Lost episodeⅡ
Lost episodeⅡ
地下帝国の閑素な住宅街を四人で歩調を合わせて歩く。
地下に存在しながらも、道は地上のように整備されてコンクリートが敷かれている。地下の光景は地上で見る住宅街とさほど違いはなく、何か違うところを探そうとすればそれは風や太陽が差し込まないことによる全体的な薄暗さ。
「はー、この薄暗さ、帰ってきたーって感じがするねっ!」
百合風が元気よく手を振り回し歩く。
地上に比べたら実に薄暗くて故郷とはいえ辛気臭いと思ってしまうのは地上にでてしまったが故にでた悩みだ。
「……ゲーム画面が見づらい」
「こらこら、歩きながらゲームするのいい加減やめなよ……? ここは車とかないからいいけど、地上だったら車なんて走りまくってるからいつか大怪我しちゃうよ」
夜風の何気ない一言に兎風が注意を促した。
いつの間にか歩調はずれを生んで、コンクリートを歩く先頭は俺と百合風、後方には兎風と夜風になっていた
まったく、あいつはまた歩きながらゲームしてるのか。俺たちが何度注意しようと夜風が歩行中、または食事中にゲームをやめることはない。親友の中でも以心伝心、一心同体とも言うべき百合風の言うことすらゲームには勝てないのだから、もう直らない病気のようなものだ。夜風はあいも変わらず狂ったようなゲーム教で――。
「……何か言った」
「……何も言ってない!」
どすの効いた不機嫌な声で夜風に脅される。まったく、なんで夜風は人の心を本当に読むように話かけてくるのやら……。幼馴染で長年一緒にいても未だに解明できない謎の一つだった。
太陽と風がないことに違和感を感じる俺に百合風は「それにしてもさー」と前置き。
「今日なんで呼び出しくらったんだろ? 私たち観測者としてちゃんと仕事してるはずだしさ?」
本当に理解できていないかのように困った困ったと頭を左右に揺らしながら危なげに歩く百合風に注意しつつ。
「いつもの突然の定例報告じゃないか。いっつもこっちの事情なんてお構いなしだから」
「まー、いつものことだけどねー。今回はなんか違う気がしただけ」
「違う気がした? 特に俺はなんにも思わなかったがなぁ。やることはいつもと変わらないだろ」
「なんていうのかなぁ、あれだよあれ、ぽくぽくちーんって感じ!」
「わかんねぇよ!」
「あー……インスピレーション?」
百合風の抽象的な言葉に後ろで会話を聞いていたのであろう彗が答えた。
「そうそう! 彗はやっぱ違うねぇーインスピレーション! すなわちひらめきだよ!」
どうやら的を射ていたらしい彗の言葉に大げさに腕組して頷いた百合風がドヤ顔していた。
「往来であんまり恥晒すなよ」
「恥晒すなってなによー、もー。あっ――!」
「どうした!?」
「……なに?」
「いきなり大声あげて何かあった?」
思い出したかのような百合風の悲鳴ともとれる声に、一同反応。
「や、やっちゃったよ! どうしよう! 世界が終わる!」
「お前の失敗で終わるような世界ならこの世界とっくの昔に終わってるよ……」
「……違いない」
「間違いないね」
百合風を除いた全員が同意して頷く。百合風は根本的にはシッカリものであるのだが、小さい頃からどこかでポカをやらかす面があるから百合風の失敗で世界が終わるなら既に宇宙が破滅しているかもしれない。
「……ちょっとみんな失礼じゃない!?」
ジト目の百合風を無視しつつ。
「いや何も。何失敗したんだよ? お前が大声出すんだからそれなりに重要なことなんだろうが……」
「実はね……」
あまりに深刻そうな声に、今までからかっていたのは間違いだったか……?と思い少し反省しながら百合風の次の言葉を待つ。
静寂。風も、雲も、太陽光も存在しない地下帝国に置いて静寂とは真にそのままの意味で静寂だ。
心臓が鼓動しているのがわかるくらいの静寂。自分の鼓動が分かるというのは少しばかり長い間地上に居たことによって奇妙な感覚だった。地上に出る前ではさほど気にしないことだったのだが。
百合風には珍しい仏頂面を浮かべ重苦しく、言った。
「今日――」
「「「……」」」
鉛のような重苦しい声に思わず唾を飲む。
これほどまでに百合風が気にしていることとなると、一体何なのかという好奇心と共に一種の親友でありながら気づけなかった罪悪感もあり……はて、どうしたものか。
そんなことを考える猶予を俺たちに与えてたっぷりと間を置いてからの一言。
「大事なテレビあったのに見れないよー!」
しばしの沈黙。
……。
……。
……。
三秒置いてからやっと思考が彼方から追いついた。
なんだって? 今この切羽詰っている悲鳴をあげているこの娘はテレビを見れないと仰っただろうか?
それにテレビがあるのは俺と彗の部屋だけだ。百合風はそのテレビがやる時間にあがりこむつもりだったらしい。
夜風は興味がなさそうに再び観測者としての能力を無駄に使用しつつ、止めていたゲーム再開。兎風は呆れてものも言えないのか口をあんぐり開けている。お前の気持ちはよくわかる。
俺はというと、頭を少々押さえながらあくまで冷静に努めた。
「テレビなんてそんな重要なもんでもないだろ。大事なのは地上での出来事を報告することだ」
「それも大事だけどさぁ! かーっ! 女心ってのがわかってないねっね? 彗」
突然呼ばれたので呆けていた彗は何かあった?とでも言いたげな目で百合風を見た。
「……ダメだこの男共は捨てよう。使えない」
「えぇー!? いきなり捨てようって何! 僕何か悪いことしたっ!? まさか――くんいらないことしたんじゃ……」
どうしてそこで追求が俺にきてしまうのか!
「ちげぇよ! 何もしてない。 百合風が勝手に喚いてるだけだ!」
「夜風ぇ~ 女心をわかってくれるのはあんただけだぁよ」
とろっとした声で百合風は夜風に擦り寄って頭を撫でられていた。
百合風は昔から夜風に頭を撫でてもらうと落ち着く体質なようで夜風が撫でてくれると大体のことは片付くようになっている。百合風のストッパーでもある夜風は頭を撫でながらこっちに任せてと眼力をこめた思念を送ってくる。今はお前が天使に見えるよ。
「……ありがとう」
「ん? 何が?」
「……」
なんだ、なんで心の中で思っただけなのに夜風に通じてるんだ。彗がきょとんとした顔をしているじゃないか。
「彗、とっとと行こう。百合風は夜風に任せておけば解決するだろ」
「ん、ああ。そうだね、早くいって早く帰ったほうがいいだろうしね」
「……帰る、か」
彗の言葉を拾う。
帰る。というのは根本的にその人物の居場所となっている証拠の言葉だ。彗は今、地上へ早く帰る、というニュアンスの言葉を言った。
彗は気づいていない何気ない一言なのかもしれないが、それはつまり彗にとって帰るべき場所は空と風がある地上であることを示していた。
「なあ」
「何さ?」
問いかけた言葉に反応。整備された無機質なコンクリートがこつん、こつんと足音を鳴らす。後ろからは百合風と夜風もついてきていて、未だに百合風が喚いていることからこの二人に会話の内容を聞かれる心配はない。
「王様――父親とは、今どうなんだ」
親友といえど近づいてはならない不可侵の領域は存在する。むしろ赤の他人であれば不可侵の領域など知れない分いいのかもしれない。近づくことによって人と人にはどうしても見えない壁が存在することを自覚する。それは両親のことであったり、恋人のことであったり自身の病気のことだったり様々、十人十色の壁。
兎風 彗。
このあどけない少年くささが抜けない青年にとって、不可侵の領域とは両親、もっと言えば父親のこと。彗の父親は地下帝国の王様として今尚君臨している。根本的に地下帝国民はピラミッド社会で成り立っており、その一番上にいるのが彗のお父さんだった。俺たちは観測者としての立場があり、彗のお父さんの少し下程度の位置にいる。
ピラミッド社会の他に、地下帝国を管理する王様の立場に選ばれるのは主に世襲制で、王様の息子は生まれた時から地下帝国の王様になって国の舵を取ることがほぼ決まっている。世襲制の地下帝国は古臭いと思われるかもしれないが、一つの名前を持った人が世代を重ねることによって知識を増やし、様々な知識を吸収してそれを後世に伝えるために今尚用いられているのがこの世襲制の基盤であり理念。
彗はこの世襲制を嫌っている。
幼い頃から王としての責務をいかにして叩き込まれていた彗は、俺たちと出会った幼い日で既に心が潰れかけていた。彗の父親はいかにも屈強と言った感じの男で幼さを残す彗では似てもにつかないほどだった。時代を通して吸収されてきた情報は次の世代に受け継がれていくたびにその密度が濃くなっていく。これは、学歴社会との似たようなものだった。世の中の科学技術が発達することによって覚えることが増えていき、これまで高校まででよかったものが大学までが当たり前として世間一般常識として加えられる。それを受けて高校生までのものは劣等生として扱われる。
これと同じ余波に彗は当てられた。
高度に濃密な情報は収得するのが難しく、それを幼い頃から叩き込まれていた彗は当然、潰れかける。小さな子供にはあまりに残酷なほどの勉強。生まれた時からすべてが決まっている生活。そんなものの上になりたっているのが兎風 彗だった。
幼い彗と出会った俺たちは当初、心を頑なに開かなかった彗に対してなんとか策を弄して心を開かせた。
それはとても大事な一歩で、それからまもなくして彗とは親友となった。そしてその時感じたのが、この不可侵の領域。
父親のこととなるとそっぽを向く彗。どこまでも向き合おうとはしない。そして親友であるが故に、関係が壊れるのを恐れるあまり百合風、夜風、俺は父親のことについて、もう深くは追求していない。彗が向き合わなければ、前へ進めないからだ。俺たちは彗に言われれば手を貸すし、言われなければ何もできない。
だけど、いつか解決しなければならない問題でもあると思う。ずっと逃げ続けるだけじゃ、何も変わらないから少しだけ父親のことについて聞いた俺に対して彗はそっぽを向いていつもは絶対ない、そっけないくらいの言葉を呟いた。
「なにも」
彗と父親を表すような乾いた言葉が提示される。
「……」
俺は、何も言うことができなかった。この話題はやっぱり不可侵で……でもいつか解決しなきゃいけない問題で……親友である俺たちが彗にできることはあるのだろうか。
彗はそっぽを向いたまま歩く。俺はそのレールの上にはいられずに止まってしまう。
後ろからつんつんと軽い力で叩かれ、振り返る。
「……任せて」
あとのリカバリーは私に任せろ、と夜風の目が物語っていた。
「すまんが頼む」
「……」
親指をぐっと見せつけて優しい笑顔で白髪の少女は尚もゲームをしながら彗の隣に陣取る。俺の隣では夜風に慰めてもらったのであろう百合風が陣取っていた。
思わず、自省の言葉を漏らした。
「ごめん、百合風いらないことしちまった……言っちゃいけない言葉だって分かってるのに」
百合風が先に歩き出して、くいくいっとこっちこいと手招きしてくる。それに釣られて一緒に歩きだした。
「まー……触れちゃいけない話題があるって――くんも分かってるよね?」
「ああ……分かってる。でもいつか解決しなきゃならない問題……じゃないか?」
これはただのお節介だ。他人が封印しようとしている者に対して侵入しようとするのは明らかなお節介。
百合風は風がなくショートカットで乱れるわけもない髪を左手で押さえながら。
「そうだね……いつか、解決しなきゃいけない問題だよ、彗の家族問題は。 でもね、それに私たちが介入するのは違うんじゃない? 親友だけど必ず超えてはいけない一線は存在する。彗にとってはそれが父親の問題。それを超えちゃうのはどうかと思うよ」
「そうだよな、すまん……」
「私に謝るんじゃなくて、彗に謝ったほうがいいよ! ほらっ元気だした!」
「し、尻を叩くんじゃない!」
「あははっ元気でてきたでしょ? まー私もできれば彗の問題は解決したいけどね。王様怖いし、もうちょっと柔らかくなってくれたらなーって思うから」
いつでも太陽のように笑っている百合風に励まされながら、考える。
俺たちはこのままでいいんだろうか?
