だからね」

 演劇部の部室。部員である八坂さんのホームグラウンドだ。まだ一年生だとはいえ、あれくらいのトリックを仕込むのにあまり苦労はしないだろう。さあ、そろそろ詰めだ。

「じゃあ、演劇部でのことはトリックだって認めるんだね?」

「え? 何で?」「は?」

 僕と八坂さんは見つめ合う。この流れで一体どうしてこういう展開になるのだ。ここはもう、僕が八坂さんを、荒波が押し寄せる断崖に追い詰めるシーンではないのか。

「演劇部のあれは真美がわざとやった心霊現象だよ。つっつんがさっきそう言ったじゃん」

 それらしいことは言った。しかしあれは、演劇部のラップ音が八坂さんの意図したものではないということを否定するために言ったのだ。あの件が心霊現象だったと肯定するなんて僕は一言も口にしていない。しかしはっきりと否定していなかったのも事実だ。

「幽霊はどうしたの?」

「霊界からわざわざ来てもらったの。ってこれも似たようなことをつっつんが言ったじゃん」

 八坂さんも心霊科学の知識をある程度持っているのだろうが、予めこう言うつもりだったのだろうか。それとも思いつきだったのだろうか。どちらにしても油断のならない相手だ。

「最初に女の子の霊が見えるって言ったのは嘘だよ。だってそう言う方が伝わりやすいと思ったから」

 確かに心霊科学を知らない人には、その方が有効だろう。物理霊媒の説明をしてもややこしくなるだけだし、まさか八坂さんも霊能者が身近にいるとは思わなかっただろう。

「でもつっつんは心霊現象だって認めてくれないんだね?」

 当然僕は首肯した。

「だったらもう一度チャンスをくれないかな?」

 訊くまでもなくどういうことか分かる。それにしても往生際が悪い。

「もう一回、幽霊を呼んで、音を出してもらうから。それでトリックなんかじゃないって分かったら、真美が霊能者だって認めて」

 確かに、演劇部のラップ音は心霊現象だと断定されるに至らなかった。それどころか、トリックの疑いの方が強いことを僕が明かした。それでは八坂さんは納得しないだろう。

「もう一回あんな騒ぎを起こすってこと?」

「違うよ。もう演劇部のみんなや関係のない人には迷惑をかけないよ。三好先輩をあんなに怖がらせちゃったのは本当に申し訳なかったと思うし……。だから今度は突然あんなことをするんじゃなくて、時間と場所を決めてやるよ」

 高瀬さんに言わせてみれば、正式な交霊会を行うということだろう。

「見てくれる人がつっつんだけじゃ、真美としても心もとないから……そうだ。つっつんが言ってる心霊科学のプロを呼んできてよ。クラスメイトなんだから簡単でしょ」

 それは同時に霊能者としての高瀬さんを紹介しろということだ。

「僕の独断では承諾しかねる。彼女のプライバシーに関わるから。話を通しておいて、もし彼女がいいと言ったら連れてくる。それでいい?」

「それでいいけど……」

 八坂さんの歯切れの悪さを不審に思った瞬間、僕は自分の重大な失敗に気づいた。

「そのプロの人って……女の子なの……」

 僕のクラスメイトで津島さん以外に仲の良い人物は三人しかいない。高瀬さんと長田君と春日さんだ。いや、僕と春日さんの対話する風景から考えるに、彼女とは仲が良いとは言えないだろう。だったら高瀬さんと長田君の二人だ。失敗する前はプロの性別は伏せていたので、この二人から特定されることはないが、今それが女だと言うことを口に出してしまった。該当するのは高瀬さんしかいない。もし八坂さんが僕のクラスに来て、僕がどの女子と仲が良いかを誰かに教えてもらえば特定されてしまう。

 しかし八坂さんの関心は他にあったようだ。

「もしかして、つっつんその子のことも好きだったりする?」

 何でも恋愛に繋げるのはどうかと思うが、正解であることには変わりない。

「そうだよ」僕がそう答えた瞬間、八坂さんはベンチから飛び出た。そして胸を隠すように両腕を交差させ、身は後ろに引いていた。

「うわー信じられなーい。祥ちゃん狙っておきながらなんてことを。きっとその子も美少女なんだわー。つっつんのエッチ、ユージューフダン、ケダモノー」

「うるさいな。今それは関係ないでしょ。話続けるよ」

 八坂さんがベンチに戻ると、僕が質問をした。質問というよりは確認だ。

「それで、その子がいいって言ったらいいけど、むしろ八坂さんはそれでいいの? 相手は心霊科学のプロで、しかも幽霊が視えるんだよ。八坂さんにとって分が悪い。それとも彼女の話を全然信じてないの?」

