第二章
第二章(1)
翌日木曜日の昼休み、高瀬さん達と昼食を取った後のことだ。机を元に戻している最中に、クラスメイトが声を掛けてきた。
「おい堤。お前に来客だぞ」
出入り口の前には一人の少女がいる。綺麗な顔立ちをしているが地味な感じがする、胸の大きい女の子だ。知らない顔だったが、誰なのかは見当がついた。「どうも」とクラスメイトに礼を言ってからその女の子の元に向かう。
「ちょっとあなた!」
そうしようとした矢先に、後ろからの怒声に面を食らってしまった。声の正体は津島さんだ。来客の少女は怯えた様子で、少し後退りしていた。
「よくも私に顔を見せられたものね。さっさと帰りなさい」
教室の雰囲気が一瞬にして険悪なものに変わった。来客はうろたえているものの、その場に留まっている。それを見かねたのか、津島さんが彼女へ歩み寄る。
「だから帰れって言っているの。聞こえないの」
「待って」僕の横に着いたあたりで、僕は津島さんを制止した。
「彼女は僕の客だ。邪魔しないで」
「駄目よ堤君。あの女に耳を貸しちゃ……」
「津島さん!」
僕もつい怒鳴ってしまった。津島さんは少し怯んだが、すぐに踵を返して去っていく。
「勝手に……しなさいよ……」
そう言い残した彼女の眼には涙が溜まっていた。好きな人を泣かせてしまうなんて最低な行為をしてしまったが、それでも僕にはなすべきことがある。目の前の少女見て直感した。あの子と話すことが、津島さんのためになることだ。
「おまたせ。とりあえず移動しよう」
周りに人間がいては困るような話をするのだろう。教室に津島さんがいるなら尚更だ。少女が頷くのを確認すると、僕は歩きだした。屋上にでも行こうと思ったが、体育館の裏を選んだ。あそこの方が、人気がないだろう。移動の間は会話がなかった。僕も他人のことをとやかく言えるような性格はしていないが、彼女は結構口下手のように見える。普段から元気にしているような印象は受けない。そう考えている内に目的地に到着した。
「ここでいいでしょ。それで、堤一思っていうのは僕のことだけど、ご用件は?」
少女は俯きながら話し始めた。
「あの……私は中島奈津子と言います……」
かつて津島さんと仲良くしていた人だ。現在は、さっき見た通り、友好関係を築いているとは到底見えない。中島さんにはいずれ会いに行こうと思っていたが、まさか向こうから僕に会いに来るとは予想していなかった。
「よろしく。君の話は少しだけ聞いている」
三月に津島さんが遭遇した幽霊に関する事件の当事者だ。また、津島さんは友達であった彼女を嫌っていることから、その事件で津島さんを傷つけるような何かをしたのだろう。だからといって中島さんに対して憎しみは湧いてこない。中島さんが津島さんに何をしたのかをまだ知らないからだ。三月の事件のことは、幽霊が関係していることと、八坂さんが嘘をついたことしか僕は教えられていない。
「中学時代、津島さんと八坂さんと友達だったそうだけど、結構仲が良かったの?」
「ええ……真美ちゃんとは中学は違いましたけど塾が一緒で、彼女と祥ちゃ……津島さんと一緒によく遊んでいました」
どうやら同学年の相手にも敬語を使う人のようだ。それにしても、津島さんと訂正する前に祥ちゃんと言いかけたということは、以前はかなり仲が良かったのだろう。
「津島さんとは中学が一緒らしいけど、小学校からもそうなの?」
「はい……。と言っても小学五年生の時に今の家に引っ越したばかりなのでそれ程ではありませんでした。仲良くなったのも中学に入ってからです」
このあたりを深く掘り下げても意味はなさそうだ。本題に入ることを促そうと思っていたら、中島さんが先に質問してきた。
「あの……真美ちゃんとは演劇部が一緒とは聞いています。それと、真美ちゃんがこうも言っていたんですけど、堤さんは津島さんのことが……す……す……」
どうして本人ではない者が恥ずかしがっているのだろうか。
「好きだけど。あの馬鹿、そんなことまで言っていたの?」