一番の懸念は彗のことだ。俺たちというストッパーがいるから彗は壊れないでいる。これは昔から変わらない事実だ。
いつも浮かべている笑顔の裏には父親のことがちらつく。心から笑っていることがあっても彗は地下帝国にくると明らかに地上にいる時より暗くなる。
さっきの帰る場所もそうだ。今のあいつにとって帰りたい場所は地上だ。地下帝国を故郷だと認識していても帰る場所、心の在り処は地上に存在していた。
たった一人の父親なのに、一緒に居ても気まずくなるだけってのはいくらなんでも寂しいのじゃないだろうか。
「――くんも百合風も何してるのー、早くこないと置いてっちゃうよー?」
彗の明るい声。夜風がなんとかしてくれたんだろう、あとで感謝してジュースでも奢らないとな。
「あっ置いてかれる! さっ――くん、走れ走れー!」
「おっおい! 引っ張るなっての!」
百合風が強引に手を引っ張る。
目線の先にはこちらを向きながら走る百合風、笑顔で手を振ってくる彗、相変わらず長い髪を無造作に垂らしながらゲームをしていて心なしか楽しそうな夜風。
とても、大切な親友同士の光景がこの中にはあった。
そして、俺たちは疑うことを知らなかった。このなんでもない日常が刹那の光景になるなんて誰も思っていなかった。
桃源郷。
この光景、親友が壊れることなんて誰も予知できるわけがなかった。
……
地下帝国、王位の間。
そう呼ばれている場所に俺たちは片膝をついていた。王様に会う時には必ずこうしなければいけないという古き風習からの掟のようなものだった。
下を見て、豪華な刺繍のついたカーペットを見つめる。そうしていてもこの王様からは覇気と呼べるものが感じられる。
屈強な体に屈強の意思。何もかもを合わせ持ったのが王様だった。
全のために個を切り捨てる。というのが口癖の王様で、王の器を持つ男として王に相応しい男だった。
「今回も日本政府からの依頼だ――」
日本政府からの直接依頼。それは地下帝国の民族が生きる上で必要な依頼。
依頼とは両方が得をする所謂等価交換。中には依頼者側や依頼された側が損をするものもあるが、今回の案件については両者共に得をするものとする。
日本政府と地下帝国はこの依頼関係によって関係を保っている。
日本。
地下帝国より広大な土地を持ち、人口も遥かに多く技術面、教育面など全てにおいて地下帝国の上をいく、まさに発展国。。地下帝国は長年鎖国状態にあり、外界との連絡を取り始めたのもつい最近なので仕方のないことなのだが……。
日本政府は、数年前地下帝国の王様と対談し、両者の協力関係を取り付けた。
なぜ、日本が国力の劣る地下帝国と強力関係を結んだのか、それは地下帝国が保有する一つの"箱"と呼ばれる存在にあった。
"箱"の名称はブラックボックス。
地下帝国民が使用しつつも未だに原理の分からない正体不明の箱だ。
この箱には、人の欲望を叶える力があった。欲望といってもギャルのパンティー送れや大金持ちになりたいなどの即物的な願いは叶わない。叶うのは時間を巻き戻す、この一点のみだった。もしかしたらブラックボックスに最初に祈った人間が時間を巻き戻したせいでこのような願いが叶うようになったのかもしれないが、真相は定かではない。
このブラックボックスは地球のオゾン層付近にあったものが地震などのプレートの歪みなどでここまででてきたものと推測されており、地下帝国の古い文献にはブラックボックス発見の記録が記されたりしている。一説にはこのブラックボックスは地球が授けた人類を試す機械であるともされていたりする。地球に意思など存在するのだろうか……。
話が脱線したが、戻すとこのブラックボックスを使い、日本が不利益をこうむらないようにするのが地下帝国への日本からの依頼だった。
歴史にifはないと言うが、それを可能にしてしまうのがこのブラックボックス。
歴史上にて日本が不利益を被らないように時間を巻き戻し、不利益な未来を消し去る。まるで神の力を得られるかのような箱。
それを使って日本から援助をしてもらっている。
地下帝国は、日本からの技術輸入などで、技術進歩、人口の増加傾向にあり自国の食すら賄えない状態にあったが、日本との強力関係により食が輸入され少し前まで淡白だった食事も豪勢とは言えないが普通の食生活に戻ってきている。これが、日本と地下帝国の等価交換。
地下帝国は日本に対して歴史のifを与える。日本は地下帝国に対して技術、食品の補充をする。この図式の元に今の両国は成り立っている。少し前にあった具体的な例では第二次オイルショックと呼ばれる石油の値段増加、石油の生産中止によって日本は不利益を被ったが、ブラックボックスで時間の巻き戻しを行うことで、それに対する被害を最小限に抑えることができた。
ちなみに、巻き戻る、というのは時間全てが巻き戻る、ということであり記憶も巻き戻るのだがブラックボックスに願う際に一部例外を設けることによってその人の記憶だけをそのまま巻き戻る時間に映す、または記憶させておくことができる。しかし、どうやら紙の媒体で書かれたノートなどには効果がなく、海外では第二次オイルショックは二回起きたとされる声もあがっているが所詮世迷言と切り捨てられている。
記憶の一部例外、と言ったが、まさに俺たちは例外の最たるもので、観測者と呼ばれる役職にある俺たちは記憶を引き継いで時間を戻している。
観測者とはブラックボックスに選ばれたブラックボックスの目であるとされている。選別方式は不明で、ブラックボックスが十台~二十台辺りの人間を選びいつの間にか観測者に選んでしまうというものだ。観測者はブラックボックスに世界を見せる目になると同時にブラックボックスから能力を与えられる。
彗は無から有を、水を生みだす力。
百合風は機械を直す力。
夜風はゲームボタンの超高速連打。推定一秒間に六十回連打。
などという微妙な能力が多い。ブラックボックスが欲望を反映するものであればこの観測者の能力もその欲望が表れたものかもしれないとされている。
俺の能力は未だに発現しておらず、俺は欲望の無い人間なのかもしれない、と少し落ち込んでいるところである。
なぜ観測者が突然指名されたのか、そして観測者になった途端に入ってきた情報の奔流、観測者としての責務。
それを知っているのはただ一つの箱、ブラックボックス。
俺は任務を遂行して時間を戻したりしながらいつも思うのだ。ブラックボックスは善悪のないただ純粋な力。善にも悪にも染まる力ということは不安定さがあるということだ。もし、このブラックボックスの力が人の手から離れて悪として使用されてしまったりしたらどうなるのだろうか……?
思えば、この時から嫌な予感はしていたのだ。ブラックボックスは強力な力だが、否応無く強力な力には犠牲が付きまとう。何かを犠牲にしなければ何かを得られない。この世界はそういう風にできているということを王様はもちろん、観測者である俺たちも失念していたのだ。
ブラックボックスをただの便利な力だと過信していた。以前から地下帝国で何かがあるたびに使用されてきたこの謎の箱で何かが起きたことなど一度もなかったのだから、それも仕方のないことだと思う。
犠牲があるから強い力があるのか、強い力があるから犠牲が生まれるのか。鶏が先か卵が先か、そんなあてもない想像。
俺たちはもっとブラックボックスについて知らなければいけなかったんだろう。観測者として役目を持つ俺たちは一層のことそれについて知っていなければいけなかったはずなのに、何も知らなかった。ただ、欲望を叶える箱。
理想の箱。
神の箱。
すべてを善意的に捉えていた。だから、気づかなかった。
運命の歯車はこの時から少しずつ回りだしていた。ガッチリとはまった歯車が動き出すまでにはそう時間はかからず、たった五日で全てが変貌してしまうことに、今の俺たちは何の予感ももっていなかった。
……
王との対談が終了したあと、地下帝国の政治を担う老人たちへ挨拶する。
俺たちはブラックボックスに選ばれたが故にそれなりの特権を持っており、その代償として地上での出来事を報告する義務がある。特権とは地上に出られる、ただそれだけの特権。
地上ではどこへでも行って、どこにでも暮らせるが、地下帝国は他国の進入を許さず自国からの出入りを禁止している。自然に得られるべき移動の自由は地下帝国では特権として扱われていた。
老人たちが政治を担っているが、主に政治家たちでも派閥がおり、第一に大きな勢力は他国と交わることを嫌い、自国こそが頂点であると錯覚している過激派たち。主に地下帝国の覇権を握っているのはこの老人たちの考え方である。地下帝国は誇り高き民族であり地上の民族はいくつも戦争を起こす野蛮人であるとしている。
もう一方は融和への政策を進める穏健派の政治家達。日本との融和は必須であるとしている穏健派は、プライドを捨てて日本の属国となり民が自由に暮らして豊かに暮らせる国にしようとしている。日本と地下帝国には既に協力関係というものは成り立たない。
ブラックボックスの力でなんとか存続できている。日本と地下帝国。両者は損得勘定の元に成立しており、もしブラックボックスの依頼がなくなったら困るのは地下帝国だ。ブラックボックスは言わば歴史的IFを実現する。もし損した未来があれば得へ変えることができる。時間は戻らない、だから今の世界は成り立っているのにズルをしているだけの間柄。
この関係が壊れた時に困るのは日本ではなく、地下帝国だ。地下帝国は日本に食物需要のほとんどを供給してもらっており、何かと技術面でも提供をしてもらっている。だから俺たち子供がある程度豊かな暮らしを謳歌できている。
このことを理解できないあくまでプライドに拘る過激派は穏健派と普段から会議と言う名の時間の浪費をしている。
正直、老人達の相手をしている間は疲れるのだが、そのあとは地下帝国の各地を散策したりする。地下帝国へ帰ってくるとやっぱり帰ってきた、という感じがして色々回りたくなるのだ。
世間を回っていると色々声をかけられたり地上へでた感想を聞かれ、それに答えると大抵でてくる答えは風について。風は地下帝国にはないもので、地上にはある。
そして、その話を聞くといつも思うのだ。みんなも地上へ出たがっている。心地よい風の吹く、大地へ。
今日少しだけ地下帝国を見て周り、久しぶりに地下帝国の民を見た。閉塞した状況下では人は生きる力を失っていくと聞いたが、まさにその通りのことが起こっていた。
日本との取引関係が成立したおかげで地下帝国だけでは賄えていなかった需要と供給のバランスは復活した。しかし、日本という存在を明確に知ってしまった人たちは風のある、太陽のある地上へ赴きたいと考えているはずだ。人は知ったものに対していつまでも探求の心を忘れない。それは地下帝国と地上の人間だって同じ。
いつか風が吹き、太陽がでる世界、それが当たり前になってしまっても、今は外に目を向ける時期じゃないだろうか。閉鎖した空間を開放した空間に変える。
この地下帝国に風を通すことはできないだろうか。日本との取引関係がなくなれば地下帝国は自然に衰退し、消滅する。今の利益を優先するのではなく今後を見据えて、閉塞した地下帝国に日本との共存というパイプを通す……理想論だし超えるべき壁はたくさんあるが、それができれば――きっと地下帝国の民はもっと笑顔になれる。日本と地下帝国の共存、否、地下帝国が日本の属国になれれば、いいのだ。地下帝国には既に力はない。おんぶにだっこというわけではないが、日本に入ってしまえば需要と供給のバランスもさらに安定するだろうし、今の閉塞した地下世界が必要なくなるかもしれない。