「信じてるよ。だからだよ。心霊科学のプロに心霊現象だって信じてもらえれば信憑性がすごく高まるでしょ。祥ちゃんだってその人のことを認めてるらしいし、だったらこれ以上の適任はいないよ」

 確かに理屈は合った目論見だ。その勇敢さには敬意を表したい。ただ、高瀬さんが八坂さんの挑戦に受けて立つとなると、高瀬さんは全力で八坂さんを叩き潰しにかかるだろう。相手が素人でも決して手を抜かない。高瀬さんはきっとそういう人間だ。そう考えると八坂さんが段々哀れに思えてきた。それはそうとまた一つ不可解なことが出てきた。

「ねぇ津島さんは呼ばなくていいの?」

「うん。むしろ祥ちゃんは呼ばないで」

 まったくもって意味が分からない。八坂さんの目的は、自分が霊能者であることを津島さんに信じてもらうことであるはずだ。最初の計画では津島さんがいない演劇部を選んだのは分かる。津島さんを誘っても拒否される公算が高いからだ。四月の津島さんの経験を知らない八坂さんにとっては、津島さんはまだ幽霊の話に強い抵抗を抱いていただろう。だったら津島さんの知り合いである僕を利用した方がことを運びやすい。

 しかし現在は状況が違う。津島さんは心霊科学に理解があるのだ。まだ信じてはいないだろうが、少なくともそれに対する抵抗はかなり弱まったと思う。遠回しだが、八坂さんにそれは伝えた。だったら誰も介さずに津島さんを指名すればいい。八坂さんにとってその方が楽なはずだ。津島さんが応じてくれる保証はないが、試す価値はある。にもかかわらず、心霊科学のプロを招き入れるという多大なリスクを負ってまで、津島さんを拒む必要がどこにあるというのか。とはいえ、僕が八坂さんの要求を拒む理由もない。

「了解した。事が終わるまで津島さんには黙っておく」

「ありがとう。話が早くて助かるよ」

「時間と場所はこちらが指定させてもらう。その方がお互いにとっていいでしょ」

「さすがつっつん。分かってるね」

 心霊現象であることを証明するためには細工ができない環境を準備する必要がある。一番手っ取り早いのは、八坂さんが自由に出入りすることができない場所を選ぶことだ。そして八坂さんはその条件をあっさり呑んだ。あのラップ音は機器によるものではないと言うのか。

「じゃあそれは伝える。けど……」

 そろそろ話が終わりそうだし、ここで言おう。もしかしたら今ここでした話が全部無駄になるかもしれない。しかしこの言葉はこのタイミングで放つのが効果的だろう。

「今更言うのは悪いけど、こんなことしても意味がないよ」

 当然八坂さんは不快感を露わにした。

「どうしてそんなこと言うの。真美のやることは絶対にいたずらだって言いたいの?」

「違う。そうじゃない」

 むしろその反対に近い。

「三月の中島さん宅での件、あれは心霊現象によるものだったと僕とプロの子は考えている。特に彼女は、その可能性が高いと考えて、中島さん宅を訪問するつもりでいる。もし幽霊が確認されれば、八坂さんは本当に霊能者だったっていうことになるだろう。そうなったら津島さんもきっと認めてくれる。それなのに、わざわざ改めて霊能者だと証明する必要はなく……」

「それじゃ意味がないんだよっ!」

 まさか怒声が返ってくるとは思わなかった。そこまで意地になることなのだろうか。僕はそれなりに良い提案をしたはずだ。それとも、まだ僕も理解していない事情があるのだろうか。

「それじゃ……意味が……ないもん……」

 ささやかな呟きだが、八坂さんの意思は変わっていない。こうなったらどう説得しても無駄だろう。とことん付き合ってあげないと八坂さんは満足しなさそうだ。

「分かったから怒らない。泣かない。ちゃんと明日手配する。結果はどうあれ、明日の部活の時にでも報告するから」

 それだけ告げると、僕は立ち上がり、そのまま校門へ向かった。

「ありがとう。つっつん」

 その言葉に対して片手を上げることで応じて、僕はその場を後にした。

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