「は……はい……」
単に面白そうだから伝えたのだろうか。それとも、津島さんのことが好きだという人物を紹介することに意味があったのだろうか。例えば、津島さんと仲直りするために僕を利用するなんてことも考えられる。
「そういえば、中島さんは八坂さんとは今でも仲が良いの?」
「そうですね。真美ちゃんとはよくお話をします」
八坂さんと中島さんの仲については触れられていなかったので一応確認しておいた。過去と現在の友人関係についてこれ以上追及しても無駄だろう。中島さんとしても、他に話したいことが山ほどあるはずだ。
「そう……。時間が少ないし、そろそろ本題に入って」
今は昼休みだ。あと十五分くらいしか残っていないだろう。
「はい……。分かりました。早速ですが、昨日のこと、演劇部の部室で謎の音が聞こえたということを真美ちゃんから聞きました」
そうでないと、わざわざ津島さんと遭遇するという危険を冒してまで、一言も交わしたことのない僕を呼び出したりはしないだろう。最初からその話になることは分かっていた。それにしても、昨日の今日だ。何か焦っているのだろうか。それとも約束を果たしているかどうかを確認するための八坂さんの差し金だろうか。いや、あの約束の期限は明日の部活動開始までだ。とりあえず、これだけははっきりさせておこう。
「それで、中島さんは自分の意思で僕と話そうと思ったの?」
「自分の意思で……?」
「八坂さんに言われて来た、とかそういうのじゃないってこと」
そこまで言うと、中島さんは小さく頷いた。
「はい。そうです。真美ちゃんにはこのことは言っていません」
八坂さんは関係ないのか――。それにしては行動が早い。今朝に昨日の話を聞いたとしても、その日の昼休みに来たのだ。それ程重要な話をするのだろうか。
「話の腰を折ってごめん。続けて」
「はい。謎の音のことなんですけど、私もそういう体験をしたことがあります」
中島さんは一旦呼吸を整えてから続けた。
「それも私だけではありません。真美ちゃんと津島さんも一緒にいた時です」
それを聞いただけで、その事件がいつ起こったのかは分かった。
「それは今年の三月のことでしょ?」
津島さんが言っていた事件のことだ。三人が関係しているとは思っていたが、まさか三人同時に現場に居合わせていたとは考えていなかった。
「はい。そのことを真美ちゃんか津島さんに聞きましたか?」
「いいや。三月に幽霊絡みの事件があったと津島さんから聞いたけど、詳しいことは何も教えてもらってないよ。謎の音のことも初耳だ」
だから今の状況はありがたい。三月のことを詳しく知りたかったところだ。まさかここまでお膳立てしておいて、何も語らないことはあるまい。
「そうですか。なら、私からお話しします」
今度話すという津島さんを信じていないわけではないが、彼女が話すよりも早くに三月の出来事について知ることができるならそれに越したことはない。
「うん。お願い」
中島さんが首肯してから始める。
「先程言った通り、あの事件の前までは、私と真美ちゃんと津島さんはよく遊ぶような仲でありました。それで三月の中頃に私の家でお泊り会をしたんです。その夜中のことでした。確か三時頃です。真美ちゃんに起こされて、その時既に津島さんも起きていました。何事かと思っていたら、ノックのような音が聞こえてきたんです」
ここまでは演劇部で起こったこととほぼ同じだ。
「私が起きてから、音は何回も鳴りました。あまり大きくなかったのですが、何回か連続で鳴ったり、何十秒間も何もないと思ったらまた鳴り始めました。それで怖くて、三人で身を寄せていたんですが、十分くらいしたら止みました。真美ちゃんと津島さんは私が起きる五分前から聞いていたようです」
合計すると十五分だ。とても長い。僕らが聞いた謎の音は少なかった。正確に数えてはいなかったが、十回に満たなかっただろう。