地下帝国は本来少数民族だったために、人一人を重んじる傾向がある。
みんなは一人のために、一人はみんなのために。
そのような礼式があるのだ。
地下帝国の未来を考えるなら、きっとこれが今取れる最善の方法のはずだ。プライドを捨てるわけじゃない、これからを見て、行動するために必要なことのはずだ……。
閑静な住宅街の公園。
しばらく散策していたが歩き疲れて公園のベンチへ腰を落とす。地上ならこういう時、風が吹いていたりして心地よいのになぁ、と風景を浮かべる。
「それじゃジュース買ってくるよ。何がいい?」
しばらくベンチへ腰を落としていた俺たちだが、全員喉がからからでじゃんけんの結果彗が買ってくることになっていた。
ちなみにジュースの販売機は地上のものと同じ自販機であり取引関係ができてから輸入されたものである。ラインナップはオーソドックスなものがほとんどであり、珍しいそうなものはないのが特徴な自動販売機が地下帝国の各所に点在している。
「グレープ!」
「……グレープ」
「グレープ」
「みんな同じラインナップなんだね……まあいいや、ちょっと待ってて」
全員の要望を聞き終えた彗が、小走りで自販機へ向かう。そしてふとした疑問に行き着いた。
「この辺って自販機あったか?」
「あー……そういやなかったね。あーよしよしっあんまり動きまわらないでねー」
彗がどこまで行ったかはあまり気にしてないようで夜風の白髪を丹念に傷つけないように撫でている。とても幸せな表情をしているために話しかけるのすら躊躇してしまう。
「……百合風」
「えっなに? もっと撫でて欲しい?」
「……くすぐったい」
あくまでゲームを止めず百合風を見ることもなく平坦な口調な夜風に百合風は髪を弄るのをやめてゲーム画面を凝視しだした。
しばらくその光景を見つめていたが、ふと思いついて百合風と夜風に話しかける。
「なぁ」
「んー何よ?」
「……」
未だにゲーム画面を凝視する二人に言っても無駄かと半分諦めつつ。
「地下帝国の人をさ、外にだしてあげることってできないだろうか」
一瞬で空気が変わった。
陽気だった空気が凍てつくように場を凍結させる。
百合風がため息をつき呆れたような顔をしながら俺を見る。
「このままいけばできないでしょうね。あんたも今日の政治屋たち見たでしょ、彼らはこの閉塞した空間で地下帝国の民が生き残ればいいと考えてるのよ」
「……プライドが高いからしょうがない」
そう、地下帝国の政治家たちは頑固な地元民とかそのような感じでプライドが非常に高く、地上人より地底人が優れていると思っている前時代的な頑固者。だったら世界に対して地下帝国のことを発信しないのは、本能ではこのままではダメだと思っているからだと思う。一つ後押ししてやればいいんだ、そして地上にでる有用性を解く。これ以上穴に潜っていてもいことはない、閉塞した空間ほど窮屈なものはなく、残酷なものだから。故に――。
「百合風と夜風の言ったことは真実だ……。でも、だからこそ俺は変えたい。このままいけば近いうちに地下帝国は確実に衰退していく……だったら、今の状況を変えたい。そして民たちに外の風を浴びせて、笑顔になってもらいたい。地下帝国は故郷であっていつでも帰ってこれる、そんな場所にしたい」
地下帝国は風も太陽光もない、そんなところだが、見るべきところはたくさんある。ブタに似た肉質を持つタブと呼ばれる動物や太陽光がなくとも育った植物が豊かに存在している。太陽光がないが故に、地面から栄養分という蜜を吸うことに特化したその姿は実に異形だが、地上人が知れば物珍しく見にきてくれることになるのではないだろうか。それに地下帝国には幾重もの思い出が詰まっている。両親も、小さい頃からよくしてくれてるおばちゃんとかもいるし、プライドとかそんな馬鹿げたもので衰退していくのを見つめていたくない。
いくつもの障害があれど、決して高い壁じゃないはずだ。俺は地上にでて、それを感じた。地上の人たちは俺たちとなんら変わらない。変わらない人間だからこそ、友達にも成れた。
それを地下帝国に伝えたい。
百合風はしきりに唸ったあと俺の目を真摯に見つめてくる。いつもはゲームに没頭の夜風も同じことをする。
まるで俺の覚悟を試すような眼光に退かず、見つめ返す。
これは、俺のやりたいことだ。百合風たちを巻き込むのは不本意――いや、俺は親友であるこいつらと一緒に変えたいと思っている。同じ観測者として、親友として、同じことをしたい。
やがて、眼光をそっと瞳の奥に押さえた百合風が口を重く開いた。
「あんたの言ってることわかるよ。私も賛成できる……私も常々この閉塞し、衰退に向かう世界をどうにかしたいって思ってた。でも生半可な覚悟じゃ無理だよ? ここの政治家たちを納得させるのは骨が折れるだろうし、その後も日本との関係を明確に取り持つにはいくつもの障害がごまんと存在する。日本がこっちを受け入れるとも限らない。それでもやるの?」
「それはわかってる。いくつもの障害をどう取り除くか、それはこれから懸命に考えて捻り出す。それにこれは俺がやりたいことなんだ。別に百合風と夜風に話したのも無理にやらせようってわけじゃない。あくまで意見が聞きたかったんだ、これ以上日本との関係が完全な依頼関係として成立する前に地下帝国の存在をきっちり世界に発信する。そして地下帝国の民たちを笑顔にしたい……俺は地下帝国が好きだから、そうしたい」
感情を全て出し切った。普通なら臭いセリフだとかで濁されるかもしれないセリフも、百合風と夜風になら伝わったのか百合風は口元を不意に歪めた。
「それだけ言い切るならいいよ!――くんがここまで言うなら本気ってことだろうし、私もやるよ。 常々地下帝国の現状況には疑問を持ってたし、やる価値はあると思うよ、うちの両親も地上にでてみたいとか言ってたし、最近どこも湿っぽいからね。私たちがそうね――」
いい言葉でも言おうとしたのか百合風は少し頭を捻る。困って頭を抱えて「これは違う、これも違うー」と唸ってる百合風に夜風が正解を与えた。
「……風?」
抱えた頭を瞬時に解放して「それだっ!」と乾いた空に響く声を張り上げた。
「私たちがこの閉塞した世界に風を吹かせる!」
「風か、いいかもな。確か俺たちの名前に風って入ってるのも昔、外にでた人がいてその人たちが風のすばらしさを伝えようとした、ってのが始まりだったよな」
「……そう。古い文献の話。偶然外にでた彼らは風を知って感動しそれを伝えるために風って名前を入れた」
「夜風は何でも知ってるね良し良し……」
「……それほどでもない」
百合風に一方的に頭を撫でられ少し頬を朱に染める夜風。なんとも微笑ましい光景だ。
しばらく見つめていると乾いた足音が耳に届いた。
「みんなー買ってきたよー!」
「帰ってきたみたいね、彗にも当然話すんでしょ?」
「当然だ、俺たちは全員で親友だしな」
手に四本のジュースを持って帰ってきた彗はきょとんとした顔で何の話?と聞いてくる。
ジュースを受け取ってプルタブを開けながら俺がやろうとしている障害が数ある地下帝国の未来の話を始めた。
……
「ふああぁ……帰ってきたねぇ。わっ、もう夕方、地下にいると外がどうなってるかわからないから体内時計も働かないのも困りもんだね」
百合風が沈む夕日を眩しそうに細目で捉えながら言った。
公園を散策したあと、王様にブラックボックスによる時間逆行の日程を聞いた俺たちは早急に地上へ戻った。明日の準備もあったし、もし夜に戻ってしまうと地下から地上へでるのはとても目立つからだ。
地下帝国との行き来――それは日本各所に存在する扉と呼ばれるもので行う。
扉は鏡だったりドアだったりで様々な移動手段がある。なぜそのようにして移動するのかは今も尚理解されていない。一説には昔の人々は普通に地上との関係性を持っていたようだがそれは今廃れている。
扉の移動プロセスは謎だが、地下帝国民が扉に接触して「開け」と言うと扉が自動的開き眩い光を放って地下帝国へ強制的に連れて行ってくれる。まるで魔法のような移動方法。
移動の際に眩い光が起こるせいで人が多くいるところではまず使えないし、夜だとさらに目立つためにあまり使用してはいけないことになっている。現状限られた者しか扉を利用することが不可能なため、地下帝国でも使用できるのは観測者及び政治家たちのみ。扉は地下帝国の政治家たちが厳重に管理している。もし勝手に開けた場合重罪が科されるので誰も開けたがらない。
伸びをする俺と百合風に向かって彗が言った。
「立ち話もなんだし早く帰らない? 明日は普通に授業あるから予習しておきたいし」
「そーだな。帰ってとっとと寝るか」
「そーね、疲れたし」
「……同意」
「みんな勉強しようとは言わないんだね……疲れてるんだよね……僕も疲れたけどね」
「んじゃ帰ろうぜ。こんなに心地いい風が吹いてるんだからゆっくりめでな」
「うん」
「そうね」
「……(頷く)」
三者三様の返事をして校庭から寮へ向けて歩きだした。
「――くん」
歩きながら彗が話しかけてくる。地下帝国に風を吹き込むという話のことだろうか。彗はあのあと少し返事を待って欲しいと言った。父との確執はあれどやはり地下帝国の王の息子ということで思うところもあったのだろう。
風が緩やかに吹き込む地上世界の並木道を歩く。
「なんだ?」
「僕も地下帝国に風を吹き込むって話に協力するよ。ずっと思ってたんだ民たちは元気がないって、外にでればきっと視界が広がって地下帝国ももっと栄えるようになる。そんなこと考えててもそれで僕に何ができるって感じで諦めてたけど、僕も協力する――ってわっ!」
「ふふーんやっぱり協力すると思ってたよ!」
百合風が兎風の右に並んで、左手でばんばん背中を勢いよく叩く。兎風は躓きそうになりながらも笑って言った。
「僕たちで地下帝国を変えるんだ、頑張ろう!」
「いいねっ!それじゃあそうだ!」
何かを思いついたかのように百合風が手を叩いて乾いた音を響かせる。
「それじゃあさ、この活動に何か名前つけない? 質素でもいいから何か名前ないかな?」
「名前、名前なぁ」
さすがにこの活動に対する名前を決める自体に発展するとは思っていなかったので少したじろぐ。
つけられるようないい名前なんてあったか……。
「……探検部」
今までの会話を聞いていたのか聞いていなかったのかわからなかった夜風が突如ぼそっと呟いた。
「探検部……」
「地上を探検して地下の政治家に伝えるって意味ではいい名前なんじゃない? 僕けっこう好きな名前だよ」
「よし、決定!」
百合風の唐突な決定に、俺たちの為すことの活動名は探検部と決まった。
しかし、探検部は実質の活動をしないまま否応なしに解散してしまうこととなる。
一日後に体育祭前日まで時間逆行を起こした際にそれはゆっくりと全身に感染する病魔のように進行していた。
……
地下帝国から帰ってきてから一日後。
今日も学校を平常で何事も無い息災な穏やかな一日として過ごした夜のことである。
数ある幻無高校の寮で俺と彗が寝泊りしている一室に百合風と夜風が集合していた。
寮としてはそれなりに大きい部屋で、テレビ、机、二段ベッド、これら備え付けのものがあってもまだ様々なものが置けるスペースが存在しており他の寮を知らない地下帝国の人間である俺でも相当に広いことが認識できる。
