エピローグ

 エピローグ


 ブラックボックスが消えてから十ヶ月近くがたった。

 終わらない物語は、しっかりとした終わりを告げて、新しく時間は動きだした。

 全てが元通りなわけではないが、事件に巻き込まれた人間は前へ進みだして、どれが正しい道なのか悩みながらも、それぞれの人生を歩みだす。

 世界はちゃんとした時間を進み、きっちりと春を迎えた三月頃。

 学校自体も直に春休みに突入するために、なんとなく力の抜けたムードが学校全体を漂う中、俺たちはいつものように、男子寮の一室へ集合し、くっちゃべっていた。


「で、明日の卒業式、私が少し盛り上げようと思ってるわけなのよ、聞いてる? 核くん」


 美女という言葉を体言したような女性――古風 愛瑠さんが、長い髪を弄りながら、お客さん用のせんべいを時先輩に食べさせてもらいながら言ってきた。

 愛瑠さんがせんべいを食べたことに満足したように頷き、時先輩はさらなるせんべいを差し出す。

 せんべいばっかりあげてたら口の中ぱっさぱさになるんじゃなかろうか。


「それは何べんも聞きましたから……! ちゃんと答え教えたじゃないですか!」

「えー」

「えー、ってそんな甘えたように言ってもこれ以上案はでませんよ。ちゃんと教えた中で考えてくださいよ」

「だってどの案もつまらないんだもの。もっとなんていうの? 私たちは卒業するぞー! っていうのが欲しいのよ」


 愛瑠さんは少しばかりごたごたがあったものの、それを苦にもせず、受験戦争を勝ち抜き、既に安定の身。故に、完全にぐーたらしていた。これだけ見たら先ほど比喩した美女の言葉を体言した、なんて口が裂けても言えないし、程遠いよな……。

 しかし、このぐーたらも少しは仕方ないかな、とも思える。実際、愛瑠さんは危ないところだったのだ。それを言い出したら優衣もなのだが。

 俺たちの事件が終わって、学校にこれまで通り行こうとしたら、愛瑠さんや優衣の記憶は俺たち以外から削ぎ落とされていたし、実際に幻無高校に居たという実績もなかった。

 そう、誰一人、彼女たちのことを覚えている人がいなかったのだ。当然だ。凛が改変し、愛瑠さんや優衣たちをみんなの記憶から消してしまっていたのだから。

 だから兎風 彗や先生が色々工面してなんとか、再び幻無高校に通えることになったのもただの一息。

 すぐに受験シーズンに突入し、やっとの思いでそれを乗り越えた愛瑠さんは非常にぐーたらしている。

 ちなみに愛瑠さんは、記憶を失った友人とまた仲良くなったらしく、受験戦争中にも関わらず、つまはじきにもされることなく、学校生活を謳歌していたことも追加しておく。

 人と人の繋がりは記憶を失った程度ではなくなるものではないらしい。

 しかしこのぐーたらは異常すぎるだろう。三年の間では絶世の美女光臨と転校してきた当初の校内新聞に書かれていたが、こんなものを見たら何割が失望するのだろうか。

 それに――


「ちょっと神風くん、お姉ちゃんの話はちゃんと聞いて」


 隣に居る愛瑠さんの同学年の妹、未風 時先輩も愛瑠さんのぐーたらに一役買っていた。

 愛瑠さんと瓜二つの外見だが、時先輩は気が強く、それを象徴するように目がツリあがっている。

 時先輩に関しては、この頃判明したことなのだが、途轍もないお姉ちゃんっ子だったらしく、愛瑠さんは時先輩に凄く甘やかされている。愛瑠さん自身もそれを快く受け入れている辺りタチが悪い。