「音が止んだ後、すぐにお父さんとお母さんを起こしました。つまり、あれだけ鳴ったのに、二人は音に気づいていなかったようです」
「音は部屋の外から聞こえたの? それとも中から?」
気になったので、つい中島さんの話を遮ってまで訊いた。対する中島さんは即答する。
「中からです。私にはそう聞こえましたし、真美ちゃんも津島さんもそう言っていました」
そこは昨日の事件と同じだったようだ。
「それで、その時は家鳴りだったんじゃないかって話になりました。一旦は、私達もそれで納得して、それからは一切あの謎の音は鳴っていません。そもそも長年住んだ家ですが、あの音を聞いたのはあれで初めてです」
謎の音が発生したのはその時だけというのも共通しているようだ。さて、導入部はこんなものだろう。本題はこれからのはずだ。
「そして、その後のことですが……」
この事件の最大の問題は、謎の音が鳴ったこと自体ではない。謎の音と幽霊が関連付けられてしまったことだ。僕が訊くまでもなく中島さんはその説明をしてくれそうだ。
「ちょっと待って」
だからこそ僕は中島さんを止めた。ただ流されるだけでは駄目だ。本題に入る前に、一つ確認しておいた方がいいだろう。
「中島さんは、僕に何をさせたいの?」
まさか話しておきたいだけではないだろう。三月のことを僕に伝えるということは、何か目的があるはずだ。先にその目的を聞いておきたい。
「はい。謎の音の正体を突き止めてほしいんです」
僕は津島さんの友達であり、八坂さんの部活の同僚だ。そして昨日の謎の音を聞いている。確かに、真相を調べるには適任だろう。実際はもっと適している人はいるのだが、中島さんは彼女を知らないはずだ。
さて、引き受けようか。引き受けなくても、中島さんはさっきの続きを話してくれそうだが、それでは筋が通らない。たとえ相手が許容しても不公平は嫌いだ。それに、謎の音の事件を解決することが、何か津島さんのためになるかもしれない。
「いいよ。力になれるかどうかは分からないけど」
僕がそう言うと、中島さんは大きくお辞儀をした。
「ありがとうございます。それでさっきの続きなんですけど……」
閑話休題、これからが本番だ。
「事件の後、私思ったんです。あれは幽霊の仕業ではないかと……」
薄々予感していたが、やはり津島さんが幽霊のことを嫌うようになったのは、中島さんが原因だったのか。それならあの態度の悪さも納得できる。
いや待て。単に幽霊の仕業だと言うだけなら中島さんのことを責める必要はないのではないか。この時点での認識は、ただ幽霊がいた、というだけのはずだ。自分の家に幽霊がいると自分で言っただけだ。中島さんは誰も傷つけていない。しかしそんなことで津島さんが彼女に憤りを感じるのだろうか。
それに、八坂さんがついた嘘についてまだ語られていない。
「私達の家族は五年前からあの家に住んでいるのですが、それより以前はアパートが建っていて、そこで小学生が親に虐待されて亡くなったという事件があったそうなのです。もしかしたらその子の幽霊があの家に残っているのだと思って……」
一応、幽霊の仕業と考えるための下地はあったようだ。
「そのことを真美ちゃんと津島さんに相談したんです。すると真美ちゃんが、実は自分が幽霊を呼んだと言いだしたんです」
そう――三人には、生きている人間の誰かが霊媒として幽霊を呼び込んだという認識があったのだ。これで八坂さんが傷ついた。津島さんはそう思ったのだろう。
「どうしてそんなこと? まさか自分は霊媒だって言いだしたんじゃ……?」
そこで中島さんの眼の色が変わった。物怖じしていそうな態度はそのままだが、僕の顔をしっかりと見るようになり、瞳に好奇心が宿っているようだ。
「そうですが、堤さんも……心霊現象には詳しいんですか?」
霊媒ですか、と訊かれなかったのは幸いだ。面倒な話をしなくて済む。
「まあ、何も知らない人よりは。四月にややこしいことが起きて、それがきっかけで教え込まれた。まあ、心霊現象は生きた人間が引き金になっていることなら知っている」