時計が秒針を刻む乾いた音が長方形状の部屋に静かに響く。
それと同じように腹の虫が夜ご飯を欲するようにぐぅぅと豪快に鳴らした。
「……」
「……」
「……」
「……」
腹の虫など無関心と言った風情で全員が無言。
なんで誰も反応しないのか、とは思わなくもないが、現在急ぎにつき何も反応されないのである。平常でいないといけないと思いつつも、腹の虫が鳴ってしまったのは幼馴染しかいないとはいえ恥ずかしいことだった。
しばらくまた無言で過ごす。
今日は地下帝国で兎風の父親――王に指定された日時である。
ブラックボックスによる時間の巻き戻し、それが行われようとしていた。ブラックボックスの時間の巻き戻しの強制記憶削除の除外設定。今回は日本の依頼してきた首相、官僚たちや地下帝国の王が除外対象だ。俺たち観測者は下から除外設定されているので除外設定をする必要はない。
除外設定と言っても、ただ記憶を消さずに時間逆行をお願いすればいいだけなのだが……万が一のことがあってはいけないと観測者である俺たちは何もせずに時間逆行が終了するまで待機だ。だから、無言で、闇に包まれたように静かなのである。
時間を正確に測れるように生み出された時計が刻々と乾いた音で時間の進みを教えてくれる。
そして、時間が来た。
猛烈な眩暈。
平衡感覚が失われ、思わず座っているにも関わらず体制を崩してしまう。
ああ、なんどやっても慣れなんてありえないな、これ。
と思いながら深い闇に意識が沈んでいく。いつも、時間が巻き戻る瞬間は見れないのだ。脳が許容できる範囲を超えるから、というのが科学者たちの見解らしいのだが、正直そんなものはどうでもいいほどに、気持ちの悪い揺れだった。
……
「はーい……おきてー……朝の時間だよー……」
元気のない気だるい声が耳に進入してきた。それ以前に、未だに時間巻き戻り直後の眩暈が酷い。
「あー……」
「いー……」
「うー……」
「えー……」
「……」
俺たちの部屋に四人いることが確認できた。しかし全員本当にだるいと言った感じである。これだから時間逆行はいけ好かないのだ。この瞬間は何度味わっても苦痛そのものであり、できるだけ時間逆行をしたくない理由でもあった。
俺たちは時間逆行をした際に、元いた時間の記憶を引き継いでここにいる。それも感覚も引き継いでいるものだから、夜から突然朝になったという不思議自体に対して体がついてこない。さっきまで少し眠かったのに、眠気など一切ない。変な感覚が残るのである。
「……早く、いかないと、遅刻する……」
夜風が搾り出すように掠れた声を発する。夜風には異常事態であると言えるゲームをせずにただその体をだらーんと壁にもたれている。
皆さん、お分かりになるだろうか。いつも時間があれば惜しいとばかりにゲームをしている夜風がゲームをやっていないのだ、どれだけ気持ちが悪いか体がだるいか理解してもらえると思う。故に……。
「寝る!」
「いやダメだから! どんなに辛くても学校にはいかないといけないんだよ!? 義務教育だしね?」
このままいくと流されて学校へ行かない流れになると長年の感で察したのか、彗が二段ベッドの上からスタイリッシュに降りてきた。
すっと立ち上がると俺を睨んでくる。
「……」
目を瞑る。
「……」
瞑っていても尚感じる視線に思わずもう一回、目を開けると彗が見たこともない形相で睨んできていた。ちなみに怖くはないのだが、こっちが悪いことをしている、とわからされる睨みなのでたちが悪い。
「ま、まぁ俺たちも気持ち悪いからと言ってサボろうとするほど野暮じゃねーよ、な?」
この場を収めるためにとりあえず同意を求める。百合風と夜風は気だるげながらも頷いた。
「頷いたからには実行してもらうからね……ほら、さっさと着替えた着替えた。時間は待ってくれないよ」
「わかった、わかったから布団から引っ張りだすな! あ、コラッ! 人の服をぽんぽんとお手玉のように投げるんじゃない!」
わらわらと関係のない服まで飛んでくる。手当たり次第である。
「百合風も夜風も早く外にでる! 着替えられないでしょ!」
こんな時にさえも羞恥心を持ち合わせているらしい。
百合風と夜風はこくこくと緩慢に頷くとそそくさと部屋から脱出。
俺はというと投げ入れられた服から制服を探し当てて着替えた。
彗がさっと壁にかけられている針時計を見つめる。そして露骨にため息をついた。
「もうこんな時間だしご飯は食べられないね……」
「そんなことはないぞ、ほれっ」
がさごそと台所の中から袋に詰められたパンを発見し、彗に放り投げる。
「わっと。なにこれ、三色パン? にんじん、ピーマン、レンコン……」
「いいだろ? 栄養価たっぷりだ。何かしらんがこれが大量に買い置きしてある……」
彗はおもむろに袋を破ると丸いパンが三つ連結してくっついてトライアングルのようになっている三食パンを食し始めた。
直後、顔が歪んだ。
「うわ……何これ、まずい……何がとは言わないけどにんじんとピーマンとレンコンがジャムみたいになってるのって気持ち悪いね……」
「それしかないんだ。百合風と夜風の分も持ってこう」
「誰も食べないと思うけど……」
「えぇ!? こんなもの食べれるわけないよ!?」
「……はむはむ」
案の定、百合風は一口含んだあとなんとも言えない顔をしていたが夜風は何事もないように食している。
俺も一口食べてみたが、なんとも言えない食べ応えであった。にんじんなどはジャムのようになっているのはもちろん、固形物としてにんじんと細切れにしたものなどがあったのだが……それが妙に食べづらく、またパンにもマッチしていないという最悪のパンであった。一体誰がこんなものを考えたのだ……。
確かに栄養価は高そうなのだが、それだけである。
「夜風こんなもの、食べられるの? まずかったらペッてしていいんだよ?」
折角持ってきたのにこんなものとは失礼な。
夜風は首をふるふると横に振った。
「……真のゲーマーたる者これぐらいただの栄養補給として舌が慣れているもの」
「むむー夜風が食べられてるのに私が食べないわけにはいかないわね……」
「ま、食べ物を粗末にするな、と言うらしいからな。我慢して食べながらいこう」
「そうだね……んむ……まずい」
「まずいな……」
「まずいね……」
「「「はぁ……」」」
「はむはむ……栄養栄養よきかなよきかな」
夜風は言葉通りに栄養補給と言ったところで顔色を変えずに食っている。
はぁ……何度も言うが大事なので言う!
まことにまずい。
なんで過去に戻ってきたらこんなことに、踏んだり蹴ったりだ。
……
例え踏んだり蹴ったりだったりしても、時は残酷に進む。
その間にも、世界は変わっていく……今頃地下帝国の王と日本の王が話し合っていたりするのだろう。今回の報酬とか今後どのように世界の歴史を改変するか……と言ったものを。
そして俺たちも佳境に立たされていた。
「はーい。それじゃーやりたい競技ある人ー」
クラスの委員長が黒板に体育祭の出し物を書いて体育祭の競技に出る人を募集していた。
時間を戻す前のこの日は確か俺と夜風と百合風と彗は全員で地下帝国へ行っていた。故にこの日の出来事――体育祭にて出る競技を決めることは初めての出来事である。俺たちにとって新鮮だ。
いつもは時間を戻すと一緒のことを繰り返してばかりで少し辟易していたが、今回はそのようなことはないらしく少し安堵。
いっつもいつも同じことの繰り返しだったからな……何かが変わるわけでもないからな。
彗や夜風や百合風も楽しんでいるようでいつも退屈のようだったが、今回は楽しんでいるらしくにこにこしている。
時間戻す前は勝手に出る競技決められてたから新鮮味があるというわけだ。
黒板に書かれている競技は俺が以前地上にでる際に調べていた時の学校の体育祭競技の定番と言っても差し支えないもののようだ。
玉入れ、縄跳び、三百メートルリレー、五百メートルリレー、障害物リレーと以前調べた資料では定番とされていたものが並んでいる。
特色あるものとしては、騎馬縄跳びだが……。
以前の戻る前にはそれをやったのだがどこにも縄跳びの要素はなかった。というか障害物騎馬とでも言うべきような競技なのに騎馬縄跳びなのはどうやら、この学校の伝統であったから名前だけは変えないでやっているらしい。騎馬縄跳びがどんな競技なのかは俺の中で以前謎である。
最初に合図をあげて挙手したのは百合風だった。どうやら以前の時間では勝手に競技が決められていたため、早めに決めて楽な競技にしようという算段なのだろう。
「はい、百合風さん、どれにする?」
「んー障害物リレーかなっ!」
「障害物リレーね、他に出る人ーとっとと決めておいたほうがいいわよーあ、ちなみに玉入れは全員参加だからね。他のものに参加するようにしてね。後になるほど残りものが残るから辛いものが残るかもしれないわ」
その言葉を聞いてクラス全員が手をあげる。もちろん俺もである!
これは争奪戦……いくら体育祭に興味があろうとキツイ競技は勘弁なので、できるだけ良い塩梅の競技を取ることを強いられているようだった。
クラスメイトが混沌を象徴するかのようにぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。
「俺はこのなわと――」「俺! 三百メー」「じゃまだぁ!どけぇ!俺は」「いやいや、女の子が先でしょ、男は引っ込んでなさいよ!」「女だからって容赦するか! やっちまえ!」「きゃっ」「だ、だいじょうぶ?」「う、うん……ね、私たちつきあ」「どうしてそうなる!? 軽いなおい!」「私、この戦いが終わったら結婚するんだ……」「それ死亡フラグだからな! ってうわああああ」「大丈夫!? 佐藤くぅぅぅぅん!」「リア充は全滅だ!」「誰だよ俺の尻触った奴!」「ウホッ」「ゴリラ!?」
ああ、めちゃくちゃだ。
彗や夜風は遠巻きにそれを見物していた。
「どうした、参加しないのか?」
「いや、見てるだけでいいかなって思ってね。夜風はゲームするっていうし」
「……」
ガタガタガタとゲーム機が壊れるのではないかと思うほどに連打している。
また相変わらずゲームの連打にのみ観測者としての能力を使っているようだ。
「夜風本当にゲーム好きだねぇ……今はどんなゲームがオススメなの?」
「……これ」
夜風がゲーム画面を見せるように彗に寄り添う。
彗は少しおっかなびっくりしたようだが、何事もないように覗き込み始めた。
……ふむ。なんというかいい雰囲気だ。他人が入り込む余地がないような気がするそんな光景。
夜風が失敗すると彗がアドバイスしたりする。彗がアドバイスすると夜風が反論。
最後には二人笑ってまたゲーム画面に没頭する……。
それを見てふと、気づいてしまったのだ。彗の思っているであろうことに。
「彗、お前は……」
「ん、どうしたのかな?」
百合風がこちらの様子に気づいたようだ。未だに黒板辺りではクラスメイトが混沌を繰り広げている。
「百合風か。いやほら、彗と夜風さ」
彗と夜風を見やる。笑いあっているその姿は写真で撮って額縁に飾っておきたい、そんな衝動に駆られるような幸せそうな笑顔。
百合風はそれを見て優しく微笑んだ。
「おーいい雰囲気みたいだね」
「お似合い、だよな」
「そうだね。ま、夜風がどう思ってるか、私は知らないけどね」
あいつが本当にそういう感情を理解してるかどうかは疑問だけどな……。