 四六時中一緒の仲むつまじい姉妹として校内新聞に載ったこともあったっけ……。恐ろしい姉妹だ。


「いやそれおかしいでしょう! 俺ちゃんと相談にのってますよ!? 回答もしましたよ!」

「「えー」」


 二人して異口同音に発せられる。なんだこの理不尽を形にしたような姉妹。

 俺はテーブルを挟んで、愛瑠さんと時先輩を相手に相談を受けているのだがどうにも進まない。というより愛瑠さんは確実に俺を弄んでいる。


「核くんの案はほら、堅実すぎるのよ。歌を歌うとか私たちは小学生じゃないのよ。もっと大々的なことをしようとしているの」

「ああ、そうですか。もう俺にはどうにもできないんで、谷風、パス」


 テレビで、優衣と格闘ゲームをして遊んでいた谷風に相談を振る。俺にはもう限界、キャパシティオーバーだ。


「あ……? あああぁぁぁ!?」


 谷風はどうやら熱中していたらしく、俺の言葉に反応して手を止めたところを狙われ轟沈して世界の終わりを見たような叫び声をあげる。

 谷風はいつもと変わらず、平常運転だ。そんな発狂染みたオーバーリアクションさえなくなればモテそうなのになぁ……。


「谷風、うるせーぞ……」

「お前が話しかけてくるからだからな!? あと少しで勝てそうだったのによー!」

「なーに言ってんだ。あたしの体力まだ満タンだったろ。これであたしは五十戦五十勝な」


 そこまで戦績が離れていたら勝てる勝てないではなく、腕の差は自体で既に勝負は明白ではないだろうか。


「お前……」

「なんだよ、哀れむような目で俺を見るなぁ! そうだよ、俺は下手だよ!」

「谷風はよくやったよ、な。だから愛瑠さんが呼んでたから行ってこい。お前の仇はとるからよ……」


 谷風は感動したように目を潤ませ、おうっと笑顔で愛瑠さんの元に掛けていった。

 その背中に、思いをぶつける。

 俺は頑張ったからお前も頑張ってくれ……。


「核、核、はやくゲームやろうぜ」

「はいはい」


 躍動的にショートカットを揺らして、親友、美風 優衣は手招きする。

 彼女も学校中の人の記憶から消えていたため、転校という形で再び二年に在籍しているのだが、その勝気な性格は十分に人を惹きつけるもので、様々な友達に囲まれて楽しそうに学園生活を歩んでいる。

 最近では部活動も始めようと思っているらしく、どの部活動からも勧誘が絶えることはない。


「ほれ、お前のキャラ選んでおいてやったぞ」


 テレビ画面には、力士のように力強いキャラが軽々しく空中を飛んでいた。優衣が選択したキャラクターも力士らしく頑丈で強靭な体をして、今まさに空中大決戦が始まろうとしていた。

 ふとカセットを見る。

 "力士vs力士~世界最後の空中大決戦~"なるゲームらしい。世界の最後は力士に託されてしまったのだろうか。


「いや、俺、格ゲーできないし……」

「あたしもできないからさ。ほらーはーやーくーやーろーうーぜー」


 そう言って顔を近づけてくる。勝気な性格に反して、まぶたはしっかりと長く、目もくりくりとして可愛らしいと思う。

 その、なんだ。こういうことしてると親友同士とはいえ、少しばかり変な気分になる。こっちは華の高校生なんだから仕方ないと思う。


「ちけーから!」

「ん? あたしとお前の仲じゃねーか。気にする必要ないっての。ほら、やるぞやるぞー」


 何事もなかったように優衣はテレビに向き直る。

 すっかりやる気らしい。しょうがないな……。


「わかったよ。一戦だけな」

「核が勝つまでの一戦までな」

「それ俺が負け続けたらやめられないってことだよなぁ!?」


 どいつもこいつも俺の幼馴染――親友共は観測者の任を解かれてから日に日に暴君の言葉を体現してきている気がする。


「勝てばいいんだよ、勝てば」

「やるけどさ……ってなんだよその吸い込み! おかしいだろ!? キャラ三つ分くらい距離開いてんのに吸い込まれたぞ!? 掃除機かよ!」

「ふっ、あたしのキャラはこのゲームでは最強なのさ」

「なに当然だろ? みたいに言ってんだよ! で、俺のキャラは?」

「弱い、最弱、底辺、終わってる、使ってるほうが舐めプレイ……そんな称号を持つ最強キャラクターさ」

「ある意味最強だなぁ!」


 まったく、どんなキャラでプレイさせようとしてるんだか……それからしばらく対戦は続く。

 今度は両方同じパワーバランスのキャラクターを使い、勝負に興じる。

 どちらも一歩も引かない名勝負のような攻防が繰り広げられるなか、ふと、楽しそうに勝負していたはずの優衣が表情を曇らせた。


「核はさ……これでよかったと思ってるか?」


 真剣な面持ちの声に、画面を見ながらも答える。


「何が、よかった、なんだ? 色々あったからな……」

「百合風さんと夜風さんのことだよ。あの二人も助かる方法があったんじゃないかって、あたしはふと思うんだ……。そうすれば先生も、凛の親父も、もっと幸福だったんじゃないかって」