言葉通り、身を以て体験したのだ。一応確認しておいた方がいいだろうか。
「まさか、君自身も霊能者だとは言わないよね?」
中島さんはしばらく質問の内容を呑み込めなかったらしく、僕を凝視したまま瞬きを数回した。それから慌てた様子で答える。
「いいえ。そんなことはありません」
はっきりと否定された。馬鹿だと思われたかもしれない。そもそも霊能力者の知り合いが身近にいることがおかしいのだ。それを当然だと認識してはいけない。
「でも私、そういう超常現象関係のことを調べるのを趣味にしていて、それで二人に教えたりしたんです。津島さんはあまり興味なさそうでしたが、気晴らしにと一応聞いてくれていましたし、真美ちゃんはすごい興味を持っていました。それで心霊関係のことは二人に話してありました」
その知識があるならば疑わざるを得ない。あのお泊り会の時、霊能力を持った誰かがいた。だから謎の音が発生した。
「さっきも言いましたが、あの家には五年前から住んでいます。しかし、あんな音はあの時以外に聞いたことがありません。だから私と両親は違います」
中島家の人間が霊媒であったのならば、毎晩謎の音に悩まされる破目になるだろう。
「それで相談した時のことです。津島さんは、アパートであった時のあそこに泊まったことがあるけど、そんな音は聞いたことがなかったと言いました。だから、初めてあの家に来た真美ちゃんが、自分が幽霊を呼んだと言ったんです」
心霊現象のことをよく知る者にとっては、容疑者は一人しかいない。八坂さんだ。彼女が今まで中島さんの家に来なかったから謎の音が発生せず、また彼女が中島さんの家に来たから謎の音が発生したと考えられるだろう。津島さんはともかく中島さんには見破られることだ。八坂さんはそれを察したのだろう。
「嘘をついても仕方がないってことか。でも……」
「ええ、津島さんはそれこそが嘘だって言っていました」
それはそうだ。中島さんだって心霊現象に詳しいだけのただの素人だ。津島さんは信じてはいない。だからこの時点では、そもそも心霊現象の所為にすること自体が間違いだ。他の方面から事件を解決することに努めるべきだ。
「でも、中島さんはただの家鳴りだと納得はしていないんだよね?」
「はい。あれは家鳴りなんかじゃありません。そうだとしたら、あの日から何も起こらないのはおかしいです」
それは同感だ。というより昨日の僕と同じだ。あのタイミングにだけ謎の音が鳴ったことを、ただの偶然で済ませたくはない。
「ねぇ、何かトリックはあるか考えてみたの?」
心霊現象でなく、何かの仕掛けを用いて謎の音を出していた。家鳴りのような自然現象の他に考えられるとしたら、故意のいたずらだ。
「はい。何かの機器を再生したと考えました。けど、真美ちゃんも津島さんもリモコンを操作するような素振りは見せませんでした。勿論私が見ていない隙にリモコンを使ったというのを否定する自信はありません。ただ、音の発生源は複数あったように感じましたが、あとで部屋を探してもそれらしい物は見当たらなかったです」
まだ昨日の事件は、中島さんの言ったような小細工で説明できたかもしれないが、三月の事件のようにそれを十五分間ばれずに続けるのは無理があるだろう。他に何か方法があるだろうか。いや、簡単に思いつかないから心霊現象ではないかと悩んでいるのだ。
「堤さん……やっぱり、私思うんです」
中島さんは伏し目がちに話す。
「やっぱりあれは何かの仕掛けがあったんじゃないかって。私も津島さんも気づかなかったけど、真美ちゃんは幽霊を呼んだとかそういうのじゃなくて、何か巧妙なトリックであの音を出したんだって。私、そう思いたいんです」
それが真っ当な考えだ。そのトリックを暴くために僕に協力を求めたのだろう。三月の事件について詳しく教えてくれたお礼というのもあるが、自分も無関係ではなくなったのだ、中島さんのために一肌脱ごう。