彗と夜風、百合風。幼い頃から一緒にいた親友だ――そして地下帝国を変えると誓った。
自分、周囲、時。全てにおいて変わりゆく日常に思わず言葉を漏らす。
「……俺たちもずっと一緒にはいられないんだよな」
「そりゃそうでしょ。私たちもみんな変わっていくんだから、ね」
「ああ、その通りだ……変わらないものなんてない。変わらないことは望まない……変わることだけを、望む」
「退屈な日常は飽き飽きだからね。私も、変わる日を望んでるよ……」
百合風がぼそっと呟いた。
退屈。
それは俺たちにとって重要な意味を持つ言葉。時間を戻すが故に、数回といえど、同じことをしてきた……。
だからだろう、俺たちは変わる日々を望むようになっていたんだ、いつの間にか。
それからも騒動が続いたために自体が時間内に収拾しなかったため、結局委員長がそれぞれの運動能力、頭脳、やる気から全て決めることになりましたとさ。
これから数日後、体育祭も終了していつものような学校生活に戻った俺、彗、夜風、百合風、そして……龍馬 拓也。
五人に全ての始まりを告げる本当の変革を告げる鐘が静かに、大胆に鳴ることを俺は未だ知らない。
……
数日後の夕方。
学校も平坦に終わり寮へ帰宅したあとのことだ。
部屋には、百合風、夜風、彗、俺のいつもの四人が学校帰りの格好のまま学校で出された宿題をしつつ話し合う。
もちろん、話し合うことは探検部のこと、地下帝国のことであった。
全員が丸い机に向かってガリガリと静かにノートに書き込む。少し集中力が切れてきたので静寂を破る。
「てかさ、探検部って言ってもさ、部活じゃあないよな」
「まーそうよね。でも部を除いて探検ってだけだったら何かこー、嫌じゃない?」
「……地底侵略?」
「いや、誰も侵略しないからね。僕たちは地下帝国を変えようってだけなのに」
「……冗談」
百合風がノートに向いていた顔を一旦あげてシャーペンを頬に沿わせる。
「実際どんな活動するかって問題よねー。いくら観測者の特権があるとはいえ」
彗がそっとノートの横にシャーペンを置いて会話に本格的に参加する。
「そうだよね……僕たちよく考えたら何ができるんだろ……内から世界を変えるとしても、あんなんじゃ変えられないよ……」
彗は地下帝国の王――自分の父を思い浮かべたのだろう俯いた。それを隣にいた夜風が頭を撫で始める。それはあまりに自然な光景であったために、スルーして俺は話を続ける。
「それでも内から変えないといけないんだ。地道なことになるけど地下帝国の政治家たちに外にでることを勧めたり……民たちに地上にでる有用性を解くんだ……まず最初に王を説得するのは無理がある。外堀を固めるのが一番だろう」
「まー王の態度見てたら、無理だっていうのはわかるし、アレね。戦争で最初から鉄壁の要塞で守られた総大将狙いにいくようなものだからってことね」
「回りくどいがそういうことだ。今俺たちがするべきことはその鉄壁の要塞を一つ一つ手動で解体することだ。最初は地道なことでも少しずつ協力者を増やしていけば達成できる、はずだ」
彗が頭を撫でている夜風に礼を述べたあと俺を見た。
「――くんの言うとおりだね……僕たちにできることはそれしかない。でも最初はどこから落とすつもり?」
「そうだな――」
俺の言葉を夜風が勝手に引き継ぐ。
「……できるだけ私たちに近い思想を持つ人間を引き入れることが望ましい。それが地位の高い人間だともっといい」
俺も少し対抗して夜風のあとを引き継ぐ。
「地位の高い人間はそれだけの影響力を持っている。その彼が発信してくれればいくらか俺たちもやりやすくなるはずだ。それが王の耳にさえ届けば……」
「ダメね」
百合風が冷静に否定の言葉を浮かべた。
「王に届かないように外堀を固めるべきだわ。王に届けば潰されてしまうのはこっち。地下帝国の王は世襲制とはいえそれで異議を唱える人がでてこないほどの支持を得ている人よ。そんな人に届かせるわけにはいかない。あくまで水面下で物事を進行させないと失敗するわよ」
「それもそうか……」
俺の納得する声をよそに、彗は苦虫を噛んだような表情をする。
あの王に支持をしている人がいるということが信じらないことなのだろう。本能では理解していても、頭では理解ができない――いや、理解したくないのだろう。
「あんな人が信用されてるなんて……」
「彗、前から言いたかったんだけどね」
少し疲弊した彗が顔をあげて百合風を見る。百合風は厳しい表情で、今まで親友には向けたことのないほどの表情で、彗を見ていた。
「彗、いつも思ってたから言っておくよ?」
「な、何さ……」
それとなく察する。あいつは――百合風は自分で貧乏くじを引こうとしている。
俺たちの中で一番王を説得できるのはもっとも王に近しい位置に、親と子という位置にいる彗が必要だろう。地下帝国を変えようという時に、彗は父から逃げることは、許されない。
俺たちも今まで放っておいてしまった問題だ。そしていつか解決しなければならない、彗の問題でもあった。そして、俺たちの問題でもある。
それを百合風は引き受けてくれようとしているんだろう。
百合風はおもむろに立ち上がり、ビシッと彗に人差し指を突き立てる。
「あんたね! いつまでもお父さんから逃げられるって思わないほうがいいよ」
「そ、それは……でもっ僕はっ!」
あまりの気迫に彗が仰け反る。
「でも、何? 私たちも今まで彗のことはちゃんと見てきた。お父さんとの溝も、彗がお父さんを避けていることも」
仰け反っていた彗は思わず力強く立ち上がって百合風を睨みつける。
……いつもの、優しい彗から見せることのない憎しみを混めたような表情。その視線を今、向けられているのは百合風だが、その視線は本当は、父親に向けられているのだろう。
こういう意味でも、貧乏くじだ。
「だったら分かるだろっ! 僕はっあの父親が嫌いだっ! 王としての責務? 全て僕に押しつけてっ理不尽を押しつけて! 何が王だっ!」
「彗が父親を嫌うのはわかるよ、確かに理不尽に全てを押しつけられてきたのは見てきた。彗がとっても辛いのは……理解してるよ」
「理解なんてしなくていい、同情なんて、僕はいらないっ! 僕はみんなで楽しく過ごせたらそれでいいっ……! それ以外のことなんて何も、いらない!」
薄々感じていたことがハッキリとした。彗は、俺たちに過剰なまでに依存している。
……幼い頃、彗が潰れかけていた時に親友となった友達、それが彗だ。
その時からだろう、彗が俺たちに依存しだしたのは……。父の過剰なまでの王としての責務を叩き込まれていた彗にとって俺たちは、依存する場所、居場所として心地よいものだったのかもしれない。
百合風は思わずため息をついた。
彼女はここを依存する場所にして欲しくない、と共に地下帝国を変えると言った彗の覚悟を試そうとしている。
「あんたが逃げてる限り、地下帝国に未来はないわよ。あんたは否応なしに王になるべき立場に生まれた……そして父親から全てを叩き込まれてきた。
彗、あんたが地下帝国を救える鍵なのよ。もし、今の王に意見できる存在が居たとしたならそれは彗しかいない。
どうなの? 彗――」
百合風が一層静かに、重く、言った。
「――覚悟は、ある?」
「……っ」
「あっ! 待ちなさい!」
彗は扉を開け放ち、靴も履かずに荒々しく外へ行ってしまう。
百合風は追いかけようとして夜風に手を向けられた。
二人の一瞬のアイコンタクト。それで意思疎通ができたのだろう。百合風は頷いた。
「……夜風が行くってさ」
「あぁ……夜風、頼む」
夜風は頷いてとてとてと靴を履かずに玄関へ。その際に、夜風は俺をちらっと見てきた。
その目は、百合風を頼む。との眼力が込められおり、それに任せろ、と頷いた。
しかしアイツ、靴も履かずに外へでるなんて……よっぽど動揺してたのだろう。
百合風は緊張の糸が切れたかのように、力なく倒れた。それを手で支える。
「ありがと……」
「いいや、それを言うのは俺のほうだ。損な役割を引き受けてくれてありがとうな」
首を振る彼女。
「ううん、私が言いたいこと言っただけだしさ……彗には嫌われちゃったかなぁ……」
少し涙ぐむ。
「彗がこんなことで誰かを嫌いになるはず、ないだろ。あいつだってちゃんと気づいてたはずだ、このままじゃ、地下帝国を変えるどころじゃないって……」
「うん。でも、これからどうなるんだろうね、私たち……」
これからどうなるか。
その言葉に思いを馳せようとした時。
始まりの鐘を鳴らすかのように扉が勢いよく開いた。
「よーぅ! 遊びに――」
妙に高いテンションで突撃してきたのは龍馬 拓也。
俺たちの――いやもっとも言えば俺の地上世界での親友が静寂を破るかのように入った途端。
全ては、始まった。
拓也の賑やかな顔も。
百合風の悲痛な悲しそうな顔も。
突然、奈落に落とされるかのように視界がぐんにゃりと歪んだ。
……
「……っ」
時間が巻き戻ること。
それが体感的に体に作用する俺たちにとって、それはバス酔いのようなものだ。
バス酔いは降りたあとも続く、お腹が気持ち悪い。それが今の俺に起きている。いずれ収まるとはいえ、何度も体験したいものじゃない。どうにも慣れるということもないからだ……。
失っていた平衡感覚が次第に戻ってくる。
時間が巻き戻るとどうしても今の自分と未来の自分とで齟齬が生まれる。体の齟齬により未来と今の自分で記憶にある自分との体の感覚で平衡感覚が失われる。
それが今の体に馴染むまで、ゆっくりと五感が自然に体に染み込むまでまで五分足らずと言ったところか。
……五感がもどったことで今自分がどこにいるか、の全体像を把握。
寮の部屋だ。
窓に目を向けるとカーテンに阻まれながらも朝の眩い陽光が差し込んでいることが窺える。
朝、か。
思考が潤滑してくる。
どうやら俺は未だに体に残る多少の気持ち悪さからして、時間が巻き戻ったらしいことを自覚した。
おそらくもう少ししたら――。
「おっはよー!」
「……おはよう」
「やっぱ来たか」
竜巻のようにやってきて玄関を開け放ったのは、百合風と夜風だった。その顔は陽気な声とは裏腹に深刻さが溢れ出ていた。それでも元気な声を出したのは百合風や夜風なりの気遣いだろう。
「やっぱとは、なによ?」
二段ベッドの一階であぐらを組む。思考がクリアになったり五感が戻ったところで、寝起きのぼーっとした気分が消えるわけではない。
「いや、特に何もない。とりあえずおはよう。状況は?」
「おはよう。状況は、ってことはそっちも把握してるわけじゃないのね。私もよくわかってないわ……。体感的に感じてるのは時間が巻き戻ったってことだけ」
「……」
百合風の言葉に夜風も同意している。どうやら俺とさして理解状況は変わらないようだ。
分かっていることは、時間が巻き戻った。この事実だけ。一体どの時間に巻き戻ったかは依然として不明だが。
「いつに戻ったかはわからないか?」
「わからないね。で、それを確認するために――くんのところに来たんだけど、テレビつけるよ?」
「了解、つけてくれ」
「……ものぐさねぇ」
「……そんなことはない」
「ま、いいや。つけるよっと。なにこの番組」
「朝にやってるアニメだな。動物の日常とか、そんな感じを描いてるらしいが」
百合風はどうやらアニメが珍しいらしく、うきうきとした愉快な目でアニメを見始めた。画面にはトラ、うさぎ、オウムなどが日本語を喋って愉快な日常を繰り広げていた。