 勝気な性格で誤解されがちな優衣だが、根はとても優しい女の子だった。そこがいいところなんだけどな。


「あれしかない……そんな風に言いたくないけど、あれが最善だった。俺はそう思ってる。百合風さんたちも元からこの世界に留まる気はなかったみたいだからな……きっと止めたって無駄さ」

「……そんなもんかな」

「そんなもんさ。人が決めたことに俺たちがとやかく言ったって仕方のないことだ。俺たちは俺たちらしく、今を生きていこうぜ。っと、ほらよ俺の勝ちだ」


 勝利画面には俺のキャラクターがガッツポーズを決めて、でかでかとしたYOU WINの文字が煌いていた。


「あっきったねー。あたしは真面目な話してたってのに」

「俺もかなり真面目に話してたんだがな……ま、勝負は勝負だ」

「しゃーねーなー。谷風相手しとくか」

「弄るのもほどほどにな。家出していきかねないぞ」

「わかってるわかってる。慣れたもんさ」

「それは慣れちゃいけない類もんだろうに」

「慣れちまったもんはしょうがねぇ……ほら、谷風、相手しろ」

「こっちで愛瑠姉さんの相手もしてんのに!?」

「あら、谷風くんならどっちの相手もできるでしょう?」

「当たり前ですよ!」


 愛瑠さんの無茶振りに対して即答する辺り飼いならしが進行している。

 もう戻ってこれない次元まで行っていそうだ。

 俺はそんな彼女たちを置いて、一人だけ部屋の中にいない凛の元に向かった。

 

 ……


 寮室のスライド式ガラス戸を開けて、庭にでる。

 外は、バランスよく雲が配置されている健康的な青空。それに、満開の桜が春を祝福するように、暖かな春風を受けて舞っていた。その幻想的な光景に目を奪われかけつつも、視線を横に向ける。

 この寮室はガラス戸の先に縦に人一人が座れる程度の長さの足場が設けられており、凛はそこで足を手で抱えて体育座りをしていた。

 風に安らいでいるようで、凛は目を閉じ、きめ細かな馬の尻尾のように束ねられた髪をリズム良く動かしている。

 驚かさないように、できるだけ控えめに声をかける。


「なにやってるんだ?」


 一年前と同じく、幼さの残った顔が俺をゆったりと見上げる。

 人形のように白く、端整な顔つきが桜の花びらとマッチしていて思わず、ここは現実ではなく夢なんじゃないか、そんな風に錯覚して見とれる。


「風を、感じてたの。この中に百合風さんも夜風さんもいるんだろうなぁ、って」


 はきはきとしながらも、柔らかさを感じる声はまさに凛のものだ。

 横に座るぞ、と断りを入れてから凛の隣にあぐらを書いて座る。


「きっと、探さなくとも、百合風さんも夜風さんも俺たちを見守ってくれてるだろうな」


 昔に死んでいるから元気というのもおかしいのかもしれないが、二人とも元気だろうか。また会えるものなら会ってみたいが、二人はもう誰とも会わないことを選択した。

 いや、誰とでもすぐに会える方法を受け入れた、と言ってもいいのかもしれない。

 この世との別離を受け入れて、ブラックボックスと一緒に地球の大気に溶け込み、風のようにこの空を二人仲良く駆け抜けていることだろう。


「見守ってくれてる、か……そうだったらすごっく嬉しいな。私たちも元気にやってますよーって報告できたらよかったのにね」

「そうだな……凛のお父さんとか先生のことも直に報告とかできたらそれが一番なんだけどな」


  兎風 彗は、反王政側の作戦終了後、反王政側の言い分を受け入れる、と発表した。王政側からすれば、テロ組織側である反王政側はそれを気に反政府戦力ではなくなった。しかし、それだけで反王政側も、王政側も落ち着くかというと、もちろんそうではない。

 今までいがみ合っていたわだかまりもあったのだが、反王政側も、王政側も全てが一致団結して取り組まねばならない問題がすぐに浮上してしまったのだ。

 ブラックボックスの消滅による地下帝国の今後だ。ブラックボックスは彼らにとって生活の要になっていた存在であり、それが消えたとなれば地下帝国は混乱を極めることとなる。

 地下帝国は完全に浮き足立っていたが、兎風 彗は王として再び地下帝国をまとめあげて、本格的な政策を打ち出し始める。日本政府に対して、俺たちは地下帝国の政策に被さる形で地上に滞在できる許可だとかが先行して協議されて今に至る。