「分かった……」次に同じようなことが起きれば連絡する。そう言おうとしたができなかった。中島さんの背後から津島さんが歩み寄るのが見えたからだ。いつから盗み聞きしていたのだろうか。それより津島さんの機嫌が問題だ。明らかに怒っている。目尻を絞って中島さんを睨みつけている。春日さんを泣かせてしまった時の高瀬さんを相手にしているかのようだ。
とりあえず中島さんの盾になって、津島さんを宥めようとする。
「津島さん。落ち着いて」
「どいて堤君。その女の味方をするつもりなの?」
「そういう問題じゃない。ただ、それだけ怒っていたら止めようとするでしょ」
どうすればいいだろう。人を怒らせることはたくさんしてきたが、人を落ち着かせることはしたことがほとんどない。以前津島さんと高瀬さんが喧嘩をした時だって、高瀬さんが津島さんを殴ろうとしていたのはさすがに止めたが、結局は二人の熱が冷めたのを見守っていただけで、僕は仲裁らしいことができなかった。
「いつから聞いていたの?」
それを元に津島さんを落ち着かせる方法を探ろう。
「さっき来たばかりよ。仕掛けがあったかどうか言ったあたりね」
そこから突破口が開けないかと思った矢先、中島さんが叫んだ。
「ごめんなさい。私が間違っていました。幽霊なんかじゃなくて……」
中島さんの方に振り向いてしまったことが失敗だった。いつの間にか僕は突き飛ばされていた。何とか転ばずに踏み止まる。それと同時に壁に何かが強く叩きつけられるような音が聞こえた。実際そうだった。津島さんが中島さんの胸倉を掴みつつ、彼女を壁に押し付けていた。
「あなたねぇ……今更そんなことがよく言えたものねっ!」
これはまずい。あれは絶対に顔面を拳で殴るつもりだ。僕はすぐに二人の元へ駆けた。そして津島さんを羽交い締めにして、彼女を中島さんから引き離す。
「放して。放してよ!」
「こんなことになって、放せるわけない」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
中島さんが嗚咽を上げ始めると、津島さんはさらに激昂した。
「ふざけないで。今謝るくらいだったら最初からあの子のいたずらで済ませればよかったじゃない。それが何よ。幽霊の所為だってことになって。心霊現象がどうとか吹き込んだのはあなただし、真美ちゃんが自分しか疑えなくなったのもあなたの責任よ」
「ごめんなさい……。ごめん……なさい……」
「謝るなら私にではなくて、真美ちゃんに謝りなさいっ!」
このままでは収拾がつかない。困り果てていたところに助け舟が来た。どういうわけか、高瀬さんがこの場にやって来た。
「一体どうしたの?」
「説明は後。その子一年二組だから、そこへ帰してあげて」
高瀬さんは慌てていたものの、「分かったよ」と言って、すぐに中島さんをこの場から連れ出していった。それを確認すると、僕は津島さんを解放した。すぐに津島さんは僕の方へ振り向く。ビンタの一発でもお見舞いされることは覚悟していたが、彼女は僕から目を逸らした。
「これで満足かしら?」
「何が満足なのか意味が分からない。僕はただ津島さんの暴走を止めただけ」
「そう……」津島さんは壁に凭れかかる。
「軽蔑したかしら?」
駄目だ。完全に不貞腐れている。とりあえず落ち着いてくれただけでもよしとしよう。
「事情を知っているのに軽蔑も何もないでしょ。それとも軽蔑してほしいの?」
僕がそう言うと、津島さんは深く溜息をついた。
「ごめん……。自暴自棄になっていたわ」
そして津島さんは壁から身を離して、歩き出した。僕はその後ろへついて行く。
「でも、まだ中島さんを許す気にはなれないから……」
相変わらず頑固な人だ。これではしばらく、昨日の出来事を津島さんに話すことはできないだろう。明日になれば少しは機嫌を直してくれるだろうか。それから僕達は一言も交わさずに教室へと戻った。
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