地上にでてから数ヶ月とはいえ、俺たちは元々地下帝国の人間。テレビも存在しなかった国の人間であるために、テレビなどは未だに珍妙なものだと認識している。
特に百合風の部屋にはテレビがないのでアニメすら珍しいということだ。
「へ~これがアニメ。なにこの……トラ? 猫?」
「トラだな。隣にいるのはうさぎ――ってこの番組ずっと見てていいのか!?」
「んーもう少しだけ見せてよ! 私の部屋テレビないんだから少しだけ、ね」
「ああうんっていやいや! 今の状況把握するほうが先だろうよ!」
「え……あーまぁそうよね。ごめんごめん、変えるから!」
俺と百合風がちょっとしたコントを繰り広げている間に、夜風は上にいるであろう彗を起こしていた。
こんな状況にも関わらず二段ベッドの上で、ぐっすりと眠っていたらしい彗はあくびをしながら目を擦っていた。
「みんな……おはよう……」
そう言ってくたっと布団に倒れた。
「いやいや、彗。寝るな、今大変なことが起こってるんだ。早く起きてくれ」
「うん……」
気だるげに上体を起こした彗。どうにもさっきのこと引きずってるみたいだな、分かれてから五分と起ってなかったからしょうがないことではあるのだが。
百合風もどうにも歯切れが悪いらしく、彗と横目で見るくらいで面と向かって見ようとはしない。
ま、しょうがないか。さすがにあれだけ言って真正面に見るというのは罪悪感などがなくとも無理だろう。
俺も言いたいことを言ってもらったのだ、フォローをするのは俺の役目だ。
ベッドから降りてきた彗は怪訝にそうに辺りを見回す。ニュースからは日付、時刻が流れ始めていた。
「体育祭の種目を選んだ日だな……」
テレビから聞こえてくる日付は、テレビ側が間違えていなければ、確実に過去に戻ったことを示している。
過去に戻った。
これは異常事態だった。急に起こった過去への時間遡行。
通常、時間遡行をするタイミングは相応の準備をしてから行うはずで、観測者である俺たちには事前に通達するのが定例だったはずだ。
「時間は確かに戻ってる、ね。この前の時間遡行と同じタイミングの時間軸だし。もしかしたら何かあったかな?」
百合風の疑問に、夜風が応対する。
「……何かあっても私たちに連絡するのが地下帝国の老人達」
地下帝国の権力を担う老人たちは、ブラックボックスに選ばれた者である観測者に対して敬意を持って接してくる。例え子供とはいえ、ブラックボックス――彼らの神に選ばれた存在であるからだ。
かと言ってこちらが調子づくわけにはいかない。いかに観測者とはいえ子供は子供だからだ。
地下帝国の老人達が望むのは自分たちに都合のいい子供であること、それがある限り敬意を払い、接する。
もし俺たちが都合のいい子供でなくなれば社会的に抹殺される。そのくらい何事もやる奴らだ。
思考から戻って夜風に同意する。
「そうだな。俺たちに連絡しないわけはないだろうしな。分かっているのは何かが起きている、ということだけか」
百合風が頷きながら言葉を紡ぐ。
「これは一度地下帝国に戻ったほうがいいかもね。時間遡行を起こせるのはブラックボックスだけだから何かがあるとしたらあっちだろうしね。
でも、一体どんなことがあったんだろ……?」
今まで口を閉じていた彗が深刻そうに呟く。
「……小さい頃、古い文献を読んだことがある。文献によれば、ブラックボックスは神の力、人智を超えた力を持った物とその時代から認知されていたみたいけど、その力を使いすぎると使っただけの反動が己に帰ってくるって……」
俺が彗の言葉を引き継ぐ。
「つまり、力を使いすぎた反動ってことか? 時間遡行がその力なら……今帰ってきた反動っていうのは……」
空気を静寂が包み込む。
しばらくして、百合風が短い髪を手で乱しながらさっぱりと言った。
「反動が何にしろ、やっぱり地下帝国にいかなきゃ始まらない! うだうだ言ってても何もわからない! そうでしょう、彗!」
突然指名された彗は面食らいながらも頷いた。
「う、うん……。その通りだけど……」
やはり百合風に対して歯切れが悪い。いつものように同意することができない。
今まで培ってきた地下帝国――王である父に対して憎しみが付随していることに、俺たちに依存していたことに気づかせてしまった百合風にどうしても遠慮している。
そのフォローに夜風が回る。優しく、彗に語りかける。
「……彗。あなたが向き合わないとこの問題は始まらない」
彗はやはり苦い顔をして、そっぽを向く。
俺はそれに対してフォローを入れようとする。
「彗、気負うなとは言わないけどな――」
首を振って彗は俺の言葉を否定する。
そして、決意に満ちた瞳でこの場にいる全員を見渡す。
今まで――十年来一緒に居て始めて見る本当に力強い瞳だ。何者にも屈服しない、そんなオーラさえにじみ出ているように感じる。
彼はもう一度全員を見渡すと重々しく独白を始めた。
それは、彼の決意表明でもあった。
「僕は……――くん、夜風、百合風……皆の言う通り王――ううん、こういうのはもうやめる。
僕は父と対峙できずにいたへたれだ……小さい頃からずっと次代の王として教育を施されてきた僕は自然と父を避けるようになってた。そして、地上に出てからは、地下帝国は帰るべき故郷、祖国じゃない。そう思うようになっちゃったんだ。
全部父が悪いわけじゃない。僕自身も、地下帝国を苦手だと思ってたから……あの閉鎖した、何人にも犯されないようにしているあの空間は……正直怖かった。
でも、そこから目を背けるのはもうやめる。僕は王になるつもりはないけど――それでも、地下帝国を変えたいと思う……だから!」
重々しい独白が、どんどんと勢いを増しに増した言葉に変わっていく。
「僕は確かにみんなに依存してた。みんなとの場所を心地よい場所だって思ってる……でもそれじゃダメなんだ。
依存することなく、みんなと対等になりたい。
だから、僕は父と対峙することにするよ! 今まで逃げてきた分、みんなのために頑張る!
そして、僕が父を乗り越えるためにみんな僕に力を貸して!」
右手をばっと差し出して、手の甲を天井に向けている。
これは、そういうこと、か。
理解して、夜風、百合風、俺が立ち上がって夜風が最初に彗の手の甲に手を合わせた。夜風は彗に軽く微笑んでいる。
そこに百合風も手を添える。全てを言い切った彗に対して満足そうに笑顔を垣間見せた。
俺も手を力強く乗せて彗を直接見つめる。
その瞳から、確かな決意が、瞳から確かな王の器が見て取れる、彗の父親が執拗なまでに教育を施していたのも理解できる、かもしれない。
何を言われても、芯は折れず何に対しても最後は突き通そうとする心。
一番、王になるのに大切なものを俺の親友は持っている……とはいえ、無理やり王とする道を選ばされるのは子供にとっては災厄そのものと言い換えてもいいだろうが。
その災厄に対して立ち向かおうとする勇気は眩しいものだ。
彗が全員に目配せすると、頷き返す。
「みんな、ごめん」
「謝る必要はないでしょ? ね」
「……そうそう」
「その通りだろ、彗。こんな時はお礼を言えばいいんだよ」
彗はそれぞれの言葉にぐっと涙を溜め込んだあと、清々しい笑顔でお礼を述べた。
「うん! みんな、ありがとう!」
この言葉は、行動は永遠に記憶に深く、深遠に刻まれる記憶の一つ。
稀少で稀有な最高の記憶であり、最悪の記憶でもあった。
この彗の決意を最後の出来事として全てが音を立てて瓦礫のように崩れ落ち、悪夢のような苦渋の選択を迫られる。
それは、夜風と百合風の二人に決定的な、自分の人生が選択だけで決まってしまうそんな選択を強いた。
――ひいては俺と彗にも決断を迫る運命のいたずらだった。
……
地下帝国へ行く道を通るには学校の敷地内にある大樹を使う必要がある。
この大樹が地下帝国までの扉となっているためだ。そして移動の際にこの大樹は発光する。
発光するということはそれだけ目立つということ。
そのため早朝、またはみんなの寝静まった深夜辺りに大樹を使って扉を開くしかない。
俺たちが時間遡行をしてからかなりの時間が立った。
その間行ったことは学校へ行き、以前と変わらない体育祭の出場競技を決めることだけ。
俺たちはきっといつもより楽しくない顔をしていただろう。この異常事態に対して余裕がなかったのが一番で、それが隙だった。
遠くから静かに、音を立てずに狙撃手のように俺たちの隙を狙っていた一人の男――龍馬 拓也は淡々と何かを狙っていたのだから。本人に悪気はなく、それはただの好奇心だったのかもしれない。
だったら、その惨状は俺たちが引き起こしてしまったものなのだろうか?
――否、運命が引き起こした偶然だった。
俺たちは失念していたのだ、もし、時間遡行の間際に近辺に人がいたらそいつはどうなるだろう。もしかしたら、記憶を引き継いで時間遡行している、かもしれない。
俺たちが時間遡行のたびに誰かに出会わないために、寮の一室で誰も入れないようにわざわざ鍵までかけて人を寄せ付けないようにしていたのに、突然起こった時間遡行にアイツは龍馬 拓也は時間遡行の瞬間に、観測者のの周りにいた。
扉を開けて、そこに居てしまった。
記憶を引き継いでいる可能性があることも、考えなかった。事例がなかったことだからではある。
でも――そんなことは些細なことだった。
ただ起きてしまった。それだけが唯一の真実。
……
深夜、学園の寮生たちが寝静まった頃、俺たちは大樹の眼前に居た。
ただその場に居るというわけではなく、季節中、ずっと枯れることなく、ずっと咲き乱れるこの大樹は地下帝国と地上世界を結ぶ扉故に、俺たちはここにいる。
「いよいよ、だね」
彗は自ら語った決意を確かめるように拳を力強く握った。
「まぁ、何もこれからすぐに地下帝国をどうにかしようってわけじゃないし彗はそこまで気負わなくていいんじゃないか?」
「でもさ、やれることはやっておこうって思うんだ。この戻った機会に。学校も行かなきゃならないし、それを考えたら休んでる暇も何もないよ?」
百合風が彗の言葉に満足そうに頷く。
あの地下帝国に対して迷いを見せていた彗がしっかりと地下帝国に向き合ったのだ、そのキッカケを作った人物として上機嫌そうに話始める。
「まーそうよね! 今やれることはやっておくに越したことはないわよねぇ、ね」
「なんで俺を見る……。わかってるさ、やれるうちにやっとかないといけないってことは。地下帝国に行ってからまずするべきことは、現状の把握だ。何が起こっているのか……もしかしたら天変地異と言えるほどの問題の可能性もあるからな……現状の把握さえできればあとの行動はいくらでも選択できる。
もし何もなく、ただの連絡漏れ程度なら、いいんだがな……」
「その通りよねぇ……っと見つからないうちに早くいきましょっか」
彗が頷いて大樹に手を沿わせる。そして、たった一言。扉を開ける魔法の言葉を呟く。
「開け」
大樹が思わず目を瞑ってしまいそうになるほどの眩い光を放出し、光が拡散、収束する。
慣れたとはいえ、やはり光に対して目を開け続けるというのは無茶であったらしく、俺は反射的に目をつむる。
この大樹の移動プロセスは毎度謎で、目を瞑った瞬間には、地下帝国についている。
今回こそは、目を瞑らずに移動のプロセスを見ようとしたがまたダメだったらしい。
目を開いた。
目の前には整備された道に家屋が並んでいる。町並みだけ見ればそれは地上世界と変わらない世界。
しかし、真上を見るとどうしようもない現実に行き当たる。封鎖されているかのような薄暗い、真上に限りがある洞窟の天井。