 先生はというと、日本政府と地下帝国との協議にあたって昔、世話をした人間に政界の人間が多数居たりしたらしく、地下帝国の良さを伝える仕事を日々忙しそうにこなしている。学校の先生はやめたわけではなく、非常勤務職員として幻無高校にいつの間にかふらっと姿を現しては生徒の悩みを解決し、また知らぬ間に消えてしまう、所謂、時の人のようになってしまっている。


「ふふっそうだね――んっ」


 突然の突風に、凛は右手で凪ぐ髪を押さえて目を細める。

 ふんわりとした春特有の清々しい熱気の篭った風が体を通りぬける。その瞬間、心に響く何か。

"みんな頑張ってねー"

"……私たちはいつでも見てる"

 頭の中に、直接流れ込んできたように感じるそれは、確かに百合風さんと夜風さんの声そのものだった。


「核くん、今の聞こえた!?」


 凛は驚きつつも、嬉しいという気持ちを全面に押しだした笑顔で振り向いた。


「ああ、ちゃんと聞こえた。元気そうだったな」

「うん。よかった……ちゃんと風になって私たちを見守ってくれてたんだね」


 俺たちが感慨深く、脳に残る言葉に感激していると、背にしたガラス戸が開いて愛瑠さん、優衣、谷風、時先輩が顔をだした。


「こんなところ何隠居したみたいにしてんだよ……。核、こっち手伝え、愛瑠姉さんと優衣と未風先輩は俺の手に負えるもんじゃねぇ!」

「あら、さっきは相手できるって言ったのに、へたれねぇ……」

「まったくだわ」

「その通りだな、男ならしっかりとしろよ」

「なんで俺ばっか集中砲火浴びるの!? 少しは労わりの心とかないの!?」

「「「ない」」」」

「うわー、ひでー! ってことで早く戻ってきてくれよ、核!」

「トリちゃんもそんなところに居ないでこっちいらっしゃい。遊びましょ」

「核はこっちきてあたしと格ゲーして遊ぼうぜ。ほら、今度は真剣勝負だからな!」

「ははっ、わかったよ」


 あぐらから、立ち上がり、凛に手を差し伸べる。


「ほら、いこうぜ。みんな待ってる」


 凛はぽかーんと俺、優衣、愛瑠さん、谷風、時先輩を眺めたあと、華のような笑みを浮かべて、頷いた。


「うん!」


 俺の手をとり、凛は腰をあげる。

 麗らかな風が駆け抜けて、桜が一層、祝福するように舞い散るなか、笑顔で待ってくれている親友たちに向かって凛と俺は歩きだす。

 初代観測者が生まれた時代――悲劇に彩られた歯車は回りだし、数多もの人の人生を翻弄しては回転を増して悲劇を増産し続けた。

 巡り巡って俺たちの世代までその悲劇は波及し、また悲劇を起こし続けた。

 しかし、人は悩み、傷つきながらも前へ進む意思を捨てることはなかった。それは一重に、誰の心にもどんな形であれ、支えとなる親友が居たからだろう。

 一度断ち切られた親友としての絆も再び取り戻し、前へ進んだ人たちも居た。

 ブラックボックスを中心にして起きた事件は、俺の心に深く刻み込まれている。この事件より、もっとやばい事件がこの先、壁として立ちふさがるのかもしれない。だが、俺たちは親友たちとその壁を乗り越えていくだろう。

 先の見えない旅路は不安に満ちていて、泥沼のようだがそれも泥沼に落ちた時、引っ張って支えてくれる親友が居れば乗り越えられる。

 俺たちはブラックボックスの事件を通して、それを学んだ。

 それを糧にしてこれから先の人生を歩んでいく。これからどんな可能性を含む未来へ分岐しようとも、親友の大切さ、それだけは絶対に忘れることはない、出来ない。


「んじゃ、目一杯遊ぶかー!」


 優衣、愛瑠さん、谷風、時先輩と合流した俺は、拳を突き上げた。

 少し呆気にとられつつも、全員が何をするか把握してくれて、同様に天に手を掲げる。

 みんなの顔はしょうがないなーという顔だったが、ノってくれるとわかっていたから、呼吸を合わせるまでもなく、叫んだ。


「「「「「「おー!」」」」」」


 俺はこの個性豊かな親友たちが大好きだ。

 

 終わりと始まりに吹く風たち。 

 END

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終わりと始まりに吹く風たち。 エルアインス @eruainsu

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