やっぱりこの天井は狭い。地上には無限に広がるように感じられる空が広がっているのに、こっちは見上げても星も太陽も何も見えない。ただ薄暗い気味が悪いような光景が広がっているだけだ。
地上から、地下へ移動したことを否応なく、自覚する。
俺たちは、故郷の地下帝国に、帰ってきた。
故郷という安心感と共に、何か薄ら寒いものが体を駆け抜けた。
駆け抜けた予感を追って遠くブラックボックスが鎮座している場所を見つめる。
そこに、何か違和感がある気がしてしばらくの間、見つめ続ける。
どこか、恐ろしいことが起きる気がしてしまって、俺らしくもなく一点だけを見つめてしまう。
百合風に声をかけられるまでそうしていた。
……
目の前を光が包み込んだ。
百合風と――が、俺を呆然とした目で見つめていた。俺は賑やかな顔であいつらの目に映っているだろう。
ただ遊びに誘おうと偶然に扉を開けた俺を待っていたのは、以前から感づいていた未知の新世界への扉だった。
……
しばらくしてから地下帝国、王位の間へ移動した俺たちは王との対談をしていた。
王の顔は厳つく、王の威厳に満ち満ちている。何に置いても自身が信じる道を行き、小を切捨て、大を救うそんな王らしい王。
彗の横顔を見やると以前はいつも王と対談していると地面を向いていたのに、今は王を鋭い目で見つめている。
どうやら百合風や夜風の叱咤が効いたようだ。その瞳に、確かな闘志を感じる。
俺たちは地下帝国の民であり、今の地下帝国をよしとしない。つまるところ反逆犯と言ったところの人間だ。
王座に座る王の瞳からは全てを見透かされているのではないかと危機感を感じる。
そんな圧倒的存在が重く話始めた・
「……今起きていることを簡潔に述べよう。地下帝国誕生以来の異常事態だ。ブラックボックスが暴走している」
「ブラックボックスの暴走……!?」
どこからともなく全員の口から漏れたであろう言葉は王位の間を静寂に包む。
「ブラックボックスが暴走した原因はおそらく時間遡行の使いすぎだろうと分析されている。観測者の諸君は突然の時間遡行を体験しただろう?」
問いかけに頷く。
「私たちは突然の時間遡行にいつもとは違うことが起きていると感じ、地下帝国へ帰還しました。今朝に起きた時間遡行は地下帝国の意思で起きたものではなくブラックボックスの暴走で起きたものということでしょうか?」
百合風の問いかけに王は緩やかに頷く。
「その通り。私たちが意図した時間遡行ではない」
意図した時間遡行ではない、ということは突然起こったことだということだろう。
そこで当たり前の疑問に行き着く。
観測者ではない王がなぜ記憶を引き継いでいるのだろうか。本来、時間遡行をする場合、観測者しか記憶を引き継ぐことはできない。これはブラックボックスに選ばれた存在であるが所以だ。
王はブラックボックスに選ばれていないにも関わらず記憶を引き継いでいる。それはなぜかと質問すると、王は淡々と言った。
「お前たちに連絡する暇がなかったのだが、ブラックボックス暴走以前に予兆があったのだ」
その異変は、ブラックボックスが矛盾を孕む輝く黒い光を放ったことから判明したらしい。
異変に気づいた王がまず行ったのは自分や、ブラックボックスを研究する学者たちの記憶を時間遡行から守ることだった。
もし時間遡行対策を施していなければ、王たちは記憶を失い、ブラックボックスの異変に気づくこともなかっただろう。
全てを聞き終えた俺は納得し、頷く。
王はブラックボックスが予兆を出した時点でやれることを全てやったのだろう。この落ち着きようといい、既に何がブラックボックスを暴走させたのか判明しているのだろう。
まずはこのブラックボックス暴走現象を収めないと俺たちの活動を始めることもできない。王に直接聞くとしよう。
「なるほど……そこまで落ち着いていられるということはブラックボックスが暴走した原因は判明したのでしょうか?」
問いを予想していていたかのように王はつまらなさそうに目を瞑り口を動かした。
「暴走した原因はブラックボックスのエネルギー不足だ。ここ最近行った時間遡行によってどうやらブラックボックス内のエネルギーがなくなったようだ。エネルギーが枯渇するとなぜかブラックボックスは自身のエネルギーを使いきろうと暴走する、それが今回起こった突然の時間遡行の原因だ。
ブラックボックスのエネルギーを回復させればこの異常事態は終わり、全てが元通りになる、ということだ」
王はなぜか、と言ったが俺にはブラックボックスがエネルギーを無理やり枯渇させようとする理由がはっきりと自然に脳が理解できた。
ブラックボックスの気持ちが分かるわけではないから、推測でしか言えないが、長い時間を生きて、人々の欲望を一心に受け止めすぎたブラックボックスは死にたがっているんだ。
ブラックボックスに意思があるのか? と言われるとあると確証は持てないのだが直感的に死にたがっていると理解してしまった。
長い時間をかけてブラックボックスは地下帝国の中枢として機能し、今は地下帝国を延命するのに必須の事象を引き起こせるものになっている。
ブラックボックスがあるから地下帝国は地上の日本との利益を共有できている。もしそれがなくなってしまえば、地下帝国は捨てられるだけだ。日本にとってブラックボックスによる時間遡行の恩恵はなくてはならないものではなくあればいいな、という付随的なものだからだ。
逆に地下帝国にとって時間遡行による日本からの恩恵は計り知れないものがある。生活物資の補給はもちろん、俺たち観測者の生活に必要な身分証明書など時間遡行による見返りを受けている。
その恩恵がなければ地下帝国は立ち行くことはできないだろう。
いずれ俺たちの手でブラックボックスに頼ることのない、地下帝国民たちを外に導けたとしても今はブラックボックスの力に頼らざるを得ない。
どうにかしてブラックボックスのエネルギーを回復させなければこの問題が収まらないとしたら、どうすれば、いいのだろうか。
「……もし、原因がそれだとしてもブラックボックスのエネルギーを回復させることはできるのでしょうか? ブラックボックスは森羅万象を超えた神のような力を持っている……そんなもののエネルギーを回復させる物なんて本当にあるんでしょうか?」
その問いに対して王は対して躊躇いも見せず、答えを口にした。
「――だ」
答えは、至極簡単なモノ。とても失われやすく、壊れやすいモノで、到底、俺たちには許容できそうもないモノ。
必要なのは、観測者の死だ。
それも観測者としての能力に秀でた者であればエネルギーの補給率はもっと高くなるらしい。
どこにそんなものが乗っていたのか、と言いたいところだが、大方ブラックボックスにこの問題に対する解決条件を聞いたのだろう。
俺と彗は観測者としての能力は最低ランクで、彗は水を生み出す力、そして俺は能力なんて持っていない。
百合風と夜風だって観測者としてそこまで強い能力を持っているわけじゃない。元々観測者が現れたのが俺たちの台で初めてなのだからランク付けなんてあってないようなものなのだが、学者たちが調べた結果、俺たちよりランクが上なのは百合風と夜風の二人だった。
つまり、端的に言われたことを述べるとブラックボックスの暴走を止めさせるには、百合風と夜風の死によるブラックボックスに対するエネルギー補給が必要という現実だった。
……
王座の間から住宅街の公園に移動した。
移動する間、俺たちは無言で下を向いて歩いていた。不思議と住人たちは声をかけてこない。俺たちの顔がよっぽど絶望に染まっていたのだろう。どうしようもない現実に、壁に突き当たったような気がした。
空を見上げても、そこに地上世界のように安らぎと広さを感じさせる青はなく深淵のような真っ黒が続いている。どこを見てもお前たちには絶望しか残されていない、と言われているようで思わず身が竦みそうになる
「え、えーと、さっ! 原因はやっぱりブラックボックスの暴走だったねっ!」
明るい笑顔で、百合風がベンチから立ち上がる。空元気だというのが手に取るように理解できた。
いつも、こいつは誰かが沈んでる時に放っておけないムードメーカーで……いつもはそれに合わせられる俺も今ばかりは問題が問題なだけに合わせることはできない。
彗も同じらしく、悲しそうに顔を伏せている。
そんな男とは違い女は空元気とはいえ、強かった。
「……ブラックボックス、止めないといけない」
「うん! その通りだよ夜風! ね? 彗、――くん」
俺たちの名が挙がる。どうにか動きの重い頭を百合風と夜風を視界に捉え「ああ」と短く呟く。完全に気が参っているらしい、体が、重く、動かすのも辛い。それほどまでに、王から放たれた言葉は辛辣だった。
彗は未だに俯いて、一言も喋ろうとはしない。手をガッチリふとももの上で組んで、地面を見つめている。
そんな彗を見かねたのか、夜風が事の当人であることを感じさせない柔和な表情で語りかける。
彗が話に参加できないのは、ブラックボックスの暴走を止めてしまえばそれは王の話通りであれば、百合風と夜風の命を絶つことと同義だから。
「……彗。ブラックボックスは止めなきゃいけない。もし今ブラックボックスを地下帝国が失えば、立ち行くことが出来なくなる。まだ偏屈なプライドを持つ老人たちが支配している地下帝国で、それは私たちにとっても地下帝国にとってもまずい状況。
もしここでブラックボックスを失えば、地下帝国は衰退していく……。
……わかるでしょ? ブラックボックスは今止めないといけないの」
「……どうしてそんなに無理するのさっ!」
彗が声を荒げながら立ち上がる。ぐっと握られた手は震え、苦悩に歪む顔からは一筋の涙が零れ落ちた。
「地下帝国の王は――僕の父は夜風と百合風に死ねって言ってるんだよ!? そんなこと、そんなこと許せるわけないじゃないか!
僕はやっとみんなのおかげで前を向けたのに、これからだって時なのに……っ!」
「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ!」
砲弾のように放たれた声が、場を震撼させる。声量による震えが空気をも震わせているようにすら感じられた。
「百合風……ッ」
珍しく睨みつける視線を百合風に送りつける彗。彗にとっては自分の父親が親友に国のために死ね、と言っているのだ。到底看過できる問題でもないだろう。
俺だって、そうだ。地下帝国は今ここで終わるわけには、終わらせるわけにはいかない。しかしそのために、百合風や夜風の命を使うなんて許せることじゃない……。
結局のところ、この問題に対する答えは存在しないも同義で、だからこそ、途方に暮れているわけだったのだが、百合風によって空気は一変した。
息つく暇もなく百合風が捲くし立てる。
「私だって怖いわよ! ブラックボックスのために死ねって、そんな理不尽なこと許せるわけないじゃない! でもそれをしないと私たちが思い描く地下帝国を友好的な国にして、この閉塞した地下帝国を終わらせて、みんなに外の世界を見せてあげるっていうのができなくなる……!
今の現状で例えブラックボックスが死んだとしても、プライドの塊の政治家の老人たちは外へ目を向けることはない……ちゃんとした改善の時間が必要だからっ!
だから私たちは――」
「犠牲になるっていうの!? そんなことのために親友の命が失われるなんて、冗談じゃない……ッ!
もし百合風と夜風が死んだら誰が地下帝国を変えるっていうんだ! 僕と――くんだけでしろっていうの!? ずっと百合風と夜風を殺したっていう十字架を背負って――」
「そこまでだ。落ち着け! 言いすぎだ」
彗の遠慮ない力強い言葉に、思わず立ち上がって彗の肩を抑える。この状況で冷静になれと言ったほうが難しいだろう。だから、今激昂している彗を止めるのは俺の役目だ。
息を荒くして彗は俯きながら呟く。
「――くんは冷静だね……百合風と夜風に死ねって言われたんだよ! 父さんは言葉にしたことは何があろうと実行する! 止められない……止められないことなのに、なんでそんな冷静でいられるのさ!」
「俺だって、冷静じゃいられねぇよ……。でもここで声を荒げたって何にもならないだろ!? ましてやお前が激昂してる相手はそれを直に言われた百合風なんだぞッ!」
目を見開き、彗がゆっくりと百合風に目線を向ける。百合風は柔和に微笑んで、それを受け入れる。あいつだって辛いだろうに、彗を止めるためだけに、自分の絶望を上塗りしてまで希望という仮面を嵌める。
どうしようもない現実に、泣きそうに顔を歪ませて体を震わせ、彗は言った。
「……っ。ごめん……僕、何も考えちゃいなかった……。百合風、夜風、ごめんっ……」
それを聞くや否や夜風が彗に近づく。俺は一歩引いて、事態を見守ることに徹する。
ちょこんと彗の前に中腰になって俯く彗を見上げる夜風は、彗の両手をその小さな手で握って言った。
「……私だって死ぬのは、怖い……。でもね、今の地下帝国を救うにはそうするしかないなら、そうする。なんでか、わかる?」
「……わからない……僕にはわからないよ……」
迷いを口にする彗に夜風は親友にすら滅多に見せない貴重な笑顔を見せた。
真横からでも十分魅力的な笑顔だ。あいつ、あんな笑い方もできるんだな。
「私にとって、地下帝国は帰ってくる場所だから、そこをなくすわけにはいかない」
「だから、死んでもいいって……? そんなの馬鹿げてるよ……!」
「彗は優しいね……私だってただで死ぬつもりなんてない。王は確かにブラックボックスのエネルギーを回復させるのには私たちの命が必要だと言っていたけど、それを証明するものを私たちは知らない。だから、それを確かめようと思う」
確かめるという言葉に彗がはっと驚いたように夜風を見つめる。
「もしかして……ブラックボックスに……?」
呆然とゆっくり確かめる、という言葉の意味を理解しようとする彗に対して夜風は、はっきりと頷いて、悠然と立ち上がり、彗に確かめる、という言葉の意味を言った。
「……会いにいこう。ブラックボックスに。まだ、全部が全部王の言う通りだって決まったわけじゃない」
百合風は明確な意思を持って振り向いた夜風に対して目を真ん丸に見開いていたが、笑顔で納得したように頷く。夜風がこれほどまでにちゃんとした意思を突き通しているのは俺が見るに初めてのことだ。それほどまでに、彼女も死にたくない。
今彼女たちは物理的にではないにしろ、精神的に心臓へナイフを突きつけられている状態と変わらない。そのナイフがそのまま刺さるか、刺さらずにどけられるのか……。それを確認するのだ。
自分たちがどんな状況であれ、他人を――彗という親友を気にかけられる彼女たちからどうか、ナイフがどけられるように……それだけが今の俺の願いだった。
……
こつ、こつ。
靴が床を叩く音が定期的に響き渡る鉄の階段を下る。
ブラックボックスが崇められている場所は、シンプルな構造体の地下にある。
シンプルな構造体とは言うが実際は地上で言う刑務所のようなところにブラックボックスは祭られている。なぜそんな不名誉な場所に、と思われるかもしれないが、これも人員削減の結果である。刑務所はおのずと監視役が存在するために、ブラックボックスの警備と一石二鳥で監視を行うことができる所以である。いくら地下帝国の人数肥大化で飢餓が間近であるにしろ、慢性的な人不足であることに変わりない地下帝国でこのような策はいたるところで取られていた。
地上でいう警察という自治組織は、消防隊も兼ねていたりするし、何に対しても付随的な職務がついてきているのが地下帝国の現状である。
まぁ、元々人数が少ない時にできた組織で、その慣習が今も根強く根吹いて、改善していないに過ぎず、こういう役職につきたい人は給料の面から多いのだが……いずれ改善されるとは思う、いずれ。
シンプルな構造体の地下と言ったのは、階ごとにその特色が色濃く反映されており、まさにこの囚人はここ、殺人罪を犯した罪人はもっと奥深く、と言った風にシンプルな階層エリアになっている。
その一番最奥の最下層にあるのが、ブラックボックスが祭られている祭壇だ。
ブラックボックスはいくらでも利用しようとする輩がいる。そんな輩たちに不用意に近づかせないための処置であり、ブラックボックスの利用は地下帝国民は役所に申請すれば利用することはできる、が基本的には不審なことをさせないように見張りがつく。
ブラックボックスの使い方を知っているものは数少ないため、勝手に何かをしようとしても何もできなくて捕まってしまうものも多い。
そんな奴にわざわざ会いに行くような阿呆はいないだろうということで、絶好の隠れ蓑なのである。
地下帝国における地下とは地下帝国を基盤とした地下であるので、さらに地球の核に近づくこととなる場所だ。当然、地球の核に近づくということは表面に対する温度が相対的にあがっているというわけで……、この刑務所は相当に暑い。地面の土がちょっとした煙を放出する程度には、暑い。
特に重罪を犯した人間は地下のほうに連れて行かれるから暑さを体感し、もう一度罪を犯してまで、二度と戻ってきたくないな、と思うわけである。尚、ブラックボックスがある場所はさらに地球の核へ近づくのだが、どうやらブラックボックスの不思議な力で、気温は基本的に二十二度程度、と過ごしやすい環境になっている。
ブラックボックスが崇められている祭壇へ役所の許可なく自由に進入できるのは主に地下帝国の王と王に近しい一握りの政治家たちとブラックボックスに選ばれた俺たちのような観測者のみだった。
ブラックボックスを見張る門番をチラッと横目で流し見て、そのまま通る。職務に準じると顔に書いてあるような生真面目な青年だった。おそらく見張りとして配属されたばかりだとか、そんな感じだろう。ここに、重罪人がいるというお触れがでているだろうから、中を見ようともしないし、こういう実直そうで、生真面目そうな青年がこういうものの見張りを任されるんだろうかな。
所謂顔がパスポートとかそんな感じだ。俺たちは初めてブラックボックスに選ばれた観測者として、それなりに顔が広く、大体の地下帝国の人間には覚えていてもらえている。それを元手にこれから地下帝国を改善していこうというのだから、ブラックボックス様々ではあるんだがな……ブラックボックスのため、そして自分たちのために、これから確かめることに関して億劫になってしまうのは仕方のないことだと思う。
誰しもが無言で何度も踏みしめられてすっかり硬くなった土の上を歩く。
しばらく真っ直ぐ進むと、開けた場所に出る。
四角形の広い部屋だ。壁は土で固められており、地下帝国独特の土の柔らかい臭いが鼻腔を刺激する。
真ん中にはブラックボックスを祭るために作られた祭壇と黒い四角形の物体が鎮座していて、それが、ブラックボックスだった。
大きさはおおよそ二百センチ四方のただの黒い箱。
それが、今も昔も、地下帝国を縛り続け、地下帝国が地下帝国であるが所以を作っている。
夜風が一歩踏み出す。
それと同時に、俺たちも歩きだした。
やることは単純。
ブラックボックスに触れて、開示される情報を読み解けばいい。ブラックボックスは簡単に答えを示してくれる。
人が望む限り、人が、頼る限り。
それが、ブラックボックス。人の欲望、人の願いを叶えてくれる人間にとっては万能とも言うべき力。そして、一番最初にブラックボックスに触れた人が願ったのは、やり直すことだ。
つまりそれは時間を巻き戻す、というブラックボックスの特性に現れるまでになった。今でもブラックボックスはある程度の願いであれば叶えてくれる。即物的なものは無理だが、俺たちが今やろうとしている通りに物事に対するなにかしらの情報を提示してくれる。
最初にブラックボックスへ接触した人は一体何をそこまで巻き戻したがっていたんだろうか……人間、生きていれば辛いことも悲しいことも苦しいことも全部、ある。今の俺たちだってそうだ。その時、ブラックボックスに出会ってそして頼ってしまった人間は、その後どうしたんだろうか……。
そんな今はどうでもいいことを考えていると、祭壇の頂点――ブラックボックスが鎮座している場所まできてしまった。
無言で頷きあいながら、全員でブラックボックスへ手を向けて、その冷たく意思など通ってなさそうな物体に触れる。
瞬間的に俺たちの願いを悟ったブラックボックスはタイムラグなく何もない空中の空間へ情報を開示する。それは四角形のガラス窓が空中に浮いていて、そこに情報がたくさん書かれている。
所謂ところの漫画の世界でありそうな近未来的な情報開示手段だ。
膨大に流れゆく情報の奔流を目を光らせながら眺める。次第に全員の顔に皺が寄り始め、顔に焦りが見え始めるようになった。
俺たちが望む事象への解決を探る。
たったそれだけの望みなのに……どれだけ探しても見つからない。
何を探しても最終的には観測者の死が必要となる。ブラックボックスのエネルギーを途絶えさせないために、今判明している観測者の死での効率のよいエネルギー回復手段ではなくとも、何か他にエネルギーを回復できる手段があるのではないか、そんな希望を持って訪れたここは、絶望に包まれていた。
そもそも代替エネルギーとして使えるものが存在しないというのがブラックボックスの見解であり、提示された情報であった。
「なんだ、なんで見つからないんだ……代替エネルギーさえあれば……、あとは時間が解決できるのにッ!」
あまりの情報の辛辣さに彗が思わず声を震わせながら叫んだ。俺たちに足りないのは時間だ。地下帝国をブラックボックスが必要にないレベルにまで変えられれば、ブラックボックスのエネルギーが尽きようと問題はない。
だからこそ、問題の先送りをするような答えを探しているのだが、それが何を、どんな視点で探しても見つからない。
しばらくして、情報の全てが開示され終えた。
目の前に現れたあまりの暗闇に、誰一人言葉を発することができなかった。
希望の道が続いていると思って歩いていた道に唐突に無限に落ちる落とし穴が空いていたようにすら感じる。
百合風と夜風を助けられない。
王は殺すといえば、殺す。小のために大を捨てたりする王様じゃない。大のために小を捨てる覚悟を持った人間であり、王らしい王……だ。
もしかしたら、王から――地下帝国から全力で逃げれば逃げることはできるかもしれない。でも、それは俺たちの望んでいることを捨てるということだ。地下帝国を変えるという目標を失うということだ。俺たちが逃げてブラックボックスのエネルギー回復ができず、日本政府との利益関係も途切れれば地下帝国はいずれ衰退していくだけだ。
それは俺たちが望むところではない。しかし、逃げなければ百合風と夜風がブラックボックスの運命に、地下帝国の運命に飲み込まれて死ぬ。
ブラックボックスが情報の全てを公開して、その中に解決の糸口がないというのは答えがないにも等しいということだ。
生きている年数の大半を地下帝国で過ごした俺たちにとっては、ブラックボックスの答えというのはそれだけの意味と力を宿していた。
全ての現実が重力と化したかのように重くのしかかる。急に現実を帯び始めた百合風と夜風の死に、思わず膝が勝手に震えだして心まで折れたように、足が勝手に膝をつく。
「ちょ、ちょっと!?どうしたのよ」
「くそっ……くそッ! どうして……なんでッ! 百合風、夜風を助けられないのに、何がブラックボックスだ……何が、願いを叶えてくれる不思議な箱だ……ッ!」
俺らしくもなく感情的に、吐き捨てるように言葉を発して、祭壇の床に手から血がでても何度も打ちつける。
それを見た百合風が急いで駆け寄ってきて、手を叩かせるのを止めに入る。
「やめなさいよ、なに、やってるのよ……って……あんた……泣いてるじゃないのよ……」
思わず手で顔を触ると濡れた感触が手を伝わる。
自身の涙で濡れた手を見て、さらに確信した。
息がうまく吸えず喉から声を搾り出すようだそうとする。頭もぐちゃぐちゃで、何が言いたいのかわからない、でも震えた声で心情を吐露する。
「泣くに決まってるだろ……ッ。百合風も夜風も一緒に長い間過ごしてきた親友なんだ……守れないんだよ……その親友を守れないんだから、泣いてもいいだろ……ッ! くそぅ……くそぉ……なんで、なんで救えないんだよ……ブラックボックスは人の願いを叶える機械なんじゃねぇのかよ!」
「……」
俺以外の誰しもが無言で、地面を見つめる。どうしようもない現実だとみんな知っているから誰しもが、希望を見出せない。
未来へ繋がる道が見つからない。どの道を選んでも俺たちが全員一緒にいることはできない。一緒にいる道があったとしてもそれは俺たちじゃない。
今の目標を捨てた俺たちだ。
そんなものは、全員望まないだろう。当てもない逃避行ではなく、今の現実を見ることを望んでいる。
まるで雁字搦めの糸を張り巡らされたように俺たちは途方に暮れていた。
そんな時のことだった。
「ん……?」
四角形の部屋の隅の土が抉れた。目の錯覚ではなく、外側から削られている反動だろうか、少しずつ土が内側に落ちている。
これまでも何度かこういうことはあった。何らかの罪を犯してしまいブラックボックスへ謁見できなくなったものが壁の土を掘ってここまで辿りつこうとすることがあるのである。
こんなところまで掘り進んでくるようなのは犯罪者とかその類であるはずなのだが、俺たちはなぜかその揺れ動き地面に落ちる土をずっと見ていた。
そして、それは現れた。
「おっ出れた出れた。ふー疲れたな」
人一人が通れるような大穴を開けて、ただ疲れたと言ってのけるような人物を俺は一人しかしらない。
「ちょっと……!?」
「……やばい」
「うん……」
誰しもが深刻そうに頷くなか、大穴を開けてでてきた張本人は俺たちを見るなり暗闇を消し飛ばすかのような笑顔を浮かべた。
「やっと見つけたぜ! ――! 兎風! 百合風! 夜風!」
そう言ってビシッと人差し指を指差してきた人物は、地上世界の幻無高校で俺たちと同学年の男の龍馬 拓也であった……。
Lost episodeⅡオワリ
Lost episodeⅢへ続く
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